59-夏の終わりに悪略を
クラーケン・アクゥーム───ダイオウイカをそのまま夢魔化させたような見た目の怪物。特徴なのは、海流操作や天候への干渉、毒混じりのスミを吐けて。触腕からは、複数の魔法を放つことができる。
そんじょそこらのアクゥームよりも強い個体だけど……今のあの子たちの力では、果たして。
ワクワクした趣きで、僕は彼女たちの戦いを鑑賞する。
……その隣でリリーライト、そしてチェルシーが一緒にいるのは、ちょっとあれだけど。
リデル?あいつは風に吹き飛ばされそうになったから、邪魔なメードと一緒に一足先に帰らせた。
満腹快眠してたんだから、別にいいでしょ。
「うゅ…私の夢幻でもなんとかなる?」
「なるだろう。オマエのそれは、出力を強めれば存在自体有耶無耶にすることをできるんだ。夢と幻、交わりやすいその力を司る魔法なら、あの程度はな」
「へぇ、つまり私のことも消せるってこと?」
「やろうと思えば……というか、オマエの妹の夢想魔法も似たようなもんだぞ」
「うわマジ?」
「危機感…」
夢想と夢幻の魔法。成長過程で別々の道を辿り、幾つも枝分かれした先での到達点。息を吐くように対象を簡単に消滅できる魔法としては、破格の性能だ。
……リリーエーテ的にはそこまで殺意の高い魔法は別にいらなかったみたいだけど。
「いいなぁ」
光魔法もそんなもんだし、オマエが羨むようなもんじゃないだろ。
「はぁ!!」
「ッ、星魔法───!」
「うりゃぁぁ!!」
そこらのビルよりも大きなイカを相手に、飛んで踊って空を舞う魔法少女たち。触手を吹き飛ばすは大きな図体を殴り飛ばすは、まあ派手に暴れている。
だいぶ近接物理に特化してるよねぇ、あの子たち。
魔法攻撃で遠距離は対応できるけど、近距離でぶつける戦法が好みみたい。
毒に当たらなきゃいいけど。あれ海は汚染しない癖に、生物には有害だからね。
「これなら順当に勝てそうだねぇ」
「そうだな……あぁ、チェルシー。遠慮することはない。吾輩の正体、こいつにはバレているから。おいクソボケ、うちのメンバーは女性陣だけ僕を知ってるけど、他の男は誰も知らないから」
「そうなの?そう……猫ですよろしくお願いします」
「これはご丁寧に……なんで男ハブってんの?差別なの?身内から騙す的な?」
「自分からバラすのってなんかやじゃん」
「それは、まぁ……」
ちなみに配信画面も戦闘メインで、分割はこっちに来てないから駄弁ってても問題なし。チェルシーが同士なのは言わんでもよかったかもしれないけど……内緒話するのに邪魔扱いされたら、可哀想じゃん?
あと単純に、この子のことはよろしくお願いしますって意味もある。他の三銃士とは違って普通の天才児なんだ。万が一があっても殺すなよ。
それぐらいは伝わったのか、穂希はチェルシーの小さな頭をなでなで。
「いつもデイちゃんがお世話になってるみたいで」
「うん。お世話してる」
「あはは。これからもよろしく……あんまり羽目外して、バレないようにね?」
「……それはあっちに言って欲しい」
「それもそっか…」
双方の扱いが同じで笑える。やっぱりきららちゃんってそういう子なんだね。
「帽子屋の旦那〜!あんのクルーザー、なんか人倒れてんだけどぉ!?」
「船自体は陸に引き上げといたが……どうする?」
「あぁ……忘れてた」
「ほんとじゃん」
やっぱ難破船になっちゃったかぁ……仕方ない。男組に任せるわけにはいかない。
「回収してくる」
「私は……ここて大人しくしてるね」
「そうだな。オマエたち、こいつを監視してろ」
「了解ッス〜」
「チッ」
「ん」
んまぁ、あの調子ならなんの問題もなく倒せるでしょ。リリーライトを三銃士に任せて、オリヴァー回収に行ってやるか。
「あっ、すいやせん。サインください」
