49-なにも考えたくない、その一心で
:ふぁー!!?
:!!?
:見たことある顔ーっ!!!
:リリーライトー!!
:生きてた!?やった!ドン勝だっしゃァ!!
:勝ったな風呂入ってくる
:泣きそう
彼女の一年半を応援していたコメント欄は、狂喜乱舞で瞬く間に埋め尽くされる。
それだけの奇跡が、二年の時を経て人々の目に映る。
「生きてたのか……」
「おいおいマジかよ。洒落になんねぇって……サインって貰えたりすると思う?」
「立場考えて…」
動揺する三銃士が、ジリジリと後退して二人の戦場から距離を取る。できることなら、今すぐにでもこの空間から出ていきたい。
マッドハッターから放たれる圧が、殺意が。
リリーライトが醸し出すオーラが、輝きが、何処までも明るいその世界が。
二つの見えない力がぶつかり合う、息苦しい空間から。
「うそ、ほまるんが……リリーライト?は?は?ちょっ、意味わかんないんだけど???」
「あるぇー……幻聴幻覚だよって言ってぇ…?」
倒れたままのブルーコメットとハニーデイズも、先人の復活に戸惑うばかり。それどころか、妖精体の時に失礼なことをした記憶ばかりが蘇る。
瀕死以外の理由で冷や汗を流す二人に、リリーライトは苦笑する。
「アハハ、だいぶ畏まられちゃってる……んんっ。さて、それじゃあ手始めに」
「……チッ、考えうる中でも、最悪だな」
務めて冷静に、マッドハッター、ナハト・セレナーデは苦痛を滲ませた顔で警戒する。死んだと思っていた、否、確信していた相手が、生きていた。
最近になって生存疑惑が出て、まさかと思っていても。
その事実に喜びたい思いと、何故今更と責めたい思いの二つに苛まれるが……それを押し殺して、今は希望の敵、悪の手先の己を演技する。
嫌な音を立てる仕込み杖には、聞こえないフリをして。
そんな最高幹部の様子に気付いているのかいないのか、リリーライトは無遠慮にナハトに近付き……一瞬だけ目と目を合わせてから、そのまま横を通り過ぎる。
歩みの先には、妹であるリリーエーテと、ぽふるん。
その行動に暫し考えて、溜息を吐いて……空気を読んでナハトは反対方向へ足を進めた。
すぐに啀み合っても、此方の準備が整っていない。
お互い位置を入れ替えるというシュールな行動に文句をつけたい気持ちを我慢しながら、ナハトは仕込み杖の刀に堂々と毒を注ぎ始めた。
その間に、ライトはへたり込むエーテの前にしゃがみ、震えるその手をやさしく握る。
「お姉ちゃん…?」
「うん、お姉ちゃんだよ。えっと……ただいま」
「……っ!っ!!」
「わわっ!」
死んだと思っていた姉が、最後の肉親が目の前にいる。あの日から二年も経っているのに、なにも変わっていないその姿に、時が止まったまま変わらぬ姉の容姿に、胸から込み上げる感情の波が止められない。
本当なら、本名を呼んで泣き叫びたいのに。魔法少女の配信がそれを邪魔する。
だからエーテは、姉の胸に飛び込んで……音にならない慟哭をあげる。
ずっとずっと会いたかった。その想いを叫びにして。
「お゛がえ゛り゛ぃ!!」
「ただいま!!」
そんな姉妹の感動の抱擁を、ナハトはジト目で眺めて。
「えっ、今まで同じ屋根の下いたのに……?どの面下げてただいま言ってんの君」
「事実陳列罪は重罪化されてるんだよねぇ!!」
もう茶化さないとやっていけないナハトは、湧き上がる疑問をそのまま脳直結で言ってみれば、白目になって咆哮された。
ただでさえ負い目を感じているのに、痛いとこを激しく突くのは反則である。そう訴えかけるライトに、ナハトは胡乱気な目を向けてから素になりかけていた声を整えて。
戦闘準備も終えて……妹をあやすかつての友に、冷たく告げる。
