マギアガールズ秘話-⑫“鏡の中の友情”
最後の秘話です
「鏡よ鏡、世界で一番かわいいのは誰?」
「それは勿論───このワタシ!スーパーエリートミラーマジシャン、ノワちゃんです!」
「鏡役は?ねぇ」
「そんな怒んないでって!ね?うちらトモダチじゃーん?なかよくしよ?」
「ムカつく…」
額縁を持って魔法の鏡を演じる少女が、要望通りの役を演じなかったとして、聖剣による突っつきが執行された。勿論研いだ刃先で。
相変わらず喧嘩を売ったり買ったり押し付けあっている同年代2人を横目に、ムーンラピスはココアを啜る。
甘党の彼女にコーヒーは早い。
さて、暴力厨のリリーライトと舌戦と小突き合いという低いレベルの争いを繰り広げているのは、彼女たち2人と同時期に魔法少女となった、数少ない同期の一人。
“廻廊”のミロロノワール。鏡を司る、魔法少女だ。
紫色のドレスを、上品な色合いのドレスを幼いながらも着こなし、衣装の至る所に鏡をモチーフとした飾りを複数散りばめて。
髪の色は真ん中で白と黒に分かれたモノクロヘアーで、白い髪をサイドテールにしていた。
他人を小馬鹿にする笑い声で揶揄う彼女は、今日もまた同期と遊ぶ。
「ラピピ〜、ラトトが虐めるぅ〜」
「はいネイルハンマー。これで側頭部をいい感じに抉ると気持ちがいいよ」
「???ごめんよくわかんない。そこまで高度なのはまだ求めてないんだ……なんで持ってんの…」
「なんでって、オマエをこうする為だけど」
「あれぇー!?」
「笑」
仲がいいのか悪いのか。3人は互いに本音を隠さない、これが彼女たちの日常。同期というのもあってか、本当に配慮のはの字もない言葉の応戦を重ねている。
見兼ねたブランジェやマーチの真面目たちがよく静止に走るが、だいたい無視されて終わりだ。
若しくは邪魔扱いされて吹き飛ばされる。
周りへの被害を考えず、言葉と暴力と魔法で殴り合う。それが彼女たちである。
「ところで2人共」
「なぁに。今如何に怪人を消さないで持って帰れるのか、考えてるとこだから」
「やだ物騒……あ、でもちょーどいいかも!はいこれ」
「いらねぇ……」
「うわぁ」
そうして懐から取り出されたのは、彼女の代名詞である魔法の鏡。嫌がりながらラピスが手に取れば、その鏡には彼女の顔を写す機能はなくなっていて。
代わりに───悲痛な顔のまま固まった、白布を被ったオバケのような怪人がいた。
封印されているようだ。
「はァ?」
「なんちゃらホワイト。めっちゃ透過するわ攻撃避けるわ大変だったんだけど、なんか封印できた☆ってなわけで、この生け捕り怪人を贈呈します!」
「いらねぇ〜。でも貰う。いい実験材料になりそう」
「流石はゲドラピピ。ラピピ以上の外道で右に出るヤツはいないね!」
「殺すぞ」
「物騒〜」
布を操る実態なき怪人、“白襤墓霊”ゴナー・ホワイト。紆余曲折を経て捕獲された哀れな亡霊は、鏡の中に永遠に閉じ込められてしまった。
この数日後、鏡の外へ出して貰えたが、抵抗は許さらず身体を解剖される未来があるが、今は横に置いておく。
このように、ミロロノワールは鏡の中に敵を閉じ込め、頼れる仲間に渡して後任せにする、関わりの薄い相手から嫌われているタイプの魔法少女でもある。
敵の押し付け、ダメ絶対。
今回も封印自体はできても後始末がダルい、面倒臭いとムーンラピスに渡しに来たのだ。
はっきり言って迷惑であるが、本人曰く戦闘能力の低い自分がやるよりも、手段豊富な同期に任せた方が百億倍は信頼も実績も価値もあるとのこと。
押し付けがましいやり方は、終始改善されなかったが。
それもまた彼女の魅力だとして、特定のファンが集って持ち上げてもいるが。
「他にもあるよ!」
「調子乗んじゃねぇぞカス」
「たたっ切るよ?」
「ごめんて…」
流石に限度はあるが。
