マギアガールズ秘話-④“兵どもが夢の跡”
“戦車”のカドックバンカー。現存する魔法少女の中で、最も長い年数戦っている歴戦の勇士。大量の銃火器で敵の全てを蹂躙し、時には自ら先頭を突き進んで先陣を切る、頼れる最強格の魔法少女。
元より軍隊好きだったミリタリー少女は、自らの力で、自由自在に好きなものを扱えるようになった。
……その偉大さは、力は、宵戸潤空と明園穂希が新たに魔法少女になってすぐも、変わらず健在で。
常に全盛期を更新しているような……そんな力強さが、カドックバンカーにはあった。
そんな彼女の、ただ唯一の欠点は……
「パッド」
「ちがわい!偽装工作と言え!」
「かっこよく言い直すな」
「むぅ」
───稀代の大嘘吐きであることだ。
事ある毎に嘘を吐く。場を和ませる嘘、本音を隠す嘘、相手を騙す嘘、相手を守る嘘、自分を偽る嘘、自分の心も偽る嘘。
多種多様な嘘を吐いてその場を乗り越え、戦場を生き、魔法少女として大成したのが彼女だ。
最近は、めっぽう人を傷つけて揶揄う嘘が流行りで常に垂れ流しているが。
───パシュン…
所変わって。
魔法少女として彼女が所有する射撃場。銃の訓練などを個人的に行う為に拵えた、異空間にある秘密の訓練場で、同じ銃使いだからと誘ったムーンラピスと共に、横並びで的を撃つ。
ハンドガン、マシンガン、スナイパーライフルetc…
全ての銃器を使えると豪語するカドックは、銃剣のみで戦うラピスに、攻撃の幅を広げる為と、多様な銃の使い方を指南していた。
魔法少女は銃刀法違反に適応されない為、堂々と武器を使えてラッキーだと笑いながら。
お目溢しとも言うが。
「もうちっと手ぇ伸ばせ。そう。それで安定する」
「……へぇ、成程ね。でもやっぱり、この銃のタイプじゃ僕の戦闘スタイルには合わないよ?」
「体験だよ体験。やったことあるのとないのじゃ、対応がぜーんぜん違うぜ?」
「……それもそっか」
納得したラピスは、もう一度ライフルを構えて、試射。腕はいいのか、小さな的のド真ん中に風穴を空けることに成功する。
流石は銃剣使いと持て囃して、カドックはあれやこれや次々と銃を手渡して試し撃ちさせる。
全ては経験を積ませる為。実戦では使わずとも、練習でやったという経験値の有無で戦況とは大きく変わるもの。将来的に、否、現在進行形で成長している後輩に、自分の持ち得る全てを伝授していく。
きっと、自分より先に死ぬことはないと。漠然とだが、確信してしまったから。
「なに、死ぬ気なの?」
「クハハッ、そんなまさか……だが、厳しい戦いにはなるだろうな」
「そ」
引き締まった顔付きで、如何にこれからの戦いが危険か真剣に語る。その裏、カドックの紅い瞳には、見てる側が焼けてしまうと錯覚してしまう程の、仄暗い激情が灯っているのにラピスは気付いてしまう。
……無理もないかと、そう心を落ち着けて、カドックの言葉に耳を傾ける。
いつものくだらないお調子者を怒らせる、先日の悲劇を想起しながら。
「仇討ち、か……本当に、一人でやる気?」
「あぁ……悪いな。バカな話だってのは、オレが一番よくわかってる。オレ一人で挑むなんざ、自殺行為にも等しい相手だからな」
「……でも、心変わりはしないと」
「無論!ククッ、当たり前の話だ。ほぼ確実に、あいつが現れる時は、他の地点にも敵が現れる。あいつ一匹に的を引き絞るのは、危険だろう?」
「前回もそうだったしねぇ……まったく。悪足掻きばっか思い付く連中だこと」
「小賢しい」
「それ」
───カドックバンカーが狙うのは、“暴食婦人”を名乗る奇っ怪な幹部怪人。白いドレスを身に纏う女形の怪異は、下半身が丸く、歯並びのいい巨大な口が大きく開かれ……貴婦人の帽子の下には、口しかない顔がある。
触れたモノを喰らう特性を持つその化け物に、先日。
トリオを組んでいた仲間の一人が、食い殺されたのだ。
