07-死んで生まれて、また地獄
「私は言った筈だぞ。魔法少女を増やすなって。ちゃんと注意したんだぞ」
「うんうんそうだね、ごめんね。反省してる」
「ほんとかぁ?」
「勿論、僕嘘つかない」
「そうか〜」
膝枕を強要してくるリデルを軽くいなして、頭を撫でて大人しくさせる。ヨシヨシ、そのまま黙ってろ。魔法少女候補の変身阻止を防げなかったのは、確かに僕の、その、不徳の致すところ。
今玉座の間にいるけど、後で庭園で謝罪会見をしよう。
ついでに負けまくってるベロー、じゃなくて、ペローも隣に置いて。
仕事中にスマホ弄ってるバカは重労働させてやろう。
「ブルーコメットと、ハニーデイズ……こいつらの身元も割れているのか?」
「候補としてデータは集まってるよ。普通の中学生」
「オマエみたいに?」
「僕みたいに」
「……魔法少女狩りを一人で鏖殺、列島夢幻化を二十秒で解決した人が、普通?」
「うるさいメード」
そんな物騒なことできるわけないだろ常識的に考えて。
「だが、まぁ……これ以上魔法少女が増えることはないと思っていいよ」
「何故だ?あの妖精たちのキャパシティからか?」
「そう。ぽふるんが契約できるのは2人まで。でも、今は3人と契約している……恐らく、ほまるんとかいうクマと魔力を繋げてキャパを増やしてるね」
「ほう」
「……その理論ですと、4人になるのでは?」
メードの疑問はご最も。僕だって最初はそう懸念した。
「問題はない。あの妖精は恐らく、正規な妖精じゃない。過去の戦闘を見て、ぽふるんが主導で動いてる。あっちはなにもしてない……どういう原理かわかんないけど、多分ぽふるんから力を借りてるのがほまるん、だと推測する」
「成程な。見てわかった感じか」
「そう。あいつ、すごい警戒心高くてさぁ。ちょいちょいバレかけたんだよねぇ」
「怖かったです」
取り敢えず、今はそういう考えでいこう。多分だけど、そこまで外れていないと思うし。連携的にも3人ぐらいでやった方が魔法少女としても戦いやすいだろうし。
うん、ぽふるんと僕の戦闘理論はほぼほぼ合致するからこれでいいだろ。
もし一人追加されてら……抱き枕にでもなってやるよ。
「メード、インターネットの反応は?」
「概ね変わらず。我々の方針転換には薄々勘づかれている方がちらほら……政治家や芸能人の反応、大人になられた元魔法少女の方々も、困惑といった様相です」
「……そっか、あのおばさんたち生きてたんか……まぁ、前時代よりも昔の人らなんて無視でいっか」
「参戦の可能性は……」
「契約妖精がいないから無理、そもそも年齢で変身の為の魔力が減ってるから無理、加齢で満足に動けないから絶対無理」
戦時中に引退した逃亡兵なんてどうでもいいよ。なんで元魔法少女だからってデカい顔できるわけ?せめて戦って死んでけよ。僕は一回死んで今だぞ?ちょっとした負傷で逃げた連中がぴーぴー言ってんじゃねぇーよ。
ちっとは貢献してから引退しろよ。僕とリリーライトの二人体制で頑張ってる時になにもしてなかったの、今でも恨んでるんだからな?
