52-お姉ちゃんと一緒
「お姉ちゃん!!」
「はい、おねーちゃんだよ」
「ん!」
激闘後、式典会場が自動修復されたのを見届けてから。魔法少女たちは明園家に集まり、穂希に穂花は抱き着いてもう一度姉が生きている実感を得ていた。
微笑ましそうに見ている蒼生ときらら、ぽふるんだが、内心穏やかではない。
「これ何回目よ」
「別に何回でもいーんじゃない?まぁ……見せつけるのはやめてほしいけど」
「ぽふ…」
通算六回目の抱擁は、最早またかと呆れる領域にある。気持ちはわかる。二年も離れ離れになった、唯一の肉親が生きていると判明したのだ。逐一生きているのを確認して夢か幻じゃないか確認してしまうのも、無理はない。
ギューッと抱き締められる穂希は、甘んじてその抱擁を受け入れている。
二年も放ったらかしにして、半年前に漸く再会できて、それでも妹を騙っていたのだから。
寂しがり屋の妹に孤独を強要した、罪悪感が大きい。
仲間の家族思いを理解しているからか、2人もそれ以上言うことはない。
ちょっと飽きれただけだ。
「───つまり、魔力補給自体は私の回復の為だね。まぁ土手っ腹に穴空けられて、魔力もカツカツで、生命活動も停止寸前だったから、仕方ないね。他者の魔力で補うしかなかったし。ちなみに二年間寝たきりでした」
「ぼくもちょいちょい起きたけど、ほとんど休眠で体力と魔力を回復させた感じぽふ」
「成程ぉ〜」
「ぽふるんがいなかったら穂希さんは助からなかったぬてわけね」
妖精の器に身体を隠す形で、魔力を使って失った全てを補完し、回復させた。二年もかかったが、それだけ時間をかけた甲斐はあったとぽふるんは語る。
瀕死から復活した穂希は、もう万全な状態だ。
もう少し身体を慣らす必要はあるが、完全復活してすぐあんなに動けるなら、まぁ問題なさそうである。
……まだ安心できない要素は幾つかあるのだが、一先ず今は横に置いておく。
「そういえば穂花、あの鍵……ナハトさんから貰ったの、まだ持ってる?」
「え?うん。持ってるっていうか、半分忘れてたけど」
穂花はポケットに突っ込んだまま忘れていた白銀の鍵を取り出す。その光沢は依然変わらず。前の持ち主が持ち主だったからか、ほんの僅かに不安が過ぎるが……
その鍵を穂希は受け取り、窓から差し込む日光に当てて確認する。
「……うん、ただの鍵だ。なにか仕込んであるとかはまずないかな」
「大丈夫なの?その、あのお墓のこともだけど」
「……言ってることはホントだと思う。遺品集め云々は、私も詳しくないから、あんま言えないけど。やってたのは確かだもん」
ムーンラピスが遺した鍵と棺。それを受け継いだと宣うマッドハッターがいたことに不安を感じるのは仕方ない。言ってることは嘘じゃないとわかっている穂希は、疑問視する3人をやさしく宥める。
……後々、あの異空間は家の空き部屋と繋げて、霊園の管理人に間借りしていたことを謝罪する必要もある。
なにが収まっているのかも、後でリスト化しなければ。
後始末を押し付けられた気がするが、幼馴染の好でもう受け入れる。
「先輩、聞きたいことが!」
「あたしも!この動画の戦い、ちょっと教えて!」
「はーい落ち着いて。順番ね」
爆速で懐いた2人に、穂希が過去の戦いで、どのような攻略法を用いたのか。その発想に至るまで語り聞かせて、自慢話になり始めた話をしてやる。
その様子を穂花は眺めて、姉が受け入れられているのを安堵する。
そして穂花は、ぷかぷかと浮かぶぽふるんに、こっそり声をかける。
「ねぇ、ぽふるん」
「うん?どうしたぽふか?」
「……潤空お姉さんは、一緒じゃなかった…ってことで、いいんだよね」
「!」
もう一人の姉の行方は知らないのかと、答えがわかっていながら問う。どうしても、聞きたくて……今まで何回も聞く機会はあったけれど。
姉の生存が確定した、今。もう一度、確かめたくて。
目を見開いて、辛そうに、申し訳なさそうに目を伏せる妖精の姿に、不安は的中してしまったが。
「……ごめんぽふ。あの日、ほまれを助ける為に、ぼくは戦場から逃げちゃった……だから、あの後。うるあがどうなったのかは、アーカイブで見たのと同じぐらいしか……知らないぽふ」
「……そう、なんだ」
「うん。契約も切られてる。ほまれが生きてたから、まだぼくも生きれてたけど……ごめんなさい。力足らずで」
「ううん。いいの。ありがと。ぽふるんが頑張ったのは、お姉ちゃんを見れば……わかるから」
「そうぽふか…」
今はいない、いなくなったもう一人の姉のことを想う。リデル・アリスメアーは生きていた。あの日、空の果てで散った筈の、悪夢の女王は、あんなに小さくなってまで、
