表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/7

第1話 終わったはずの冒険、そして

「――また会おう! 俺、絶対に迎えに行くから! もう一度冒険者になって、世界のどこにいても見つけ出してやるからな!」


 ――それは、ありふれた冒険の終わりだった。


 26歳の終わり、俺たち――冒険者パーティ『銀翼の鷹』の冒険は、唐突に幕を閉じた。大陸を揺るがす大事件とまではいかない。けれど、長年拠点にしてきたあの街のギルドの連中くらいは、惜しんでくれただろうか。……いや、どうだろうな。あいつらのことだ、表向きは神妙な顔をして、裏では「やっと厄介払いできた」なんて言いながら、祝杯をあげていたかもしれない。それも冒険者らしいっちゃらしいか。


 嘆きの森の調査。瘴気に満ちた古代遺跡の奥深く、巨大なバジリスクの幼体との死闘は、今でも悪夢に見る。

 俺の振るうミスリルのダガーと、ドワーフのバルガスが振り回す黒鉄の戦斧。エルフのセレナが放つ氷結魔法と、ハーフビーストマンのファルコのまるで曲芸みたいな弓捌き。どれか一つでも欠けていたら、俺たちは間違いなく、あそこで朽ち果てていた。あの時嗅いだ、バジリスクの腐った肉と血の混じった臭い。肺を焼くような瘴気の熱さ。今でも鼻の奥にこびり付いているような気がする。


 駆け出しのころに受けた、盗賊団『黒い牙』の討伐依頼もそうだ。あの頃の俺たちは、若くて、未熟で、無鉄砲で……とにかく、勢いだけは一人前だった。何度も死にかけた。盗賊たちの罠にかかり、毒矢を受け、意識が朦朧としたこともあった。

 視界がぼやけ、体が痺れる。そうして失血死を覚悟した瞬間、セレナの治癒魔法が俺を包み込んだ。温かい光が体中を駆け巡り、凍りついた心臓が再び動き出すような感覚。あの時、俺は確かに、仲間の大切さを知った。村人の笑顔を見て、宴会に出て――命がけで依頼をやってよかったんだって、たしかに思えたんだ。

 村娘たちが差し出す、冷えたエールと温かい手料理。焚き火を囲んでの歌と男たちのへったくそな踊り。村人たちの感謝の言葉と笑顔。あの夜の熱気は、今でも肌で感じられる。……あの娘、可愛かったな。今頃どうしてるだろうか。



 ――Bランク。


 俺たち『銀翼の鷹』が辿り着けたのは、そこまでだった。冒険者ギルドに登録されている冒険者のランクは、FからSまで存在する。Fは駆け出し、E、Dと続き、C、Bは中堅、Aはベテラン。そしてSは大陸でも指折りの英雄級だ。 Sランクともなれば、その名は吟遊詩人によって歌い継がれ、歴史書に名を残すことだってある。アレスティア大陸には、そんなSランク冒険者パーティ『レジェンド』がいた。彼らは、まさに伝説。俺たちなんかとは格が違う。()()()()()()()()()()()()()、ずっと目標にしてきた伝説の冒険者。


 たかがBランク、されどBランク。……少なくとも、前世を含めて、俺の人生で最も輝いていた日々だった、と断言できる。Fランク冒険者だった頃に、初めて手にした鋼鉄の剣。錆び付いて刃こぼれだらけだったけど、それでも俺にとっては宝物だった。毎晩寝る前に磨いては枕元に置いていたっけ。……懐かしいな。あれ、どこにやったかな。


 純白の幌馬車から眺める、どこまでも続く大平原。涙ぐむ三人の仲間たちに別れを告げた時のことは、昨日のことのように思い出せる。


「……太陽が目に染みやがる」


 バルガスはゴツゴツした手で乱暴に目元を拭った。俺とこいつのコンビから『銀翼の鷹』は始まったんだ。ドワーフらしく情に厚い奴で、こんな風に涙もろい。酒癖は最悪だし、酔うとすぐに暴れ出す。 数えきれないほど迷惑をかけられて、それを遥かに超えて救われた。憎めない奴だった。ドワーフガルドに帰ってからも、元気にやっているだろうか。


