50-希望は潰えず、空は晴れゆく
ありえない。ありえてはならない───あいつは、今、この僕になんて言った。
呪いに侵され、爛れゆく顔を睨んで、僕は思う。
見破られた。完璧な変装だったのに。認識阻害だって、魔力偽装だってしてたのに。なにでバレた。まさか、あの睨み合いで……?
……目か。確かに虹彩はちょっとした偽装で、色合いは元の青色のままにしてたけど……それでわかったの?
怖くね?なんなの。ロクに変装もできねぇじゃねぇか。
ととっ、取り敢えずどうしよ……いや、やること自体は変わんないし……
「……でもやっぱ気持ち悪いな」
この不快感、晴らさでおくべきか。胴体斬られた詫びをお返しせなあかんな……え?なんで出血してないのって?そりゃゾンビだからさ。
うそうそ冗談。もう無いんだよ。流れるだけの血がね。こう、心臓で堰き止めてんの。肉体が死んでるから、もう無理にポンプさせる必要も無いし。血色悪いのは、中身がないからさ。血管には血代わりの魔力しか流れとらん。
マージで今の僕、魔法で無理矢理身体動かしてるキモイ生き物だからね。
だから、斬られた時は血じゃなくて、透明で濃い魔力が噴き出てたりする。
着色してないから見えないよ……っと、自分語りはもういいよね。
今は、目の前のこいつに集中しないと。
そもそもなんで生きてんだよ。こちとら死んだと思ってあの日を乗り越えたんだが?リデルを殺意と執念と憎悪で相討ちしたんだけど。なんで今更……
いや、生きてること自体は拍手したいの山々だけども。
……あんなに警戒してた妖精の中身がこれとか、さぁ。認識阻害ってクソだな。
なんだよほまるんって。そこはほまれんにしろよ。
「ふふ、どしたの?続きしないの?」
「黙れ……貴様の斬ってから物事を考えるバカさ具合が、相変わらずだなと呆れていた……ただそれだけだ」
「うぐっ、正論すぎて反論できない……や、私だって……斬らないでも判断できるし……」
「でも今斬り倒してからやったよな?変わってないだろ」
「そーゆーところだぞ!!」
「なんのことやら」
本物か偽物か確かめる為に斬りかかってきた前科のあるバカは黙っとれ。さっきのも斬ってから確認する以外にも方法はあっただろうが。やり口がワンパターンなんだよ。
……それに慣れてたから、確認の時間を与えてしまった僕も僕か。
斬った後に本物だったー、なんて安堵する顔が、あの時想起されたのが悪い。
「気色悪い。ここでもっぺん死ね」
「あれ辛辣度跳ね上がってね?殺意の波動が波打って……示談ってことで許してくれたりしない?」
「しない」
「そっかぁ……これ尚更本気出さないと死ぬな私。いらん墓穴掘った気分」
そうだな。復活直後で悪いけど、今以上の深手は負ってもらうからな。
聖剣を構え直したリリーライトに、毒滴る杖を一閃。
さぁ、やり直しだ。旧時代の遺物同士、再会を楽しもうじゃないか。
「ふっ!」
「はぁっ!!」
「てぇ!!」
可視化できない程の速さをもって、切り結ぶ。お互いの斬撃は届かない。被弾することなく渡り合えているのは、逆に容赦がなくなったから。
達人の間合い、とでも言うべきか。全て防げて、全てを避けれると、こうなる。
容赦のない剣閃には冷や汗をかくが……それはあちらも同じこと。
それでも負けることはないが。何故ならば……
「くっ!」
「やはりな……二年間、ロクに鍛錬せずにいたのだろう。持久力が目に見えて落ちているぞ?」
「るっさい!そんなの百も承知だよ……でも、そんなのが諦める理由になる?」
「……ならないな」
でも、明らかに弱体化しているのは確か。こちらには、二年というアドバンテージがある。戦った経験値も、まだこっちの方が上。越されるのは、当分先の話だ。
さァ、どう抗う?見せてくれよ、“極光”の魔法少女。
「ふふーんだ……いーもん。だってここ、私のフィールドだもん」
「……なに?」
そう笑うライトの顔が、呪いで爛れていた顔が、徐々に再生していることに、漸く気付く。いや、今元通りになり始めた、といったところか。
……成程な。さっきの魔法陣の追加効果か。
「随分と長持ちする魔法だな」
「私の傷を治すまでは存在し続けるからね。あの時はまだ怪我してなかったし。でも、流石はフルーフちゃん。治癒阻害がすごくって、こんなに時間かかっちゃった」
「そのまま朽ち果てればよかったものを……一度の呪毒で終わるとは思わないことだな!」
「同じ轍を踏むほど、私、バカじゃないから!」
どーせ治す手段があるんだ。派手にやってやろう。
:今の密着はなに!?
