第16話:勇者の降臨、あるいは「慈愛の眼差し」
……もう、穴があったら入りたい。
(なんなの、このキンキラキンの鎧の男は!
自称・真の勇者シグルド? 『魔王を不当に拘束する偽りの始祖を討つ!』って……。
いや、拘束なんてしてないから! 彼女(魔王)が勝手に宮殿の床を鏡みたいに磨き上げてるだけだから!)
宮殿の中庭。大勢の観衆が見守る中、勇者シグルドが聖剣をこちらに突きつけていた。
対する僕は、あまりのプレッシャーに、今すぐ回れ右をして全力疾走で逃げ出したい衝動に駆られていた。
(怖い! あの剣、さっきからブンブン振ってるけど、かすっただけで死んじゃうよ!
あ、あっちに大きな柱がある。あの影に隠れて、シグルド君の興奮が冷めるのを待とう……!)
僕は恐怖のあまり、全力で横方向へとステップを踏んだ。
「逃げろ!」という生存本能が、僕の脚力を無意識に限界突破させる。
シュバッ!!
一瞬で僕の姿が掻き消え、元の場所には「残像」だけが残った。
「——っ!? なにっ、消えた……!?
馬鹿な、私の『真実の眼』をすり抜ける速度だと!?」
(ひいいっ! 追いかけてきた!
じゃあ次はこっち! 柱の裏を回って、反対側へ!)
僕はパニックになり、右へ左へと高速で移動を繰り返した。
本人はただ必死に「柱の影」を探して右往左往しているだけなのだが、観衆とシグルドの目には、僕の体が同時に数十人に分身しているように見えていた。
「これぞ……伝説の多次元歩法『千変万化』……っ!」
解説役(筆頭メイド)のイヴが、目を輝かせて呟く。
「主様はあえて攻撃せず、勇者の攻撃を『存在しない座標』へと誘導している。
あの無数の残像は、勇者が辿り着くはずだった『敗北の未来』を可視化したもの。
戦う前に、相手の心を折る……なんと慈悲深い戦術か」
(違うよ! どこの影に入ってもシグルド君が見えるから、パニックでウロウロしてるだけだよぉお!)
僕はあまりの忙しなさに息を切らし、ついに足がもつれて、シグルドの目の前で大きく「おっとっと……」と前のめりに倒れ込みそうになった。
「……っ! ここだぁあああ!!」
シグルドが勝機と見て、渾身の縦一文字を振り下ろす。
僕は絶望して目を瞑り、せめて顔だけは守ろうと、持っていた「お掃除用のハタキ(※イヴから渡された、魔王軍の宝具)」を無我夢中で振り上げた。
キィィィィィィィン!!
ハタキの羽毛一本一本が、僕の魔力を受けてダイヤモンド以上の硬度と化し、勇者の聖剣を真正面から受け止めた。
それどころか、反動で聖剣が粉々に砕け散り、シグルドは衝撃で尻餅をついた。
「……え(※訳:ハタキが折れなくて良かった……)」
僕は倒れ込みそうになった体勢を必死に立て直し、涙目でシグルドを見下ろした。
あまりの恐怖と情けなさに、僕の瞳には「生暖かい、哀れみの光」が宿っていた。
「……もう、やめて(※訳:死にたくないから、本当にもう勘弁してください)」
その言葉と視線が、シグルドの心臓を撃ち抜いた。
「……ああ、ああああああ……っ!!」
勇者は剣の破片を握り締め、震えながら号泣し始めた。
「私は……私はなんて愚かだったんだ。
あの方は、最初から私を殺すつもりなどなかった。
ただ無様に踊る私を、あんなにも……あんなにも慈しみに満ちた、悲しい瞳で見守ってくれていた……。
『もう(自分を傷つけるのは)やめて』と……。私の傲慢さを、あの眼差し一つで救ってくれたんだ……!!」
(違う! 怖いからやめてって言っただけだよ!
あと、その泣き顔が余計に怖くて、僕はさらに引いてるんだよ!)
シグルドはその場に額を擦りつけ、むせび泣きながら誓いを立てた。
「ゼノン様……。貴方に剣を向けたこの罪、一生をかけて償わせてください!
私は今日から、貴方の『宮殿の草むしり担当』として、この身を捧げます!!」
「……あ、あー。あー……(※訳:え、また職員が増えるの? 予算大丈夫かな……)」
こうして、王都に乗り込んできた最強の勇者は。
ゼノン様の「生暖かい眼差し」によって一瞬でわからされ、魔王と仲良く庭の手入れをする「雑用勇者」へと転身を遂げたのであった。
第16話をお読みいただき、ありがとうございます。
蒼井テンマです。
「パニックの右往左往」が「神速の分身」に。
「逃げ腰のハタキガード」が「聖剣破壊のカウンター」に。
ゼノン様の「慈愛(という名の恐怖)」は、ついに勇者のプライドすらも浄化してしまいました。
さて、魔王に続いて勇者までもが「居候」となったゼノン様の宮殿。
もはや地上に敵なし……かと思いきや。
次回、ゼノン様のあまりの徳の高さを聞きつけた「神界の女神」が、
『彼こそ私の夫に相応しい!』と空から降臨してきて……!?
「ゼノン様、ついに神様にロックオンされる(笑)」と思った方は、
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皆さんの評価が、ゼノン様の「次の逃走速度」を光速へと引き上げます!




