77-あなたの夢に、一匙の絶望を
いやぁ、運動会は大変でしたね。勝った組はどっちか?そもそも誰が赤組で白組なのかって?いや知らん。なにせ最後まで見なかったし、結果なんてどうでもよかったし。
あと興味無さすぎて組分けは把握してなかった。
……いや、ごめんて。謝るから石を投げるのはやめて。紙くずも卵もダメ。
んんっ、本題に入ろっか。いい加減にね、オリヴァーがうるさいから、運動会が終わった後にトランプ兵を四体も作ってプレゼントしてあげたんだ。
ハート、スペード、ダイヤ、クローバーの柄のね。
全員槍を武器とする、悪夢の兵隊。見た目は旧時代のと相違ない、薄っぺらいトランプに手足が生えた……ただし三等身のちっちゃいヤツ。
「小さくない?」
「あの大きさで歩き回られるのヤダ。キモい」
「気持ちはわかるが……いや、これはこれでありか。無理言って悪かったね」
「別に」
ちょこまかと足元を動く、小さなトランプ兵たち。
何処ぞの絵みたいに顔は付いてないから、意思疎通とかかなり難しいと思う。でも、あのオリヴァーなら、きっとなんとかなるでしょう。
そう丸投げして、僕はできたてほやほやの兵隊を適当に押し付けた。
「彼のこと、よろしくね」
「ミーッ」
「ミーッ」
意外と可愛いな?
……まぁ、実際その後、ちゃんと使いこなせたようで。
給仕係とか護衛とか、斥候役とか荷物運びとか、すごい上手くこき使ってるオリヴァーことオーガスタスの日常が見れたのは、余談である。
さて、実を言うとこっからが本題───いつもの如く、地下の研究室へ。
「宇宙人共の対策は、粗方終わった、が……」
不安は募る。敵がどれだけの規模なのか、宇宙全てが、アリスメアーの敵なのかすらとわかっていないんだ。もうちょっと情報くれないかなぁ。
……リデルを狙う敵は、“星喰い”って名前らしい。
ユメエネルギーを根こそぎ喰らって栄養源にする代償に星を滅ぼす。滅ぼした星の生き残りを、己の支配下に置くその習性。アクゥームを遥かに超える力と、人間を超える知能を有する化け物。“暗黒銀河”という、今の地球の技術では知覚できない領域に住まう、銀河の支配者。
リデル曰く人型らしいけど、どこまで人間と似てるかはわからない。
それに組織体制ができてるって聞いた時の僕の気持ち、わかる?
……どんな手段で来るのかな。どデカい宇宙船が宙から降ってくるの、ちょっと楽しみなんだよね。
SFだよ?見たくなるやん。ミーハーだぞ僕は。
制空権こっちが握ってるから、撃ち落とすの申し訳なくなっちゃうなぁ。
いや、クソみたいな見た目だったら即破壊するけど。
「……はァ」
どうしよっかなぁ……目下最大の悩みは、リリーライト躍動による、その他諸々。世界は今、あいつの復活で以前よりも活気に満ち溢れている。
死んだ筈の“極光”、その復活。
奇跡の生還に、日本どころか世界に熱が広がった。もう止められない、希望の凱旋。
……正味、いやだなぁ、とは思うけど。
いつまでもあいつにおんぶだっこで、世界はなーんにも変わってない。魔法少女に頼るしかないから、仕方ない。やりようがないから、どうしようもないけど……
気持ち悪いんだよねぇ。
……穂希の隣にいるのが子どもたちってのも、個人的な不愉快ポイント。
あいつの隣は、僕の場所なのに。
「んんっ」
ちょっと待って仕切り直させて。違う。全然そんなこと思ってない。
僻みとか妬みとか、僕らしくないぞ。落ち着け。
……でも、事実、僕だけが置いてかれているのは確か。僕だってここにいるのに。マッドハッターになって正体を隠蔽してるから、こんなこと考えるのもおかしいけど。
一人や二人ぐらい、疑問に思ってくれてもいいじゃん。
なんで誰も気付かん?穂希はなんなの?つーかぽふるんオマエは気付けや。
ニブチンだから無理か……あいつ頭にちょうちょいても気付けないしな。
……尚のこと穂希が異常なんだけど。なんであんな早く気付けるわけ?