:あの距離感はキスしてましたよね!?
:どーゆー関係なのお二人さん!
:わけがわからないよ
:綺麗な笑顔だ…
「うるさいよコメント欄!ぽふるん切って!」
「無茶言わないでほしいぽふ!我儘言わないの!」
「むぅ〜!」
視界に入ってくるのが悪い。配信の自動追従サービスは戦闘中ぐらい切っとけよ。
「光魔法!!」
「月魔法」
───光魔法<サンライト・レーザー>
───月魔法<デスムーン・ショット>
斬撃の合間に放ち合う魔法合戦。
太陽光線に対抗して、横殴りの月光弾を放つ。マントを大袈裟に翻して避けられたが、それも想定内。断続的に、波状攻撃を繰り出すことで対処。
回避能力、迎撃能力、共に良好……それほど腕は落ちていないらしい。
「暴には暴を」
───列車魔法<ミュータント・トレイン>
───兵杖魔法<ディストーション・アームズ>
───重力魔法<エンジェル・キッス>
空間に開いた無数の穴から色んな電車が突っ込んでくる殺意高めの魔法、毎度恒例の銃火器召喚、重力を式典会場ごと強めに設定して押し潰す。
物量過多の魔法攻撃を、ライトは必死の形相で対処。
「ちょちょちょ!ぎゃー!!」
一発一発が重い魔法の同時使用はこっちもキツいけど、我慢すればなんてことない。あんなぴょんぴょん跳ばれて回避されちゃうのは腹立つけど。
聖剣で新幹線を叩き切る、弾丸を剣で弾く、重力からは身体能力で逃げる……
同じ動きは僕もできるけど、やっぱ化け物だよね。
その後も魔法を撃っては急接近して斬り合って、時には式典会場を足場に壁をかけたり地面に叩きつけたり、もう世界観の違うバトルを繰り広げる。
あーもうっ!身体がいくつあっても足りない!こいつの戦闘は動きが必要だから面倒いんだよ!!