「いい加減始めようか。わざわざ出てきたということは、吾輩と殺り合うつもりがあってのことだろう?」
「……せっかちだなぁ。いいよ。元からそのつもりだし」
立ち上がって、向かい合って───太陽と月が、撃鉄を鳴らす。
「取り敢えず斬るよ。そっちの方が、話が早い」
「野蛮だな。事前情報通りで安心するよ……む?」
「でも、その前にっ!」
「?」
そう意気込んで突っ込もうとする前に、リリーライトは真白の剣を、聖剣を地面に突き立てる。
潤沢な魔力が地面に浸透し、巨大な魔法陣を描いた。
「なにを……」
「いーから見てて」
───光魔法<セイクリッド・サークル>
詠唱と共に、魔法陣は式典会場を覆い……翠色の美しい魔力を光らせて、その効果を発動する。
翠色の光は、サークル内の生き物を癒す、治療の光だ。
「腕が、戻って……」
「……!えっ…あ……痛く、ない。痛くない!」
「傷が……!」
深手を負わされた魔法少女たちの身体が、元の傷のない綺麗な身体に修復されていく。滲んでいた血は浄化され、折れた骨は元の形に戻り、断裂した筋肉も正しく治る。
切断された腕はいつの間にかそこにあり、全て元通り。
その神秘的な光景に、ナハトは想定外を見るような目でライトを見つめる。
「……オマエ、攻撃連打マンじゃなくなったのか。いや、昔は回復魔法なんて覚えていなかった筈……貴様、さては偽物だな?」
「酷くない?いやまぁ、正論だけど……昔よりも、少しは考えるようになっただけだよ」
「すごいぽふ!ライトってば成長してる!!」
「ぽふるん?」
「チッ……ゴリラが小手先の技術を覚えるとはなァ!!」
「煽るの一旦やめない!?」
「戦術だ」
:すげー!
:成長したんやな…
:俺は誇らしよ
:ダメだコメント欄が親戚のおじさんに!!
:ナハトお姉様の後押しやめろ?
:いやだって、なぁ?
:わかるけども
ちなみに二年前までのリリーライトは、攻撃魔法以外のコマンドがなかった。状態異常付与も自己回復もなんにもなかった。
魔法少女の基本装備である飛行魔法と魔力強化ぐらいで他にはステ振りしていなかった。
それで環境最強の魔法少女だった辺り、最早言うことはないだろう。
マッドハッターがマッドハッターになる前から、物理の正面衝突で勝てた試しはない。
故に精神攻撃。キャラ崩壊も辞さない煽りをする。
素直に賞賛しているぽふるんの拍手が、微妙にナハトの煽りを正当化していた。
「みんな!」
「っ!リリーライト先輩!」
「先輩呼び!?なんか照れる……んんっ、じゃなくって…今日はもう休んでいいよ。あとは私がやるからさ。なんて言うの?あー、あれだ!先輩面させてよ!」
コメットの憧れを見るキラキラとした目に驚きながら、グッドポーズで宣言する。後輩をコテンパンにした悪夢の帽子屋に、キツいお灸を据える為に。
そして、自分の戦いを見てもっと成長してもらう為に。
先達として、リリーライトは前を歩く義務がある。そう自分に定義して、彼女は戦う。
「行くよっ!」
「やっとか……はァ、まぁいい。三銃士、手を出すなよ」
「んま、言わなくてもいーんじゃない?どーせ私たちに、ついてけないんだから!!」
悪夢を断ち切る希望の剣と、死毒を食らった仕込み杖が鍔迫り合う。暴力的な剣閃の嵐が、ナハトの衣装へ小さく切り込みを入れていく。逆に、ナハトの攻撃は全て防がれリリーライトまで届かない。
近距離戦では敵わない……たった数手の攻防で、如実にその真実は明らかになる。
わかりきっていたその答えに、ナハトは剣捌きを早めて斬撃を維持。
:なんも見えん
:倍速再生かよ…え、生配信?ハハハ
:化け物すぎるッピ!
