84-死ねなかった2人の同舟共済
過去回想
〜リデルと潤空の慣れ始め〜
どぞ
───崩壊した魔城の最上階。瓦礫が浮かび、瘴気が漂う悪夢の国の深奥、背もたれを斜めに斬られた金の玉座に、全てを失った女王がいた。
かつての威光は疾うに失われ、大穴の空いた天井から、異空間の黒い空をただ眺める。
無言で黄昏れる敗戦者───リデル・アリスメアーは、満足に動かせない身体にムチを打って、なにもない黒空の模様を目でなぞる。
恨むべきか、恐れるべきか。こんな忌々しい状態に己を追い込んだ魔法少女に、どんな文句を言うべきか。
視線を落とした先、床に蹲る少女に言葉を投げる。
「それで。決断はできたのか? ───魔法少女」
無気力に、玉座の傍で動かない青の戦乙女。ボロボロの燕尾服風コスチュームを身に纏い、凹んだシルクハットを床に置いて、体育座りする、月の化身。
名を、ムーンラピス。または、宵戸潤空。
女王を致命まで追い込んで、危うく地球を滅ぼす戦犯になりかけた魔法少女。
決戦時は、リデルも狂っていた為に教えなかったが……本来、リデルの死は地球の滅びに直結する。今回は運良く理性の一欠片から復活できたが……危うくだった。
ちなみに、地球が滅んでもリデルは死なない。
一種の不死性と余力があったお陰で、弱体化したものの女王は健在だ。
「はァ…」
身体にツギハギを這わせ、蘇った魔法少女は、現代初のゾンビとなっていた。
「……理解はした。今やるべきことも、取るべき選択も。その必要性も……納得は、してないけどね」
「ふんっ。強情なヤツだな。さっさと受け入れろ」
「うるさいな…」
間違ったことをしたわけではない。ただ、誰も知らない真実だっただけで。危ない綱渡りをしていたことを知り、自分たちの戦いがどういうモノだったかを理解して。
やる気を失った……スランプのラピスがそこにいた。
倦怠期モードだ。目的を見失い、理由を奪われ、真相に立ち塞がれ。
唯一無二の幼馴染も、死んでしまった。
最後の一人、生き残って。否、一人生き返ってしまった苦痛と罪悪感に苛まれる。
敵の親玉と運命共同体になったことも、吐き気と眩暈で気持ち悪い。
残された選択肢はたった一つ───リデルの配下として暗躍すること。
正直に言って、語られた話を彼女は信じていなかった。
宇宙人だの、ユメが星には必要だの、怪人と妖精が実はイコールの存在だの。
そんな真実、信じたくなかった。
……結局、いつまでもジメジメしているのは、ラピスの性に合わないと、立ち上がって動き出すのが、彼女の強さであり、弱さでもあるのだが。
そうして始まったのが、悪夢の尖兵となる道。
苦渋の決断で受け入れた蒼月の、二年以上に及ぶ暗躍。後に世界に混乱を巻き起こす、宇宙からの災害、終わりのその時まで。
青春も、日常も。全てを切り捨てた、始まりの半年。
……そして、リデル・アリスメアーとの関係が、歪んで拗れて愉快なモノになる、過去話。
「おい、邪魔だ。どけ」
「何故?私がいないとこに掃除機かければいい。わざわざ動いてやる必要性を感じん」
「このニートが…」
「黙れ小娘」
「ッ」
とある日。2人……否、潤空が、崩壊させた城を修繕、再構築していた頃の話。瓦礫や血が散乱する廊下を魔法で片付け、作り直し。あまりに広くて、別にいいかと規模を縮小させて、城を小さく作り替えたり。
何故僕がと一生呟きながら、独りで作業していた。
……ちなみに、喧嘩の内容は仰向けに寝転び幼年漫画を読んでいたリデルが、掃除機の進行方向を塞いで妨害した形だ。
こんな喧嘩は日常茶飯事で、弱体化に伴い怠惰となったリデルの世話に、潤空がブチ切れては長杖を喉に添えたり威嚇したりと……
怒声と罵声が絶えない環境となっていた。
殺意を隠さない潤空と、害意をものともしないリデル。罵り合いは基本だ。
「腹が減った」
「……空腹だぁ?今まで食べてなかったのに?」
「この身体になったせいだな。不便な……今までは魔力で凌いでいたが、無駄みたいだ」
「チィッ」
ゾンビになってから空腹を感じない、三大欲求が大幅に激減した潤空にとって、炊事を命令されては苛立たのみが湧き上がる。自分で作れと言いたいが、この幼女化女王にそんな器用なことができるとはまず思えず。
基本受け身で全てを任せてくる、遊んでばっかの女王に拳を握る。
なにを言っても無駄だと、もうわかっているから。
溜息だけを吐いて、渋々行動に出る。文句を言ったって純粋な目で見てこられるだけだ。