“雷精”のオルドドンナ。鬼の角を生やした、猪突猛進の雷戦士。明朗快活、馬鹿みたいに笑い続けた体育会系。
もう一人の仲間である“虚雫”のマレディフルーフと共に手を組んで、【悪夢】と戦った戦友。
歳下の後輩ではあるが、その戦闘力は指折りで。
……そんな彼女が、“暴食婦人”によって殺された。己の預かり知らぬところで。
必死に伸ばした手は、虚空を掴んで……カドックには、なにも返って来なかった。
だからこそ、カドックバンカーは決意した。
「明日、ヤツを殺す。オレ様の手で、あの口だけ怪異を、ぶっ殺すんだ」
「……そ。じゃあ露払いは任せてよ」
「おう。頼りにしてるぜ、後輩……あ。なぁ、フルーフは大丈夫か?」
「まだね」
「そうか」
危篤状態にあるもう一人の友を思って、これからをまた思い描く。暫く会えていないが……問題はない。なにせ、今生の別れは、とうの昔に済ませてあるのだから。
彼女ならきっと理解してくれる。
自分のやるべきことをやったのだと、呆れた顔で自分を褒めてくれる筈だと。
「約束しよう。死なずに帰ってくると!まだやりたいことやるべきことがあるからな!!こんなとこでは死ぬにも、死ねんのでな!!」
「へぇ、じゃあ安心して待ってていいんだ?」
「おうとも。貴様はオレ様の勝利の凱旋を待っていれば、それでいい」
「そ」
例えそれが、真っ赤に塗りたくられた嘘であっても。
確信も確証もない自信をもって、カドックは止まらない足を進める。
───そうして、時は来たる。
ボロボロに食い荒らされた市街地。無惨にも捕食された証拠が、辺りに弾け飛んで赤く染めている。吐き気を催すその戦場で、彼女は猛威を振るう。
狙うは一点。目の前に浮かぶ、口だらけの捕食者。
“暴食婦人”は、撃ち込まれる銃弾の全てを食べて食べて無効化して、余裕綽々と言わんばかりに舌なめずり。己に撃たれた銃弾なんぞ、ただの間食に過ぎないと。魔法すら喰らう彼女の口は、獲物を逃がさない。
現に、今。
無傷の“暴食婦人”とは対極に───戦車の魔法少女は、右腕を食われ、軍服はズタボロ。血塗れの彼女が、そこにいた。
「ハハッ!痛い!痛いなぁ……痛てぇんだよ、クソが!」
それでも、獰猛に。笑みを忘れず、ドバドバに溢れ出るアドレナリンに従って、敵を穿つ。
たった一発。たった一撃。当たれば勝ちなのだから。
「死に晒せェ!!」
───兵仗魔法<ダンス・ランドマイン>
───兵仗魔法<ディストーション・アームズ>
───兵仗魔法<ブラストファイヤー>
解き放ったのは三つの魔法。空中を飛び回る魔力地雷、囲うように展開された機関銃の一斉掃射、鉄すらも溶かす致死の火炎放射。
現代兵器を魔法仕様に調整して放つ、容易な広域殲滅を可能とする兵仗魔法。
軍事兵器の知識に長けたカドックだからこそ発現した、彼女ピッタリの攻撃魔法。
その多重攻撃を、“暴食婦人”は全て喰らう。
銃弾も、地雷も、爆風も、火炎も、全て。余すことなく全て飲み込み、消化する。
被弾0。傷は一つとして、ない。
「チッ」
「「「───eat.eat!!!Yummy!!!」」」
「ウザったい奴だな……そんなに食いたきゃ、好きなだけ食わせてやるわ!!」
死力を尽くして、カドックバンカーは魔法を行使する。
ただの銃器では話にならない。対人兵器では、この敵を葬ることはできない。ならば、どうするか……過去の戦争で使用された、人道に反した兵器群に手を伸ばす。
ABC兵器───核兵器を除く、生物兵器と化学兵器をも自在に操って、“暴食婦人”に食らいつく。
ミサイルも戦闘機も、戦車も対空砲もなんでも。
兵仗魔法は、過去の戦争で使われた全ての武器を魔法で具現化できる。
その強みを活かして、たらふく弾幕を食わせてやる。
望むのならば望むだけ。満腹にならないと言うのなら、満腹になるまで。
