64-変わったモノ、変わらぬモノ
「明日もカレーか?」
「そうだね。一晩寝かせると、カレーは美味しくなるって言うし」
鍋に半分以上残ったカレーは、冷暗室で一晩経たせる。なんで美味しくなるのかを疑問に思って、検索したことはあるんだけど……もう忘れちゃったや。
でも、美味いって言ってる文章と、ウェルシュ菌?だかなんかがつよつよすぎて食中毒になりやすいって書いてる文章の二つがあったのは、印象的で覚えてる。
美味いモノには毒がある、ってことか。やだなぁ。
取り敢えず、珍しく皿洗いをやってくれたリデルの頭を撫でてやる。台座に乗って、背筋を伸ばしてまで皿洗いをやってくれたのは有難かった。
……おつかいは、びっくりしたけど。帰ってこれたからヨシってことで。
敵方にバレてた云々は……もう知ったことじゃない。
「楽しかった?」
「うむ。偶にはいいな。今度2人で行こうぞ」
「高確率でリリーライトに襲撃されるよ」
「……我慢する」
「そ」
……懐かれたもんだなぁ。弱体化と幼児退行のコンボで精神的にも負荷がかかったのか、僕に依存しちゃったのは流石に想定外。
この二年で恨み辛みが薄まったのは、仕方ない。
割り切ったのと、感情的に動く幼い姿に、僕もいよいよ影響を受けたのだろう。
「……ねぇ、リデル」
「なんだ?」
「……僕はオマエのことを、まぁ悪くないとは思ってる。オマエは僕のことを、どう思ってるわけ?」
「むぅ」
抽象的にはなってしまうが、その一言が全てだ。
想定してない質問だったのか、顎に手を添えてまで悩むリデルを抱き抱え、その変わらぬ軽さに唖然とした思いを感じながら、答えを待つ。
「……そうだな。なら、オマエと同じ感想だな」
自慢気に言うことじゃないね。パクリじゃんか……まぁいいけどさ。
二年間付きっきりの、まぁまぁ長い付き合い……人生の全体図で見たら、短い付き合いでしかないんだろうけど。
それなりに、仲良くやれている自信がある。
だから、まぁ。昔はやりたくもなかった、世話なんかもできるわけで。
ハァ……変わっちまったなぁ。僕も、こいつも。
「……怪人復活計画は、二体だけだけど、成功はしたよ」
「うむ。まぁ仕方あるまい……悪夢に飲まれて、数多くの同胞が星に還った。還れただけ、まだヨシとしよう。私は還れないが」
「すーぐ自虐に走る。別にいいじゃん。永遠の命、不死。死にたくない身としては、結構羨まだよ」
「本音は?」
「あいつの腕の中で死んで、オマエとは過ごせませんって笑顔で言ってお別れ死体」
「最低だな…」
長生きするつもりはない。僕は死んだ。死人がずっと、現世に留まってるわけにもいかないだろう。
……まぁ、無理な願望なんだけど。
穂希のように、生きた体で生還できていれば、どれだけよかったか。
「明後日、試験運用で出撃させるぞ」
「それで構わん……なぁ、女王たる私に謁見するとかは、ないのか?」
「ない」
「ないのか……」
なに、偉い人アピしたいわけ?アイツら失望しちゃうと思うけど?かつて猛威を振るっていた暴君が、こんな有様じゃねぇ……
正直、僕だってまだ戸惑いはあるんだよ?
