マギアガールズ秘話-⑤“燃ゆる彼岸の咒”
───驚いた。生命力強いねぇ。ったく……はァ、これは死んだことにした方が、危なくない、か。
ごめんね、先輩。一先ず運ぶよ……ここは危ないから。
死にかけることは多々あった。魔法少女になる前から、普通生きていれば遭遇しない、“呪い”という死と近距離で生きてきた10数年。
才能があるから呪いを極めて、呪いを扱って。
自分を呪って、他人を呪って、自他共に心身を守る為に呪っていき。
本物の呪いとなった彼女───“虚雫”という自称の字を冠する魔法少女は、世界に生まれた。
マレディフルーフ。全てを呪い、全てを祝福する者。
【悪夢】への殺意はない。あるのは、呪いによって星は救えるのかという、興味本位の知的好奇心。研究者タイプである彼女は、呪いの力を最大限に活かす為、魔法少女になってからも呪いの力を使った。
魔力ではなく、根本的に由来の異なるその力を。
魔法少女としては異端も異端。魔法を使わぬ、魔法とは名ばかりの呪詛をもって【悪夢】を呪う、最恐と誰からも恐れられる魔法少女。
そんな仄暗い真っ当な評価を気にせず、連れ歩く狂人がかつては居たのだが。
今はもう。
「───こんにちは、フルーフ先輩。包帯変えるね」
やさしく囁かれて、包帯塗れの身体を勝手に弄られる。意識を闇へと落としていたフルーフは、呼び声に導かれて目を覚ます。麻酔で痛みも感じない身体で、ゆっくり紅い目を横にやれば、主治医の真似事をして己を生かす後輩、ムーンラピスがそこにいた。
起きた彼女におはよと軽く声をかけ、身体につけられた点滴の取り替え、治癒を促進する魔法陣の検査、奇跡的に生還したフルーフの傷痕を確かめるなど、献身的に身体を治療される。
寝台に縛り付けられたフルーフは、申し訳ない気持ちに苛まれながらも、甘んじてそれを受け入れる。
瀕死の状態、死ぬ一歩手前のままである身体を、後輩に任せる。
「最近は、どう?」
「うーん……ぼちぼち、だね。あ、そだ。先輩が命賭けてぶっ殺した卵野郎、もう復活できないみたい。ちゃーんと死んだってさ」
「そいつぁ、よかった…ね……」
「すごーい」
「ふふ…」
呪いを主体に戦うフルーフが、ここまで瀕死になった、その原因。それは、“卵の王”ハンプティダンプティという見た目がまんま卵の幹部怪人と死闘を繰り広げたから。
鋼鉄にも等しい卵の殻に顔をつけて、コミカルな衣装を身に纏ったそいつ。
物理的に破壊して殻を割ると、割った人物は死ぬという因果律を押し付けてくる、非常に戦いづらい相手。更には殻を割った程度でヤツは死なず、すぐに綺麗な姿のままで戦場に現れる。
そんな一人を犠牲に葬らなければいけない敵を、彼女は持ち前の呪術をもって、全身を破壊されながらも卵の殻も中身も全て、呪詛をもって呪って侵して蝕んだ。
その結果がこれだ。
「うーん、治んないね。脆弱な」
「無理言わないでよ。こちとら重傷なのに」
「ふんっ」
ハンプティダンプティは死んだ。同時に、死の因果律でマレディフルーフも死に至る、筈だった。だが、フルーフを内から蝕む呪いの力が、そして執念深い生への執着が、未だ死の淵から身体を引っ張り上げている。
戦いの後、なくなく死体処理に出向いたラピスが、未だ命の灯火を絶やしていない先輩を見て、どれだけ歓喜したことか。
自分の家まで運んで、その身を治療して……余命僅かな瀕死の状態であろうとも。フルーフを生かして、守って、甲斐甲斐しく世話してやる。
最後に残った先輩に、死んで欲しくなどないから。
だから、無い時間を捻出して、有り余った金を浪費して先輩を生かす。
「……なぁ、ラピス」
「なぁに、先輩。今忙しいんだけど」
「無理なら無理でいいよ。私の傷、治ってないんだろう?治らないん、だろう?」
「……治すよ。なんとしても」
「いいのに…」
自分の身体が限界に近いのは、もうわかっている。
