マギアガールズ秘話-⑦“あたしの歌を聞け!”
日本一の有名なアイドルとは、誰か。歳を重ねても尚、芸能界の最前線にいる大物か。女優に転向しても尚、人気絶頂を維持しているやり手の女傑なのか。
否、否。
彼女たちは、ただ有名なだけ。人々の記憶に残るだけ、それ相応の努力をしているだけの傑物であるだけ。
では、真に有名で───人々の目を惹き付ける“象徴”は何者なのか。
「そう、それが私!マーチちゃんなのだ!!」
ステージで高らかに吠える、ピンク色のポニーテールが自身をそう定義する。
彼女の名は、マーチプリズ。“王国”の名を冠する十人の魔法少女の10番目であり、生き残り。セフィロトシリーズ最後の歌姫である彼女こそが、日本一のアイドルだと。
声高らかに、自信満々に世界へ叫ぶ。
空中に浮かぶステージ型の魔法道具の上で、視聴者へと必死にアピールする。
:的を得ている
:戦えるアイドルは確かにそうかもだけど
:間違っちゃいないけど
:認めたくはない
「なんで!?」
ファンに裏切られ、「なんでー!」と絶叫するどうにもアホな先輩の日常を眺めるのは、いつもの魔法少女2人。ムーンラピスとリリーライト……そして、もう一人。
丁度運良く、生マーチに出会って歓喜する……一般人の女の子が、一人。
「はわわ…本物…!」
「いけない、うちの子が穢れちゃった…」
「近付くんじゃねぇーよテメェ」
「なんでこっちが怒られてんの?おかしくない?そうだ、これどーぞっ♪直筆メッセージカード!まさか直接手渡しできるとは思ってなかったよ」
「家宝にします!」
「しないで?」
「ねぇ!」
小学生の明園穂花───認識阻害で姿を誤魔化した妹もそこにいた。歌って踊れて戦えるアイドルを目の前にして感動が止まらない様子。
完全に最推しと出会った幸福に悶えている妹のそれに、2人の姉は納得いかない顔。
本屋に行った妹が運悪くここにいるのも拍車をかける。
……正直言って、教育に悪いからと対面させるのだけは止めたかった。
「ねぇ酷いよ?あたし害悪じゃないよ?最低最悪な激物の寄せ集めみたいな言い方やめよ?」
「そこまで私言ってないよ!?」
「自覚があるようでなにより。さてと。ほーら妹ちゃん、ここは危ないからお家に帰ろうね」
「はーい!」
ラピスが習得した鏡魔法で家まで強制送還される穂花。無事に帰路に着いたことに安堵の息を吐く……何故なら、これから始まる戦いに巻き込むわけにはいかないから。
ここに、リリーライトとムーンラピス、マーチプリズの魔法少女たちが集まっている理由は、一つ。
マーチの手に握られた、一枚の果たし状が起因する。
書かれているのは、場所と時間の指定。問題の差出人を警戒して、2人は付き添いをしている。
……マーチだけは多分大丈夫と訴えているが、万が一はあるので。
そんな緊迫した空気に割り込む───警戒対象である、果たし状の主。
「───フンっ!怖気付いて来ないかと思ったけど、案外度胸あるのね、アナタ!!」
「モチ。素敵なお誘いありがとね、ネズミの人」
「ミセス・プリケットよ!プリケット様とお呼びなさい!これだからニンゲンは……!」
可愛らしくデフォルメされた、ネズミの頭を持つ怪人。緑ドレスを着こなし、レースのついたボンネットを被る、大きな体躯を持つネズミの貴婦人。
名をミセス・プリケット。
アリスメアー三銃士の一角を務める、“幻夢”の字を持つ幹部怪人である。
屈指の人気を誇るマーチプリズに、なにかと突っかかる変わった怪人でもある。
「攻撃用意」
「ステンバイ、ステンバイ…」
「ちょちょちょ、待ちなさいよ!!気持ちはわかるけど、アタシまだなにもしてないでしょうが!ちょっとは待ってみなさいよ!!」
「無理ぽ」
:ゲェ、三銃士の良心枠()じゃん
:おい誰だラピ様にネットスラング仕込んだヤツ
:使いこなしとる……まずい…
:すいませんでした
:吊るせ!
:吊るせ!
