81-希望に満ちた、悪夢の箱庭
:なんで
:うそだ…うそだぁ………
:そんなのってないよ…
:推しが推しだった。全方位死角ナシ!!フハハハなんでなんでなんでぇぇぇぇ!!!
:耐えれない
:死ぬ
阿鼻叫喚の地獄絵図……悲鳴が飛び交う世界の中心で、正体を明かした僕は笑みを深める。人の不幸は蜜の味……その全てが、自分一人に向いているとなると、その感動も一入で。
若干愉悦に浸りながら、動揺する敵を見据える。
……困惑から抜け切ってないコメットちゃんも、ずっと目を白黒させるデイズちゃんも、みんな可愛いね。今まで敵対していた怪人が、僕だって知ってびっくりしてる。
そして、茫然と涙を流すエーテちゃんと、色々な感情がせめぎ合って、滂沱の涙を流すぽふるんも……付き合いが長いだけあるけど、現実から立ち直るには、まだちょっと時間がかかりそう。
いやー、ごめんね?今更で。
内心はニコニコ、外面は無表情を装う僕に、知っていたリリーライトが気安く話しかけてくる。
「ラピちゃんさぁ」
「当然の結果だろう?」
「まぁ……すっごい反響だね」
「そりゃあねぇ。死んだと思ってたヤツが、敵に寝返ってここに立ってるんだ。喃語も喋れない死体がうじゃうじゃ溢れてくるのも仕方ないよ」
「自信満々やめて。んもぅ、別にいいけどさ」
「アハ」
いやー、吾輩口調しないの楽でいいわ。演劇ってマジで大変なんだね。
久しぶりに履いたスカートを指で摘んで、ヒラヒラ。
……なんでボロボロなんだ?二年ぶりに変身したけど、まさかあの時のまま?いやでも修復はされてる……闇堕ち限定衣装ってことかな?なんか焦げてたり裂けてたりした跡が追加されてるの、多分そういうことだと思う。
くっ、なんかカッコイイ。ダメージジーンズっぽくて、嫌いになれない。
でも露出上がってない?スカートのスリットヤバいよ?下手したらパンツが見え……スパッツあったわ。こっちは汚れてないんだ。へぇ。
安心した。
「なんかダークだな。カッコイイぜ」
「まな板タンクには負けます」
「は?」
「もうちょっとヒラヒラ増やさない?闇堕ち衣装に黒味を足そうよ!!」
「化石アイドルは黙っといて」
「は?」
取り敢えず、先輩2人に喧嘩を売ってお茶を濁す。
復活させたカドックバンカーとマーチプリズの扱いは、魔法少女時代から変わらずである。こんなんでもちゃんと許される空気がある。
僻みと恨みで耳引っ張ってくるゾンビは突き放す。
あー、はいはい。ぺったんこと年増アイドルは大人しく死んでくだしゃ。
「……私も堕天しよっかな」
「そんなオプション付いてないでしょ」
「呪いでなんのかできないのです?」
「なんで乗り気」
「ウケるw私様は最初っから悪役令嬢コスだから、皆より先取りしてるもんね!」
「剥ぐか」
「剥ご」
「あれ?」
いつも通り調子に乗ったノワ、ミロロノワールが先輩の殴打を受けてるけど、どうでもいいから無視。ブランジェ先輩はわざわざ真似しなくていいし、フルーフ先輩はここで呪詛吐かんでもろて。
ピッド?君は暇だからって焦げた電車に近付かないの。
わちゃわちゃしてんな……今僕のターンだから、静かに黙っててほしいんだけど。
死霊術の支配下にあるヤツが逆らうんじゃねぇーよ。
そう内心飽き飽きしていると、漸く衝撃から立ち直ったぽふるんが僕に怒鳴る。
「ラピス!なんで!!」
「色々あって。不可抗力ってゆーか、リデルの策略負けで僕が勝ったってゆーか」
「はぁ?」
怒んなよ。先に復活したリデルが、周りにあった肉片と魂とかを繋ぎ合わせて僕を作り直して、利用しようとして失敗したのが悪いし。お陰でエネルギー全部僕にいって、あいつ弱体化しまくったし。
結果的にファインプレーだと思うんだよね。
だって、今や僕がアリスメアーの首領なんだよ?すごい出世だよね。
「聞いてないんだけど」
「これ知ってるの僕とリデルしかいない」
「お仲間は?」
「なにも」
証拠にグループLINEを見せて、と……うわぁ。
「冗談っスよね?嘘って言って」「おい」「待ってそれ知らない」「帽子屋様…?」「ブルームーン?首領だって私聞いてない!!」「!?」「嘘やろ?あんたらいつの間に代替わりしとったん?」などなど。あと復活魔法少女……正式名称は後で考えるとして、そいつらもエネル顔。
うん、最高幹部ってのは表向きの肩書きだ。というか、今のアリスメアーを運営してたのほぼ僕だし?代行にしか見えないけど、実は社長でしたってオチ。
いやはや、不義理にも程がある。なにやってんだか。
……リデルの全てを奪う形で、全盛期と変わらぬままの復活を果たした僕。ある程度の交流をもって、不本意だが共犯者となることを是とした、あの日。
メードもいなかった最初期に、僕は支配者となった。
───生前退位する。今日からオマエが女王だ。
───は?柄じゃないから嫌だが。てかいきなりなにを、待ってやめてって!!
