08-御伽草のエリート猫娘
「うー、テストだやばーい!」
御伽草中学校、2-B教室。午後一発目に歴史のテストを控えたそのクラスに、昼休み、少女の絶叫が響く。
黄色いショートボブに、くりりとした黄色い瞳の少女。
魔法少女ハニーデイズの中の人、晴蜜きらら。彼女は今怪物戦以上の脅威に立たされている。
……ノー勉という、自業自得の末にある脅威に。
「寝子ちゃー!勉強教えて!残り30分でなんとかして!」
「……ふざけるなバカ。べんきょーは時間をかけることで完成するの。舐めんなアホ」
「うぶぶ……どっ、どうかこの通り!お願いっ!!」
「うるさ……」
そこできららは、隣の席の座る優等生……夢之宮寝子に助けを求める。フードまで被る黒髪の彼女は、勉強面では右に出る者はいないぐらい頭のいい、所謂ギフテッド。
学術面における数々の賞を14の若さで総ナメしていると言えば、その異常性を理解できるだろうか。
……その反動とでも言うべきか、一日の大半を寝ている問題児でもあるが。
優等生と問題児は両立できる。その証明である寝子は、なし崩しで友人になったきららに渋々ノートを渡す。
耳元で叫ばれて、眠気を飛ばされては堪らないから。
パラパラと捲られるノートには、文字と図解がびっしり書き刻まれている。
「ここのページを読めばある程度はどうにかなる……精々足掻いて赤点になれ」
「ごめんそれは無理!でもありがとう!これで勝つる!」
「勝てないよ……はふ……」
学習しないきららに慈悲を見せる寝子は、諦めの表情でそれを眺めるのみ。毎回お詫びにケーキやパフェを食べに誘われたり、かわいい小物を買いに誘われたりとするが、それはそれとしてムカつくものがある。
……そこで嘘をつかず、正直にノートを見せてやるのが寝子の善性なのだが。
「そうだ!今日がっこー終わったらデート行こ!」
「行かない……どうせスイーツビュッフェ行く気でしょ。あれ肥えるだけじゃん……お金もどっから出すの……私は払うのヤダよ。寝たいし」
「大丈夫!あたしにはこれがある!」
「ブラックカードしまえバカ……なんでお前みたいなのが金持ちの娘なんだ……」
「運命かな」
「ウッザ」
───これが、きららと寝子の日常。中学校に入ってから始まった2人の関係。
その友情は悪夢を通じて大きく歪んでいく───…
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───夢ヶ丘町最大のショッピングモール。
平日であろうと人で賑わう大型商業施設に、日常を侵す不気味な影が近付く。それは【悪夢】。将来の夢といった明るいモノから、心に根付く仄暗い感情、思い出すのすら億劫な隠したい思い出など、明るい暗い関係なく、人々の心にあるそれらを【夢】と定義して、それらを【悪夢】に変えて操る───それが夢貌の災厄アリスメアー。
地球を悪夢に閉ざし、世界から夢や希望を奪う悪意。
その尖兵が、ショッピングモールに降り立ち、帽子屋に与えられた力を振るう。
(はぁ〜、今日もまた怒られちゃった……最悪だなぁ)
施設の一角にあるアパレルショップ。そこで働く店員がいくら働いてもうだつが上がらない今の生活に、苛立ちや不安、苦痛などから辟易とした溜息を吐く。
どうしようもない今の自分、変わろうにも変われない、そんな低迷を生きる店員の背後に、彼女は降り立つ。
たまたま出向いた先で見つけた、悪夢の卵に干渉する、ただそれだけの為に。
「……あなたでいっか」
「え?」
声に気付いて背後を見れば、猫耳が立った白いフードの少女が、感情のない瞳で此方を見上げていた。その何処か不気味な雰囲気に気圧されて、一歩足を下がらせる。
白い衣服の隙間から覗くピンク色の髪。
ゆらりと揺れ動く、これまたピンク色の猫の尻尾───要所に人外要素を散りばめた少女の姿に、店員は一つだけ心当たりがあった。
「ぁ、アリス、メアー……」
「正解」
肯定する少女が、店員の背に触れた。それは、ちょうど心臓の真後ろの位置。なにかを引っ張るように手を戻し、紫色の魔力を店員から引き出していく。
それは悪夢の魔力。正の面・負の面その両方を広義的に解釈して、一纏めに定義した概念……ユメエネルギー。
集めるべきその魔力は、怪物、夢魔を呼び出す材料にもなる。
「ぁ、あっ……、……」
意識を失った店員が紫色の光に飲まれて、宙に浮き……その姿形を覆うように、アメジストによく似た結晶が現れ包み込む。【悪夢】の魔力に覆われた犠牲者は、その力を最大限に引き出す核にして贄である。
アクゥームの核となった紫水晶を中心に、少女が集めた顕現用の魔力が集束する。
無論、それだけでは収まらず……近くに倒れていた店のマネキンも浮かせて、【悪夢】と融合させる。
木偶人形に悪夢の力を宿らせ、更なる強化を図る。