「いいよー。なに、ファンなの?」
「そうなるッスねぇ〜。あんたを知ったのは最近の話で、興味を持ったのもつい最近ッスけど」
「ご新規さんかぁ〜。はいっ、どーぞ」
「あざ〜」
サラッと嘘ついてんじゃねぇーぞ社畜ウサギ。オマエ、アリスメアー入る前からファンだったろうが。さりげなく自分興味ありませんでした感出すんじゃねぇーよ。
そう内心蹴落としながら、クルーザー発見。
転覆寸前だったけど、ビルの怪力で陸地に運ばれたその小船には、言われた通り死にかけの男がいた。
「生きてる?」
「……おぉ、天使がいる……顔を偽っても、君の輝きを、私は見逃さない……」
「死んどけ」
泡吹きながら言うことじゃないよね。死にかけの阿呆を介抱して、今更だけど酔い止めとかの薬をがぶ飲みさせ、死にはしないだろうけど魔力で体内の淀みを除去……
……こいつ、意外と魔力あんな。ふむ。
……案内使えそうな気もするな。どうしようか。まあ、今はいいか。
「ほら、オリヴァー。僕の後輩が頑張ってる姿、遠目でもいいから見てろ」
「……逆に酔いそうなんだが」
「ジジイめ」
「やめて……」
確かに目が回りそうな高速戦闘だけど。あっ、ちなみにこの後魔法少女が普通に勝った。海流操作に一番苦戦したみたいだけど、愛と希望と応援の力で勝利してたよ。
解毒も花魔法で対応可能、と……
あの魔法も何気に万能だよねぇ。攻撃特化の夢想と星、支援もできる花。うん、いいトリオだと思うよ。
取り敢えず拍手を送っておいた。これで旧世代のいらん夢魔も掃討できたし、よかったよかった。
꧁:✦✧✦:꧂
夕焼け空が水平線に広がっている───青とオレンジのコントラストを眺めながら、新旧魔法少女たちは海の上をクルーザーで進んでいた。
運転主は謎の仮面貴族O。プロレスラーのマスクをして正体を隠した彼は、クルーザーの持ち主として、辛かった船酔いから解放された、元気溌剌な様子でそこにいた。
新世代の魔法少女たちには正体を隠すつもりらしい。
そして、その仮面を挟むように、2人の年齢高校生……ナハトとリリーライトが無言で機器を弄っていた。
「メーター壊れてない?」
「修理費何万だこれ…」
「なぁに、気にするな……この程度の不具合、我が財力で解決してみせるとも」
「……今できんの?それ」
「無理だな!」
「無能」
「愚者」
「ひぃん…」
先程の戦闘の余波で、機械が少し故障した様子。そんな危機的状況にあるとは知らず、リリーエーテ含む魔法少女たちは船尾に集まって、柵に手を乗せて談笑していた。
尚、三銃士は既に転移魔法で異空間へと撤退している。
配信魔法も既に切断しており、クルーザーの持ち主だ誰なのかバレないような配慮、そしていつまでも配信をして人目を気にすることのないような環境ができていた。
……身内ではないナハトと仮面については、先輩であり姉であるリリーライトが見ているから問題無しとしているようだ。
「楽しかったね」
「でもヒヤヒヤしたぽふ!」
「そうね。一時はどうなるかと思ったけど」
「あははー。チェルちゃんが真っ先に気付いてくれたのがよかったよね〜」
「……色々とびっくりしたけど」
「ね」
アクゥームが野生化することも、アリスメアーが誰かのお小遣い感覚で無人島を手に入れていることも、リデルが思っていたより幼児退行していたのも、全て驚きだった。
……リリーライトが、ナハト・セレナーデと仲睦まじい雰囲気なのも含めて。
あの突然生えてきた仮面貴族も気になるが。
「そろそろ陸地だ!忘れ物はないかなリトルガールズ!!例え忘れても、我が社の速達で豪華にデコレーションしてお返しするがね!!」
「やめろ気色悪い。ファンシーに拘るのやめろ」
「あれ見た時鳥肌凄かったよ。ほら見て。思い出すだけでこんなに」
