65-狂楽、夢貪る悪夢の再来
その日の戦いは、いつもと違った。
「はァ───!!」
「チェス、トぉッ!!」
「うりゃー!!」
無数の特殊重機や信号機、機械類が混ざりに混ざった、云わば鋼鉄のキメラ。大型チェーンソーや掘削用ドリル、大型ショベルにレーザー砲と、機能をこれでもかと乗せたアクゥームと、魔法少女たちは猛攻を繰り広げる。
真紅の機体から放たれる重い攻撃の数々の隙間を縫い、力任せに応戦する。
【アアアアアアアアア、アクゥーム───!!】
一つ一つの攻撃が、魔力防御を持つ魔法少女たちですら致命傷になる殺意の塊……回避優先で、長期戦を覚悟して3人は戦う。
「ッ、お姉ちゃん!幹部いた!?」
「いない!何処にも潜んでないよ!!」
「はぁー!?」
そして、姿形の見えない、アリスメアーの幹部怪人。
リリーライトが辺りを捜索して、横槍などを警戒してはいるのだが。一向に、このアクゥームを作ったのであろう幹部の姿が見えなかった。
三銃士も、幹部補佐も、最高幹部も。
誰もいない。
……誰もいないのは、なにか理由があると。そう察して魔法少女の推測は、当たる。
「───うーむ、成程。流石は魔法少女。先代と比べればだいぶ劣るが、それもまたヨシ」
「ッ、だれ!!」
その時。落ち着いた声色の、抑えのきいた声が響く。
リリーエーテが視線を上げれば……横型信号機の上に、漆黒の宮廷服を身に纏い、肩や腕、片足などの、至る所に金色の鎧を嵌めた、如何にも貴族然とした男がいた。
銀色の顎髭、ライオンの如き逆立つ銀髪を持つ、壮年のその男。
ヤケに芝居めいた手振りで、彼は───新たな幹部が、名乗りを上げる。
「形式に名乗って、私も名乗らせて貰おう───この度、狂気と復讐を司る帽子屋殿に誘われ、悪夢の一員となった新参者。名を、オーガスタス。“棺”を継承した者だ」
「ッ、なんかダンディなおっさんが増えた!!」
「正直な感想どうもありがとう」
:ギャー!!
:なんか知らん人おる!!
:敵が増えた
:金持ってそーな顔
:……なんか、何処かで見たような
:いるかこんな奴
:新幹部!?
アリスメアー幹部『牢番』
───“棺”のオーガスタス、出陣。
悪夢の国の地下監獄、魔法少女を生きたまま捕えたり、アクゥームの元となった人間が、アクゥームを倒されても助け出されず、再利用する為に囚えておく、地下空間。
今はもう存在しない、地獄の主となったオリヴァーが、初陣を飾る。
そんな凶悪な幹部怪人の登場に、エーテたち3人はより警戒を深めるが。
たった一人、容赦のない一撃を加える女がいた。
「なら、容赦しなくてもいいよね」
「うん?ッ、待っ───おぶあぁっ!?」
「チッ、避けたか」
認識阻害を容易に見破り、男の正体に真っ先に気付いたリリーライトの、情け容赦のない飛び膝蹴り。直撃すれば複雑骨折は間違い無しの蹴撃は、奇跡的に回避された。
反対の信号機に飛び乗ったオーガスタスは、若干涙目で指を差す。
「判断が早い!!早いぞぉ!!」
「斬る大義名分ができたんだもん。当たり前じゃん」
「クソ、ぬかったのは私だったか!」
「お姉ちゃん、もしかして……知り合い?」
「いいや?全然」
:絶対嘘だ
:これは知人が怪人になってますね
:あの笑顔は嘘の時の笑顔
:自分がその立場になったらちびる自信がある
:度胸あんな
後暗い方法で覇権を握っていた過去のあるオリヴァーは冷や汗ダラダラ。魔法少女の支援者になったから、一先ず見逃された経緯を持つ為、余計に不味い立場にあるのは、言うまでもない事実。
ただ、彼の為に一つ弁明するとすれば……最大の推しのお強請りを無碍にする程、彼は冷たくなれなかった。
敗因は、最推しが敵方に移ってしまったことか。
……それを察してしまったライトは、それはそれとして許せないよねと刃を振るう。
後一歩で、聖剣がオーガスタスの首に当たる、寸前に。
突如、花紫色の妖煙が、急に辺りに立ち込め始め───リリーライトの攻撃を阻むように、オーガスタスの前に、妖煙が差し込まれる。
「!」
「おぉ、危ない危ない……礼を言うよ、魔女殿」
「ッ、新手?」
「そうだとも。あぁ、紹介したい。出てきてくれたまえ」
「───雑な呼びよなぁ。そこは奇襲が成功して、オマエいたんかってなって、本格的な顔見せとかになるもんやと思うとったんやけど」
新たな声がビル街に響く。同時に、濃い紫色の妖煙が、辺りに立ち込め始めた。
噎せ返る程の紫煙を燻らせるのは、理性ある復活者。
リリーライトは、声の発せられた方へと横目を向ける。何処かで聞いた覚えのある、その声の主を探す。
そして、中層サイズのビルの縁に、それはいた。
緑色の魔女帽を目深に被った、紫髪の女。煙管を燻らせ紫煙を吹き出すそれは、異形の下半身を持っていた。濃い深緑のローブの、その下から。人間サイズの芋虫の胴体が姿を見せて、建物にへばりついていた。
妖艶な女の胴体と、青虫の下半身という異形。毒々しい紫煙を吐き出す、その復活怪人の名を。
極光の魔法少女は、知っていた。
「あぁ〜、いたなぁ。あなたみたいなの……予言してくるクソデカ芋虫」
「酷いなぁ、あんたが斬りおったのに。泣きそうやな」
彼女は予言者。悪夢の国の宮廷魔導師、または相談役。
「はァ……此の度、お茶会の旦那はんの手で遥々黄泉より復活した、“夢喰い”のルイユ・ピラーや。まぁ、昔よりも理性はあるから、安心してくれていいで?」
「……確かに、あなたが予言以外吐いてるのは、違和感がすごいけど……ほんとに本人なわけ?」
「うちらは、な」
アリスメアー幹部『予言者』
───“夢喰い”のルイユ・ピラー、復活。
いきなり不吉な予言を放っては、煙に巻くように消える芋虫型の幹部怪人。命に関わる予言は必ず当たり、多くの魔法少女や一般人を死に追いやった、破滅の予言者。
予言する前に、リリーライトに即斬されて命を失った、敗戦者である。
煙管を吹かして、ルイユ・ピラーは日の目を見る。
:予言青虫!?
