マギアガールズ秘話-③“空の上の円舞曲”
連続閑話Time
本編再開は五月から。残り六日間は、過去の魔法少女との思い出を振り返ります。
では。
───三年前。魔法少女全盛期の時代。
“極光”のリリーライトと“蒼月”のムーンラピスが、まだ孤独ではなかったその頃。配信魔法は繋げず、魔法少女のコスチュームのまま。
少女2人と、妖精ぽふるんの三人組。大空を飛び、ただ悠然と遊覧飛行。
特に目的も宛もなく。アクゥームの出現や、幹部怪人の通報があるまで、空を泳ぐ。
たまにはこーゆーのも良いよねと、呑気に笑いながら。
青空を漂う赤と青。高度恐怖症を発症してないのは幸いであった。
「偶にはこーゆーのもいいね」
「そだね……んっ、ちょっと違うか…」
「基盤弄るのやめるぽふ」
「やだ」
仰向けに、浮き輪に乗っているような体勢で、魔法陣に細工しているムーンラピス。その足元でぷかぷか浮かんだぽふるんが制するが、聞き届けるわけもなく。
新しい魔法の制作に、蒼月は集中する。
なにが起きてもすぐに対処できる。いつでも殺す準備はできている。
だから、余裕綽々で宙を漂い、欠伸をかみながら退屈を凌いでいた。
「───あっ!見ーっけ!やっほー!」
その和やかな空気をぶち壊す、拳で突っ込む白い翼。
見慣れた先輩の、喧嘩を売る傍ら飛び込んでくる勇姿を軽く避けて、ライトは苦笑、ラピスは溜息で応戦。何故か定番と化した突撃には、もう手慣れた様子。
重力を纏った右拳を受け止めることはせず、ぽふるんを盾に防ぐ。
「あっぶ!」
「ひぇ〜っ!!!ラピス!?ラピス!!な、なんでそんな酷いことするぽふ!?」
「ちょうどいい肉壁だったから」
「うぅ〜!」
急停止した先輩を蹴って、安全確保したラピスは妖精を両腕に抱え直す。あびゃーと空を転がる魔法少女……頭に天使の輪と天使の羽を持つ、その彼女に。
例の顔文字のような笑顔で近寄る“力天使”に、ラピスは何の用だと問う。
「なにしに来たの、ブランジェ先輩」
「実家の宗教論争から逃げてきた!あの人たち、なーんで私の新興宗教作ろうとするんだろうね」
「天使だもんね」
「だもんなぁ」
「えー」
“力天使”のエスト・ブランジェ。重力魔法を操る最強の魔法少女であり、持ち前の膂力と合わせれば向かうところ敵無しの、2人の先輩である。
実家は国際的な覇権を握る宗教の中でも、かなり大きな実権を握っている教会。
修道女として生まれた彼女は、現世に舞い降りた天使、この悪夢の世に降臨した奇跡として持ち上げられ……その持ち上げ方に、鬱屈とした想いを描いている少女。
呆れて家を出奔した彼女は、偶然空に浮かんでいた後輩2人を見つけ飛びかかった。
「ねぇラピスちゃーん、なんか面白い話ない?」
「えぇ…そんなんないけど……まあ、強いて言うなら」
「なになに?」
「ノーパンとか。先輩が」
「えっ? ……あぁっ!?」
「草」
何故かコスチュームにパンツが適応されていなかった。これはよくあるミスで、魔力制御をしくじると偶に変身が不完全に済んでしまうのだ。
慌てて下半身の一部再変身をして布を履くブランジェ。
ここに来るまで何故気付かなかったのか。空を飛んでて気付かないわけがないのか。
……鈍感だもんなぁ、とラピスは呆れて、口にコーラを流し込む。
「恥っずかしい〜……あ、私もちょうだい」
「口付けしたのを?やだよ。先輩と関節キスはちょっと、ねぇ?」
「全然気にしてなかった……他に在庫ないの?」
「あるけど」
「あるんかーい」
「ほい」
「あざ」
冷えたコーラ瓶を受け取って、ついでにライトにも渡し3人でイッキ飲み。ぽふるんは炭酸が苦手なので、コーラの代わりにオレンジジュースで乾杯だ。
喉を焼く痛み、美味しさ。平気で毎日コーラを消費するラピスは、大のコーラ好きである。
……そして、世捨て人みたいな生き方を強制されていたブランジェにコーラの味を教えたのもラピスである。大罪持ちだ。
空の上、街を見下ろして飲むコーラは格別に美味い。
「そういや、あの馬は?」