「おらよ」
「ほう……なんだ、これは」
「親子丼」
「おやこどん?随分と物騒な。ニンゲンは卵を産むのか。知らなかった」
「違う」
人間社会に疎いリデルの誤解には、教育するしかないと諦めが生じた。
そんなふうに、元敵同士の2人は交流を重ねていった。
「……ねぇ、手伝ってよ」
「めんどくさい…」
「甘えん坊がよぉ。そんな体たらくでよく人類の敵なんざ名乗れたな」
なにもしないリデルに溜まる鬱憤。時が経つにつれて、仕方ないな〜と思うようになってしまった潤空。リデルはもう害されないとわかったせいか、かれこれずっと、この自由気侭な調子だ。
宿敵の変化に、潤空の葛藤も徐々に薄れていく。
それが演技であればすぐに見破れるが、邪念がない素の行動であるとわかってしまえば、もう。
潤空の胸中を埋めるのは、諦観。環境に適応する慣れに抗えず、受け入れつつあった。
内心では、それは悪だとわかっていないがら。
魔法少女としてのプライドを、矜恃を捻じ曲げ、暫しの葛藤の末に口を噤む。
もう戻れない。自分でどうにかするしかないと、心から理解してしまったから。
「なぁ、オマエ。名前は?」
「ムーンラピスだけど」
「違う。親に付けられた名前だ。それは魔法少女としての芸名だろう」
「その言い方やめろよ…」
「で?」
絆されているのはわかる。もう、リデルという悪魔を、受け入れてしまっているのも。
本名を伝えてしまえば、後戻りできない。
真名を教えることが、どういう意味を持っているのか。潤空が知らないわけもなく。
かといって、このまま伝えないでいると、幼女の本能で執拗く食い下がられることは明白で。
結局抵抗を諦めて、潤空は名を告げる。
……それが、現状維持だった関係に、前進という結果を齎すとは思わずに。
「潤空。宵戸潤空。これでいい?」
「……うむ。わかった。なら、これからはオマエのことをうるるーと呼ぼう」
「は?」
なにを言っていると胡乱気に見遣れば、リデルの手には『同居人と仲良くなる方法Best10』と書かれた、あまり信用できなさそうな本が。
どうやら、そこに書いてあることを実践した様子。
まずは、愛称から、と言ったところか。そんなので納得できるわけないが。
苛立ち混じりに、潤空は少ない洗濯物を片付ける傍ら、絨毯に座るリデルを睨む。
「なにそれ」
「せっかくの主従関係なのもあるが……まぁ、オマエとはこちらから歩まないと、どうにもならんことぐらい、私もわかってるつもりだからな」
「……利害の一致、事務的な関係性。それでいいでしょ。友好的なあれこれなんて、僕はいらない」
「むぅ…」
先に歩み寄ったのは、リデルから。だが、過去の非道や悪業に邪魔されて、上手くはいかない。当然のことだが、先行きは不安だった。
潤空とて、内心ではわかっていても。
それを受け入れられるかどうかは、別で。これ以降も、リデルから話しかけては接触を試みたり、あれやこれやと注文を付けたりするのだが……
潤空は徹底的に、業務的に、差別的に、大人になれずに逆らい続けて。
「おい、早くこの手を取れ……うるるー、オマエを新たな女王に任命してやる」
「絶対にいやなんだが???」
無駄な抵抗の末、首領の座だけは受け取ったが。
それから半年経ち、ある死体を拾うまで。2人の関係は変わることがなかった。
……変わらざるを得なかった、とも言えるが。
星の機構に成り果てた悪夢の女王と、その端末となった蒼月の奇術師。ギクシャクする2人の間に新たに加わる、無能な働き者と、社会から爪弾かれた3人の怪人。
多少なりとも、変わらずにはいれない環境になって。
とうとう折れた潤空が、マッドハッターとしての自分を受け入れて。
「……おいで」
「うむ!」
粛々と、魔法少女としての憤りを沈めて。潤空として、リデル・アリスメアーという一個人の共犯であることを、友人であることを認めた。
首領であることも、人類の敵であることも。
悪夢の最高幹部という表向きの立場も受け入れ、蒼月は邁進する。
もう、止められない。止まらない───信頼する味方がいなくなった世界で、ただ一人。
己が定めた正義の道を、貫き通す。
───諦念と闇、絶望の先で。親友の妹と、その本人に悪の道を妨げられるとも知らずに。
そして。
この過去語りが、ラピスの心象回復の為と、アイドルに勝手に生中継されているとも知らずに。
本当に、気付かないまま。