:復活怪人ンンンっ!?
:再生怪人みたいなもんか
:美人だったんか!?
:なんで?
二年前までの全身を煙に包まれ、死んでも一切の全容が掴めなかったルイユ・ピラーに、コメント欄はいつも通り大恐慌。
そんな世間の騒ぎようには目も向けず、魔法少女たちは思考を巡らす。
「お姉ちゃん!」
「うん……みんな、私が青虫やるから、あっちの金持ちは任せるね」
「メカメカしいのは私に任せなさい!!」
「覚悟ぉ!」
役割分担。予言という危険要素を持つルイユ・ピラーを真っ先に仕留めんと、後輩にオーガスタスとアクゥームを任せて、リリーライトは再び飛翔。
聖剣を振るい、不可避の斬撃を放とうとした、その時。
演技がかった口調で、オーガスタスが笑った。笑って、彼女に指を差す。
「まぁ待ちたまえ……君が相手すべきなのは、本当に彼女なのかね?なぁ、我が恋しきサンシャイン!!」
「はァ?何言って───ッ!?」
そうして指を天に掲げれば───遂に、ヤツが来る。
「Urrrr───…r、リリ、rrrrrッ!!!」
「んなっ!?」
突如現れた死神の鎌が、光の聖剣と激突する。
曇天の空から、紅いドレスの怪異が舞い降りる。巨大な死神の鎌を両手に、上段から振り下ろす。咄嗟に避けた、リリーライトの目に映るのは。
アスファルトにも蜘蛛の巣の亀裂を入れる死神の鎌も、ヤケにボロボロな紅いドレスも、全てが見覚えある。
自分に殺意を向ける、その怪人を。
「あんた、まさか……魔法少女狩りッ!?」
面を上げた女怪は、両目があらぬ方向を向いた斜視で、ダランと開けた口からは、絶えず唾液が垂れ……これまたボロボロの、血が滲んだ黒い髪を靡かせる。
その頭には、銀色の、欠けた王冠が乗っていた。
「ご明察!そこの御仁こそ、君たちの言う魔法少女狩り。言語を失った彼女の代わりに、私が紹介しよう。かつての夢の国の初代女王にして、悪夢に飲まれた現首切り役人。堕ちた彼女の真の名は、クイーンズメアリー」
「kill…killl…Uryyyy…」
「殺意高いなぁ。んま、喋れんのは堪忍してや。それが、この子の為やしな」
「……キッショ、なんで復活してんの」
「さぁ?」
アリスメアー幹部『首切り役人』
───“崩政薨去”クイーンズメアリー、復活。
正気を失い、自我を奪われ、狂い果て……夢貌の災神にその玉座までもを壊された、夢の主の成れの果て。
命令に応える以外に脳のない、人形兵士の登場だ。
:!?
:魔法少女狩りッッッ
:56せ
:56せ
:4ね
焦点の合っていない紅い双眸は、怨敵、リリーライトをひたすら狙う。
「うそ、魔法少女狩り!?」
「ッ、でも、黒い肌じゃないわね……別人じゃない、わけでもないしょうけど……」
「Exactly. 正真正銘、ムーンラピスに殺された本人さ」
「証明ありがと!負けて!」
「ド直球だな」
復活に際し、かつての禍々しさをある程度取り除かれたクイーンズメアリー。だが、その狂気は未だ健在。わざと残したのもあるが……正気に戻って一番苦しむのは、彼女自身であることを知っているリデルが、止めたのもある。
狂気に浸っている方が、使いやすい以外の利点がある。
多方面から悪意を、敵意を、殺意を向けられても、旧き女王の足止めにはならず。
「kiiiii…」
己の狂気に従って、蘇った首切り役人は刃を振るう。
リリーライト程の実力者でも、切り結ぶので精一杯……そんな危機的状況に、魔法少女たちは追い込まれる。
重機混成アクゥームに、新たな3人の幹部怪人。
新生アリスメアーとの戦いの、新たな転換期───その絶望は、まだまだ始まったばかり。
「さァ、死の契約と行こうか!」
「夢煙魔法───あぁ、早ぅ終わらせましょ。うち、色々やりたいことあるんよ」
「…Urrr、rry……kill、killlllllllッッッ」
【アアアアクゥームッ!!】
悪夢の躍動は、止まらない。




