63-リデル、はじめてのおつかい
二時間後、現実と繋がる庭園の端っこにて。
「正気?」
「本当に大丈夫なのでしょうか」
「不安……」
「やめとけ」
「無理っしょ」
「解釈違い」
「黙れ」
以上が、『リデル、はじめてのおつかい』を聴いた幹部一同の困惑である。絶対に無理だと思っている辺り、全員の所感がよくわかる。
苛立ちで可愛らしく地団駄を踏んだリデルは、ふんすと力強く鼻息を吐いてから、肩にかかったポシェットの紐を引いて位置調整。
ポシェットの中には、財布とハンカチ、小腹が空いたら食べるグミ、水筒、万が一の時の護身道具と転移魔法陣が描き込まれた使い捨ての紙などなど。
リデルの、人生初の買い物の準備は、釈然としない顔のナハトが全てやった。
「そーいやなに買うんだよ」
「ベビーチーズとバター、あと生クリームだな」
「……ついでに玉ねぎと人参も買ってこい。今晩は甘口のカレーにしてやる」
「やった!」
「ん!」
なにを買うのかも決めて、意気揚々と城を飛び出でる。
「大丈夫なんスかね」
「わからん……ここは恒例の、見守り隊的なのが必要ではないのかね?」
「旦那〜」
「……残念だが無理だ。偶にはオマエたちでやれ。生憎、吾輩にも用事というモノがある」
「オレらもあるッスよー!?」
「今日ないのは知ってる」
「クソっ、把握が早いッ!!」
「子守りなんざしたことねェーぞ」
「以下同文」
「頑張れ」
そんなこんなで、暇な三銃士もこっそり同行することになった。
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「ふんふふ〜ん♪」
夢ヶ丘をとことこ歩く、金髪のゴスロリ少女。現地での騒動は極力起こさせない為に、強めの認識阻害……まぁ、魔法少女のような魔力探知に優れた人物相手では呆気なくバレてしまう程度の代物だが、正体は隠せている。
ただ、服装は普段のままなので、見る者によってはすぐ気付けてしまうかもしれない。
……そんなことを、リデルが気にするわけもなく。
堂々と少女は胸を張って、目的地であるスーパーまでの
道程を歩く。
「……」
「……」
「……」
そして、それを見守る三つの影。
「バレてないよな?」
「大丈夫…今の女王様は、そーゆー感覚も、全部鈍ってるから気付けない」
「それはそれでどうなんだ……」
リデルに気付かれないよう、密かに護衛するのは我らが三銃士。塀に身を潜め、こっそり追跡する。そして、今の彼らは普段の怪人の姿ではなく……人間の、アリスメアー勧誘前の、かつての姿になって尾行していた。
ペローはうさ耳のない、ピンク髪の爽やかなイケメン。
チェルシーは、いつもの黒髪の、ダウナー女子中学生。
最後に、ビルは……鱗と尻尾等がないだけで、荒々しい外見に変わりはなかった。
全員、そこまで見た目の変化はないが、怪人化の前と後などそんなものである。
「あ、ここはお互い本名で呼び会おうぜ。流石に怪人名を使うのは、不味いだろ?」
「……それはそう。で。私、2人の本名知らない」
「……あっ。そういや名乗ったことねぇーや。なんかもう捨てたモンだと思ってたし」
「ケッ、わざわざ本名じゃなくてもいーだろうが……」
「怖いの?」
「んだと?」
「ちょッ」
紆余曲折あって、三人は陰に隠れながら、本当の名前で自己紹介をやり直す。
「改めて、幸佐慎吾ッス」
「夢之宮寝子」
「……ハァ、しゃあねぇな。石楠花竜だ」
「か、カッケェ!!」
「静かにしろ」
「ふーん…」
ビル、もとい竜の、植物の名前をそのまま使った珍しい苗字に興奮するペローこと慎吾を他所に、寝子はどんどん距離が離れていくリデルの背を見やる。
この間にも、不審者には遭遇していない様子。
少しだけ安堵して、寝子は騒ぐ年長者2人を引っ張り、女王の後を追う。
さながらスニーキングミッション。あのゲームの気分を味わっているかのような感覚に、寝子は人知れずその目を輝かせていた。
とことこ歩くリデルは、交差点に差し掛かり、信号機で立ち止まる。
「んー、こっちか?」
そして、真っ直ぐ歩けばいいものを、直感で右に右折。
「曲がった」
「曲がっちゃいましたねぇ」
「進路変更はマズイな」
このままでは目的地に辿り着かないと、三銃士は走ってリデルを先回り。右折先の道路に、魔法を展開……急いで工事現場を作り出す。予め用意しておいた偽装セットで、道具も看板も形だけのレプリカだが……
今のリデルを騙すには、その程度で十分。
作業着を着て、黄色いヘルメットを目深に被り、3人は工事のフリをして道を塞ぐ。
「む?通行止めか……引き返すか」
「ヨシ!」
元来た道へ戻っていくリデルに、3人はガッツポーズ。時間制限などはないが、この調子でリデルの間違って通る道を塞ぎ、正確な順路へ繋いでいく。
通算三回、何故か曲がりたがるリデルを矯正することで応戦し。
十分後……リデルはスーパーマーケットに到着した。
「うむ。問題なく着いたな」
自信に満ち溢れた顔だ。
「何処から来るその自信……」
「自分でここまで歩いたことないでしょあの人」
「いいから行くぞ」
疲弊した三銃士も、文句を言いながらリデルを追従……商品棚の陰から、自分たちもカートやカゴを持ち、買い物客に紛れながら護衛する。
