マギアガールズ秘話-⑪“空奏列車に飛び乗って”
───闇夜の空を引き裂く、鋼鉄の箱。なにもない夜空に引かれたレールを足場に、何処までも広がる空を駆ける。何処までも、何処までも。
終わりの見えない無限路線を、彼女の列車は駆け巡る。
「どうなのです!この景色、この風、この揺れ心地!他の汽車ポッポにはない素晴らしさなのです!」
「うんうん、そうだね。僕もそう思うよ」
「でしょー!!やっぱり、月お姉様ならわかってくれると思っていたのです!」
「信頼が厚いなぁ」
「えへへ」
車輪の下に現れる線路以外にない、なにもない空を進む魔法蒸気機関車。その列車を自在に生み出し、乗りこなす小さな車掌の魔法少女。
緑色のポニーテールの彼女は、風に吹き飛ばされそうになった帽子を抑えて、同乗してくれた先輩に笑う。
彼女の名は、“汽笛”のゴーゴーピッド。
列車を召喚する、若しくはその場で構築して発進させる強力な魔法の持ち主だ。
脱線も複線ドリフトも人身事故も、それこそ廃車でも。なんでもござれな鉄道オタク系魔法少女。
自分が列車に乗れているから全部満足している。
故に、それ以外のこと……自分の列車が事故を起こすも廃車になるのも構わない、ただ乗って運転するのが好きと宣う“邪道の鉄オタ”である。
界隈からの苦情は、今はもうないが……当時は凄まじい反響だった。
そんな暴走機関車の車掌と共にいるのは、我らが蒼月、ムーンラピスである。
真夜中になると空を駆け出す列車に無賃乗車、というか飛び乗った彼女は、無人の運転席で船を漕いでいた後輩を見つけて捕まえて、これまた無人の客車に移動した。
当のピッド本人は、どうして尊敬する先輩がいるのかもわからないし、気付けば座席に座っていたのも疑問でしかなかったが……従来の能天気さで気にも留めず。
電車の話になると高速詠唱する後輩の相変わらずさに、ラピスも苦笑い。
「今日は何処まで走るんだい?」
「うーん、そうですね……何処までも!ワタシの電車が、何処まで行けるのか。それを見届けるのです!」
「……そっか、じゃあ付き合うよ」
「! ありがとなのです!やっぱり月お姉様しか勝たん?なのです!」
「意味もわからないで言葉使うのやめようね」
「はい!」
宛もない列車の旅。進路の変更はせず、魔法の機関車で日本を縦断する。
無人の列車は案外快適で、気分転換をしたい時、なにか手持ち無沙汰な時は、こうしてピッドの列車に乗って……彼女の止まらない、為にはなる話をながら聞きするのが、ラピスの暇潰しの一つだった。
今宵もまた、ピッドの天空鉄道にラピスは乗車する。
内心の思いを押し殺して、楽しげに話す素直な後輩との逢い引きを楽しむ。
「お昼はなにしてたの?」
「お昼寝をしてました!日中の運転は苦情が多くてヤなのです!夜中だとお空の障害物も少ないですし、す〜っごい快適な旅ができるのです!!」
「そいつはよかった。でも、あんまり無茶しないように。夜は、危ないんだから」
「はーい!」
元気溌剌、満面の笑顔で挨拶するピッドの頭をちょっと強めに撫でてやる。
後輩が少ないラピスにとって、ピッドのような子どもはかなり希少だ。こうしてやさしく、普段の毒舌もしまって接するのは、彼女の善性に付き添っているから。
【悪夢】を列車で轢いたり撥ねたりする野蛮な後輩ではあるが、そこはご愛嬌。
自分だって容赦なく攻撃しているので。
煙突から煙を吐き出す列車は、停車駅がない為か一定のスピードを維持して、永遠に止まらない。乗ってしまえば最後、終わらない旅路に付き添う羽目になる。
一般人では視認できない空想列車に揺られ、2人は空を征く。
「風が気持ちいいね」
「ですね〜!もっと顔出します?」
「危ないからやんないよ」
「そうですか〜」
車窓から見える景色は、思いの外綺麗で。
絨毯のように広がる雲の上、満天の星空しかない景色に感嘆する。真上に浮かぶ満月が、その周りを囲う星々が、雲の上を走る列車をやさしく照らす。
「……なんだか、月お姉様に見守られてる気分なのです」
この、胸から湧き上がる悲しさはなんなのか。こんなに強く胸が締め付けられるのは、何故なのか。わからない。わからないからこそ、忘却する。
悲しみも、苦しみも、痛みも、その全てを。
わからないから、知らないフリをする。わからないならそれでいいと。そうやって、ゴーゴーピッドとなった彼女は、生きてきた。
その忘却を、勘違いだと目を背ける精神には、ラピスも気付いていて。
───ギィエエエエエ!!
