47-太陽はそこにあった
残酷な描写があります
ご注意ください
「きゃぁ!!」
「ぅ、ぐぅっ……まだ、まだ……!」
「がっ、あああ!!」
「ふんっ」
「いッ!」
───遊ばれている。
そう思いながらも、足掻くのをやめられない。
吐血したリリーエーテは、ボロボロの身体に鞭を打って立ち上がり、心を折らずに悪夢と対峙する。
ブルーコメットもハニーデイズも、全員が限界近い。
それでも諦めず、欠片もない勝機を辿り寄せて、絶望に立ち向かう。
無傷のマッドハッター、ナハト・セレナーデから、皆で生還する為に。
希望の13魔法の魔法から、過去活躍した、記録にない魔法少女の魔法まで。あらゆる魔法と技術、武術をもって正面から蹂躙してくるナハトの戦法。
3人の魔法は斬られ、避けられ、打ち負かされ。
圧倒的格上であることを突き付けられ、絶望的な状況に叩き落とされる。
女王の名代となった帽子屋は、容赦なく、自分の計画を問題なく成就させる為に行動する。
例えそれが、後世の芽を摘む行為だとしても。
「諦めが悪いのは美徳だ」
「くっ」
「心の強度も素晴らしい……が、肉体が想いに付き合えていないのは、ナンセンスだな」
「るっさい!!」
「足元がお留守だぞ」
「うっ…!」
先達として、ただ暴力を振るうのではなく、ある程度の教授をしながら戦うのは、最早性分に近い。
夢覚醒した魔法少女ならば、まだ立ち上がってくる。
並大抵のと比べても、今代の魔法少女は強い。ナハトはその強さを称えているからこそ、本気で潰しにかかる。
まだ戦えるという希望をへし折って。
まだ抗えるという勘違いを正して。
まだ行けるという自分への期待、心の熱が、想いの力が二度と沸き上がらないように。
徹底的に、計画的に、魔法少女を破滅に追い込む。
「命が惜しくないのかね?」
「惜しいに決まってるでしょ……死にたいなんて、一度も思ったことない!!」
オッドアイで黒く染まった赤い左目で、ナハトは絶対に諦めない魔法少女たちに最後の忠告を告げる。
勝ち目が薄くても、抗い続ける後輩に、目を閉じる。
かつての自分と同じような、我武者羅に戦い続けるその姿勢。
今の立場だと、非常に腹の立つ反応……昔は自分もそう見えていたのかと思うと、やりづらいところがある。
それでも職務を全うせんと、ナハトは悪役に徹する。
亀裂の入った左目から黒色の光を迸らせて、仕込み杖を踊らせる。
:やめてくれー!
:……あっ!
:あっ、コメント打てるようになってる!!
:ヨシ!応援パワー送れー!
:今のうちに!!
「……チッ、対配信の妨害電波が途切れたか。面倒な……早急に蹴りをつけよう」
魔法少女に応援の力を送る、配信魔法の根幹たる機能を邪魔する為の妨害が解けたのを察して、ナハトは視聴者の希望をも打ち砕かんと疾駆する。
コメント不可にするだけの簡単な仕事だったが、妖精に素早く対応されたようだ。
ノロマの妖精の対応力、成長に舌打ちをして、突撃。
「なっ!?」
「悪く思わないでくれよ」
「───っ!ぁ、がっ……ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
狙われたのは、ブルーコメット。ただ距離が近かった、それだけの理由で振るわれた仕込み杖の刃は、魔法障壁で守られていた彼女の右腕を、切断した。
人生初の欠損に、壮絶な痛みに悲鳴をあげる。
過去の魔法少女ならば、当たり前に近かった部位欠損。それを初めて体験して、新世代は先人の偉大さを、そして己の弱さを痛感する。
だが、今は……絶望的なまでに、痛みが心を掻き乱す。
「コメット!!」
「ひっ、あ……ッ、よくも!!」
「待って、デイズ!!」
「ぐぅ、ッ、来るんじゃないわよッ!!、がっ!?」
「吠えるな」
「ッ───!!」
戸惑いと恐怖、瞬間的に湧き上がった感情を否定して、ハニーデイズが吶喊するが……エーテとコメットの静止も届かず。ナハトは、コメットの肩に刃を突き刺したまま、迫るデイズの腹に足を繰り出す。
魔力で強化された目でも、その足捌きを捉えきれず。