そんな思いが伝わったのか、リデルは不承不承、あまり納得いってない顔で矛を収めた。
ある程度、言われてる理由もわかってしまうので。
「歯磨きしよっか」
「別に必要ないぞ」
「虫歯菌アクゥームでも作るか」
「やめろ」
この世に現存する虫歯全てを隆起させて、治療済み含め激痛に苛ませる夢魔を検討したが、全力拒絶却下された。さもありなん。
この後、めちゃくちゃローリングブラッシングした。
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その頃、現役魔法少女たちは。いつものように明園家に集まり、お泊まり会を開いていた。空き部屋に布団を並べ川の字に。年長者の穂希も交えた4人で。
定期的にアリスメアーと戦う彼女たち。もうどんな敵が相手でも、きっと負けないぐらいには、自信がついてきた今日この頃。
事実、リリーライトの目から見ても安心して単独戦闘を任せられるぐらいだ。
「ねぇねぇお姉ちゃん」
「んー?なにー?」
「昔のアリスメアーの幹部って、どんなんだったの?」
「あー」
「それ、私も思ったわ。配信で見ればわかることだけど、実際に戦った人の声も聞きたいもの」
「あたしも聞きたーい。寝物語的な感じで」
「物騒な内容になっちゃうね?まあいいけど……そだね、軽くでいいなら」
そうして語られる、悪夢と魔法少女の、かつての戦い。
「今は全然いないけど、昔は幹部怪人も怪人も、たくさんいたんだよ。三銃士だけじゃなくって、雑っ魚いのから、ヤケに強いのまで、いっぱい」
「暴食婦人とか、魔法少女狩りとかも、幹部怪人?」
「らしいよ?まぁ、そりゃそーかって感じだけど。無名の怪人なんてザラにいたし」
「ほへー」
その怪人たちが、元妖精だという話は、まだ告げずに。妖精の中でもそこまで強くなくて、でもその性格から国の中間管理職枠にいたぽふるんでさえ知らない、その秘密。
死体解剖で強敵の隙を探り、幾度も対抗策を引き当てたムーンラピスから、死んだ幼馴染から告げられた、真実。
妖精の身体、怪人の身体を熟知していることに加えて、女王から告げられた国の歴史から、信憑性は高い、嘘偽りない真実として確定された、怪人たちの正体。
それを知らされた穂希だが。
別に、その真実が、戦いをやめる理由になるとは思っておらず。
なるようになる、いや、なれという、思考能力を下げた感想しかない。
それがリリーライト。明園穂希の、誉れある適当さだ。
「うーん、ここは旧三銃士から話そっか」
ペローたちの前進、フットマンとミセス・プリケット、コーカスドムスの三体。彼らは、幹部怪人の中でも、割と話が通じるという理由で三銃士に選ばれていた。
カエル頭の使用人と、ネズミの我儘お嬢様。
最後の一体は、フラミンゴの頭に複数の獣という、大分気味の悪い宇宙生物なのだが。
彼らもまた、フットマンはともかく強かった。
……フットマンは、幾ら殺してとリポップする復活力で魔法少女を苦しめたが。
コミュニケーションができる違いだけでも、他のよりはマシな方だと穂希は考えている。
「カエルマンは転生魔法、ネズミ女は邪水魔法で、ホントウザったかった記憶があるなぁ……フラミンゴモドキは、なんだっけ?あの面倒い魔法……災害魔法だっけ?」
「そんなド直球な名前だったの?」
「行動の一つ一つ、それこそ呼吸で地割れが起きるビルが崩れる酸性雨が降り始めるっていう、ランダムで傍迷惑な破壊を招く魔法だね。まぁ、あいつが魔法詠唱したことはないんだけど」
故に憶測、なのだが。先日の問答で宇宙生物由来の能力である可能性が出てきたのは、ここだけの秘密。
今の三銃士とは違った形で多くの魔法少女を苦しめた。
時間魔法、夢幻魔法、無双魔法とはまた異なる、危険な魔法の数々。
それを何度も跳ね除け、文字通り勝利を掴んできたのは他ならぬ彼女だが。
「他の幹部だと……やっぱ魔法少女狩り。あいつが一番の脅威だったよ」
「やっぱり?」
「速くて硬くて強くって……私みたいに魔法斬ってくるの本当イヤだった」
「鏡かな」
「やめて」
魔法少女狩り───ボロボロの血濡れたドレスを纏う、黒い肢体の人型怪人。死神の鎌を持ち、奇声を上げながら人々の首を断つ。
最早、自我の一つも感じられない紅い怪物は、数多くの魔法少女を最も苦しめ、最も減らした最凶の怪人であると断言できる。
最後は、怒りに身を任せたムーンラピスが、空間諸共、その場にあった全てを虚無に吐き捨てたことで消滅。塵も残さず、遺言する許されず、蒼月の処刑人に殺された。
それでも、あの白目を剥いた女怪物への怒りや記憶は、今になっても忘れられない。
「うん、まぁ……みんなも気を付けてね。今後、似たようなのが出ないとは、限らないんだから」
「ペローがそうなる、ってこと?」
「着眼点どした?」
「チェルちゃんが死神かぁ。うーん、想像つかない」
「ビルは、後援会の魔法少女を狩ってたみたいだし、実質二代目かしら……」
「今の三銃士で想像するのはやめよっか!」
「なんでー?」
身近な人物で想像するのは、風評被害と不名誉になる為やめてあげてほしい。
そう楽しく会話して、4人の夜は更けていくのだった。