:やっぱ強いな帽子屋さん
:↑お姉様と呼べェ!
:なんでこんな短時間で下僕できてんの?その人敵だよ?魔法少女フルボッコにした悪だよ?
:正気になるな
:狂え
「あはっ!息上がってきたんじゃない!?」
「そう思いたいなら、思っているといい。すぐに無駄だと悟ることになる」
───海魔法<シー・サーペント>
───切断魔法<カンナビ・ミタマククリ>
───歪魔法<テムカセ>
ナハトは剣閃に魔法を載せる。海竜を踊らせ、刀の傍にまた別の斬撃を置いて、隙間をなくす。更には呪いで毒の威力を向上。対象を呪い殺す呪詛が斬撃を強化する。
毒々しい色合いの煌めきが、より早くなった剣捌きが、リリーライトの頬を掠る。
ジワっと、肌が紫色に滲んでいく。そのままボロボロと皮膚が剥がれ、壊死していく。
「うーわっ」
「歪の効果は君も知っての通りだろう。さぁ、どうする?時間はないぞ?」
伝播していく死の呪いは、ものの数分で全身を覆う。
「そうだねぇ……でも、それは……立ち止まる理由には、ならないよね!!」
「…脳筋め」
それを知っているライトは、本気の焦燥を見せながらも聖剣を振るう手を止めず。死が身近であるにも関わらず、魔法少女は吶喊する。
獰猛な、好戦的な笑みで。剣閃の速さは衰えない。
殺意は衰えず、戦意は薄れず……死が近付く呪いなど、リリーライトにとっては些細なモノ。
そんな攻撃、いつだって浴び続けて……もう慣れた。
笑って笑って、笑顔のままに。斬って斬って斬り続け、我武者羅を押し通して。
鍔迫り合い、ギチギチと音を鳴らし、仰け反らせて。
「はァ!!」
───光魔法<リヒトライト・カタスター>
極光を放った袈裟斬りが、ナハトの胴を斜めに薙ぐ。
「っ」
鮮血は弾けない。斬撃は確かに肉を断ち、鍛え抜かれた体幹を崩す。宙に浮いた身体を、体勢をすぐには戻せず。そっと肩を手で押せば、面白いぐらい簡単に。
リリーライトに押し倒されて───顔を近付けられる。
朝焼けの明るい赤色と、夜更けの暗い青色が交差して、 至近距離で見つめ合う。
「……」
「……」
見覚えのない顔。知らない顔。今日初めて見た、会ってすぐの関係性。それなのに、どういう訳か……ライトは、ナハトの顔から目を離せずにいた。
いや、違う。その目を。夜の濁った瞳が気になるから。
何故か抵抗されないのをいいことに、ジーッと見つめて目を離さない。
下敷きにしたその青を、まじまじと見つめて……
……ふっ、と、やさしく息を吐いた。
何処か安堵した、疑問が氷解した……晴れやかな笑みをナハトに向けて。
「───…ただいま」
他人には聞こえないように、聞かれないように、まして配信にも載らないように……
声を落として、顔を突き合わせたまま、そう囁いた。
「ッ───!」
「わわっ!」
一瞬の空白の後、ナハトは伸し掛かる腹を蹴り上げて、咄嗟にライトから距離を取る。
信じられないモノを見る目で、彼女を見つめる。
何故、何故、何故……そう脳裏で反芻させるナハトは、悲しそうにするかつての友の目に、苛立ちと、焦燥を……言いようのない恐怖を覚えて、後退る。
ジクジクと痛む胸を気の所為だと誤魔化すことも、最早できない。
「……」
確信している、その赤い瞳から逃れたくって。ナハトは絶望に手を震わした。
愛の力は偉大なんだよ