容赦なく戦闘態勢に入ったラピスたちを遠ざけながら、ミセス・プリケットは日傘を両手に抱いて逃げる。本当に戦うつもりはないのか、彼女から魔法を撃ってはこない。
その戦闘意欲の低さに一同が首を傾げると、声高らかにプリケットが目的を宣言した。
マーチプリズを名指しした、その意味を。
「“王国”のマーチプリズ!勝負よ!
───アナタの歌とアタシの歌!どっちが一番の歌唄いか勝負しましょう!!」
「いーよ!」
「いいんだ…」
「軽っ」
そうして始まったのが、魔法少女vsアリスメアーの長い戦いの歴史において流血のない、愉快で賑やかで、最高に人気な勝負───歌バトルの開幕である。
補足。バトル中、容赦なく殺意の矛先を向けようとしたラピスがいたが、空気を読んだライトが止めた。
残当だ。
歌に自信のあるマーチプリズと、自分以外が多方面からちやほやされるのが許せないプリケット。双方共に、歌と踊りが得意であり……歌バトルの趨勢は凄まじく。
視聴率もうなぎ登りで大盛況。
本来相見えることのない陣営の強者が、本当に楽しく、ただ歌って勝利を決める。
持ち歌五本勝負で、現在2:2───同点で互いに勝利を譲らない。
:どっちもすげぇ
:好みにぶっ刺さった
:くっ、三銃士を応援なんてしたくないのにっ……誠実に歌ってるのが好感度グサーッ!!
:昔は「歌の何がいいの!」とか言ってたのに…
:怪人も成長すんだな…
:実際上手いし
:やっべぇ、どっちが勝つかわかんなくなってきた
:私的感情で投票したら即バレして小指にクリティカルが襲ってくる呪いがなかったら、みんな“歌姫”に投票してただろうな…
ちなみに採点方法は投票だ。視聴率も魔法少女も平等に歌を評価していた。
負けても死なない、という緩さがあるからだろうが。
「やるわね……!」
「そっちこそ!」
「……思ったよりも白熱してるね。怪人もやるじゃん。私びっくり」
「ね」
興が乗った2人は、最後の歌───己の持ち歌を勝負に繰り出す。
「ラピスちゃん!」
「なぁに」
「お願いなんだけど、さ───最っ高の演出を、あなたに頼んでいいかな?」
「いーとも!」
「勝手に許可んなバカ……いいよ、別に。でも、やるならちゃんと勝ってよ?」
「もち!」
ムーンラピスの多彩な魔法を演出代わりに、より派手なステージへと作り替え、耳にした者全員が聞き入る歌を、マーチプリズは熱唱する。
マーチのテーマ曲である『約束のドリームスター』は、現在進行形でミリオンヒットしている人気曲。
花弁が、シャボン玉が、星が、絵文字が、ハートが。
魔法によって生み出された演出が、彼女の歌に呼応して飛び跳ねる。
そして、それに対抗するは。
「ふふん!いーわよ、ならこっちも───トランプ兵!!バックコーラスなさい!!」
「ミミーっ!!」
「ミーっ!!」
ミセス・プリケットは、6等身の筋肉質なトランプ兵を両脇や背後に従え、自分の歌に合わせて踊らせる。プロのダンサーと見間違えるほどの巧みな腕前に、審査員たちは目を奪われる。
歌う曲の名は『プリティッシモ・ドマーニ』……なんとプリケット自ら作詞作曲した、本気の自信作だ。
腹に響く重低音、彼女の感情を如実に現したその歌は、あのラピスも聞き入るぐらいには完成されており……正に結果のわからない勝負が、そこにはあった。
2人の熱狂に、世界は巻き込まれ、誰もが見蕩れる歌が響き渡る。
「ONLY ONE♪ わた〜したち〜のきぼ〜うがぁ〜♪つき〜ぬ夢、恋〜焦〜がれ、終わ〜らぬ愛〜を〜♪あぁ、いつ〜の日か、また〜逢〜える、やく♪そく♪を〜♪」
「絶唱♪熱唱♪うたー魔、ドマーニ♪La.La.Lullaby!」
同時に歌い、どちらが優れているのか───聞いていて気持ちがいいか。それを聞き分け、心の揺れ動くままに、視聴者たちはポイントを入れる。
どちらが勝っても、文句なしの五本勝負。
その行方は……
「「さぁ、どっち!?」」
互いに顔を突き付け、配信画面を睨みつけて───-
───王国のマーチプリズ 587773p
───ミセス・プリケット 587762p
綺麗に真っ二つに別れた評価。僅差で、マーチプリズが勝利した。
