表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/169

08-御伽草のエリート猫娘


「うー、テストだやばーい!」


 御伽草中学校、2-B教室。午後一発目に歴史のテストを控えたそのクラスに、昼休み、少女の絶叫が響く。

 黄色いショートボブに、くりりとした黄色い瞳の少女。

 魔法少女ハニーデイズの中の人、晴蜜きらら。彼女は今怪物戦以上の脅威に立たされている。

 ……ノー勉という、自業自得の末にある脅威に。


「寝子ちゃー!勉強教えて!残り30分でなんとかして!」

「……ふざけるなバカ。べんきょーは時間をかけることで完成するの。舐めんなアホ」

「うぶぶ……どっ、どうかこの通り!お願いっ!!」

「うるさ……」


 そこできららは、隣の席の座る優等生……夢之宮寝子(ねのみやねこ)に助けを求める。フードまで被る黒髪の彼女は、勉強面では右に出る者はいないぐらい頭のいい、所謂ギフテッド。

 学術面における数々の賞を14の若さで総ナメしていると言えば、その異常性を理解できるだろうか。

 ……その反動とでも言うべきか、一日の大半を寝ている問題児でもあるが。


 優等生と問題児は両立できる。その証明である寝子は、なし崩しで友人になったきららに渋々ノートを渡す。

 耳元で叫ばれて、眠気を飛ばされては堪らないから。


 パラパラと捲られるノートには、文字と図解がびっしり書き刻まれている。


「ここのページを読めばある程度はどうにかなる……精々足掻いて赤点になれ」

「ごめんそれは無理!でもありがとう!これで勝つる!」

「勝てないよ……はふ……」


 学習しないきららに慈悲を見せる寝子は、諦めの表情でそれを眺めるのみ。毎回お詫びにケーキやパフェを食べに誘われたり、かわいい小物を買いに誘われたりとするが、それはそれとしてムカつくものがある。

 ……そこで嘘をつかず、正直にノートを見せてやるのが寝子の善性なのだが。


「そうだ!今日がっこー終わったらデート行こ!」

「行かない……どうせスイーツビュッフェ行く気でしょ。あれ肥えるだけじゃん……お金もどっから出すの……私は払うのヤダよ。寝たいし」

「大丈夫!あたしにはこれがある!」

「ブラックカードしまえバカ……なんでお前みたいなのが金持ちの娘なんだ……」

「運命かな」

「ウッザ」


───これが、きららと寝子の日常。中学校に入ってから始まった2人の関係。

 その友情は悪夢を通じて大きく歪んでいく───…








꧁:✦✧✦:꧂








───夢ヶ丘町最大のショッピングモール。

 平日であろうと人で賑わう大型商業施設に、日常を侵す不気味な影が近付く。それは【悪夢】。将来の夢といった明るいモノから、心に根付く仄暗い感情、思い出すのすら億劫な隠したい思い出など、明るい暗い関係なく、人々の心にあるそれらを【夢】と定義して、それらを【悪夢】に変えて操る───それが夢貌の災厄アリスメアー。

 地球を悪夢に閉ざし、世界から夢や希望を奪う悪意。

 その尖兵が、ショッピングモールに降り立ち、帽子屋に与えられた力を振るう。


(はぁ〜、今日もまた怒られちゃった……最悪だなぁ)


 施設の一角にあるアパレルショップ。そこで働く店員がいくら働いてもうだつが上がらない今の生活に、苛立ちや不安、苦痛などから辟易とした溜息を吐く。

 どうしようもない今の自分、変わろうにも変われない、そんな低迷を生きる店員の背後に、彼女は降り立つ。

 たまたま出向いた先で見つけた、悪夢の卵に干渉する、ただそれだけの為に。


「……あなたでいっか」

「え?」


 声に気付いて背後を見れば、猫耳が立った白いフードの少女が、感情のない瞳で此方を見上げていた。その何処か不気味な雰囲気に気圧されて、一歩足を下がらせる。

 白い衣服の隙間から覗くピンク色の髪(・・・・・・)

 ゆらりと揺れ動く、これまたピンク色の猫の尻尾───要所に人外要素を散りばめた少女の姿に、店員は一つだけ心当たりがあった。


「ぁ、アリス、メアー……」

「正解」


 肯定する少女が、店員の背に触れた。それは、ちょうど心臓の真後ろの位置。なにかを引っ張るように手を戻し、紫色の魔力を店員から引き出していく。

 それは悪夢の魔力。正の面・負の面その両方を広義的に解釈して、一纏めに定義した概念……ユメエネルギー。

 集めるべきその魔力は、怪物、夢魔を呼び出す材料にもなる。


「ぁ、あっ……、……」


 意識を失った店員が紫色の光に飲まれて、宙に浮き……その姿形を覆うように、アメジストによく似た結晶が現れ包み込む。【悪夢】の魔力に覆われた犠牲者は、その力を最大限に引き出す核にして贄である。