「相変わらずだね君たち。私の扱いがミトコンドリア以下なのは……」
項垂れた仮面を他所に、クルーザーは港に到着。魔法で荷物や土産を浮かせたぽふるんの先導で、魔法少女たちは陸に上がる。
ここからなら鏡魔法による転移が可能だ。この魔法は、行きたい座標まで魔力を飛ばして、そこに鏡を開くことで開通させる転移形式な為、陸地でないと上手く扱えない。
そんな理由で魔法少女たちは海に揺られていたのだ。
「ありがとうございました!」
「Umm…なんていい子たちなんだ。何処ぞの太陽と月と比較するまでもない善性じゃあないか」
「喧嘩売ってる?」
「いちいち執拗いヤツだ。マダムが他のイケメンに目移りするよう祈っておこう」
「殺意高くなぁい?」
下船したリリーエーテのお礼に涙ぐむ仮面が、勢いよく視界から消えることに心配するも、平気平気と満面の笑顔で手を振る姉に遮られる。
結局最後まで、何者なのかはわからなかったが……
悪い人ではないのだろうと、少しの交流で理解できた。まぁ、本当に最低限の交流しかできなかったのだが。
荷物も全部降ろして、後は帰るだけ。その状態になった魔法少女たちを、ナハトは見下ろす。
本当は、ここまでついて行く気はなかったのだけど。
「───礼を言うよ、君たち。これで我々の過去の負債を片付けられた。巻き込んでしまったことは、謝罪するよ。すまなかったね」
「んまぁ、私たちも楽しかったし……ね?」
「そうね。思うところはあるけど」
「夏の暑さにやられちゃったー、って感じかぁ。ホントはもっと遊びたかったけど」
「……デイちゃんが現実を理解している!?」
「成長したぽふね…!」
「ねぇ」
意外と沸点が低いハニーデイズが、ぽふるんの頬を強く引っ張って猛抗議するが、受け入れられず。
一悶着あれど、それもまた彼女たちの日常であった。
「ナハトちゃーん、次の負け試合はいつするの?」
「……さぁ、お帰りはあちらだ。あ、悪いがこのマヌケはこっちで処分させてもらう」
「たすけて…」
「やめてー!お姉ちゃんが悪かったから!返して!!」
「自業自得じゃない…」
「あははー」
結局、最後まで締まらないまま。思わぬ夏の出会いは、幕を閉じる。
「今日はありがとう、オリヴァー」
「なぁに、こちらも楽しめた。久しぶりにブルームーンの舞を見れたんだ。必要以上に言葉を飾るまでもない、正に感無量の喜びだよ」
「そう…」
再び視点はクルーザーの上。夕焼け空の下を突き進み、暗闇の果へと、小船は持ち主を誘う。
オリヴァー・トラウトは、心から小躍りしたい気持ちを落ち着けて、隣に立つナハトに笑いかける。いつだって、彼は魔法少女を肯定する。かつての悪感情は棚に上げて、何処までも純粋な想いのみを告げる。
二年間の辛抱も、この再会の為と思えば許せるもの。
「なぁ、私のブルームーン」
「なに?」
「……今日、私をこの場にいることを許した、真の理由を教えてもらおうか」
一つ、疑問だった。出資者とはいえ、ただの部外者を、無関係の有象無象を受け入れるほど、“蒼月”の懐は暖かいモノであったか。
彼女の行動パターンはある程度把握している。そう自負するオリヴァーだからこそ、疑問視する。
己と行動するのに、理由や意味を見出すのも、なかなか酷な話ではあるが。
「……ふん、相変わらず目敏いヤツ」
薄いヴェールに隠した、己の思惑を見透かされて。少し不機嫌になりながら、ナハトと名乗る少女は、船尾の柵に背中を預けながら、一人笑う。
腰まで伸ばした銀髪を───否、肩まで伸ばした黒髪を風に靡かせて、擬態を解いた彼女は告げる。
忠義にも似た熱い感情を抱いてくる、立場も権威もあるその男に。
「オリヴァー・トラウト。僕の為に、人間をやめてくれ」
平和の裏で、悪夢は伝染する。