「てまるるのこと?あの子は今、私の身代わりでクソ親の言葉責めにあってるよ。いやぁ〜、実の娘と妖精の違いもわかんないとか、やになっちゃうよね!」
「笑って済む話じゃないでしょ…」
「アハハ!」
カラフルな鬣と、白い毛並みを持つペガサスの妖精……てまるると名乗るブランジェの契約妖精は、全力で契約者を演じながら場を凌いでいる。
ぽふるんは哀れな同僚に同情を禁じ得ない。
偏に、契約者と同じ姿になれて、抜群の演技力を誇った彼が悪い。
今頃大変な目に遭っている友に哀悼の意を示してから、ブランジェは会話を急かす。
「で?で?面白い話!カモン!」
「だから急かすなって。そんな需要あるのないよ……あ、今作ってる魔法が弾道ミサイルを瞬間構築して最大火力で町ごと怪人を消し飛ばす魔法だって話する?」
「物騒!!」
「そんなの作ってたの…?」
「やめてぽふ」
後の弾道ミサイル魔法を開発していたラピス。あまりに物騒な魔法に2人は冷や汗をかくが、それぐらいの戦力がないと心許ないのも、また事実。
現代兵器は効かないが、魔法要素が付属する現代兵器は通用するのも、ラピスの魔法作成に拍車をかける。
止めようにも止められず、まぁいいかと受け入れた。
彼女の魔法で窮地を脱したのも、それを取得することで上手くいったことも多々ある為。
汎用魔法は万能だ。魔法容量がなくても、自分の魔法で手一杯でも、少ない魔力で使うことができる。
……今回作っているのは、多分少なくないだろうが。
「魔法作るの、たのし?」
「そりゃあね。メリットしかないし……イヤなところは、自由な時間がないことかな。趣味と定義するには、あんま良いと思えないし」
「えー、いーじゃんいーじゃん」
「無責任な…」
「私もいーと思うよ?魔法作ってる時のラピちゃん、私は好きだもん」
「キショ」
2人からの好意をぞんざいに振り払って、一旦魔法への干渉を止める。このまま続けても、会話に遮られて作業に集中できないだろうから。
それと、会話中の作業はあまり行儀がよくないだろう。
それなりに尊敬している先輩の手前、これ以上は体裁が悪い。
「そういやクルルちゃんの魔法論文見た?私はなーんにもわかんなかったんだけど」
「質問攻めされたからねぇ……上手く纏めてあったよ」
「何一つわかりませんでした!」
「脳筋sめ……少しは魔法がなんなのか理解しろよ。そこのエセくま公も含めて」
「ぼくもぉ!?」
「君が一番理解してなきゃでしょ。なんでわかんない力を他人に勧めるかな」
「えへ」
また魔法講座でも開くかと、独学で収めた知識を広めて戦力増強を図ろうと決めた。
そうして、エスト・ブランジェとの空中散歩を、会話を楽しんでいると。
3人の気配探知に、淀んだ魔力の塊か現れる。
「!」
「アクゥームだ!」
「またかぁ……2人とも、行こっか」
「うん!」
「はい」
夢魔の暴動に気付き、魔法少女たちは地上へ垂直降下。そのまま低空飛行で地上を闊歩するアクゥームの首を狙いに駆ける。
「ゲーロゲロゲロゲロ!!でてこぉい、魔法少女ぉ〜!!このフットマン様に怖気づいて、顔すら出せねぇのか〜?えぇ?なぁ、おいッ!!」
【アグゥーム゛ッ!!】
咆哮を上げる怪物を従える、貴族の服を来たカエル頭の幹部怪人。ここ数年で数多くの一般人を、そして魔法少女の命までもを奪ってきた、本物の強者。
アリスメアー三銃士が一体、“凶夢”のフットマンだ。
転生魔法という死んでも死なない魔法をもって、何度も魔法少女を苦しめる怪人。
再び蘇ったカエル男が、一向にやってこない魔法少女を煽る煽る。
───真上に、自分を8回殺した太陽と、13回ぶち殺した天使、74回もリスキルしてきた満月がいるとは知らずに。
全然気付かない。
───光魔法<サンライト・レーザー>
───重力魔法<グラビティ・コントローラー>
───月魔法<サテライトビーム>
「えっ」
そして上方から降り注ぐ、二種類の光線と重力加圧。
容赦なく撃ち込まれた三つの魔法が、アクゥーム諸共、フットマンを押し潰す。
「ゲロぉぉー!?ぐぺッッ」