ハンプティダンプティの呪いとでも言うべきか、彼女の身体は蝕まれたまま。一向に回復の気配はなく。死闘から半年が経っているのにも関わらず、身体は治らない。
もう、フルーフの肉体は死んでいる。
ラピスの魔法で、無理矢理生かしているだけで……もう終わりが近いのは確かだ。
「ごふっ…ラピス。決戦は、いつ?」
「……予定では、来週。アリスメアーと決着を付けるよ。大丈夫、寝てたら終わるさ」
「そっ、か…」
現時点で戦える魔法少女は、たった2人。フルーフは、もう戦えない。そも、世間的にはもう死んでいる扱いだ。両足を失い、身体は常に悲鳴を上げ……顔の半分を動かすこともできない。
そんな死に体でも、できることはある。
動かない身体に鞭を打って、馬鹿なことをと笑いながらフルーフは覚悟を決める。
吐血しながら、動く左手でラピスの手を握る。
「なぁ……私にできることは、ない?」
死に瀕した身体でも、無理を言えば、まだ動く。ずっと介抱されたままじゃ、先達の示しがつかない。半年以上、ずっと後輩の邪魔をしているのは、耐えられなかった。
だから、ここで。
全てが終わる決戦の日に、フルーフは残った力の全てを振り絞りたい。
ここまで生かしてくれたラピスへの不義理は百も承知。
それでも。この命を賭してでも。このまま死んでいては格好がつかないから。
「死にたいわけ?」
「あんたに言うのはアレだけど、受け入れるよ……なにもやんないで死んだら、あのバカ共にドヤされる。それは、なんとしても回避しないと…」
「……はァ。半死人になにができる。身の程を知れよ」
「キッついなぁ。そこは嘘でもできるって言えよ。はァ、私の意思は、固いぞ?」
「…………何言っても無駄かな、これは」
「意外と頑固だよ、私」
「知ってる」
それに───一緒に戦った友も、もういないから。
幾ら拒絶しようと、否定しようと、この先輩の意思は、変わらない。それがわかっているから、ラピスも無理には止めず、その決意を受け入れる。
止めたい気持ちも、言いたいことも多々あるが。
口を塞いで、安静にして、ここで待っていてもらいたい気持ちを押し殺して。
非情な決断を、ラピスも下す。
「いーよ、わかった。なら、先輩には───…」
彼女が望むことは、たった一つ。
有無を言わさぬその命令を、マレディフルーフは笑顔で受諾した。
───そうして、決戦の日。
曇天が広がる空の下、廃棄された高層ビルの屋上にて。
【悪夢】に終わりを齎す最後の日、世界の為に、死んだ友の為に。
虚ろから雫を垂らす、超常の呪詛が、天に唾を吐く。
「はァ、はァ、はァ……あと、もうちょいッ……げほっ、ごほっ……ハハッ、きッつぅ……」
「背中、支えるよ」
「ありがと…」
屋上に描かれた、赤赤と輝く魔法陣。全て、フルーフの体内から漏れ出た血を用いた、血濡れの召喚陣。足りない部分は、更に吐血して、身体を切りつけ、血を垂らす。
致死量の出血量。
自分に残った全てを使って、マレディフルーフは戦場の盤面を整える。
異空間に隠された悪夢の女王の根城を、ここ、夢ヶ丘に引きずり下ろすのだ。
「ッ、捕捉した!」
「座標固定!行ける!?」
「げほっ、んぐっ……誰にモノ言ってる!私は、この世で五番目に強い魔法少女だぞ!!」
「くっ…」
───誰かに認められたかった幼少期。死んでもいいと、ずっと放置されていた……そんな嫌な思い出。その過去を振り切れたのは、偏に仲間たちのお陰で。
卑屈な自分を何度も励まして、共に居てくれた彼女へ。
死んでも尚、記憶の片隅に居座り続ける、友人たち……共に手を取り合って、【悪夢】と戦った2人が、なんだか背中を押してくれているような感覚まである。
有り得ない錯覚……その想いを受け取って、与えられた使命を熟す。
配信魔法には一切映さない、魔法少女たちしか知らない死の奮闘。
その成果は、彼女たちの望む形で───叶えられる。
「ッ、来る!」
「空間封印、隔離───成功ッ!そのまま夢ヶ丘の空に、固定するッ!!」