お飾りを自称する、なにもできなくなった悪夢の女王の突然の引退宣言。なんとか引き止めて、アリスメアー首領の座は受け継いでやったが、悪夢の国の女王は全力拒否でそのまま持たせといた。
せめて宮廷道化師とかそーゆー遊べるポジションの方が楽でいい。
女王なんてやってられるか。もう国として機能してないとはいえ、だ。
「おねぇ、さん…」
「ふふっ、なぁに。昔みたいに所構わず抱きついてくれていいんだよ?その分実姉を揶揄う理由ができる。いやー、あの時の激怒と嫉妬が綯交ぜになったバカの泣き顔は、今思い返しても傑作だよ」
「会話の流れで私にパンチ食らわせるのやめよ?」
「いつものことだろ。こんぐらいの空気感で罵り会うのが僕たちだろう?」
「私が一方的に罵られてるの間違いだよね?」
「え?」
「は?」
しらばっくれ体操第一〜!!大きく首を傾げすっとぼけ運動〜!!!両手を小賢しく上げ、肩をすくめて〜、はいいっちにさんし。
いやぁ、軋む身体に効くね。
「気持ちはわかるよ。死んだと思った人間が生きていて、アリスメアーの最高幹部に……それどころか、首領の座を戴く敵になってるんだもん。そっち側にいたら、僕だって驚く自信がある」
「……まぁ、性格的に、最善策がどーたらこーたら言ってそっち着きかねないし……」
「僕のことよくわかってんじゃーん。そうだよ」
「否定してほしかった…」
「ね」
もう10年近い付き合いなんだ。それぐらいわかるか。
ごめんねぇ、穂花ちゃん。今まで会ってたのに、正体を偽ってて。
さて。
「───配信をご覧の諸君。ご機嫌如何かな。二年ぶり、とでも言おうか」
:ラピ様!!
:なんでなんでなんで
:裏切り者ー!
:おい待てぃ、あの蒼月様が、悪夢絶許なキラーマシンが生半可な理由で悪夢につくか?
:……確かに!
:天才か?
酷い言われよう。そして納得の速さが可笑しい。何故。
「相変わらず能天気な。いや、現実逃避が得意なヤツら。こんなんが僕の視聴者とか……はァ、まぁいい。見知ったアカウントばっかで気が滅入るけど」
「なっ、覚えてるの!?」
「残念ながらね。ブルーコメット、これでも僕は記憶保持検定世界記録を逃した女。記憶力には自信があるのさ」
「落としてるじゃない」
「シャラップ」
事実陳列罪は法律で重罪化してるんだよ。知ってた?
……まぁ、魔法少女の仕事で忙しくて、そんな勉強する余裕がなくって。検定の日時が来ちゃって、頑張ったけど無理でした。
そもそも記憶力を鍛える云々って、結構難しいよね。
結局無資格で人生幕閉じしちゃってるから、なーんにも言えん。
はい、無駄話はここまで。
「却説、本題に進もう。時間が惜しい。暇な視聴者諸君も耳を傾けたまえ」
「口調戻ってんぞ。戻せ戻せ」
「はいはい……ふぅ。改めて宣言と行こう。僕はこの星を悪夢に閉ざす。ユメ計画をもって、この世界を、僕成りの考えたやり方で、救済するの」
:肝心な御内容は…
:それ本当に大丈夫なんスか
:不穏
「気にしすぎだよー。うんうん。別に……二度と悪夢から覚めないってだけで」
「は?」
「え?」
:ほらやっぱりー!!!
