73-運勢、占ってもらってみた
「場所はこのまんまでいーかな。お日様の下やと、あんま水晶が見えんねん」
身体を揉み解してくれたお礼としてルイユが提案した、自分の得意分野である運勢占い。かつて夢の国でも評判の良かった彼女の腕前は、正気だった頃の初代女王が絶賛し国民までもが通い詰めるレベルの代物だった。
つまり、当たる確率90%を優に超える、凄腕の占い師であったのだ。
人生初の占いをルイユに選んだ3人は、緊張した表情で横に並ぶ。
尚、ぽふるんは別のベンチに座って静観の構えだ。
「死の予言とかしないでよね」
「せんわ阿呆。あん時は悪夢に飲まれて狂っとったんや。ろくに思考する脳みそもなかったっちゅうに……それと、あんさんらへのお礼にんなド失礼なことしたら、もううち畜生以下やで?」
「信じるよ。でも気になるよね。実際、あの時の予言ってマジの予言だったの?」
「いや、正確には運命の強制。死ぬって言ったら死ぬって確定させちゃう、言霊みたいなもんやな」
「悪質じゃない!」
「そういうもんや。あぁ、今はもう無理やから、安心して戦ってくれていいで」
「無理だよ?」
雑談を交えながら、ルイユは水晶玉を準備。一応魔力を浸透させた布で表面を綺麗に拭い、月の光に当てた絹布で更に拭けば、心做しか水晶の輝きが増したように見える。
一連の工程は所謂願掛けで、ちゃんと見れますようにと意味もなく続けている、云わば習慣だ。
行為自体に意味は無くとも、魔術的な理論はなくとも、成功する秘訣だと信じてルイユは続けている。そういった些細な一工夫が、ルイユは好きだ。
ベンチを机にして、地べたに腰掛け、魔法少女は対面に並んでもらって、いざ実践。
定番のミニ座布団に水晶を乗せ、魔力を注ぐ。
「未来を視る、でいいんな?良い悪いを簡単に、で」
「はい!来月のテストの答えが知りたいです!」
「俗物やな。それは占いで見るモンちゃうで。自分の力で解決しぃ」
「この人偽物だ!!」
「酷い言いようやな?ほら、こっち来ぃ。まずデイズから占ったる」
苦手科目のテストが近付いている為、軽々と壁を超える作戦を閃いたデイズだったが、当たり前のようにあっさり却下された。
渋々2人よりも前に出たデイズは、ルイユに未来を見てもらう。
「行くで」
白魚のような手が、水晶玉をなぞり……忽ち、紫の光が水晶の内から輝きを放つ。何処か妖しい魔の光が、水晶の持ち主の意思に従い、対面する魔法少女の未来を占う。
吉と出るか、凶と出るかか。その結果は如何に。
「ほわぁ〜」
意識しなければ、深淵まで吸い込まれるような、そんな水晶の光に一同が目を奪われた、その瞬間。
光が収まり、未来を見せる。
「───あぁ〜、成程。こりゃまた……あんた、オモロい星の元に生まれてんのな」
「地球産ですけど」
「それは知っとる。いやぁ〜、ここまで幸運に満ち足りた人生は早々ないで?」
「ほんと!?」
「なにも悪いことが起きないわけやないけど、今まで通り努力しとったら、まあ酷い未来はないみたいやな。ほら、上手く行けば総理大臣になっとる」
「なんで?」
「世も末じゃない…」
「わーお」
ハニーデイズ、もとい、晴蜜きららの未来は、努力さえやめなければ順風満帆な人生を歩めるようだ。それこそ、自分のなりたい自分になれる、明るすぎる未来を。
可能性の一つとして挙げたのは、成就する確立がかなり低い将来だが……そんな未来も、時にはありえる。
良い未来があるとわかって、デイズはご満悦。
……その中に、魔法少女としての死の未来がないのは、ルイユにとっては疑問でしかなかったが。
「相当なラッキーガールなんやな、自分……はい、次や。コメットでいいか?」
「いいわよ。ドンと来きなさい!」
「はい凶」
「はァ!?」
「冗談や」
次に選んだのは、そわそわと落ち着かない様子でいた、何気に占われるのを楽しみにしていたコメット。人生初の占いでなにを見てもらえるのか、年相応に期待していた。
……その期待を裏切るように、ルイユの水晶玉は正確に彼女の未来を視る。
「……あっ、ホンマに凶や」
「えっ」
「あかん、このままやと死ぬな。もうちょっと防御せんと未来もないで」
「はァ!?大凶どころじゃないじゃない!」
「猪突猛進やろ、自分」
「え、えぇ。攻撃が当たっても、その分こっちが当てればいいと思って……」
「やめな?それ」
ブルーコメット、死の危機に陥る。
「今まで攻撃に割いてたリソース、ちょっと防御に回して自分を守りな。宇宙線に焼かれて死ぬで。あと、宇宙由来の猛毒でジ・エンドやな。なんやこれ。気味悪い死に方」
「やけに具体的!!なによ宇宙って!」
「なに、コメットちゃん宇宙飛行士になるの?」
「ならないわよ!」
占いを見た、事情を知る先代たちの反応は以下の通り。
作業の傍ら配信を見ていたナハトは、ブルーコメットを早速戦力外通告して悪夢に閉じ込める準備を始め。道端で遭遇した魔法少女狩り(天日干し中)に八つ当たりよろしく斬りかかっていたリリーライトも、配信を流し見する傍ら訓練メニューの変更を脳内でし始めていた。
素早さを活かした攻撃特化だったコメットだが、占いの結果の真偽がどうであれ、防御技や回避、愚直に突き進む以外の戦法を改めて考え直すべきだと理解した。