「はぁ〜、ねぇ、最近忙しすぎない?」
「魔法少女、どんどんいなくなっちゃってるならねぇ……全滅間近じゃん?」
「……弱いのが悪い」
「辛辣だなぁ」
アリスメアーの侵攻が始まってから、8年近く。年月を重ねれば重ねる程、激化していく悪夢の戦い。魔法少女が無数に現れては、悪夢に敗れて散っていく。
そんな途方もない戦いをしていれば、魔法少女を増やす妖精もいなくなって。
残り僅か……消耗戦とも言い難い、残存勢力の抵抗。
最強などと持て囃された、13人の魔法少女も、過半数が亡くなってしまった。ドリームスタイルに覚醒していない普通の魔法少女までも。
この場にいる3人も含め、もう一桁しかいない。
故に、今まで分散できていた戦いも、残りの魔法少女に一極集中しているのが現状だ。
「はぁーあ……覚悟はしてたけど、いざ終わりが近付くとなると、やぁーな気分になっちゃうよねぇ。もうちょっと楽できると思ってたんだけどっ!」
「無理でしょ。僕だってなりなくなかったし」
「ドリームスタイルになってるんだから、ならなかったらならなかったで、よくない未来だったんじゃない?流石、私の慧眼って感じ?」
「正当化すんな」
「そういや無理矢理だっけ。ウケるw」
「ウケんな!」
暗雲立ちこめる未来。それでも、なんとかしなければ、地球に未来はない。それがわかっているからこそ、嫌でも頑張らなければならない。
努力を怠ってはたらない。
死闘から逃げてはならない……そのストレスに苛まれ、歯噛みしながらも。彼女たちは戦うしかない。魔法少女の戦いを、止めるわけにはいかない。
若干鬱になりかけながらも、気丈に振る舞って。
そうして今の彼女たち、ムーンラピス、リリーライト、ミロロノワールがいる。
「いったぁーい!!暴力反対〜。もっと嫌いになるよ!!これ以上嫌いにね!!いいの!?」
「僕は既にオマエが嫌いだが」
「……わ、私はそんなことないよ〜?うん、嫌いじゃない嫌いじゃないよ」
「ド直球すぎ。あと隠せてないから」
「お互い様でいいじゃん」
「それはそう」
ちなみに、全員で嫌い合ってるのも本当だ。一見すると全面的にノワールが悪く思えるが、実際は、互いに、否、三つ巴で足を引っ張り合っているのが彼女たちだ。
ラピスとライトの仲はいい為、寄って集ってノワールを集中攻撃する図になってきてはいるが。
だいたい邪険にするラピスと、本音を隠さないライト。
それにノワールの悪辣さを加えれば、もう敵無しの最強トリオである。
「人気者のワタシに死角はないもんね」
「オマエの世間の評価知ってる?ここで滔々と読み上げて自信喪失とメンタル崩壊の奇跡コンボ起こしてやろうか?徹底的に痛めつけてやるよ」
「ハンっ、そんなんで怯む女とでも?罵声なんて日常よ」
「雑魚」
「ぶち殺すぞテメェ!!」
「草」
ノワール自身弱いのは百も承知と認めてはいるが、そう表現されるのは気に食わない様子。確かに、アクゥームを倒さないで鏡に封印しては押し付けているし、攻撃手段が少ない後衛特化であることが評価に影響していることは、如実に想像できるのだが。
それでも、まだプライドがあって。
例え、同期が遥か雲の上の最強であっても。彼女自身、ドリームスタイルに覚醒していなければ、こうも会話することはなかったと思っていても。
雑魚は許さない。
「相対評価だよ」
「クソがよォ〜キミら弱体化しない?対等な関係になろう今すぐに」
「世界滅びるけど」
「私が日本の命綱」
「ド正論でなーんも言えない。なにこれ。世界ってこんな残酷なんだぁね」
「強くてごめんね」
「一ミリも思ってないでしょ」
「うん!」
「まぁ」
馬鹿正直に肯定する2人には、盛大な舌打ちを返す。
下火になりつつある自陣営の勢いに、ライトたちが絶対必要とされているのは、わかっている話で。存在不可欠で誰よりも生かさなければならないのは、友人たちで。
