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夜道の少年

作者: 通りすがり

優奈は飲食店で働いているため、仕事が終わり電車で最寄りの駅へ着くころにはだいたい23時を回っている。

駅から自宅までは歩いて10分くらいの距離で、住宅街の中の街灯のある道を通るため、それほど身の危険を感じることはなかったが、それでも夜道に人が居たりすると少し緊張をする。

その日もいつも通り、仕事が終わり駅から自宅に向けて夜道を歩いていた。

道は車道と歩道が白線で区切られているだけの狭い道だった。

その日は夜になっても暑く、少しの距離を歩いただけでも体中から汗が噴き出てくる。

早く家に帰ろうと急ぎ足で歩いていると、ちょうど街灯と街灯の間で明かりが途切れて薄暗くなっているあたりの道の端に、こちらに背中を見せてしゃがんで何かをしている少年が居ることに気づく。

その少年は体の大きさから、優奈には小学生の低学年くらいに思えた。

時間はもう23時半に近かった。常識的に考えて子供が一人で出歩いていい時間ではない。

こんな時間にこんなところでこの少年は何をしているのだろう、親は近くにいないのだろうか、優奈は様々なことが一瞬の間に頭に浮かんだ。

優奈は、このまま通り過ぎようか、それとも少年に話しかけようか、どうするべきか悩んだが、結局少年を放ってこのまま立ち去ることができずに声をかけることにした。

「ねぇ、きみ。こんな時間にこんなところで何をしているの」

声をかけられた少年は、突然のことでびっくりしたのか、体をビクッとさせ飛び上がらんばかりに驚いた様子だった。

その時、少年から何かが地面に落ちるのが見えた。

少年はスッと音もなく立ち上がり、顔を半分だけこちらに向けてた。

「ビックリしたんだけど」

横目で睨みながら優奈に向かって怒った様子をみせる。

優奈は少年の迫力に少し動揺しながらも驚かせたことを素直に謝った。

すると少年は何も言わずに、再び優奈に背を向けて地面にしゃがみ込んだ。

「ねぇ、ほんとにこんな時間にこんなところで何をしているの。お母さんやお父さんは一緒じゃないの」

優奈は少年の背中に向けて、再び聞いた。

すると少年は下を向いたままボソッと「探し物をしていた」と答えた。

「今ちょうど見つかってやっと元に戻せたのに、ビックリしたからまた落としてしまった」

震えた声で怒っているのか泣いているのかわからない様子で少年はそう言った。

優奈は少年の言葉に少しだけひっかかるものを感じた。

優奈はしゃがんだ少年の頭越しに、少年が落としたものを覗き込む。

暗くて分りづらかったが、それは丸い白い塊だった。

優奈はよく見ようとさらに身を乗り出したときに、少年はそれをスッと手で拾い上げて自分の顔のほうに持っていく。

そしてなにやらもぞもぞした後に、優菜のほうを向いて言った。

「落ちた目が上手く元のところに入らないんだよ。お姉さんも手伝ってよ」

そう言って優奈のほうを向いた少年の右目には黒い穴がぽっかりと開いており、少年の手にはそこから外れ落ちたと思われる眼球がのっていた。

優奈は「ひっ」と悲鳴にならない悲鳴をあげた。そして体に力が入らず腰が抜けたようにその場に座り込んでしまった。

だが、優奈はその間も少年の顔に開いた黒い穴から目が離せないでいた。すると優奈は、その黒い穴に吸い込まれるような感覚を覚える。そして周囲が闇に包まれていった。その瞬間に優奈の全身を耐え難い痛みが襲い、意識が徐々に薄れはじめた。

そのとき、何か音を聞いた気がして、夢から突然目覚めたときのように急激に現実へと引き戻された。

いつもと同じ夜道に一人で座り込んでいる優奈。先ほどまでいた少年は今はどこにもいない。

「今のはなんだったの」

恐怖で震えた声でそう呟いたとき、優奈の耳に聴き慣れた音が聞こえる。

スマホの着信音だ...。

慌ててカバンからスマホを取り出して画面を見ると、そこには彼氏の名前が表示されていた。

同居する彼氏が、優奈の帰りが遅いのを心配して電話してきたのだった。

さっき意識が遠のいたときに聞こえた音はこれだったのか。

優奈は彼氏に心から感謝するのだった。





翌日、優奈は仕事に向かうため、昼前に家を出て駅に向かっていた。昨夜少年がいた場所が近づいてくると昨夜にあったことを思い出して少し緊張してきた。

そこには当然に少年はいなかったが、その代わりに少年がいた場所には花束と缶ジュース、お菓子などが置かれていた。

優奈は嫌な予感がしつつも、ちょうどお菓子を置いて手を合わせている中年の女性がいたので、声をかけた。そして、ここで何があったのかを聞いた。

すると、昨日の夕方、ここで交通事故があったという。そしてその中年の女性は、その事故をちょうど目撃していたと優奈に教えてくれた。

車に轢かれたのは近所に住む小学生の男の子で、学校から自宅に向かって歩いているところを、道路を制限速度以上のスピードで走ってきたトラックに後ろから撥ねられたのだった。

そこから事故を目撃した中年の女性の話は壮絶だった。

少年は10メートル以上は跳ね飛ばされて、そこにあった家の外壁に頭から突っ込んだらしい。事故直後にはすでに意識はなく、全身のあちこちに骨折と外傷があり、そして特に頭部のダメージが酷く、車に轢かれた衝撃なのか壁にぶつかった衝撃なのかはわからないが、右目が眼窩から外れて飛び出ていたらしい。

救急車を呼んで病院に着いた時には、驚いたことに少年はそのような状態でもまだ辛うじて息は合ったみたいだったが、日付が変わるころに息を引き取ったとのことだった。

優奈は昨夜のことを思い出し、少年は自分が事故にあったこともわからずに、ただ無くなった眼球を霊となって必死に探していたのだろうと思うと、なんだかとても悲しくて切ない思いになった。そして目の前にある花束に向けて、少年の成仏を祈って手を合わせた。

そしてその祈りが通じたのかはわからないが、優奈は2度とあの少年の姿を見ることはなかった。

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