叫びたいのを我慢して、それでも、久方ぶりの戦を……生き返った友との戦闘を楽しむ。懐かしさで胸が締め付けられるが、それもまたヨシ。
……あぁ、楽しいな。やっぱ、これぐらいの殺し合いが一番楽しい。
こいつも笑顔だし、うん。お似合いだね、僕たちって。
「マッドハッター!!」
「リリーライトォ!!」
胸に巣食う苛立ちも、気付けばどうでもよくなって……もういいやと、心を落ち着かせる。
生きてるんなら、もう……それでいい。
好きに生きろよ。新世代を導くのも、僕と敵対するのも自由にしろ。
あぁ、でも、どうしようか。計画の修正、した方が……めんどくさいなぁ。
なんだかもう、全部どうでもよくなるような……そんな言いようのない感覚に包まれながら。
また、リリーライトの聖剣をこの身に受けるのだった。
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「ごほっ、げほっ……」
「……私の勝ち、だね。お互い本調子じゃなかったのが、不完全燃焼だけど」
大きく叩き割れた石畳。仰向けに倒れたナハトの首に、リリーライトは切っ先を軽く添える。
殺すつもりはない。ただ、これ以上暴れられない為に。
両陣営最高戦力同士の戦いは、接戦の末リリーライトに軍配が上がった。互いにボロボロで、傷だらけ。それでも勝てたのは、偏にマッドハッターの気が散っていたから。
それを理解しているからこそ、ライトの顔は晴れない。
本当の勝利とは言えないから。花を持たされたと、内心わかっているから。
「お姉ちゃん!」
純粋に、姉の勝利に喜んで駆け寄る妹、リリーエーテとその仲間たちに笑顔で手を振り返す。そして、勢いのまま抱き着かれたのをギュッと受け止めて……
戦闘で高揚していた精神を、なんとか落ち着ける。
ぽふるんも頭に飛び付いてきたが、まぁ心配させていた自覚はあるので、甘んじて抱擁を受け入れた。
ブルーコメットとハニーデイズも治療してくれたお礼を述べてから、先輩の影に隠れ、足元のナハトを警戒と共に睨む。
「……ふっ」
その初々しい反応をナハトは鼻で笑ってから、シュンと魔法で消える。
「なっ」
「消えたっ!」
「……あっちだね」
「!」
リリーライトが指さす先。斜めに切り落とした慰霊碑を背に立つ、ナハトが佇んでいた。仕込み杖を支えに、頭の上で身動ぎするハット・アクゥームの鍔を掴んでいた。
いつの間に身体の傷も治したのか、身綺麗な格好となり視線を逸らしていた。
勝者たるライトが言葉を投げようとした、その時。
ナハトの視線の先に、というか傍に、見覚えのない……ゴシックロリータの幼女と、青い髪のメイドがいることに気付いた。
「手酷くやられたな」
「それ言う為にわざわざ来たのか?暇かオマエら……」
「私はただの付き添いですので」
「同罪だよ」
気安く話す関係性の彼女たちの中にいる、金髪の幼女。宿敵の面影を持つその姿に、ライトは目を見開く。
当たって欲しくない、そう思いながらも、口を開く。
「あなた、まさか……」
しかし、動揺で開閉する口からそれ以上の言葉は出ず。思いっきり指をさして身体を震わせたまま、とんでもないモノを見る目で固まってしまう。
流石のリリーライトでも、その変化は予想だにしていなかったから。
「なんだ、“極光”。私が幼子になっているのが、そんなに驚くことなのか?」
「いや驚くに決まってるよね!?」
「お姉ちゃん、あのちっちゃい子だれ?」
「……何処かで見たことがあるような」
「全然わかんない」
「ぽふ」
こてん、と首を傾げる幼女───女王リデルは、未だに正体がわかっていない魔法少女や妖精たちに向けて、軽く自己紹介でもしようと前に出る。
呆れているナハトと我関せずのメード、慌てて駆け寄る三銃士を従えて。
「我が名はリデル。悪夢を統べる女王にして、夢貌の神。この星の生きる厄災。貴様ら魔法少女を、ニンゲンどもに終わりと始まりを齎す神……久しぶりだな、魔法少女」
「ッ───!」
「補遺1.クソガキ」
「補遺2.要介護」
「おい」
茶々を入れる側近二人を小突いてから、リデルは困惑で瞠目する魔法少女たちへ微笑を向ける。
弱体化した身であることを隠さず、堂々と。
悪夢の女王リデル・アリスメアーは、世間の前に堂々と現れた。
「死んでいたと思っていたが、まさか生きていたとは……マッドハッターから生存予想を聞かされた時は、まさかと耳を疑ったモノだが……ふんっ、運のいいヤツだ」
「……ハッ、ちみっこくなってる癖に。強気なのはあんま変わってないんだ」
「貴様の威勢の良さも変わっていないようだな」
どうしてもわかりあえない敵対者を、自分たちの運命を狂わせた巨悪を、リリーライトは許さない。赦せない。
宿敵を、二年前に殺し損ねた怨敵を。
……その隣に、友と思しき相棒が、目を逸らしてそこにいるのが気に食わないが。
即刻説明が欲しいが、配信魔法と外野がいる以上、まだ問えない。
「貴様が復活したと聴いたから、私も生きているのを世に知らしめてやろうと思ってな。現に、ほれ。コメント欄は大騒ぎ。見事な大恐慌ではないか」
「性格悪ぅ……それも誰かさんの入れ知恵?」
「何の話だ」
:!?