ハニーデイズは、モロに蹴りを食らう。かつて、数々の悪夢を破裂させた一撃を。
「ごふっ……ぁ、あっ」
「硬いなぁ。並の魔法少女なら、今ので風船()だけど……丈夫に産んでくれた親御さんに感謝するといい」
「デイズ!!」
内出血で青く染まった腹を見下ろして、地に倒れ伏したハニーデイズから視線を移す。次々と仲間たちが、手早くやられていく様を見せつけられた、リリーエーテへ。
悠然と歩いて、赤く染まった仕込み杖を振るい、鮮血を飛ばす。
情け容赦のない、アリスメアー最高幹部の本気。
魔法を使わぬ圧倒的武力による制圧は、今まで戦った、戦えてきた三銃士よりも遥かに強く、高みにいる……今の自分たちでは、到底近寄れないステージにいる、強者。
兼ねてより、エーテはアリスメアーに狙われている。
共に戦う仲間が、守り合う仲間たちが、地に伏した今。彼女を救える存在は、いない。
「悪夢を育む祝福の仔。悪いが、生きてさえいればどうにでもなる……極論、脳髄と心臓があれば、な」
「っ、来ないでっ……ナハトさん……!」
「……配信という公の前で行動に移していることを、君は感謝するといい。闇討ちなどせず、正々堂々勝負をもって君に挑み、普段日常を許しているのだから」
「そんなの……っ、だからって!」
「納得いかないか。でも、いい加減、どうかな?そろそろ心の準備はできた頃合いだろう?」
「ッ、ッ……」
後一歩で、エーテの首に刀が届く───が、防がれる。
「絶対ダメぽふ!!」
「───そこを退け、陽だまりの妖精」
「やーぽふ!」
「ぽふるん!」
切っ先の前に、ぽふるんが立ちはだかる。敵との間に、ちゃんと魔力障壁を張って、か弱いながらも抵抗を。塵に等しい自信をもって、今度こそは守ると誓う。
忘れ形見を、見守るべき子を、共に戦う友を───…
魔法少女の全滅は、妖精の死に繋がるが。妖精の死は、魔法少女には反映されない。
共に犠牲になるのは、契約を持ち掛ける妖精のみ。
覚悟の決まったその顔に、ナハトは僅かに心が痛むが、もう止まれない。
───急所は外す。妖精に死なれるのは、不本意。
光の魔力障壁に刃を突き立て、袈裟斬りの要領で破壊。その勢いを止めずに、ぽふるんごと、リリーエーテに手を下さんとした、その時。
ナハトの背後で───とある妖精の魔力が、爆発した。
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あー、やりづれ〜。後輩を切り刻んだり蹴り入れたり、痛い目に合わせるのが、どうも心苦しい。じゃあやるなよバカがって話なんだけど、そうもいかないじゃん?
今の僕はマッドハッター、もといナハト・セレナーデ。
ムーンラピスじゃないんだから。
大丈夫。斬っても魔法で治せるし、もし奇跡が起きたら妖精パワーで回復できる。内出血も臓器破壊も、魔法さえあればどうにでもなる。
ここを乗り越えられたら、の話だし、こんな上手い展開逃すわけないけど。
2人ダウン、残り妖精2匹と重傷1人じゃ、ねぇ?
……あっ、この見た目?我ながら美人だよねぇ。大元はそこまで変わってないけど、ちょっと整形したらこんな顔かなって想像して作ってみたんだ。
まぁ、目撃されちゃったわけですが……そういうこともあるよね。墓花購入とお墓参り、あと遺品遺棄で遭遇した件は、マジの偶然。魔法少女の突発的な配信を読むのは、流石に無理でした……意を決して、僕の素顔を知っているリリーエーテとぽふるんに近付いたけど、なんの反応も、気付かれた予兆もなかったから、この偽装でも大丈夫だと確信はできたが。
面影そんなないもんな……微妙な細部はあるけど。僕の魔法技術は世界一、ってね。
……あれ似てね?って思われたい、なんて欲求は、別になかった筈だ。
名前の由来は、僕のイメージに合う語を合わせただけの単純なヤツだ。
特に凝ってない。夜の音楽、小夜曲。ダブってんね。
さて、そろそろ現実を見ようか……なんか、覚悟決めてぽふるんごと斬ろうとしたら、後ろで魔力大爆発。高魔力反応が確認できちゃったんですけど?
