83-ちょっと拗れた妹の本懐
もう手遅れ
「ほーまーれっ!!知ってたなら、なんで僕に教えてくれなかったぽふ!?」
「気付かないのが悪いかなぁ、って」
「ぐふっ!!」
「図星だったかぁ…」
「お姉ちゃん?」
「ごめんて」
同時刻、明園家。マッドハッターの正体を知っていた、そういう素振りを見せた穂希に、相棒なのに、家族なのになにも知らされていなかったぽふるんと穂花が詰問する。
といっても、そこに怒りはない。
あるのは、己に教えてくれなかったことへの悲しみと、気付けなかった不甲斐なさ、悔しさ。
なにかしらヒントは残してくれてもよかったのに、とは思うけれど。
「いやぁ〜、最初はなにあの帽子頭キモ〜って思ってたんだけど、ナハトって顔出しした瞬間、まぁわかったよね。認識阻害掛かってたけど、私、体質かなんかでそういうの効きずらいから普通に見破れたわけで?」
「……そういえば。マーチプリズの魔法を使った変装も、絶対見破ってたぽふね…」
「バケモノじゃない」
「先輩怖っ…」
「酷くない?」
初見でわかりましたと堂々と告げる様には、居合わせた後輩たちもこの反応。全世界の人間を騙した蒼月の偽装を一発で見破るなど、普通はありえない。
相手がリリーライトだから許されているまである。
気付けなかったことを、悔やむ必要はないと言うが……それで彼女たちが納得できるかは、また別の話で。結局、明かされるまで気付けなかったぽふるんは、元契約妖精であったにも関わらず、何一つわからなかったことを心から悔やんでいた。
「ぽふ…」
……現在、真夜中でありながら世間は大荒れしている。宇宙人の存在の証明、死んだ魔法少女たちの復活、そして裏切り、敵対。
錯綜する情報に世間は揺れ動き、ムーンラピスの計画を非難する者や賛同する者の対立が既に起きている始末。
蒼月の思い通りに、世界は動かされている。
アリスメアーの新首領、蘇った7人の魔法少女。敵へと組みした、最強たちの脅威。
曝露されてすぐでありながら、既に荒れ狂う波に乗った世界の流れに、魔法少女たちは置いてけぼり。
これからどうなるか、なにもわからない。
不安しかない世界で、それでもどうにかしようと、皆で足掻くしかない。
「ホマレ、なにか考えてるぽふか?」
「……うん。取り敢えず……徹底抗戦、かなぁ。それ以外できそうにないし」
「対話、とかは」
「無理だよきらら。潤空お姉さんって、一回決めたらもうテコでも動かないもん」
「そんなに…」
「やばそう…」
「ヤバいよ」
実体験を交えて、もう一人の姉の貫徹精神を教えれば、相手がどれだけ本気なのかわかったのだろう。友人たちの表情き、忽ち陰が差してしまった。
絶対に諦めず、死んでも妨害してくるだろうと、計画を完遂する為に突き進むだろうことが……裏切った大先輩の恐ろしさを、脅威を、理解してしまった。
あの穂希も匙を投げる程には、頑固なのが潤空なのだと知ってしまった。
……そして、敵の母数は自分たちより遥か多いことも。
真の脅威は“星喰い”なる宇宙的存在だが、彼女たち的に言うと、それを遥かに超える脅威がムーンラピスが率いるアリスメアーなのだが。
希望の力と悪夢の力、二つの属性を獲得した魔法少女の軍勢が、特に。
「でも、まぁ……諦める理由にはならないでしょ?逆に、燃えてくるっていうか」
「よくわかってるじゃない。遂にこっち側に来たのね」
「穂花ちゃんも戦闘狂の仲間入りかぁ〜。近寄らんとこ。あっちへお行き」
「へぇ!?」
姉の血筋を感じる発言に、元を辿れば同類なんだなぁと納得してしまうのは、なにもおかしくはないだろう。
全力で否定する慌てようも、なんだか面白く思える。
どんな状況下でも変わらず、笑顔を忘れない後輩たちの反応に、穂希も笑みを浮かべて。
きっと大丈夫だと、自分含め、これからの戦いを想うのであった。
……肝心の妹が、内心、姉二人をどう思っているのかは知らずに。
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───その日、明園穂花は寝れない夜を過ごした。
悶々と思考を埋め尽くす疑問や焦燥、不安。綯い交ぜになった、否、無理矢理掻き混ぜられた感情の渦に、思考が囚われていた。
彼女にとってもう一人の姉。
もう二度と会えないと、悲しみを押し殺して受け入れた義姉の復活。
うるさい鼓動と、涸れた涙を拭って、止まらない嗚咽を食い止める。
“蒼月”のムーンラピス復活と、その他6人の魔法少女の復活劇。ゾンビを名乗っていたけど、それがどこまで本当なのかはわからなくて。
見覚えのある人が、推しが、知っている人が、目の前で動いていた、あの時の衝撃。
姉が生きていたとわかった時以上の、なにもかも。
ある一件から穂花が目を離せずにいたマッドハッター、その中の人である、ナハト・セレナーデの正体が、まさかもう一人の姉だとは、思わなくて。