:くぁwせdrftgyふじこlp
:ちっちゃくなってるー!?
:あっぷあっぷあっぷ
:オワタ\(^o^)/
:ろーり!ろーり!ろーり!ろり!?
:死
改めて女王の復活を突きつけられた世間は、予想通りに悲鳴を上げている。
幼児化していることへの奇声も多いが。
「まぁ、今回はマッドハッターを回収すると共に、世界へ警告する為に来ただけ。これ以上はなにもせん……鎮魂も天への祈りも、好きに再開するといい」
「できると思ってんの?この状況で?バカなの?」
「そ、そーだそーだ!」
「弁償しなさいッ!」
「ちょ、二人とも……お姉ちゃんはともかく、二人はまだ攻撃しない方がいいって」
「そこまで怯えなくても大丈夫だよ。今のアイツ、大した力ないっぽいし」
怯えた様子のエーテは威勢のいい同僚たちを窘めるが、ライトに頭を撫でられて止まる。彼女曰く、今のリデルは過去の決戦よりも大分弱っている……その推察は、決して間違いではない。
一目見ただけでそれを見抜かれたリデルは、顔を顰めて機嫌悪そうに唸る。
その表情の変化は、ライトの推察が事実であると認めているようなもの。
「目は口ほどに物を言う……これ以上余計な情報を与える必要はない。顔芸してないで帰るぞ、リデル」
「いやしとらんが?私を虐めるのは大概にしろよ」
ナハトにとって、その情報自体大したことではない為、特に咎めることはない。だが、弱体化によって脳の作りが甘くでもなったのか、リデルの情報保持能力は低い。
これ以上、機密を漏らされる前に。
気付かれる前に。リデル・アリスメアーが思ったよりもバカになっていると思われる前に。
「帰るんスか?」
「あぁ、吾輩の負けだ。潔く帰るとする……このバカが、余計な情報を漏らす前に」
「はァ?私への信頼度皆無かオマエ。泣くぞ」
「何処に需要あんだそれ」
「シッ、正直に言っちゃダメ…」
「お可哀想に」
「おい」
部下たちから自由に言われても暴力に出ない、リデルのその代わりようにライトは目を見開くも、それ以上はなにも言わず。
不安そうな後輩たちを手で制して、見送るよう指示。
空間に亀裂を入れたナハトが、三銃士を、幹部補佐を、女王を送り込んで、一人きりになってから背後を、四人の方へ目を向けて。
否、正確には───リリーライトと目を合わせて。
「───…」
「!」
音にならない声を、彼女だけに届けて。自らも異空間へ身を投げた。
その言葉を受け取ったライトは……明園穂希は、周りにバレない程度に唇を噛む。
それは安堵か、それとも喜びか。
胸から湧き上がる感情を押さえ付けて、再会に気付けた自分を褒める。
聞きたいこと、言いたいことはたくさんある。
どうしてアリスメアーの肩を持つのか。なんであんなに女王と仲良くなっているのか。なにがあって、あそこまで暗い目をするようになったのか。
自分が眠っている間に。
妖精の器の中で身体を修復している間に。
魔法少女の影に隠れていた間に。
明園穂希はあの子を思う。もう出会えないと思っていたあの子を。
「……おバカ」
でも、今は。言葉を伝え合えたことを、ただ喜ぶ。
───おかえり。