「私、ムーンウィスパーの雑貨屋で働いてるから、さ。……たまにでいい。絶対顔出してよね」


 セレナは顔を逸らしながら呟く。こんな言葉を聞けるとは思わなかった。いつも冷静沈着で、何を考えているのか分からない奴だったからな。でもあの時、普段は長い銀髪に隠されているセレナの耳が、少し赤くなっていたのが見えた気がした。いつも冷静な彼女なら、きっと雑貨屋でもうまくやるだろう。ハーフエルフ特有の長い耳が、感情の揺れに合わせてかすかに震えていた。


「ま、せいぜい長生きしろよ。お前は僕がいないとすぐに野垂れ死にそうだからな」


 ファルコは、いつもの皮肉めいた口調で、あいつなりに精一杯の別れの言葉を紡いだ。……ああ見えて寂しがり屋なんだよな。あいつのことだ、きっと今頃、どこかの街で女を引っ掛けて、楽しくやってるだろう。


 馬車はもう出立しようとしている。御者の合図と、馬のいななきが俺たちの言葉をかき消していく。真っ赤な夕焼けが目に滲み、吹いて来る風が妙に冷たくて、涙が止まらなかった。……あの時、俺は確かに、夢が終わったんだと感じた。


「寂しいけど――」


 最後に俺は、絞り出すように言った。


「――今日で、さよならだ!」


 古代遺跡の最深部。罠にかかったファルコを庇い、俺は右腕に深手を負った。もう剣を振るうことはできない。巧妙に隠された罠。床に仕掛けられたスイッチを踏んだファルコに、無数の矢が降り注いだあの日。咄嗟に庇った俺の右腕を、鋭い痛みが貫いた。

 ……熱い。痛い。折れたか? いや、それどころじゃない。

 視界が歪み、意識が遠のいていく。セレナの叫び声が遠くで聞こえた気がした。

 右腕で剣が振るえなくなる。それが、俺たちの冒険の終わりだった。

 俺たちの、熱くて、苦しくて。

 それでいてどうしようもなく眩しい日々は、こうして終わったんだ。




――と、そんな懐かしい夢を見た。


 あれから11年。古びた小屋の軋む音、土と草の匂い、焚き火の温もり、そして、毒キノコのピリピリとした刺激。

ギデオン・シルバーハート37歳。元冒険者、現・森の番人。これが俺の今の日常だ。


「こ、腰が痛てぇ……」


 冒険者を引退して、もう11年になる。肩の可動域は、あの頃の半分も残っちゃいない。使い込んで体に馴染んだ革鎧は、とっくの昔にカビ臭い匂いを放ち始め、今では物置の肥やしだ。鏡を見れば、疲れ目を擦る、くたびれた中年男が、情けない顔でこっちを見ている。……あの頃の俺は、もっとマシな顔をしていたはずだ。少なくとも、こんな死んだ魚みたいな目じゃなかった。なんなら死んだ魚より黒い。目つきも悪いしクマもすごい。


 気付けば俺も37歳。大いにおっさんだ。現在は故郷であるエルムントの街外れ、エルフィニアの森の近くに建てた、古びた掘っ立て小屋で森の見回りをして暮らしている。スローライフ……ほど響きの良いもんじゃないが、そう悪くもない。ようは、世捨て人みたいな自給自足生活だ。家の周りには、俺が仕掛けた罠がいくつかある。簡単な罠だけど、小動物くらいなら捕まえられる。 小屋の裏手にある小さな畑では、薬草や野菜を育てている。土いじりは嫌いじゃない。

 種を蒔き、水をやり、芽が出て、花が咲き、実がなる。その過程を見ていると心が安らぐ。土地柄なのかちょっとだけ毒々しい色をしているが、個性と思えばいける。たまに害虫や病気に悩まされることもあるけど、それもまた自然の摂理ってやつだ。


たまにリーシャが顔を出してくれるのが、最近の楽しみだ。エルムントの宿屋の看板娘。森で迷子になっていた彼女を助けてからというもの、今の今まで付き合いがある快活な少女だ。