情けなく泣き叫んだフットマン。通算624回目の非業の死を遂げた。
頑丈だったお陰で生き残ったマンホール・アクゥームも早々に浄化して、配信魔法を付ける前に、簡単に悪夢災害を食い止めてみせた。
撮れ高は無かった為、特に問題はない。
魔法少女界隈最強トップスリーを相手取るには、やはり実力不足だったようだ。
フットマンに即殺勝利した魔法少女たちは、被害状況を確認したり、一般人へのファンサをした後、また空を飛び空中遊泳を再開した。
平常運転である。
「あなたの為に、祈るね」
「どーせ復活するんだから、無意味でしょ」
「形式形式。はい、なーむ」
「宗教違くない?」
「えへへ」
青空の下で手を合わせ、天に祈りを捧げるブランジェ。いつもの、倒した敵をも慈しむ先輩に、ラピスとライトはなにも言わない。
殺害した敵への対応など、個々人で変わるのだから。
自分だったらなにもしないが。神への祈りを笑う後輩に苦笑しながら、ブランジェは手を解いた。
会話の再開だ。
「ね、今日一緒にご飯食べない?」
「えーっ、別にいいですけど。食べ行きます?それとも、家で食べます?」
「……どうしよっかな」
「もうこの際先輩の好きでいーよ。どっちでもいいし……満腹になれりゃあなんでもいい」
「適当だな〜」
「ふふん」
今も尚、各地でアリスメアーによる被害が起きている。束の間の平穏、一日一殺のノルマを達成した3人。会話は途切れることなく、空を飛んだまま移動する。
時間も忘れたくなるぐらい、話してしまう程に。
笑顔が絶えない会話を偶然聞いた市民たちも、これまた笑顔を浮かべる。
「お」
「ひひー、ブラン〜!やっと見つけたザス!」
「あっ、てまるる。遅かったね」
「オレの扱い雑ぅ!!酷い!ねぇ見た!?聞いた!?この横暴さなんとかならないかなぁ!?」
「無理」
「残念」
「諦め」
「ぐふぅ…酷いザス…」
「ごめんて!」
「フッ」
泣いて飛んできた、羽の生えた小さな馬の妖精も連れてファミレスへ。
「ふふっ、楽しいね!みんな!」
あぁ、またこうして、暇な時に集まって。みんな一緒に机を囲めたら、もっと楽しいのに。
心に陰を落として、それでも笑顔を作って。
エスト・ブランジェは、痛む身体からの現実逃避を……過去を思い描くのを、やめる。
楽しい時間は、いつまでも長続きしないのだから。
───先輩と後輩。魔法少女たちの遥か高み、極みにいる彼女たちの不思議な関係性。
戦友であり、先達でもあり、競合でもある。
それでも、仲違いは起こさず……手を取り合って悪夢に立ち向かえる。
あの青空のように、何処までも続く。そんな仲の良さでありたいと、ブランジェは祈る。
祈っていたかった。
自分の力を恐れず、対等に扱ってくれる友の未来を。
和やかな空中遊泳を思い返して、懐かしい気持ちに心を痛めながら。
「先輩!!」
「ぁ、ッ……不味い、離れろライト!!」
「でもッ」
魔法少女の戦いの節目となる、その戦い───女王自ら正義を強襲した、その日。
エスト・ブランジェは、泣き別れになった胴体を気力で無理矢理動かして、魔法を使う。精密な魔力操作は、見事想いを受け取って……
重力魔法が、ブランジェの周囲一帯を押し潰す。
自分を殺した“夢貌の災神”の攻撃を、仲間への追撃の、邪魔をする。
地面に縛り付けられた女王から、ちゃんと、皆が距離を取れるように。
───祈るよ。私が、みんなの為に……だから、どうか。
彼女のぐちゃぐちゃになった身体を見て、必死になって手を伸ばす涙目の後輩に祈る。いつの間にか自分より強くなった、太陽のような女の子へ。
勿論、その隣で顔に陰を落とした、月の輝きを思わせるあの子にも。
赤に染まる視界の中、最後まで友の未来を、魔法少女の勝利を祈って。
“力天使”の光輪は、輝きを失った。
(1/6)
───死の間際、楽しかった思い出を振り返った天使は、己を犠牲に仲間を守った。
重い重い愛をもって、殿を務めた。
格別に大好きだった2人の後輩に、これからを託して。祈りを捧げる。