まだ生きていた。
でも、もう一人の姉の姿はない。
“蒼月”のムーンラピス───宵戸潤空は、二年も前から行方知らず。
会いたいけれど、魔法少女は出会いと別れが必然の職。穂花は泣きたい気持ちを心の奥底にしまって、落ち込んだぽふるんの頭を撫でる。
自分よりも辛いと思っていることぐらい、わかっているから。
「うーちゃんがどうしたの?」
「! お姉ちゃん……いや、一緒にいるのかなーとか……何処かで寝てるのかな、って思って」
「あぁ〜、ごめんね。きっと地獄でサムズアップしてると思うよ」
「なんで???」
何処か様子のおかしい姉の反応に首を傾げるも、やはり理由はわからない。目を逸らしたくなる程の黒いオーラを背負った穂希は、糸目で虚空を睨む。
その視線の先は、高笑いする幼女か帽子屋か。
どちらにせよ、後で問い詰める必要がある───偶然を見つける豪運を発揮する為に、穂希は運気アップの道具を買う準備を始めた。
いつまでも死んだふりをする幼馴染と、配信のない場で出会う為に。
あわよくば、その隣にいたりする諸悪の根源をぶち殺し宝物を取り戻す為に。
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明園穂希は考える。リリーシリーズ(自称)の筆頭たる彼女は、消えた相方の今の立場を考慮して、今後の関係性維持の為に沈黙を選んだ。
別に、仲間内だけで情報共有するのはありなのだが。
まだこの秘密をバラしたくない、知られたくないと内心思っている。
自分と彼女だけで、この秘密を抱えていたい。
ムーンラピスを、マッドハッターを名乗って、ナハトと名を付け足したあの子を。
この手でたたっ斬る為に。戦闘中指摘されたが、やはり斬ってから物事を考える思考は変わっていない。一先ず、喧嘩を売って殴って斬ってから、なにがあったのかを聞く予定である。
洗脳されているのかも。脅されているのかもしれない。真偽は不明だが、なにかがあるのは明白。ただであの子が喋るわけがないとわかっているからこその実力行使。
フルボッコにしないと口を開かないのだ。
経験談でうんうん決意した穂希は、掃除し直した自室で計画を練る。
と、その前に。後輩たちの訓練メニューも新しく考えるようだ。
「穂花たちが単独でも勝てるように、訓練メニューとかも変更しなきゃね。蒼生ちゃんは安心して任せられるなぁ。最近は連携もちゃんとできてるし。きららちゃんは、まだ予備動作が大きいから、そこを修正で……穂花は全面的にフォローしなきゃかなぁ。なんか狙われてるし」
「……ふわぁ。ぅ…ほまれ?まだ起きてるぽふー?」
「あぁ、ごめんごめん。すぐに寝るよー。ちょーっと文字打つから待ってて?」
ベッドの横に置かれた、ふかふか毛布の詰まった木箱で就寝していたぽふるんが声で起きてしまったのを、笑って謝罪しながらパソコンを閉じる。
ぷかぷか浮かぶ身体を抱き締め、ベッドに移動する。
薄暗い部屋を照らしていた卓上ランプも消して、すぐに寝る体勢に入る。
久しぶりの戦闘をして、自身にも幾つか課題があるのを理解した。育てるのと並行して、また鍛え直さないと……明日の筋肉痛を若干心配しながら、穂希は目を瞑る。
健康にうるさい、否、うるさくなった妖精と寝ることに抵抗はない。
今はともかく、魔法少女になった当初は寝れない日々が幾度かあった。その度に、自分から抱き枕になってくれた妖精には感謝しかない。
恩義しかない彼と密着するのは、もう慣れたもの。
昔のように温もりを感じながら、薄い布団にくるまって眠る……
そう思った時。
「!」
「……お姉ちゃん」
「穂花?どうしたの?」
「………」
静かに部屋を叩かれる。呼んでやれば、音の主、穂花が扉を開けて現れる。その手には枕が抱き締められていて、瞳は不安そうに揺れている。
元来、寂しがり屋の穂花……姉の死で塞ぎ込んでから、なんとか立ち直って、そして。こうして姉と再会して……また、あの寂しさが湧いてしまったようだ。
無言で訴えて、恥ずかしそうに下を向く穂花に、穂希はやさしい苦笑を浮かべてから、その手を引く。
「いーよ。寝よ」
「……ありがとう」
「ふふっ……おやすみ。いい夢を」
「うん、いい夢を……ね、お姉ちゃん。生きててくれて、ありがとう……」
「! うん…」
一筋の雫を落とす幼子の頭を撫でてやって、変わらない愛しさに内心悶える。妹が姉嫌いを発症しなくてよかったと心から安堵してから、穂希もまた寝息を立てる。
クーラーの効いた部屋で、温もりに包まれながら。
悪夢のせいで離れ離れになっていた姉妹は、漸く一つの安寧を手に入れた。