顕現させた全てをぶつけてやれば、食べながら前進することもできなくなる。四方から絶え間なく、殺意の銃弾を叩き込まれて、身動きが取れなくなる。
できることは、全身の口という口を使って捕食することだけ。
ここからは我慢比べ。どちらが先に根を上げるのか。
「Yummyiiii───!!!」
ただ“食べる”こと以外の無駄を考えない“暴食婦人”は、永遠と供給される食糧に歓喜する。捕食以外の必須機能を【悪夢】に奪われ、加工された怪物は、ただ食す。
食らって食らって食らって、遂に前進する。
もっともっと食べたいと。回避なんて手段は選ばずに、ただ前進する。
思考の全てを捕食活動に縛られているせいか。彼女すら把握していない許容限界が、遂に底を見せ始める。満腹といった具合ではない。まだ食べることはできる。
だが、胃袋を支える身体が持たない。
硬いモノを食べ続けたせいで歯は欠けて、接触と同時に喰らう両手や肌は徐々にズタボロになっていって。
数の暴力が、ゴリ押しで無傷の壁を乗り越える。
全てが上手くいっていることに安堵しながら、それでもカドックは魔法行使をやめない。
まだ、まだ、まだ。そこで止めては、食いつかれる。
捕食が追いつかなくなっても、食べる意志は未だそこにあるのだから。
「ハァァァァ───!!!」
正直、魔力は限界だ。魔法少女となって四年。これが、この過剰火力が過去最大の魔力消費だ。人生最大、そして人生最後の大博打に、カドックは躍り出る。
内心、置いていく仲間たちに謝罪しながら。
どうせ来ると信じているから───カドックは、残った左手を伸ばす。
それが契機となったのか。なってしまったのか。
停滞しつつあった“暴食婦人”の前進が、猛攻が、そして猛然と進む捕食が。
再開する。
「ッ」
いつの間にか。カドックバンカーの目の前に、大きな、あまりにも大きな顎があって……吸い込まれるような黒い穴が、そこに広がっていた。
それが口だと、“暴食婦人”の口腔だと理解した、瞬間。
食われるとわかっていながら、カドックは最期の一手を惜しみなく使う。
───あぁ、また嘘をついたな。これで晴れて、オレ様は地獄行きだなぁ!!
全てを使えと教え込んだ頼れる後輩に、致命傷を受けていながら命を繋いだ友に、今も尚、【悪夢】と戦う仲間に別れを告げて。
青い雷を身体に纏って、少女は吶喊する。
自ら、“暴食婦人”の底無しの口の中に飛び込んで───あぁ、やっぱり。
死んでも尚、彼女は───“戦車”の待ち人は、気合いで消化されずに残っていた。
雷を呼応させる。外部からの攻撃は、全て無駄だった。内部から破裂させようと、食われた時点で効果は無意味に削ぎ落とされていた。
だが。こうして自らを口腔という異空間に飛び込ませ。
未だ内部にいた───微量な魔力反応を残し続けていた、命を落とした彼女と力を合わせてしまえば、そんな問題は些細なこと。
一で無理なら、足して二で、暴力的に行くしかない。
無理を押し通して、不可能を可能にするのが、魔法少女なのだから。
───待たせたな、我が妹よ。
───かっこつけんな、クソ姉貴。
───ハハッ!
後輩に無理を言って頼んで、身体に植え付けた、彼女の魔法術式を稼働させる。残っていた四肢が口の中で欠けて消えていくのを感じながら、それでも。
徐々にその身を食われながら、“戦車”は引き金を引く。
撃鉄は、青い雷となって異空間を駆け巡り───二つの死体をもって、奇跡を成す。
───雷・兵仗魔法<エレクトリック・ラストダンス>
家族の仇は、内から溢れる雷撃によって。遂にその身を焦げた灰へと変えて。
“戦車”の熱は、漸く冷めた。
(2/6)
───親の都合で離れ離れになった妹を、守れなかった。その怒りを燃料に、戦車は駆け抜けた。
死なないなんて嘘は、もう吐き慣れていた。
そして、後輩にとって。死なない、なんて決意表明は。もう聞き慣れた、嘘。