二重の意味で、穂花の脳みそは限界だった。
例の突拍子もない姉の奇行で、姉とナハトのはわわ///な光景を見てしまってから、ずっと。あの人一筋だった姉が変わり果てた衝撃と、あそこまで近距離に顔を合わせる、その新たな関係性の構築に、一度はパンクした。
それから2人が同時に視界に入ると、穂花のピンク色の天才脳はふわふわとリアリティのある描写を妄想して。
何度も赤面したのは、記憶に新しい。
……まさか、義姉と強敵が同一人物であるとは、夢にも思っていなかったが。
「そっか、なにも変わってなかったんだ…」
あの時、あの一瞬。何故、という疑問よりも、そうかと納得する場違いな思いが、穂花の根底にはあった。実姉、リリーライトの不可解な言動。ナハトとの共謀を疑って、言葉の殴り合いには恋愛脳がフルに動いて。
ちょっと斜めに逸れた穂花の疑念は、最悪な、若しくは最高の形で昇華された。
だって。
だって。
「───また、お姉ちゃんたちのイチャイチャが見れる、ってことだもんね!?」
「ヤバこいつ」
「…わーお」
姉・穂希とぽふるんと別れて、自分の部屋に仲間たちが集まったタイミングで、感情を爆発させた。
勿論姉は聞いてないし気付いてない。
きっと、知ったら……いや、案外なんともないかもしれない。
「敵対構図がネックだけど…」
今まで、見慣れていた光景───もう見れないのかと、半ば諦めていた思い出が。
また再生されると思えば。
この苦しみも、義姉の決断への反感も、思いも。少しはマシになるもので。
……距離感の近い2人の姉の日常を、少し距離が空いたとはいえ、また見れるのなら、と。
そう、明園穂花は───とっくのとうに目覚めていた。
そもそも。穂花の目から見て、昔から姉たちの距離感はバグっていた。常に隣の席に座り合い、カーペットなどに片方が寝転んでいれば、腹の上やその隣に頭を乗せ。
無意識に身体の一部を、腕や足を乗せたり寄せたり。
魔法少女になってからは、より一層。
次々と亡くなっていく仲間の死を受けて、互いに心音を確認し合っては、執拗に抱き合っているのを見た。
暇さえあれば会話、気付けば近付いていて、身体接触は当たり前。だいたい穂希が踏み込んで、潤空が仕方ないと無言で受け入れる。
【悪夢】との過酷な戦いで、以前よりもスれた潤空と、底なしの元気と笑顔でなんとか突き進む穂希。2人きりの魔法少女になった時は、常に張り詰めた空気の中にいた。
状況が状況だ。仕方がなかったのかもしれない。
そして、そんなふうに見てしまうのは2人に失礼だと、穂花はピンク色の思考を必死に沈めていた。
あの触れ合いが、2人の心の安寧に繋がっていたことも知っていたから。
無闇に口を挟んで、冷戦関係に持ち込ませたくなくて。
ずっとずっと……一人になってからも口を噤み、現実を直視し続けた。
……二年の時を経て、そのブレーキが大爆発したのは、ある意味必然だったのかもしれない。
未だ、姉二人の交流は、熱のある関係に変わりはないと気付いてしまったから。
「はわわ…」
「……ダメね、重症よ。他は兎も角、姉を見る目が、もう終わってるわ…」
「お姉ちゃん限定なんだね…」
「えっ、どうしたの2人とも。そんな目で……や、いや、言いたいことはわかるよ?でも、こちとら10年近くそれを間近に見せつけられてるんだよ?2人のケアしたり色々とサポートしたりして、その間もずっと見てたんだよ?」
「あぁ…」
「そりゃなるでしょ。咲くよ。咲き誇っちゃうよ。なんでそーゆー関係になってないのか不思議でしょうがない」
「独特の距離感ってやーつ?」
「そうそれ」
二度の脳破壊を経て、明園穂花は決意した───また、あの生活を。3人と一匹の、悲しいながらも楽しい生活を取り戻せるように。
仲間も増えて、手を取り合える敵も増えた。
今なら、きっと。潤空のユメに頼らずとも、この星を、地球を守れると信じて。
否、ユメ計画をぶち壊して、一緒に戦える仲間なのだと思ってもらわなければ。
そうして、また───あの邪念のない笑顔を、私たちに見せてほしい。
神様には祈らず、己の手で最高の未来を掴み取らんと。
……内心、もっと積極的にイチャイチャしてとか、別にそんなことは思っていない。
思ってないったらない。
「……あれ?」
そう決意した、その時。あるモノに気付いて。
「えっ?」
「これ、って…」
「…まさか」
電源のついたタブレットに映る、一本の動画に。全員の意識が固定された。
─ ─ ─ あの最後の戦いで死んだ後。僕とリデルは、運命共同体になった。
聞き覚えのあるやさしい声が、彼女たちの耳に入った。
次回、ラピちゃんの黒歴史(進行形)語り
……なんでタブレットから音声が流れてるんでしょうね(すっとぼけ)




