51-ツギハギ心の安息日
「っ───はぁ〜…」
激戦を終えて。色々込み入った問題を片付けて終えて、漸く休息を取った僕。リリーライト復活、再来する悪夢の天敵の対処、情報操作、その他諸々を完璧にやり遂げた。
使えない部下ばっかだから、そこは仕方ない。
戦闘特化だったり管轄外だったり、まだ幼かったりとか仕方ない部分もあるけど。
お湯を張った湯船に浸かって、身体を休める。
今日は気分が気分だから入浴剤を使った。なんかこう、いい匂いのするやつ。
「……疲れた」
生きてた。あいつ。悪夢になった僕の、敵になった。
いや、違う。敵になったのは……僕か。あいつはなにも変わっちゃいない。
よかった。涙腺が死んでて。あそこで泣いちゃったら、収拾つかないし……僕が僕だってバレちゃってたかもしれないから。
あぁ、でも。バラすかなぁ、あいつ。ぽふるんとかに、説明しちゃうんだろうか。
……空気読んでしないでくれたりしないかなぁ。こう、事情があるんだなってことで、飲み込んでくれたりしないだろうか。
……そこまでできてたら、あんな振り回されてないか。口止めしなきゃ。
───ただいま。
───おかえり。
言いたかったことも言えた。あの日言えなかったのを、あの場で聞けたのは、口パクだけど言えたのは。なんだか心の重荷がなくなったような、不思議な開放感がある。
やっぱり、まだ振り切れてなかったんだなぁ。
そりゃそうか。僕、冷血漢じゃないし。血も涙もない、強めの心の在り方してるタイプの軍人でもない……ただのクソガキだし。
中学二年生で魔法少女になって、本当なら、今は高校に行ってる年齢の僕。
マトモな社会復帰は望めないだろうな。
……なんで風呂の中でも頭悩ませなきゃいけないんだ。やめよこの話題。
「お疲れですね」
「おいこのバスボール玩具出ないぞ」
「…違う、これ、ただの入浴剤…」
「なにだと…」
………………………………………………はァ。
「なんでオマエらいんの」
魔城地下浅くに立てられた大浴場。わざわざ男女性別で分けたその空間に、無遠慮なバカ共が集まっていた。
こちとら一人風呂楽しんでるんだけど。立ち入り禁止の看板入り口に置いといたよね。なんで蹴破って普通に中に入ってきてんの。
最高幹部様のプライベートを堂々ぶち破ったのは、まぁうちの女子組。
何故かチェルシーもいる。あのあの、今の僕素顔……
そう疑問に思いながら、責めるようにリデルを見れば。アイツは、なんてことないように僕を見て、コテンっ、と可愛らしく首を傾げやがる。
クソ、自分の顔の使い方を熟知し始めてやがる……
んんっ、それで。なんでなの。かわいこぶってないで、いい加減教えなさい。
「こやつ気付いとったぞ」
「えっ」
「……うん、なんとなく……今回ので、やっぱそう、って思って……女王様に聞いたら「ああそうだぞ」って隠す気ゼロで肯定してくれた」
「おいクソガキ」
なんてことしてくれてんだオマエ。ちょ、は?は?