「ギデオーーーン! いるーーー?」

 

 お、噂をすればなんとやら、だ。

 

「おー、リーシャ。いらっしゃい」


 亜麻色の髪を三つ編みにした、快活そうな少女がこちらに駆けてくる。


「ちょっと顔見に来ただけだよ。……また難しい顔してた」

「そ、そうか? 元からとかじゃないか?」

「そうだよ。はい、差し入れ」


 リーシャはにかみながら、バスケットを差し出してくる。中には、焼きたてのパンと、エルムントハーブを使ったサラダ、それに温かいスープが入っていた。パンの香ばしい匂いとハーブの爽やかな香りが食欲をそそる。一回り以上年下の少女に餌付けされているようで情けないが、うまそうなのだからしょうがない。気付けば彼女は料理の腕をめきめきと上げ、週に何度か食事を持ってきてくれるようになっていた。


「気が利くね。いつも助かるよ」

「ふふん、リーシャ特製だからね!……ねえ、ギデオン。どうしてそんなに森の近くに住んでるの?危ないじゃない」

「ここが落ち着くんだ。それに、この森には色々な薬草やキノコがある。俺は毒にも詳しいからな、薬師ギルドにも卸せる。俺の庭みたいなもんだからな」 

「もう、またそんなこと言って。…でも、気をつけてね。最近、物騒だから」

「ああ、分かってる」


 リーシャは心配そうに俺の顔を覗き込む。彼女の優しさが胸に染みる。

 軽くキノコに着いた土を落としてから、ちぎって舌にのせる。すると口の中がピリピリとする感覚がして、品種と品質が理解できる。たまにエルムントハーブと呼ばれる珍しい薬草が手に入る。エルフィニアの森の特定の場所にしか自生しない貴重なもので、高値で取引されるのが嬉しい。


 毒キノコを採取しては薬師ギルドに卸し、薬草を育ててポーションを作り、たまに森に入って狩りをする。冒険者時代の貯金もあるし、生活には困っちゃいない。ただ、たまに、無性に寂しくなる時がある。街で所帯持ちの友人を見ると、胸が締め付けられるような――いや、これは見なかったことにしよう。温かい家庭、か。俺には縁のない話だな。


 おまけに、俺はこの世界には存在しないはずの"ゲーム知識"を持つ、転生者ときた。


 そう、俺は知っている。この世界が、かつて俺がやり込んだRPG「ブレイブ・クロニクル」そのものだと。そして、俺がゲーム内の取るに足らないサブキャラ、ギデオン・シルバーハートとして生を受けたのだと。


 ……順を追って説明しよう。俺、ギデオン・シルバーハートは、元・日本のどこにでもいるフリーターだった。まあ、どこにでもいる、ってのは少し嘘になるか。俺は、重度のゲームオタクだった。特に、「ブレイブ・クロニクル」ってRPGには、人生の全てを捧げたと言っても過言じゃない。徹夜でレベル上げ、レアアイテム探し、隠し要素のコンプリート。あの頃の俺は、間違いなくゲームの中に生きていた。


 赤ん坊の頃に自分の名前を聞いた時はさすがに興奮した。「ギデオン・シルバーハート」だぜ?  銀の心臓。……厨二病心をくすぐる、格好良すぎる名前じゃないか。誰だって主人公だと思うだろ。


 その割にはまあ、俺のステータスは見事に平均値。HPもMPも、攻撃力も防御力も、見事に並。よくこれで冒険者やってたな、って自分でも思うよ。原作知識である程度はマシなステータスにはなったが、素質の壁は厚くてな……レベリングだって試したものの、完全に名前負けだ。時々掲示板で"ギデオン・シルバーハートを救いたい"みたいなスレッドが立つんだよ。スレ画に真顔の俺の立ち絵があってな。色々言ってるわけだ、掲示板の住民が。うん。


 完全に名前一本でネタキャラになってしまった男、それがゲームの中での俺だ。ゲームの中では本当にただのサブキャラなんだ。街道沿いの街で、冒険者に薬草を売ってるだけの、地味な男。まさかそんな奴に転生するなんて、神様も粋な計らいをしてくれるもんだ。……神様、俺のこと嫌いなのか?