……両隣で、死なないでと力強く引っ付く仲間たちの、必死な懇願も背中を押した。
死の運命を変えられる転換点に立つブルーコメットの、未来は如何に。
ちなみに、闇討ちされたクイーンズメアリーは、瀕死のズタボロ半泣き状態で逃げ帰った。
ラスボスにも通用する極光連打は強すぎた。
「運命は自分で変えられるもんや。精々気張るんやな……敵に塩送っとるの、よくよく考えたらおかしない?」
「今のアリスメアーに順応できて、いいことじゃない」
「君が言うん?」
確かに、非殺を掲げる今のアリスメアーであれば、その忠告は間違いではない。せっかく殺さぬよう手心をかけているのに、勝手に死なれては溜まったものではない。
現在の組織方針に、特に異論もないルイユが、それ以上文句を言うことはなく。
ここは一先ず、死なないよう鍛え方を変える決意をしたブルーコメットに同調した。
「んま、気を付けることやね」
「ご忠告どうもありがとう。肝に銘じるわ…」
「ヨシ、次は私の番!ですよね!」
「気合い入っとるなぁ〜。いいで、こっち来ぃ。エーテ、やったか。行くで」
「はい!」
最後に視るのは、リリーエーテの運勢。
初めての占いに、期待と不安で胸いっぱいのエーテは、そわそわする気持ちを隠せずに前に出る。
微笑ましいその姿にルイユは笑みを浮かべ、占う。
結果なんてどれも些事。自分の未来や過去を当てられ、占われる、そんな誰かの反応を見るのが、ルイユは大好きだったから。
初心に帰って、ルイユはエーテの未来を見た。
「……む?」
「……あの、私もヤバい未来を…?」
「いや、ちょい待ち。これは……選択の、未来?」
「選択…?」
不穏な呟きを残して、ルイユは水晶の奥深くまで未来の光景を見ようと魔力を注ぐ。ただただ、分かれ道のみが、そこにある。
赤い輝きと、青い輝き───明暗分かれた、選択の夢。
リリーエーテを苛む、苦渋の選択を強いる、不可思議で暗い未来。
「なにそれ…」
「取り敢えず……うちが言えるのは、いつか、その選択をあんたは強いられる。それが明るい未来なのか、暗い未来なのかは……うちでもわからん。ただ、分かれ道がある、それだけは覚えときぃ」
「……赤と、青」
沈んだ声色だが、不安よりも先に、選択とはなんなのか気になってしまう……そんな、心在らずなエーテの内心を見抜いた2人は、励ますように、私たちがいると肩を叩きアピールする。わからないことは、3人で、仲間で考えて乗り越えようと。
コメットとデイズの暖かな想いは届き、思案に耽ていたエーテは頷きを返す。
「ふぅ……わかりました。心に留めておきます。えっと、ありがとうございました!」
「こっちこそ。変な結果しか出んくて悪いね」
「為になったわ」
「……あれ、楽観視できる占い、あたしだけ?なに、この疎外感……あれれ?」
「気の所為よ」
「大丈夫大丈夫」
「いいことやないか」
「そうかな〜?」
結果はそれぞれ、思うところがあるものであったが……概ね満足できる、今後に活かせる占いとなったと、3人は自信を持って感想を告げる。
ルイユもまた、正しい占いをできたようでご満悦。
双方Win-Winの、得しかない終わり。マッサージの礼で始まった占い展開だったが、魔法少女もアリスメアーも、両方がいい思いをできたのは、最早奇跡に近い。
……ユメエネルギーの回収はできなかったが、また今度やればいい。
「本当に、今日はありがとうな。次会うときは、ちゃんと戦おうや……」
「うん。お体に気をつけて!」
「望むところよ。明日までには防御技を磨いておくわ……敵に塩を送ったこと、精々後悔することね!」
「バイバイぽふ〜」
「またねー!あ、誰かをアクゥームの素材にするの、別のやり方に変えれないの?」
「無理な相談やなぁ」
「そっかぁ」
軽くなった身体を動かして、ルイユは空間の亀裂を開き異空間へ撤退。3人には内緒で、衣装のポケットに千円をねじ込むのも忘れない。
いい気分になったのだ。それ相応のことをすべきだ。
ルイユは鼻歌を歌い、和やかな気持ちのまま運動公園を後にする。
「……帰って、訓練しよっか」
「そうね。あっ、雰囲気の為に切ってたコメント、ずっと放置してたわ」
「いーんじゃない?あ!そうだ!偶には訓練風景見せて、頑張ってるアピールしよ!」
「えー、アリスメアーにも見られちゃうよ?」
「そこはみんなの腕の見せ所ぽふ」
「適当言っちゃって〜。ま、いっか。努力してますアピで勝とっか!」
手始めに、ブルーコメット生存戦略から始めるようだ。配信をつけたまま、鏡魔法で主な拠点である明園家の中に帰って……空き部屋に作られた、異空間の入り口へ。
訓練用の異空間、秘密の特訓部屋で、新メニューに挑む3人を載せて、配信は幕を閉じる。
……その映像を見ていた、とある最高幹部は、隣にいた女王に思わず呟く。
「そんなキツいなら、無理って言えば申請通したのに……代わりの暇人行かせてたのに……オマエの国の住人って、ワーカーホリックしかいないの?」
「社畜ばかりの日本育ちに言われたくないぞ?」
「草」
組織の勤務体制が見直された。