漸く、ここに来た本題を語ろうとして───前方から、招かれざる客が飛んで来ていることに、気付く。
狙い済ましたように、こちらへ飛翔する、邪悪な竜を。
「チッ、“壊夢”か……」
「あわわ!ぶつかっちゃうのです!……このままぶつけてビクトリーします?」
「やめようね」
「はい!」
空を征くのはアリスメアー三銃士最強の怪人、“壊夢”のコーカスドムス。貴族服を着たフラミンゴのキメラは、今もう一つの形態であるワイバーンとなって、毎夜空を走るピッドの機関車を喰らいに来た。
喰らった対象の能力を奪う怪物は、今まで捕食してきた魔法少女や、同胞の魔法をもって2人を狙う。
耳を劈く咆哮が、雲の下の街にも響いていく。
……ラピスは、選択する。
「……ねぇ、ピッド」
「? どうしたのです、月お姉様」
「君には、酷な話をしようか」
真正面から迫るコーカスドムスを睨みながら、ラピスは潮時だと笑う。
なにも理解していない───認識しようとしていない、大切な、可愛がりのあった後輩へ、目を逸らしていた真実を突き付ける。
「ゴーゴーピッド。君は、もう───死んでるんだ」
冷たい事実を、なにも知らない幽霊に告げた。
「───え?」
硬直するピッド。仕方ない。死んでいると言われれば、誰だってそうなる。理解できない言葉の羅列に、胸の内が何故か湧き立つ。ぐらぐらと、見えない炎が燻る。
それ以上は聞いてはいけない。
それ以上は、それ以上は───蓋をしてまで忘却した、真実を暴かれる。
「君はね、二週間前……魔法少女狩りに襲われたの。君のご自慢の列車ごと斬られて、死んだ。もう死んだんだよ、ピッドちゃん」
「……うそ、なのです」
脳裏を掠める、いつの日かの記憶。察知できない速度で列車ごと斬られたような、逃げれずに、首に痛みが走ったような記憶が、僅かにあって。
魔法少女としての使命よりも、空を駆けることに重きを置いていた、魔法少女の人生。
覚えてない筈なのに、経験してない筈なのに。脳みそは嘘をつかない。
「うそっ!そんなの嘘!!死んでない、ワタシ、まだ…」
「残念だけど、嘘じゃない。僕だってびっくりしたんだ。死んだ筈の君の列車が、空を飛んでるって……僕が魔法を使ってないのに、そういう噂が出てたんだもん」
「…っ、ぁ……」
「まさか、幽霊になって夜空を駆けてるなんて、さしもの僕も想像できなかったよ」
「ゅ、うれぃ…?」
「そう」
指を指された先は、己の右手。白いアームカバーが…… 自分の手が、透けていた。薄らと、ボヤけた輪郭の下に、客席の床が見える。
自分の身体が、浮いていることにも。
座席に腰掛けていると思っていたのに。実際は、座っているように浮いていた。
……否、触れなくなっていた。
ここまで現実を突きつけられたら、認めるしかない……戸惑いを押し込んで、嘘だと泣き叫ばず。現実を受け止められるだけの聡明さが、ゴーゴーピッドにはあった。
嫌な程の、納得。
最近契約妖精を見ないのは、あの日、彼女の死と共に、星に還った───つまり、死んでしまったから。
真夜中を駆ける以外にない、朧気な記憶。
記憶の空白。ずっと悲しみを押し殺していたラピスの、仄暗い感情を綯い交ぜにした上で、こちらを見てくるその瞳が、彼女を見つめる。
実際に空を駆けているのを見て、幽霊としてそこにいる後輩を見て、ムーンラピスは決意を固めた。
「……ねぇ、月お姉様」
「なにかな」
「……ワタシ、もう一緒にいれない、の?」
「……そう、だね。お別れだ。僕は君を成仏させる為に、ここに来たんだ」
何度も言葉を重ねて、死んだ事実を受け止める。いや、受け入れるしか……なかった。これ以上、大好きな先輩に迷惑をかけるわけにはいかない。