 幸い、俺は毒が効かない。ゲームの中では戦闘シーンを見たことがないから、これが転生特典ってやつなのか元々ギデオンが身に着けたスキルなのかはわからないが……まあ、地味ながらも生存に役立つスキルがあるだけ、まだマシなのかもしれない。おかげで毒キノコを食っても腹を下すことはないし、毒を武器にするモンスター相手にはまず負けない。もうちょっと派手なスキルが欲しかった、ってのが本音だけどな。毒キノコでもむしゃむしゃ食えるスキルってなんだよ。「ファイアボール!」とか叫んでみたかったよ、俺だって。いや、叫べはするけどさ、出ねえんだもん。ファイアボール。


 そんなわけで、この世界に来て37年。それなりに楽しくやってきた。昔の仲間とは時々会うし、貯金もある。まあ、結婚適齢期を過ぎている、ってのは……うん、なるようになる。少なくとも、ブラック企業に使い潰されたり、窓際社員として肩身の狭い思いをしたりするよりは、100倍マシな人生だ。前向きに、前向きに考えよう。


「ギデオン、また難しい顔してる。悩み事なら、いつでも聞くよ?」

「ありがとう、リーシャ。でも大丈夫だ。街まで送っていこうか?」

「ううん、大丈夫! 今日は、ギルドの人に頼まれて、これを渡しに来ただけだから」


 リーシャは、そう言って、俺に一枚の羊皮紙を差し出した。


「ギルドからの……依頼書?」

「うん。最近、森の奥で、強力な魔物が出没するようになったんだって。それで、ギルドが討伐隊を組織することになったらしいんだけど……」

「人手が足りない、ってことか」

「うん……。ギルドの人も、ギデオンのこと、頼りにしてるみたい」

「……」


 俺は、複雑な思いで依頼書を受け取った。正直、もう冒険者に戻るつもりはなかった。でも、リーシャの不安そうな顔を見ると、断ることもできなかった。


「……分かった。引き受けるよ」

「ギデオン……! ありがとう。でも、無理はしないでね」

「ああ、心配すんな。俺を誰だと思ってるんだ?」


 俺は、そう言って笑ってみせたが、内心では不安でいっぱいだった。


 リーシャと別れ、小屋に戻った俺は、ぼんやりと考え事をしていた。

 その日も、いつもと変わらない一日になるはずだった。薬師ギルドに採取した毒キノコを卸し、馴染みの雑貨屋で日用品を買い足す。酒場で顔馴染みの連中と一杯引っ掛けてから帰る。そんな平凡で平和な一日になるはずだった。


 だが、今日は街の様子がいつもと違う。どこか騒がしい。何があった? 普段は静かなこの街に、何かが起こっている。冒険者ギルドの前には人だかりができているし、街の広場では見慣れない騎士たちが演説をしている。

 衛兵たちはいつもより数を増して、街中をぐるぐる巡回している。何人かは俺の顔を見て軽く会釈をしていった。顔馴染みってほどじゃないが、何度か話したことはある。

 顔なじみの雑貨屋の奥さんに話を聞くと、彼女は興奮した様子で、一枚の新聞を差し出してきた。


「森にいるもの、知らないのも無理ないわね。ギデオンさんも気をつけてよ? 最近、物騒な事件が多いからねぇ」


 俺は思わず叫びそうになった。……いや、実際には、情けない声が出ただけだったけど。

 新聞の一面には、こう書かれていた。


『勇者エリス・サンライト、魔王軍に寝返る!? 聖王国、追討令を発令!』


 脳みそがショートして、火花が散るような思いがした。寝返る?勇者が?魔王軍に? 何かの冗談だろ? そんな展開、原作ゲームにはなかったぞ?