なんだこの爆発力……やだなぁ。振り向きたくね〜。
どうせ隠れてたもう一匹の仕業でしょー?いつの間にか見えなくなってたけど、こそこそ動いてたのはなんとなく把握できてたし……
ヨシ、覚悟決めた。後ろ振り向こ。尚この間二秒。
「───なんだ、それは」
視界に入ったのは、斜めに斬った慰霊碑の前に浮かぶ、ピンク色のクマの妖精。
それはいい。だが、柱となって立ち昇る魔力は、一体。
「げほっ、ごほっ……この石碑が、魔力を集めるのだって見抜いたのは、アナタでしょ」
「……そういえば、オマエに補給するとか言っていたか」
成程、霧散した魔力を集めて、慰霊碑の中にまだあった魔力も掻き集めて、その小さな身体に詰め込んだ、と……死にたいのか?内部から爆発して死ぬぞ、そのやり方は。
正直、この妖精……ほまるんには聞きたいことが無数にある。
奥の手っぽいな……行動に移される前に、聞きたいこと聞いておくか。
「まったく、君の行動力には驚かされる……いいだろう、魔力に身体を慣らしたまえ。ここまで気付かれずにやれた事実に、敬意を示そう」
「ありゃりゃ、ありがと。ちょっと助かるかも」
「ふん……それで。君だな?リリーライトの隠蔽の大元、原因は」
目下最大の問題……元相棒の実名を未だに思い出せない原因は、この妖精にあると僕は確信している。
あらゆる魔力偽造が、この妖精にかけられているから。
なにかを隠している───その繋がり自体は、僕の脳に干渉している認識阻害やらで気付けないのが痛いが、まだ掛けられていると実感できてるだけ、マシな方だろう。
わかるのにわからない。この苦痛は言い表し難い。
僕の追及に、急速に取り込んだ魔力に器を慣らしているほまるんが、汗を垂らして答える。
「正解。正確には、ぽふるんがかけたのだけど……今は、私が魔法の主導権を握ってるからね」
「ほう……」
「……ほまるん…?」
僕と妖精の問答に、へたり込むエーテちゃんが困惑顔で口を挟む。なに、仲間にも言ってなかったのか。そりゃあ言えないか……姉の名前を奪ってるようなもんだしな。
……うん、やっぱ違和感がすごい。なんなんだ、これ。
ほまるんを見ていると、胸がザワつく。それは以前から僕を苛む、不可解な気持ち悪さ。
リリーエーテ……穂花ちゃんの声に、心做しか心苦しい顔をして、ほまるんは言う。
「ごめんね。今まで言えなかったのは……言っちゃうと、認識阻害とか、そういう魔法が剥がれて、色んなところにバレちゃうかもでさ。中々ね。でも、もう大丈夫」
「……大丈夫、ぽふ?」
「うん。ありがとぽふるん。もう、十分───私の身体は治ったからね」
なにを言っているのかわからない。なのに、なぜだか、理解したくない。
気付いてはならない、扉を開けられそうな、不快感。
「ねぇ、エーテ」
「……なに?」
「私ね、す〜っごい不安だったんだ。アナタが魔法少女になるってなった時、期待とかよりも不安が強かったの……おっちょこちょいで、危なかっしい子が……私の家族が、悪夢と戦う世界なんて、クソだな〜、なんて思ったし」
「……え?いま、なんて……」
「……は?」
「アハハ。うん……つまりは、そういうこと。いい加減、嘘をつくのは……やめにしよっか」
今、こいつはなんて言った───家族?誰と、誰が?
いやな予感に脳が回転する。バラバラに散らばっていたパズルのピースが、漸く全て埋まって、一つの絵になる。そんな感覚が、現実逃避をしたがる脳にできる。
そんな、馬鹿な。だが、そうであれば───その言葉が真実であると、言うのであれば。
この妖精、は……
「……私も、自己紹介からやり直すね」
再び、魔力が爆発する。慰霊碑から吸い上げた、多くの人々の想いが、彼女に向けられた想いの一つ一つが、力になって後押ししている。
治療に専念していたのだろう。今までは肉体の修復と、魔力の回復にのみ使っていた他人の魔力を、妖精の器から本来の器へと戻していく。
人形の中に封じられた真実が、今ここで、露になる。
天を貫く光の柱が、ほまるんを包み込み、焼いていく。ピンク色のクマの身体がボロボロになっていき、代わりにその下に隠されていた秘密が姿を現す。
光の塊が、柱の中で蠢き、形を変えていく。
「私は……あの日死に損なった、 ただの生き残り」
もう、魔力の奔流で妖精の姿は見えない。でも、光の、極光の奥にある気配には、気付けた。
見覚えしかないマジカルステッキの、宝石が煌めく。
茜色の魔法石に、光が灯り───認識阻害を、隠された神秘を紐解く。
「あっ……あぁ、うそ、まさか……!」
リリーエーテの脳裏にも過ぎる、あの笑顔。黒く黒く、僕と同じように塗り潰されていた思い出が、漸く、魔法の呪縛から解き放たれる。
何度も呼んだあの名前が、大事な名前が、想起される。
───初めまして!今日からお隣さんになりました!
───ねぇねぇねぇなんでなんでなんで?
───ごめんなさい。お願いだから勉強教えて…このまま赤点取ったら死んじゃう…
───んひゃ、準備できたよー、ありゃ?
───うーちゃん♪
「……馬鹿な」
勢いよく振るわれた杖が、光を切り裂き……その全容を世界に晒す。
赤色のサイドテールを翻して、彼女は微笑む。
そんな、馬鹿な。ありえない。そんなこと……許されるわけがない。
理解を拒む現実を前に、僕はただ、瞠目するばかり。
だって、そうだろ?信じたくない。信じれるわけないに決まってる。
生きているかもと予想していても、予想は予想でしかなくて。
……今更だ。今更すぎる。
でも、僕の冷静な部分は、この現実を……肯定する。
今、そこに……僕の幼馴染が、大事な相棒が、戦友が。死んだと、失ったと思っていた彼女が、そこにいる。
手を伸ばしたくて、でも伸ばせなくて。
「今日から復帰しまーす、なんて」
悪夢に染められた紫色の空が、光に切り裂かれる。
見覚えのある顔が、引き締められた戦士の顔が、極光を背負って露になる。
煌めきを宿した聖剣が、偽りの顔に突きつけられた。
「───私は、“極光”のリリーライト。よろしくね」
───私、穂希!穂希ってゆーの!ね、あなたの名前を教えて?
かつての友───明園穂希が、生きた姿で悪夢になった僕の前に現れた。




