60-配信なんてクソ喰らえ!
もちっと平和?回が続くんじゃ
───魔法少女が配信を通して、自分たちを知らない人に存在アピールをしたり、応援してくれる味方を増やすのはこの世界の常識なのだけど。
今は競い合う相手がいない為、視聴者を取り合う泥沼の戦いなんてものはない。
ただの一極集中。なにせ3人しかいないし、彼女たちはグループで活動しているから。個々人での配信もたまーにやってるけど、頻度はそれなり。
それぞれ人気なのは……リリーエーテだとお料理配信、ブルーコメットだとクソゲーRTA、ハニーデイズは何故かチェルシーと対戦ゲームしてる動画が高評価と高視聴数を叩き出しているが。
過去存命だった魔法少女のアーカイブも、まだネットに残ってるから、いつだって見れる。そのせいか、二年以上経っているのにも関わらず、視聴数が止まることはなく。
おすすめ欄に見覚えのある動画が来ると、途端に郷愁で胸が締め付けられる。
……僕はなにをやってたのかって?怪人の解体動画とか魔法の紹介とか、そーゆーの。特に面白くないと思うよ。ただ他にいないから視聴者数が多かったってだけで。
穂希は雑談メインかな。ゲームはやってる暇がなかったわけだし。
……最近は、三銃士も配信をやることで俗世の皆々様に新旧の違いを見せつけ、極稀に、ゲーム配信で魔法少女と激突している。
楽しそうだよ。僕とリデルは出ないけど。
メードは……出演する度にポンコツ晒してるから、最近登場回数を自重してるっぽい。
やっぱり人間味の有無は大事っぽくて、世間はこちらがわざわざ説明しなくとも、アリスメアーの変化、僕たちがかつてとは違う目的を持って活動しているとその注目度は日に日に増しているようだ。
「はァ……」
……どうして、いきなりこんな話をしたのか、だって?それはだね。
『やっほーみんな!元気してた?みんなのじゃなくって、ラピちゃんのリリーライトだよっ!今日はね〜、餌付けに挑戦してみたいと思いまーす!
……あ、ちなみに、この子が今日懐柔するペットだよ。ほら、挨拶して?』
『ハッ…ハット……』
『かわいー!』
:???
:???
:ごめん意味がわからない
:なんでそうなった
:蜘蛛足帽子くんちゃんさん!?
:かわいい…?
ハット・アクゥーム、散歩に出したら捕まえられた件。
あいつ、めちゃくちゃしやがる……全力でかくれんぼを終わらせる気だ。
ねぇ、どうしよ。
꧁:✦✧✦:꧂
数刻前。魔法少女ムーンラピスの【悪夢】から生まれた寄生侵蝕型アクゥーム、またの名をハット・アクゥーム。彼ないし彼女には、人間味のある趣味がある。
それは散歩。ないしはひなたぼっこ。
闇の勢力の一員である帽子だが、その本質は魔法少女の掠れきった善なる心の具現。色々あって疲れ果て、全てを投げやりに生きている創造主の外付けの良心。
死した肉体、若しくは魂の一部といっても過言ではない動くシルクハットは、主であるナハトに日課である散歩に出掛ける旨を告げてから、庭園の外に出ていた。
単体で幾つかの魔法が使える為、勘のいい一般人程度、簡単に欺ける認識阻害で姿を晦ませ、いつもの散歩ルートを往く。
【〜♪ 〜♪】
お昼過ぎの時間帯は、魔法を看破できる魔法少女たちも中学校に通っているタイミングである。そして、今までの行動パターンから、ここは通らないとわかっている。
故に、ハット・アクゥームは悠々自適に、のんびりと、夏の終わり、秋の始まりの空気を楽しんでいた。
万が一人に踏まれないよう、塀の上をちょこちょこと。
蜘蛛足で歩くその姿は、見る者に不快感を与えるが……本人がそんなことを気にするわけもなく、呑気に蜘蛛足を隙間に引っ掛けて歩く。
そう、見つかるわけがないのだ───その女が、普通でないことを除けば。
「お?」
【!?】
「……なんかいると思ったら、うーちゃんの帽子じゃん。なに歩いてんの?」
明園穂希に見つかった。
「ふーん」
中学校卒業後、高校には進学できたが……夏のあの日、アリスメアーとの決戦で行方不明になった彼女は、表向き死亡除籍されてしまっている為、まず平日は暇で暇で。
配信を再開すれば暇潰しにはなるが、それもせず。
なにも考えず、平和で活気のある街並みを眺めて歩く、そんな暇潰しの日々を送っていた。
生きていると国や学校に報告するのは、ちょっとだけ、気が引けてしまって。そして、まだ、もう一人が日常へと戻れていないから、ダメだと思ってしまって。