 俺は慌てて新聞を読み込んだ。記事には勇者エリスが、魔王軍の幹部と共にいる姿を目撃した、という証言や、聖王国がエリスを裏切り者と断定し、追討令を発令した、という内容がセンセーショナルな見出しと共に踊っていた。

 記事の隅にはご丁寧に小さな挿絵が添えられている。そこに描かれていたのは、確かに勇者エリスと思われる金髪の女性と、漆黒の鎧を纏った騎士……魔王軍の四天王の一人、"黒曜の騎士"に違いない。

 そんなバカな。エリスは原作じゃ主人公じゃないか。魔王を倒す側の人間だ。それが、なぜ?


 エリス・サンライト。男女で選べる主人公のうち、彼女は"ブレイブ・クロニクル"の女性主人公。聖王国の王女にして、光明神に選ばれし勇者。その力は絶大で、ゲーム中盤には、伝説の聖剣を手にいれ、魔王軍の幹部たちを次々と薙ぎ倒していく。

 彼女の放つ光魔法は、敵を浄化し、味方を癒す。その姿は、まさに希望の象徴。プレイヤーは、エリスを操作し、世界を救うために冒険するんだ。

 それが、魔王軍に寝返ったという。何が起きているのか理解できなかった。


 ……いや、待てよ。これは、もしかして。


 嫌な予感に背筋が凍りつくのを感じた。


 原作のストーリーが、崩壊している?


 そういえば、以前チームを組んでいたバルガスから手紙が来ていた。内容は「最近、魔物の動きが活発になっている。気をつけろ」というものだった。あの時はただの近況報告だと思っていたが、まさかこんなことになるとは。

 手紙は確か、ドワーフガルドからだったか。ドワーフたちは独自のネットワークを持っている。何か知っているかもしれない。


 元Bランク冒険者ともあろうものが、腰を抜かすところだった。いや、実際には、膝がガクガクと震えただけだったけど。


 薬師ギルドにキノコを卸した帰り道、俺はさらに驚くことになった。いつもは静かなエルフィニアの森が、何やら騒がしい。……嫌な予感がする。


 俺が住んでいるのは森の入り口付近。普段は、鳥のさえずりさえ聞こえないほど静かな場所だ。そこに、何らかの気配がある。それもかなり強い気配だ。魔物か? いや、違う。もっと神聖な、それでいてどこか悲しげな気配。

 微かに光の魔力も感じる。


 俺は、腰に下げたミスリルのダガーを抜き、慎重に気配のする方へ進んだ。このダガーは、冒険者時代に大金を叩いて買った、俺の相棒だ。久しぶりに握る相棒の感触。手入れはしてある。何年も使ってないが、研いでおくもんだ。


「……マジかよ、おい。悪い夢でも見てるのか?」


 大きな木の下で倒れていたのは、血と泥にまみれ、浅い呼吸を繰り返す少女。その顔色は青白く、腕には毒によるものと思われる、紫色のアザが広がっている。……酷い怪我だ。このままじゃ死ぬ。冒険者時代の勘が頭の中でそう告げていた。

 風が吹き、少女の金髪が揺れる。その動きは血や泥を吸い込んでいるためか、どこか緩慢だ。


 しかしその服装は、紛れもなく、聖王国セレスティアの紋章が刺繍された高貴なものだった。……そして、その輝くような金髪と、澄んだ青い瞳は――俺の記憶にある、あの勇者エリス・サンライトの姿と、あまりにもよく似ていた。いや、似ているどころじゃない。間違いなくエリス本人だ。

……どうして、こんなところに? 何があった? さまざまな疑問が頭の中を駆け巡る。

だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。とにかく、彼女を助けなければ。


 俺は、震える手で、エリスの体に触れた。そして理解した。

 これは夢でも幻でもない。現実だ。呆然とする俺の脳裏に、「ブレイブ・クロニクル」のタイトル画面がフラッシュバックした。

 そこに描かれていたのは、聖剣を掲げ、希望に満ちた表情で微笑むエリスの姿。

 ――それが、今、目の前で血まみれになって倒れている。


 ブレイブ・クロニクル。その主人公である勇者エリスは、今、俺の目の前で、瀕死の状態で倒れていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