いらないのは自分であると、ミロロノワールはわかっている。
気に食わないが。
魔法少女になったはいいものの、思っていたより脚光を浴びない厳しい現状。力が足りないのもあるが、こうして今も生き残っているのが、何気に辛い。
精神力の高さは彼女の強みだが、そうだとしても。
内心僻んで、そして嫉妬を隠さないノワールの目線を、2人は黙って受け入れる。
「……なんか強い魔法ちょうだいよ」
「えぇ……鏡魔法と相性いいのって、なに?その組合せはわからんよ僕」
「汎用なのでいいのないわけ?小細工は得意よワタシ」
「知ってる。弾道ミサイル魔法を鏡の中に封じて、咄嗟にぶち込むってのはどう?」
「……あり!」
「おけまる」
結果、ラピス作製の魔法を鏡に封じ込み、万が一の時にぶっぱなすことが決まった。魔法で姿見を出現させては、丁寧に汎用魔法を収めていく。
封印の特性を活かしたその戦法は、果たして吉と出るか凶と出るか。
自衛手段を高めることはできたので、そう易易と悪夢に殺されることはないだろう。
「これで勝った!あ、もうラピピに用ないから。さっさと健やか隠居生活送って、どうぞ」
「この状態で送れるかよ。無理だろバッシングだわ」
「それを跳ね除けてこそ魔法少女だよね〜っ!」
「……2人って本当に仲悪いよね。罵り合うのやめれば?疲れるだけだよ」
「ルーティンだから…」
「最悪な日課やめろ」
険悪類友という名の形式美は、どんな状況になっても、やめることはできなかった。
───そして。
勝てるなどと、高を括っていたのが悪かったのか。
魔法の鏡を乗り物扱いして、ミロロノワールは夜の下を逃げ回る。
「あーっ!もうっ!なんなんだよ!ワタシがなにしたって言うんだよぉー!」
何故か脳裏を過ぎる直近の会話が、今になっては邪魔に思える。本当に……これが走馬灯になるとは、ノワールは思いたくはない。
だからこそ、彼女は風を切って、殺意から逃げる。
背後に迫る死神の凶刃。鏡に封印させた同期の魔法は、残り僅か。
「当たれ当たれ当たれ……ッ!」
───催涙魔法
───破壊剣の魔法
───暗器魔法
催涙効果を齎す弾幕も、結界すら壊す大剣も、忍道具を召喚しては撃ち出す魔法も……全て、突破される。
初手に放った弾道ミサイルも、軽々回避され失敗した。
お察しの通り、ミロロノワールの直接戦闘力はそこまで高いわけではない。後方支援や補助などの援護が花道で、複数人と協力して戦うのが普段のセオリーだ。
だが、今の魔法少女の数が少なくなっている中。
同時に、複数の箇所で怪人が出現してしまえば、なにをどうしても個々で対応しなければならなくなる……故に。そこを狙われて、命を落とす。
今回は、相手が悪かった?そんな慰めは、今の彼女にはもう届かない。
頼みの綱であるムーンラピスとリリーライトの2人は、遥か遠方で、アクゥームの群れから大勢の無力な民間人を守っており、こちらに手を出す暇はなく。
自分一人で必死に頑張らなければ───死ぬ。
背後に迫る、怪人の中で最も多くの魔法少女を殺した、紅い怪異から逃げなければ。
「くぅっ───!!」
時間を稼げば救援は来る。普段いがみ合ってる2人が、絶対に助けに来てくれる。そう信じているからこそ、例え死力を出し尽くしていても、諦めずに飛んでいく。
もう身体が限界だと、悲鳴を上げていても。
左腕が、既に亡きものになっていたとしても……彼女は生き足掻く。
何度も刃が首を掠めた。血が止まらなくて、間近に迫る死の恐怖に、身体の震えは止まらない。
例え、今まで何度も危機を乗り越えてきたとしても。
死神の───魔法少女狩りの脅威からは、何人たりとも逃れられない。
「ラピピ、ラトト……ごめんっ」
もう無理だと悟りながら、決死の覚悟で魔法を使う。
「間に合えっ……鏡よ鏡っ!