そのままズルズル、無職の魔法少女をやっていた。
……そんな状態の穂希が、片割れの片割れである帽子と出会ってしまうのは、必然だった。
「……最初見た時はなんだこいつ、って面だったけど……意外とかわいいかも……」
【ハーッ!!ハッ!ハッツ!!】
「こら、暴れないの!もう。利かん坊なのはうーちゃんと一緒だなぁ」
驚愕で固まっている隙に手掴みされた帽子は、手の中でジタバタ必死に暴れるが……穂希の素の力は思いの外強く手が離れることはない。
最早見慣れたその顔付き帽子を、ジーッと見つめる。
ヤケに気になって、ハット・アクゥームの魅力のようななにかを探る。
ここだけの話───明園穂希は、キモカワ系に傾倒するタイプの女の子である。
「うん、気に入った!」
そして、一度入ったスイッチを止めることは……蒼月の彼女以外には無理な話で。
「あなた、配信再開記念のネタね!」
【!?】
「うーちゃんは呼んでも絶対に来ない確信があるけど……代案は幾らでもある。そう───今回は、代わりにナハトちゃんに来てもらって、配信を賑やかにするの!」
【!? ハッ、ハット!!】
「大丈夫だ、問題ない」
【───!?】
突拍子もないその宣言は、彼女の中では既に確定事項。このハット・アクゥームを撒き餌に、飼い主たるナハト・セレナーデを誘き寄せるつもりらしい。
強制ヘッドハンティングの強引さは凄まじく、抵抗など最早無意味。それほどまでに、どうしても幼馴染との配信を望んでいる様子。
そこに幼馴染の事情を気にする配慮はなく。猪突猛進、あんまりなその横暴さは、蒼月の写し身でもある帽子には少しキツかった模様。
ただ、帽子でも一つだけわかることがある。
それは───この魔法少女が、主の思い通りに動くなどありえない、ということ。
わかっているからこそ、ハット・アクゥームは諦観の、哀れみすら感じる凪いだ目で、されるがままに穂希の胸に抱かれたのだ。
「なにが好きなの?なにが食べれるの?いちご?トマト?キャベツ?ほうれん草?バナナ?カシューナッツ?あっ、もしかしてドッグフード!?」
【ハッツ……】
「……うーん、なんて言ってるかわかんないや。残念」
【……】
内心思うことは、ただ一つ。
助けてママ。
꧁:✦✧✦:꧂
本当にどうしようか。
『はい、あーん。どれが好きか確かめさせてね〜。あっ、無理なのあったら無理して食べないでいーよ。吐く時は、ここに吐いてね。ぺってね』
『ハッ、ハット……』
マージで餌付けされてて草ァ……その子、基本なんでも食べるから、僕も好き嫌いあんま知らないから、ちょっと有益な配信ではあるんだけど。
一通り買ってんな。鶏の生肉は流石にやめてほしいが、四の五の言ってられる状況でもなく。
……DMなりコメント送るなりして、止めるよう促す?でもそんなんであいつが止まるとは思えないし……いや、別にハット・アクゥームが餌付けされようが、僕としてはどうでもいいんだけど。
「……これ、誘われてるよなぁ……」
こうすれば僕が配信に出てくると思っての行動だよね、これって。
でも、今手が離せないし……うぅむ……
「む?なんだ、どうかしたのかね、私のブルームーン……私の手術は終わったのかい?」
「んんっ、そんな形相なもんじゃないけど、一応は」
そう悩んでいると、手術台に寝そべる、上半身裸の壮年───オリヴァー・トラウトが仰向けのまま聞いてきた。手術とは言ってるけど、実際は怪人因子を、元妖精だけど悪夢に飲まれて異形になった、元アリスメアー幹部、その中でも復活できないぐらい存在が摩耗した因子を、体内に注入したってだけだけど。
はい。これが今手が離せない理由ですね。
この前の無人島の一件で、僕はオリヴァーを【悪夢】に勧誘した。
結果は成功。理由は僕がいるからなのと、昔とは組織の空気感が違うから、だけど。秒速頷きは正直困ったよね。そんな軽く肯定されるとは……
さて。
「身体に不調はある?」
「……いや、大丈夫だ。外見の変化は、どうなんだい?」
「はい、鏡」
「ほぉ……Uum…流石は私。人ならざる要素が足されてもイケてるな!」
そんな変わってないよ見た目。
自画自賛め。戦力拡充とユメ計画実行後の為に仲間へと引き入れたオリヴァーは、まぁ戦闘要員ではない。裏方で頑張ってもらうつもりもない。あれだよ、指揮官的な?