 アクゥームの核となった紫水晶を中心に、少女が集めた顕現用の魔力が集束する。

 無論、それだけでは収まらず……近くに倒れていた店のマネキンも浮かせて、【悪夢】と融合させる。

 木偶人形に悪夢の力を宿らせ、更なる強化を図る。


「はふ……幸せな夢も、楽しい夢も、希望に満ちた夢も。ぜーんぶぜんぶ、悪夢に歪んで終わっちゃえ。

 ───《夢放閉心(むほうへいしん)》、おいで、アクゥーム……」


 物体と夢幻、相反する二つの形が、解け、混ざり合い、溶け合い、重なる。

 その形を大きく変えて、夢魔アクゥームは新生する。


【───アクゥーム!!】


 不定形の悪夢の塊は、時間をかけず大きく膨れ上がり、新たな形を得て、マネキンの悪魔へと変貌する。全体的に丸っこいのは変わらないが、無貌であるべきな木の頭には半月の目が現れ、戸惑い怯える人々を睨みつける。

 頭に被ったナイトキャップは変わらずだが、その脅威は通常種を遥かに上回る。

 加えて目を引くのは、腹部に植え付けられた紫水晶……己のコアとして稼働させる、宿主を捕らえた腹の牢屋。

 人間と物を素体にして造られるアクゥームの第二形態、通称ポゼッション・モードの怪物がショッピングモールに顕現した。


「きゃー!?」

「逃げろッ!!」

「わー!!」

「うるさ……んんぅ、くぅ……」


 猫の少女は恐怖に駆られて逃げる市民をボーッと眺め、徐々にくる眠気に抗いながら魔法少女を待つ。世界の敵となってから、より一層増す眠気にしんどい今日この頃。

 ふわりと浮いてシャンデリア型の照明に器用に立って、不安定な棒の位置に寄りかかるように背を預ける。

 彼女───“歪夢”のチェルシーは、学校帰りに友人とのお出掛けをパスして、ここにいる。

 あんなどうでもいいことよりも、此方の方が優先すべきだから。


「───そこまでだよ!」


 うつらうつら、意識が半分寝落ちしかけたその時、遂に倒すべき正義がやってきた。


「“祝福”の魔法少女、リリーエーテ!」

「“彗星”の魔法少女、ブルーコメット!」

「“花園”の魔法少女、ハニーデイズ!」

「「「───絶望に満ちた、その悪夢!私たちの希望で、覚まさせてあげる!」」」


 今代の魔法少女たちが、【悪夢】を晴らしに現れた。


「あれ、ベローいない?」

「……ッ、あそこよ!シャンデリアにだれかいる!」

「んん〜、無関係の人じゃなくて?」

「あんなとこで船漕いでるのがふつーなわけないでしょ!十中八九関係者よ!?」

「「それはそう」」


:キター!

:新 キ ャ ラ

:猫耳白フードピンク髪、新しい魔法少女でつか?

:↑希望的観測が過ぎる

:がんばえー!

:寝てね?

:寝てるな

:起きろ


 リリーエーテ、ブルーコメット、ハニーデイズの3人は変身した状態でショッピングモールに急行。逃げる人々に襲いかかるアクゥームに蹴りを入れて、二階で居眠りするチェルシーに声をかける。

 うるさい環境音と呼び声に目を覚ましたチェルシーは、パチパチと目を瞬かせて起き上がる。

 そして、眼下の討伐対象を無表情で見下ろした。


「んん……くぅ〜!はぁ……やっと来た…あぁ、えっと…自己紹介、だっけ……私は、アリスメアー三銃士が一人。歪夢のチェルシー。あと、なんだっけ……まぁいいや」

「よくないね?」

「新手の三銃士、ってわけね」

「……?」


:新敵幹部!

:すごい眠そう、よく寝て

:帰って寝て

:がんばれ魔法少女!!

:憑依型じゃん!?

:……え、寄生じゃないん?

:強そう


「あっ、あのアクゥームって……!」

「……ウサギのおにいさんは日和って作らなかったけど、私は違う。こういうこと、いっぱいするから」

「ッ、なら尚更止めなきゃだね!」

「そう……」


 現実にある無機物・有機物と融合合体することでできる破壊の権化は、二年以上前から魔法少女たちを幾度となく苦しめてきた怪物だ。

 過去の配信や、魔法少女に庇われた時に見たあの脅威が新米3人に降りかかる。

 マネキンアクゥームの拳が、地面を叩き割る。

 軽く跳んで拳を回避した魔法少女は、その新たな脅威を目の当たりにして……


「いこう!!」

「そうね、強敵なことに変わりはない───勝つわよ!」

「帰ったら菓子パだー!!」

「…食い意地……」


 ……それでも臆することなく、それどころかより戦意を研ぎ澄ませて戦いに挑む。

 見るからに威勢がいいその熱にチェルシーは引いた顔。


「……まぁ、いっか。精々足掻いて、ユメエネルギーを、いっぱい集めてくれさえすれば……なんでも、いい」

「あなたは戦わないんだ?」

「ぅん、だって眠いし……がんばるのも面倒いし、多分、勝てるから……おやすみ……」

「なによその自信」

「自我強いね」


:メスガキか?

:ダウナー陰キャ猫ガキ

:わからせろ


 おおきなお友達と一致する本音をしまって、魔法少女は気を引き締め直す。

 なにせ、その強い自信をうち崩さないといけないので。


「チェルシーちゃん!」

「……なに」

「私たち3人はさいきょーだってとこ、見せたげるから!寝ないでね!!」

「は?」


 ハニーデイズの謎宣言に、チェルシーは首を傾げるしかできなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