「はふ……幸せな夢も、楽しい夢も、希望に満ちた夢も。ぜーんぶぜんぶ、悪夢に歪んで終わっちゃえ。
───《夢放閉心》、おいで、アクゥーム……」
物体と夢幻、相反する二つの形が、解け、混ざり合い、溶け合い、重なる。
その形を大きく変えて、夢魔アクゥームは新生する。
【───アクゥーム!!】
不定形の悪夢の塊は、時間をかけず大きく膨れ上がり、新たな形を得て、マネキンの悪魔へと変貌する。全体的に丸っこいのは変わらないが、無貌であるべきな木の頭には半月の目が現れ、戸惑い怯える人々を睨みつける。
頭に被ったナイトキャップは変わらずだが、その脅威は通常種を遥かに上回る。
加えて目を引くのは、腹部に植え付けられた紫水晶……己のコアとして稼働させる、宿主を捕らえた腹の牢屋。
人間と物を素体にして造られるアクゥームの第二形態、通称ポゼッション・モードの怪物がショッピングモールに顕現した。
「きゃー!?」
「逃げろッ!!」
「わー!!」
「うるさ……んんぅ、くぅ……」
猫の少女は恐怖に駆られて逃げる市民をボーッと眺め、徐々にくる眠気に抗いながら魔法少女を待つ。世界の敵となってから、より一層増す眠気にしんどい今日この頃。
ふわりと浮いてシャンデリア型の照明に器用に立って、不安定な棒の位置に寄りかかるように背を預ける。
彼女───“歪夢”のチェルシーは、学校帰りに友人とのお出掛けをパスして、ここにいる。
あんなどうでもいいことよりも、此方の方が優先すべきだから。
「───そこまでだよ!」
うつらうつら、意識が半分寝落ちしかけたその時、遂に倒すべき正義がやってきた。
「“祝福”の魔法少女、リリーエーテ!」
「“彗星”の魔法少女、ブルーコメット!」
「“花園”の魔法少女、ハニーデイズ!」
「「「───絶望に満ちた、その悪夢!私たちの希望で、覚まさせてあげる!」」」
今代の魔法少女たちが、【悪夢】を晴らしに現れた。
「あれ、ベローいない?」
「……ッ、あそこよ!シャンデリアにだれかいる!」
「んん〜、無関係の人じゃなくて?」
「あんなとこで船漕いでるのがふつーなわけないでしょ!十中八九関係者よ!?」
「「それはそう」」
:キター!
:新 キ ャ ラ
:猫耳白フードピンク髪、新しい魔法少女でつか?
:↑希望的観測が過ぎる
:がんばえー!
:寝てね?
:寝てるな
:起きろ
リリーエーテ、ブルーコメット、ハニーデイズの3人は変身した状態でショッピングモールに急行。逃げる人々に襲いかかるアクゥームに蹴りを入れて、二階で居眠りするチェルシーに声をかける。
うるさい環境音と呼び声に目を覚ましたチェルシーは、パチパチと目を瞬かせて起き上がる。
そして、眼下の討伐対象を無表情で見下ろした。
「んん……くぅ〜!はぁ……やっと来た…あぁ、えっと…自己紹介、だっけ……私は、アリスメアー三銃士が一人。歪夢のチェルシー。あと、なんだっけ……まぁいいや」
「よくないね?」
「新手の三銃士、ってわけね」
「……?」
:新敵幹部!
:すごい眠そう、よく寝て
:帰って寝て
:がんばれ魔法少女!!
:憑依型じゃん!?
:……え、寄生じゃないん?
:強そう
「あっ、あのアクゥームって……!」
「……ウサギのおにいさんは日和って作らなかったけど、私は違う。こういうこと、いっぱいするから」
「ッ、なら尚更止めなきゃだね!」
「そう……」
現実にある無機物・有機物と融合合体することでできる破壊の権化は、二年以上前から魔法少女たちを幾度となく苦しめてきた怪物だ。
過去の配信や、魔法少女に庇われた時に見たあの脅威が新米3人に降りかかる。
マネキンアクゥームの拳が、地面を叩き割る。
軽く跳んで拳を回避した魔法少女は、その新たな脅威を目の当たりにして……
「いこう!!」
「そうね、強敵なことに変わりはない───勝つわよ!」
「帰ったら菓子パだー!!」
「…食い意地……」
……それでも臆することなく、それどころかより戦意を研ぎ澄ませて戦いに挑む。
見るからに威勢がいいその熱にチェルシーは引いた顔。
「……まぁ、いっか。精々足掻いて、ユメエネルギーを、いっぱい集めてくれさえすれば……なんでも、いい」
「あなたは戦わないんだ?」
「ぅん、だって眠いし……がんばるのも面倒いし、多分、勝てるから……おやすみ……」
「なによその自信」
「自我強いね」
:メスガキか?
:ダウナー陰キャ猫ガキ
:わからせろ
おおきなお友達と一致する本音をしまって、魔法少女は気を引き締め直す。
なにせ、その強い自信をうち崩さないといけないので。
「チェルシーちゃん!」
「……なに」
「私たち3人はさいきょーだってとこ、見せたげるから!寝ないでね!!」
「は?」
ハニーデイズの謎宣言に、チェルシーは首を傾げるしかできなかった。