「っシャァ!!」
「あーん!!また負けたぁ〜!!」
「みんな!ありがとう〜!!プリケット!あなたの歌も、すごいよかった!いい勝負だったよ!」
「……ふん!こんなんでいい気になるんじゃないわよ!!いいっ!?次はアタシが勝つんだからね!!」
「望むところだよ!!」
「キィー!!!」
万雷の拍手に包まれながら、歌姫と三銃士の歌バトルはお開きになるのだった。
───それから少しして、空中特設ステージにて。
片付けを手伝ったラピスとライトが、経口補水液を飲むマーチに声をかける。
「お疲れ先輩」
「せんぱーい!!すごかったです!聞いてるだけで、胸がドッキドキしました!」
「やったね!あたしも思ったより楽しめたよ〜!たまにはあーゆーのもいいかもね!」
「無理じゃね?」
「夢がないな〜」
全てを出し切った。そう言い切れるほどの歌声を、この戦いで出すことができた……それだけでも満足できる程の多幸感がここにはある。
悪夢への思いも、敵意も、一先ず横に置いて。
歌で気持ちを、想いを、己の力強さを熱唱する……その楽しさが、大勢に伝わるのなら、それでいい。どこまでもどこまでも、歌の力が誰かに届くのならば。
先達のその想いを受け取り、ライトは心の底から歌声で浴びた感情を伝えに行く。
その横で、ラピスは。釈然としない顔のまま、バトルの感想を語っていく。
「正直、あの場面は攻めるべきだった。蛇足かもだけど、勝ちは勝ちで殺すべきだった。歌の勝負だからって、命を見逃すのはよくないよ、先輩」
「……そだね、ラピスちゃんの懸念は、その通りだ」
空気を読まない発現でもある。それをわかっていても、言わずにはいられなかった……何故チャンスを手放して、またなんて言葉を使うのか。
困るのは自分たちで。被害に遭うのは国民なのに。
その正義感を否定せず、マーチは、己の持論を……心に突き刺した、一本の信念を語る。
迷える後輩に、少しでも手助けになればと思って。
「正直、歌を戦いに使うの、あんまり好きじゃないんだ。歌はみんなで楽しむもの。別に一人でもいいけど、そこに楽しさがないなら、歌って存在価値ないんだよ」
「暴論だぁ」
「あはは。んんっ、それでね。あっちから歌で戦おうって言われたら、もう断れなかったよね。歌魔法じゃなくて、ちゃんとした歌で、だったからさ」
「……そのせっかくの歌を、汚したくなかったわけだ」
「そ!」
何処までも自分勝手ではあるが───そうしたいのだと一度決めたことを、マーチプリズは違えない。せっかくの気持ちよく歌える機会に、血腥い展開なんていらない……必要ないのだと、強く訴える。
相手が此方の土俵に自ら入ったのなら、尚のこと。
それに───人々のどんよりとした空気の、せめてもの光となれるのなら。
「歌ってね、楽しいんだよ!聞くのも、歌うのも、全部!何度だって言うよ。あたしは、誰もが笑顔になれる歌を、みんなに届けたいんだ!誰だって、歌えば元気になれる!そんな歌をね!」
「……素敵な夢だね。あなたらしい」
「ふふっ、でしょ?それに、あたしの歌を聞いて、自分の楽しいを、みんなが見つけられたら……それって、すごい素敵なことじゃない?」
彼女はみんなのアイドル。
彼女はみんなの魔法少女。
みんなの王国は───いつだって、そこにある。
魔法少女マーチプリズは、最初から最後まで、大好きな歌と共に生き、歌と共に死ぬ。
そこには一切の邪念が存在せず。
───だから、ラピスちゃん。みんなと一緒に、歌うのを楽しもうよ!
数日後。マーチプリズは、何者かの凶刃によって、その高潔な使命と共にこの世を去った。残されたのは、彼女を彼女たらしめる、みんなを笑顔にする歌。
世界は忘れない。
誰もが忘れない。
永遠に、永遠に……“王国”のマーチプリズは讃えられ、歌われ続ける。
“王国”の歌声は、途切れない。
(4/6)
───彼女はみんなのアイドル。最後まで、笑顔を忘れず歌を歌った、正真正銘“最高の歌姫”であった。
その想いの強さは、必ず誰かの支えとなった。
希望を歌う彼女との思い出は、いつしか、心に差し込む一筋の光となる。