アクゥーム顕現させてもらったら、野次飛ばす幹部枠でお願いしたい。
三銃士にも施したように、注入した怪人因子。
リデルが推し進める怪人復活計画。その候補の一つに、彼は適性があった。
復活できる下地があれば、元となる怪人を妖精に戻す、なんてこともできる技術はあるんだけど。生憎、二年前に殲滅しちゃった連中は軒並みゲームオーバー。
本当にひと握りしか、元の人格のまま復活させることはできない。
……で、オリヴァーに注ぎ込んだ怪人も、復活できない悪夢の犠牲者。
んまぁ、そんなことどうでもいいんだけど。
いつだって僕が求めるのは、自分に絶対従順な、逆らう可能性もない強い配下だ。
「幹部怪人“棺”のオーガスタス───牢番を担う悪夢は、閉じ込めた命を闇に絡め取る。
あなたにピッタリだとは思わない?オリヴァー」
契約をもって多くの命を摘み、己の、家の利になるよう動かしてきたオリヴァー。蒼月の魔法少女に救われてからある程度は自重して、経験を活かして救う道を選んだ男。
逆らえない契約は、獲物の命を繋ぐ為に。
終わりのない契約は、自分だけでなく、その場の全員が幸福になる道を。
その過程が暗い地獄道でも。
己の性分を多少は捻じ曲げられるようになった商人に、僕は笑いかける。
「ハハッ、怪人化は裏切りを防ぐ枷でもあるだろうに……だが、否定はできないな!捕まえて、搦めて、閉じ込める生き方しか私は知らん!」
「救いようのない悪で安心したよ。これからもよろしく」
「HAHAHA!!」
ちょっと耳が伸びた、ただそれだけの変化だけど、彼が怪人になっていることに変わりはない。
……派手な衣装着せれば、見栄えもいいかな。
「それで?ブルームーン……や、ここはマッドハッターと呼ぶべきか。マッドハッター、ここから先は、なにか施す必要はあるのかい?」
「いや、ない。あの時計の長身が半周するまで、ベッドで安静にしてくれればいい」
「そうかそうか……なら、マッドハッター。君は片割れの元に行くべきじゃないかな」
「……はァ?」
いやなんですけど。安静中に容態悪化した時、君の身体なんとかできるの僕だけなんですけど。そう思って彼の、生意気にも整ったドヤ顔を睨む。
ヤケに自信満々な……そう呆れながら、配信画面をまたチラリ。
『おー、いっぱい食べるね〜!』
『うぷっ……』
そこには、たらふく食べてお腹いっぱいの帽子がいた。
不味い、うちの子が太る!このままだと膨張した帽子を被る羽目になる!!
……くっ、これは仕方ない。
「ごめん」
「問題ないとも。サンシャインの破天荒さは、私程度では予想もできないからなぁ」
上裸のオリヴァーに薄い掛布団をかけてやって、少しは寝れるように配慮してから、僕は実験室……地下から外に転移で移動。
……配信場所は明園家か。あそこは転移阻害があるから屋内には直に入って……
待って、まだ合鍵使えたりする?一回旧家帰ろ。なんかまだ解体されないで、無人のまま残ってたし。そこに鍵があったから、それで侵入しよ。
まったく……穂希も穂希だけど、ハット・アクゥームも簡単に捕まるなよな。