「いや、気付かれてるなら別にいいだろ。性別一緒だし。それに、こいつはオマエが思っている以上に、うるるーを慕っているって、今までの共同生活でわかってたしな」
「あの日助けてもらったネコです」
「……」
そうか、なんだ。バレてたのか。いや、この子が他より聡明で、生前の僕と会ったことがあるから、かな。そりゃわかるか。魔法少女とかぽふるんとかみたいに、たまーに戦うぐらいの距離感と違って、同じ屋根の下で暮らしてる関係じゃ、わかるものもわかるか。
……あの子が、随分と強かになったものだ。
毒親から解放しようとしたけど、結局強引な手段を……魔法少女を辞めていないと使えない方法じゃないと、まず助けられなかった女の子。
それが今やアリスメアーの幹部。
あの日、家から連れ出していなかったら……それこそ、僕がマッドハッターとして復活できていなかったら。
この子の笑顔がなかったと思うと、少しやりきれない。
……今が幸せならいいか。最近は笑顔も増えたし、あのお友達とも楽しそうだし。
夢之宮寝子。唯一、僕のエゴで傍に置いた、頭の出来が他とは違うだけの女の子。
怪人因子を取り込ませたのも僕の意思。
こちらの世界に踏み込ませたのも、僕の意思。あちらの事情も、気持ちも、なにも汲み取らないで、今度こそ僕の庇護下に置くことだけを考えて。
そうして今がある。チェルシーと新たな名を与えられ、ここにいる。
「はァ……もう、好きにして」
ツギハギになってる肌をなぞる、その指を受け入れる。
身バレについては、それ以上言及しない。チェルシーは口が堅い方……自分で言っていいのと言っちゃダメなのの線引きはちゃんとできてる子だから、そこは大丈夫。
問題視すべきは……いや、いいか。
ここで考えても答えは出ない。そんなのばっかな気は、きっと気の所為だ。
「うむ、やはり素顔の方が好きだな」
「こんなんになっちゃったんだ……ねぇ、痛いの?ここ、こことか……」
「……痛くないよ。刺青と一緒さ。まぁ刺青はやったことないけど。ただの見掛け倒しだから、大丈夫」
「…そっか……」
「私もツギハギですよ」
「メイドさんはいいや」
「シクシク…」
あっさりフラれてやんの。ウケる。これだからメードは逆担当なんだよ。
……魔法少女時代と比べたら、この顔なんてボロボロ。死化粧して漸くだ。
普段から晒すのは抵抗がある。だからナハトなんだ。
うん、定着させよ。暫くは身体に慣らす為に、あの変装日常化しとこ。お風呂に浸かっても、魔法が解けないよう調整する必要もあるだろうし。
文句があるとすれば、女性陣全員の前なら兎も角、他の男性陣には顔を晒せないってこと。
教えるわけにはなぁ……信用も信頼もあるんだけど。
知ってるヤツは少ない方がいい、ってのもあるけど……うん、なんかヤダな。
裏社会に堕ちた元社会人と、元公安の潜入捜査官には、ちょっと言いづらい。だってそうじゃん。ペローは兎も角ビルは問題だ。
正義が悪に堕ちたとか、地雷じゃないかな多分。
だって自分がそうだし。知らない方が幸せじゃないかと僕は思うわけで。
僕の胸に身体を預けるリデルを受け入れてやりながら、諦めの境地で溜息を吐く。
まあ、なるようになるか。人生なんてそんなもんだ。
マッドハッター=ムーンラピスの式ができたとしても、死んでる僕にはなんのダメージもない。くだらない世間の評価も、他人からの感想も、元仲間からの糾弾も。
もう、全てがどうでもいい。
……リリーライトから、どう思われようが、もう別に。なんでもいいや。
そう投げやりに思考放棄を終えてから、ボーッと薄目で周囲を確認する。
全身泡まみれのまま湯船に浸かろうとするバカメイド、それを必死に食い止めるネコミミ、我関せずと目を瞑ってうたた寝するラスボスロリ。
うん、マトモなのがチェルシーしかいねぇ。
まずメードは死んでこい。その泡食って発作でも起こせ二度と入浴するな。チェルシーはよくやった。もうそいつ無視してゆっくり浸かりなさい。リデルは起きろ。風呂で寝るのは自殺行為だぞ。気持ちいいのはわかったから。
バカをシャワーで水責めし、アホを湯船に沈めて強制的起床を促して……なんでだ、休める気がしない。
もうこいつらなんなの。僕のプライバシーを返せよ。
つーかオマエか。最近大浴場魔法で洗おうと思ったら、無駄に泡が飛び散ってる元凶は。許さん。
「ご容赦を!!」
「オマエ、マジでなにができるの?チェルシーを見習えや19歳ニート」
「お待ちください、語弊があります。これでもいいとこの大学行ってるんですよ私」
「死んだからもう意味ないねそれ」
「酷い」
危うく泡風呂になりかけたのを阻止して、四人で並んで湯船に浸かる。
正直なところ、そこまで広くないから狭いんだけど。
肩が触れ合う距離で、静寂が広がる、ただお湯が流れる音のみが響く空間に身を置く。
あぁ、なんだ。意外と安らげるもんだな。
「…………リリーライトは、僕が誰なのか……あの一瞬で気付きやがった」
「……そうか。よかったな」
「よくない」
……やっぱり、話さなきゃ…だよなぁ。