言ってなかったね。ユメ計画の真髄。そうだよ、普通に受け入れられないのが、僕の思惑、その正体。
不穏でしょ?気持ち悪いでしょ?その想いは正しい。
目を細めて警戒態勢の、殺意混じりの視線を向けてくるリリーライトに、満面の笑顔をプレゼント。
「宇宙怪獣の目的が、リデルなのは知ってるね?じゃあ、その悪辣な異星人どもが、悪夢という概念を嫌い、身体に取り込めば死んじゃうぐらい拒否反応があるってことも」
「それは、まぁ…」
「うん。それでね……いっその事、地球をずーっと悪夢に閉じ込めて、隔離して、銀河から切り離せば。あいつらは手出できなくなる。永遠に、宇宙からの脅威を感じない、本当の意味での平和が訪れる。ね?」
「ッ…」
───“ユメ計画”。若しくは、“夢幻楽園化計画”……宇宙の支配者である“星喰い”とかいう気味の悪い存在から、この地球を、否、地球のみんなを守る為の計画。
物騒かもしらないけど、ずーっとずっと、暗黒銀河から脅威に晒すわけにはいかない。
リデルの敵、その親玉の正体は未だ不鮮明。
仮にそいつを倒せたとしても、宇宙からの脅威は永遠に続くわけで。
それなら───地球という星を放棄して、全人類、夢の世界で生きていた方が、安全だ。
「は?待って……それって」
「うん?あぁ、簡潔に言えば、皆で地球を捨てて夢の中で生きよう!って話。悪夢といっても、辛い夢じゃあない。ただそういう属性ってだけ。人間たちの集合意識の群れをなんやかんやしてね。幸福が実現する、夢のような楽園をみんなに提供するのさ」
「……身体も、捨ててるよね。未来も、全部」
「まぁね。あれだよ……SFとかでよくある、電子の世界で生活するってヤツ。現実世界を放棄したアニメとか、まああるじゃん。それの魔法版だよ。さして珍しくもない」
「……先輩たちは、オッケーしたの?」
「あん?あー、まぁ」
「ッ」
幸せな悪夢の中で、SFヨロシク生活する。なんとなーくディストピアっぽい風潮を感じるけど、そんなの今更だ。魔法少女の命で平和を維持した世界など、バッドエンドの塊みたいなもんでしょ。
死闘を経験した先輩後輩たちも、僕の計画に、それこそ一定の理解を示してくれた。
内心はどうあれ、受け入れてくれた。
これ程まで心強い味方は、早々いない……だから、後はオマエだけ。
「ね。どう?」
代わりに地球は荒廃するだろうし、宇宙人に占領されて終わっちゃうけど、もうそこに人間はいない。動物すらもユメの世界にお引越し。意識だけだけどね。
身体や建物はぜーんぶ焼いて、無に帰しちゃうけど。
でも大丈夫!ユメの世界じゃら誰も死なない。なんなら死者の魂を喚び起こして、死、そのものをなかったことにすればいい。
人類を保護し、夢の中で安寧を築かせる。僕の希望。
そんな、僕成りに頑張って考えたユメ計画を耳にして、彼女は瞳に陰を落とす。
「ラピちゃん。それは、ダメだよ」
あぁ、やっぱり。リリーライトの拒絶に心は納得する。でも、抑えきれなくて。
「───なんで?いーじゃんか別に。星も肉体も、ただの魂の器に過ぎない。魂が死んでなきゃ、死には値しない。それが僕の持論」
「魂だけでも肉体だけでもダメ。どっちも生きててこそ、生きてるって言えるんだよ。地球を無くすなんて、もっとダメだよ……私たちには、帰る場所がいるんだから」
「それこそ夢の中で十分だ。夢の世界だからこそ、全ては自由に夢想できる」
「却下」
「死んでねぇーヤツがほざくなよ」
「生きてるからこそ、言えるんだよ」
「チッ」
改めて、一番の理解者こそが“真の敵”なのだと。これが夢ではなく、現実として突き付けられた。
悲しい哉。でも、仕様がない……ね。
これがラピスのユメ計画の真相です。
ここでわざわざ話したのは、聞いている視聴者の一定数が考え込むなり、夢の中に希望を見出して頷く者がいると、経験則でわかっているから。
賛同者を出すことで、世論を掻き乱す。
……というよりも。理解者が欲しかった、ただそれだけ、なのかもしれません。