───鏡魔法<ミラードジャマード・コフィン>!!」
それは、対象を鏡の異空間に封じ込める、封悪夢の鏡。今まで何度も行使して、数多くの怪人を無力な木偶の坊へ変えていった、最強の封印。
どれだけ強い怪人であろうと閉じ込められる。
今までの経験から来る自負があるからこそ、ノワールは躊躇いなく使う。
この技が、今まで自分を安心させてくれた魔法が、己を救ってくれると信じて。
……内心では、己の敗北を悟りながら。
「■■■■■■ッッ!!」
「っ、あっ───ははっ、なんだよそれ。そんなの、もうズルじゃん……」
魔法少女狩りの一閃に、あらゆる魔法を切り裂く鎌に、ミロロノワールの魔法は負けて。
真っ二つに割れた鏡に目を奪われた、その時。
彼女の首も。“廻廊”のミロロノワールの首も、鏡と共に空を舞う。
「ぁ───…」
敗けた。死んだ。もう終わったんだ。黒く狭まっていく思考を微かに動かして、ノワールは現実を直視する。
結局、2人の助けにはならなかったと自嘲して。
己の弱さに、どうしようもない救いの無さに、諦めから吐血する。
そうして、終わりの最中……最後に幻視するのは。
「ノワ───ッ!!」
全てが終わった後に、漸く駆け付けた……なにもかもが遅すぎる、天才で。
───ラピピさぁ、無理ならやめちゃえば?全部ラトトに押し付けちゃいなよ……もう、見てらんないんよ。ねっ、ワタシと一緒に逃げよう?
───それは……無理だ。できるわけが、ない。
───なんでっ!!
───嫌々でも、魔法少女になったことに変わりはない。なら、責任は果たさないと……ここで、逃げたら。もう、僕は僕じゃない。
いつの日かの、死にそうな顔で雨に濡れていた友との、秘密の会話が脳裏を駆けて。
───ありがと、ノワ。大丈夫。別に、オマエは逃げてもいいから。あとはこっちに任せて。
───……そんな顔見せといて?無理でしょ〜。ワタシ、そこまで薄情な人間には、なれないもんね。
───死ぬよ?
───知〜らねっ!
───そ。
走馬灯を見て、胸中をなぞるのは、後悔でも怒りでも、悲しみでもなくて。
「……遅いよ、ばーか」
魔法少女狩りの最後の被害者は、笑って瞼を閉じる。
置いていくのが、必死に自分を騙すバカと、大丈夫だと全てを背負って突き進むアホであることに、一抹の不安を抱きながら。
“廻廊”の鏡は、悪夢と共に砕け散った。
(6/6)
───真の友情とは、悪辣とは、嫌悪とは。好意を隠さぬ物言いを、鏡合わせに伝えていく。
他者にはわからぬ絆が、確かにそこにあった。
ガラスの破片から覗く、死んでも足掻くバカ目掛けて、彼女は笑って小馬鹿にする。