……そいつら優先で悪夢に閉じ込めるか。アクゥームの素材になってもらお。
あはっ、それいいかも。我ながら名案かもしれない。
「メード、老害化してる元魔法少女のアカウント集めて、纏めて送っといて。こっそりアクゥームに変えて、戦力に加えちゃおう」
「宜しいので?後からやっかみが……」
「こっそり魔法少女として戦ってましたー、なんて適当なプロパガンダでも貼っときゃいーよ」
「んん……」
納得できてないな。気持ちはわかるけど、納得よろ。
「後々のことを考えて、戦力は多い方がいい……こっそりやるのは得意だろ?」
「心外だな。でもうるるーの気持ちはよくわかったぞ」
……かつての敵が、仇が一番頼れる奴になってるのは、あまり喜びたくないけど。
文句を呑み込んで、絆されたフリをして、目的を成す。
それこそが僕の十八番。できないことをできるように、大きな目標の為に課題を一つずつクリアしていく。誰にも疑われない、臨機応変に変動する計画をもって実行する。
仲間?いいや違う。僕の相棒はこの世に一人だけだ。
新生アリスメアーも、新しい魔法少女たちも、妖精も。
全部、僕が紡いだ狂った運命の中で……どうか、どうか踊ってくれ。
───最後に勝つのは僕なのだと、この終わりゆく世界に知らしめてやる。
ねぇ、だから……最後まで見ててね。ほーちゃん。
꧁:✦✧✦:꧂
「───次は私が出る」
庭園迷路、その中間地点にあるお茶会会場。いつだって温かい紅茶と冷たいケーキが魔法で常設、完備されているそこは、三銃士の集会場所でもある。
各々好きな銘柄の紅茶を楽しんでいたところ、三銃士の紅一点、チェルシーが珍しく決意を漲らせて言う。
あまり似合わぬその宣言に、ペローとビルは固まった。
「どっ、どうした?気替わりすごいな?」
「……なにかあったのか?」
「別に…はぁふっ……んん、暗躍もつまんなくないけど、もう飽きたから」
「成程な」
言外に別のことをしたいとアピールするチェルシーは、白いテーブルに突っ伏したままおねだりする。かわいさを追求していない、言葉と視線だけのそれを、2人は呆れた顔で受け流す。
別に出撃自体はいいのだが、それを自分に言われても、といった反応である。
なにせそれを決めるのは直属の上司、マッドハッター。
ペローとビルにその裁量権はない。嘆願書を出すぐらいならできるが。
「最近はベローも負け続きだし」
「おい。二重の意味でおい」
「クハッ、愛嬌があっていいじゃねぇか……そのまま敵を油断させてくれていいんだぜ」
「いや、オレっちが苦しんでる気持ちもわかって?」
「それは無理」
「無理だろな」
「ハハッ、中指立ーてよ」
「親指下」
「金的」
「殺意たっか……」
「俺の靴にはコンクリートが仕込まれている。これ以上は言わなくてもわかるな?」
「死んじゃうよ?」
「あばよ」
ビルに脅されてぴるぴる震えるペローを、チェルシーは心の底から呆れた目で眺めた。自分よりもかなり年上の、いい歳したおじさん達の上下関係に南無南無として、まあそれ以上は気にしなくてもいいかと放置する。
喧嘩するほど仲がいい、というか、元ヤクザの鉄砲玉にペローがビビってるだけだから。
調子に乗ってしばかれるのはいつものことでもある。
見慣れたその様子に、チェルシーは欠伸を噛み殺した。いい加減睡魔に身を委ねたい。
「ぐふっ……あー、でもよー、本当に大丈夫なの?君って現役学生さんでしょ?授業とか抜けれるの?そこら辺どうなってるのか、オレら知らないんだけど」
「それは俺も疑問に思ってた。つーか、今もどうなんだ?今日平日だろ」
そこで2人は、実は中学二年生であるチェルシーに一つ疑問を投げかけた。まだまだ平気だが、そろそろ進路とか考えないといけない段階である。
毎時間寝ている同胞の出席日数を気にする2人に、心底面倒臭そうな顔でチェルシーは答えた。
「無問題。帽子屋さんから教えてもらった夢魔法、幻惑でお仕事の時以外は代わってもらってるから……基本寝てるから、入れ替わっててもバレない。魔力も漏れないように細工してあるから、心配することは、ない」
「ほーん、なんかすごいこと言ってる」
「専門外だな」
「低脳……」
「喧嘩なら買うぞ」
「壁」
「え」
ペローを身代わりにして生き延びたチェルシーは、もう我慢できないと庭園迷路を去る。お茶会を抜け出して城にある寝室を目指して移動。
後ろの喧騒には目もくれず、意識も割かず、ふらふらと練り歩く。
……途中で何度も意識が落ちかけたが、耐え忍ぶ。
「……ふわぁ…あぁ、明日は、テスト、だっけ……じゃあ行かない、と……」
猫の尻尾をゆらりと垂らして、チェルシーは微睡む。
───御伽草中学校二年生。最優秀成績を誇る優等生が、アリスメアーの幹部であることは、マッドハッターのみが知っている。
そして、これはチェルシーも知らない真実。
……隣の席のうるさいのが、魔法少女になったばかりの黄色であるということ。
知らぬが花。全ての真実は、悪夢の中に沈んでいる。