そう訴える理性と、まだいたいと嘆く本能。
相反する二つを、ゴーゴーピッドは、僅かな魔法少女のプライドで理性へと傾ける。
本当は、もっと話したい。一緒にいたい。忘れないで、傍にいてほしい。
そんな我儘を喉元で抑え込んで、代わりに笑みを作る。
不安そうな先輩に、心配なんていらないと、元気づける勇気を与える。
「……ねぇ、ピッド。最期に、なにかしたいこと、ある?ある程度なら、叶えてあげる」
「月お姉様……なら、1個だけ」
「いいよ」
亡霊との約束など、ロクなものではないはずなのに……ムーンラピスは躊躇わない。
ゴーゴーピッドのお願いに、しっかりと耳を傾ける。
「お願いします……ワタシに…最期に魔法を使う機会を、ワタシの列車をぶつける許可を、ください!!」
「! いいの?そんなんで」
「はい!」
「ッ…」
真っ直ぐにこちらを見る、後輩の決意に。ラピスもまた覚悟を決める。
既に、コーカスドムスは迫っている。時間稼ぎで張った魔法結界に阻まれてはいるものの、時期に破られ、列車に食らいつくだろう。
時間はない。
死んだことにも気付かず、摩訶不思議な目に遭っていた後輩に、全てを委ねる。
「ドリームアップ!マジカルチェーンジ!!」
より華やかに、より派手に───車掌服を大胆改造した魔法少女のコスチュームが、彼女の本気に合わせて変化。あっという間にドリームスタイルに変身して、動く。
ラピスは、ゴーゴーピッドの、最期の魔法を見届ける。
「それじゃあ、行ってらっしゃい……ピッド。君の活躍、ちゃーんと、僕に見せてね」
「はいなのです!月お姉様───いってきます!」
切り替えの速さは、彼女の強み。どんな苦境であっても笑顔でいられる……それがゴーゴーピッドである。
車窓から飛び出て、列車の屋根に飛び乗って。
咆哮を上げる怪竜に向かって、魔法を───彼女自慢の機関車を、空に放つ。
「出発進行っ、なのです!!」
───列車魔法<グラリエイト・ロコモーティブ>
彼女の代名詞とも言える暴走機関車が、竜の額を貫き、吹き飛ばす。
「おりゃりゃー!!!」
楽しいことがあった。素敵なことがあった。思い出は、消えてなくならない。
倒すまではいかないが……その威力は絶大で。正面から轢かれたコーカスドムスに、体勢を立て直す隙も与えず。走らせていた幽霊列車もぶつけて、破壊する。
後輩の想いに応えて、列車から飛び降りたラピスは。
二本の蒸気機関車に挟み撃ちにされ、羽をもぎ取られた怪竜を見上げる。
「ギョェー!?ィ、ギィィィィイイイイ───!!!」
悲鳴を上げ、地に墜落するコーカスドムス。雲の下へと落下していくのを眺めてから、ラピスは再び空を見上げ。
粒子となって夜に溶けていく、列車たちを仰ぐ。
役目を終えたように、彼女の思いが通じたかのように。希望を乗せた、魔法の列車は。
夢となって消えていく。
「……バイバイ、ピッド。良い夢を」
何故、幽霊となって空を駆けていたのか。そんなことはラピスもわからない。死に気付いていなかったからの線が濃厚かと想像しながら、それ以上は口にしない。
魔法があるんだ。そういうことも有り得なくはない。
闇に溶けた粒子を見送り、ピッドの魔力の匂いを僅かに感じながら。
ムーンラピスは、空の彼方へ行き損ねた、可愛い後輩の旅立ちを見送った。
“汽笛”の音は、今も耳奥で鳴っている。
(5/6)
───死んでいたことにも気付けない、何処までも純粋な車掌は空を駆け抜けた。
最期にできた思い出は、ポケットに大切にしまって。
皆を乗せた希望の列車は、最期になってもその在り方を忘れはしなかった。