最早気持ち悪さまであるぞ。
んあー、どうしよう。こうなったら僕も正体顕にして、話題掻っ攫うか?
現役時代の脚光を浴びたくなってきた。
僕にだって承認欲求の一つや二つはあるんだぞ。ここはパーッとやってだな。
……いや、その前にあれを使って下地を整えるべきか。
ケースに保存したまま、既に稼働寸前まで準備を終えたそれらを、ただ眺める。
「うるるー」
「! なぁに、リデル」
「ちょっと野暮用」
転移で僕の隣に来たリデルを抱き上げて、研究室の外へ連れて行く。
ここで駄弁ってると、気分悪くなっちゃうかもだし。
「当日は幹部全員にここを守らせる。オマエは、外に出て直接対峙する、でいいんだよな?」
「そうだね。大方、魔法少女がやり合うだろうけど」
「趣味の笑い観賞だ」
「酷いな」
僕が描く理想に。ユメ計画に、今の魔法少女たちはもう必要ない。基盤を整えて、今の穏やかな日常を作り上げた功績だけは認めてあげなくとない。
でも、ユメ計画の前では邪魔者でしかない。
悪夢に閉じ込めて、幸せなユメの世界で解放する。もう戦うことも、辛くなることも、苦しむこともない、本当の幸福がある世界で。
聞いた人間の十人の内八人が否定するような、それでも二人ぐらい賛同者が出てくれるような、そんな計画。
昔の僕なら絶対に考えない、クソみたいな平和な未来。
……多分、僕は【悪夢】に汚染されちゃったんだろう。クイーンズメアリーのように、かつての怪人となった妖精たちのように。
そうじゃなきゃ、こんな計画思いつかない。これが真に正しいとは思えない。
でも、最善手であることは事実で。
いつまでも脅威に怯えるのなら。人々を守る為ならば。僕はこの手を、後悔しない。
リデルの目的は今後の確認だったみたいで、特に問題は起こらず。肌寒くなってきたから、甘いココアを飲ませて身体をリラックスさせてやった。
……まるで母親だな。どういうのかは、知らないけど。
生まれてこの方、片親の父親しか知らないからなぁ……パッパは幼い頃、交通事故でぽっくり逝っちゃってあんま覚えてあげれてないんだけど。
よく一人で生きてけたな。
親戚はいなかったけど、隣の明園一家のサポートが僕をここまで生かした。
……幼馴染って言うよりも、家族って言った方が、僕は納得なんだよね。
どっちでもいいか。
「計画の術式は完成したのか?」
「とっくの昔に。あとは宇宙人共が来るのを待つだけ」
「そうか……流石だな。あぁ、そうだった。連中、明日の夜に来るみたいだぞ。艦隊っぽい集団が、私の感知圏内に入った」
へぇ。もうか。意外と早い……感知圏内広くない?
「恐らく威力偵察だな。昔、まだ【悪夢】が広まってない段階での襲来も、似たような感じだったぞ」
「待って、二回目なの?知らないんだけどそれ」
「いや言ったであろう。ヤツらの侵攻を防ぐ為に、我々はこの身に【悪夢】を受け入れた。どういうわけか【悪夢】はヤツらにとって毒らしくてな……お陰で、この時まで大侵攻はなかったし」
「あぁ…」
成程ねぇ……最初はヤバいと思ってた【悪夢】の力を、逆に取り込むことで窮地を脱したと。その代わり、精神と肉体を蝕まれて、歪んで、時間をかけて人類の敵なんかに堕ちちゃったわけだ。
不憫というか、哀れというか。
ユメエネルギーの“根源”となったリデルを守る為には、それが当時の最善策だったんだろうけど。
……全部悪いのは宇宙のヤツらってわけか。
“星喰い”だかがいなければ、魔法少女なんか生まれず、地球が滅びかけることなんてなかったのに。
うん、滅ぼそう。諸悪の根源は、根元から断つべきだ。
そんなにユメエネルギーが欲しいんなら、欲望のままに食べに来るといいさ。
殺すけどね。
「さぁ、明日は本番だ───それと、リデル。いい加減、僕も覚悟を決めたよ」
「ほう?なんだ、かくれんぼは終わりか?」
「うん」
アリスメアーの絶望は、柔らかな笑みを浮かべて、その思いを告げる。
悪夢に染まった、月夜の舞台の幕が───今、上がる。