目に入った商品をカゴの中に入れ、そして視線は絶対にリデルから離さずに。
ふらふらと、色んな物に目移りさせながら歩くリデルを追う。
「まずは野菜か」
青果コーナーで玉ねぎと人参を選ぶ。目利きがあるわけでもないので、取り敢えず大きく、見栄えがいいのを手に取る。
「これだな」
普段マッドハッターの調理風景を眺めているリデルは、いつも彼女が使っているような、問題のなさそうな野菜を選ぶことに成功した。
そのままカートを引いて、壁沿いに進む。
目指すは、小腹が空いた時に摘む為のベビーチーズと、料理用のバター、そしてお菓子作りやデザートに添える用の生クリーム。
「んー、これだな」
チーズコーナーで、ベビーチーズを漁り。選ばれたのはプレーンの味。シンプルイズベスト、いつも食べている、馴染み深いベビーチーズをカゴの中へ。
近くにあった液体タイプの生クリームの元と、少しだけ値の張るバターも購入。
事前に買うと決めた物、全てをカゴの中に入れられた。
「……駄菓子買いたい」
ここでUターン、リデルは駄菓子コーナーへ。たんまり貰ったお金を使って、食べたいと思った駄菓子をカゴへと放り込んでいく。
その間、見ているだけの三銃士はヒヤヒヤ。
予定にない買い物だが、あの最高幹部が怒りやしないか不安視する。
……その不安を上回る問題が、護衛対象に近付いているとは知らずに。
「あっ」
「むっ」
リデルがグミに伸ばした手が、同じ商品に伸ばしていた誰かの手と当たる。
反射的にそちらを見れば。
「す、すいません!」
明園穂花だった。
「……いや、別に問題はない。最後の一個でもないしな。ほれ、先に取ってよいぞ」
「ありがとうございます……!」
どうやら彼女も買い物に来ていた様子。幸い、リデルがリデルだとはバレなかったのか、グミを手に取った穂花はまた頭を下げてから、カゴを片手に買い物を再開した。
それを見ていたリデルは、サッとグミを手に取り、また目が合う前に駄菓子コーナーから逃げた。
まさかの魔法少女とのブッキング。
これには三銃士も冷や汗。魔法少女に変身していない為気付かれなかったのか、認識阻害の有難みに安堵の吐息。
途中ハプニングはあったものの、リデルはレジに並んで会計を終え、無事おつかいを熟すことができた。
敵と再遭遇しない為に、すぐ店外へ逃走することも。
「ふぅ、危なかった…」
帰り道。リデルは魔法少女たちに感知されない、店から距離の離れた位置まで移動してから、空間に亀裂を空けて城に帰る。
この移動方法は魔力を使わない、悪夢の住人なら誰でもできる為、弱体化しているリデルでも難なく使える。
かくして、リデルの人生初の買い物は、特に問題もなく終わるのだった。
……そう、リデルだけは、なんの問題もなく。
「おにーさん似てますね!」
「な〜んのことかわかんないッスね〜!!」
「……いつ見てもガタイいいわね」
「ハァ……見てんじゃねぇよ、クソが……なんで俺たちが補足されんだよ」
「やっほー!なに買ったの?」
「ん」
コソコソしていた三銃士だけは運悪く怪しまれて、偶然居合わせた魔法少女たちに捕まってしまった。彼女たちと学校で顔を合わせている寝子を皮切りに、連鎖的に慎吾と竜は勘づかれてしまった形だ。
やはり、見知った顔がいれば、幾ら強力な認識阻害でも緩むものなのか。
「あばよ!」
「ばっばい」
「チッ」
散々な目に逢いながらも、見守り隊は魔法少女たちから逃げることに成功するのだった。
尚。
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リリーエーテ@祝福よ、届け!
この前三銃士が女の子のストーカーしてた
よくよく思い出したら、追われてた女の子
好きなグミ取る時に手が当たった子だった
多分女王だった
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逆夢usagi@酷使夢窓
見なかったことにしてください
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ウケるw
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アリスメアー@愚痴垢
あのグミ美味いよな
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リリーエーテ@祝福よ、届け!
同士!
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ブルーコメット@輝く一番星
共感し合ってんじゃないわよ
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おやすみねこ@迫真のスヤァ...
おつかい、失敗…?
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後日、SNSでそんなやり取りがあったのは……致し方のないことだったのかもしれない。