狙った通り、あまりにも巨大な白亜の魔城が、夢ヶ丘に無理矢理召喚されて、空に鎮座する。瘴気が漂う城へと、異空間へ逃げられないよう光の鎖を突き刺し、固定。
ムーンラピスとの共同作業、アリスメアーを異空間へと逃がさない、苦肉の策。
全身全霊を使った女王の誘き寄せは、フルーフの犠牲をもって成功した。
耳を劈く悪夢の異音、バケモノたちの恐ろしい騒ぎ声。
困惑と焦燥、そして怒り。魔法少女に先手を打たれて、窮地に立たされたことを理解した【悪夢】の怪物たちが、我先にと地上へ出撃する。
一向に諦めない、残りの魔法少女を殺す為に。
自らの手で招いた地獄の光景を、呪い師は狂ったように笑って喜ぶ。
「やっ、た……やったぞ……!」
もう、呪いを蔓延させる元気も、力もないが。
後輩からのお願いを、やるべきことをやり遂げたという功績が、死に体の身体を歓喜で包み込む。
空に浮かぶ敵の根城を、ラピスと共に眺める。
別行動していたリリーライトが、地上に降り立つ怪人を殲滅していく光景も付け足して。
「……っ」
「! 先輩…」
「はァ…」
脱力する。力の入らない身体。元より足がない状態で、ラピスを支えになんとか動けていた、が。もうその必要はないと、後輩を押し退けて地面に横たわる。
血腥い、自分の血で彩られたコンクリートに。
霞みがかった視界で、なんとか空を見上げ……こちらを覗き込むラピスと、目を合わせる。
「ごほっ……ぁ〜、死んだな。死んだわこれ。なぁ、後は君たちに託して、本当にいいんだろうな…?」
「そりゃそうだろ。いい加減半死人は黙ってろ」
残った不安を解消せんと問い掛けるが、最後まで辛辣なラピスに軽くあしらわれる。
いつものことだ。上下関係なんて無視するモノ。
魔法少女とかいうフリーランスの仕事での上下関係など重視しない。
……その適当さが、辛辣で、何処までも平等なラピスの反応が、いくばかりか救いになっていることなど、本人が知るわけもなく。
「ハハッ、酷い言い草。呪うぞ」
「いーらね。凝縮してあの女王サマにお渡しするよ」
「……浴びろよそこは……はァ、ごほっ……ありがとう。ここまで私を、生かしてくれて……これで、ちゃんと……私なりの役目は……果たせた、だろう?」
半年以上も世話になった相手に、心ばかしのお礼を。
真っ赤に染まった視界は、徐々になにも映さなくなる。限界は、すぐそこに。
「……うん」
「なんだその顔。ウケるな」
「るっさい……いい加減、さっさと逝け。冥土の土産は、あいつの首ね」
「あぁ…」
───パチパチと、何処からか燃える音が聴こえてくる。それは、フルーフの身体から。壊死した足から、青い炎がゆらゆら立ち昇る。
突然の発火に手を伸ばしたラピスを制止して、ただただ笑う。
「自死の呪いさ……なにも残さない、呪いの炎。ここに、私の死体が残るのは……不味い、だろ?これ、自動発動のヤツだから…気に、しなくいで……いい」
「……そっ、か。ねぇ。灰ぐらいは、残るよね?」
「知らん」
「そっか」
引火せず、フルーフ単体を燃やす炎。痛みも感じない、呪い師を正しく幽世へ導く、浄化と断罪の青。あまりにも美しい火の色に、互いに目を奪われ。
ラピスは、その最期を見届ける。
青い瞳に映る己の、赤と青のコントラストに。思わず、笑みが溢れた。
死に行く自分の、死に方を選べること。それがどれだけ幸運か。
「……おやすみ、フルーフ先輩」
───頑張ったな、相棒。
───お疲れ様だ、先輩!
青色のお月様に見送られて、マレディフルーフは黄泉の旅路に合流する。
“虚雫”の祝福は、確かに届けられた。
(3/6)
───生き残った呪いの、最後の恩返し。燃える身体は、遺った襤褸と共に懐に隠された。
その献身は、確かに彼女を勝利に導いた。
黄泉路の果て、あんまりな結末を選んだ後輩に、思わずお灸を据えに駆ける。
頂いた支援イラストです
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