44-“蒐集家”ナハト・セレナーデ
「アッハッハッ!成程、自殺に見えちゃったか!まぁ〜、そりゃそうだよね!ごめんごめん!安心してよ、ほら……薬莢も何も入ってないからさ」
「あ、焦ったぁ……」
「紛らわしいのよ!!」
「ふぅ〜…」
「ありゃ、だいぶ深刻に受け止められてた?ごめんねぇ、心配かけちゃって」
「本当ですよ!」
「あとそれと銃刀法違反よ」
「大丈夫大丈夫」
「何処が?」
霊園に隠された秘密の墓地。そこで出会った季節外れのコートを羽織った女性は、木漏れ日の反射で煌めく銀髪をたなびかせながら、腹を抱えて笑っている。
危険物を奪い取ったコメットから拳銃を貰って、弾倉に銃弾が一発も入っていないことを証明して、また笑う。
あわや拳銃自殺かと飛びついた魔法少女たちは、呑気な女性に少しピリつくが、そういう人なのだと、半ば強引に受け入れる。
怪しいことこの上ないが、悪意のない女性に、どうやら毒気を抜かれてしまったらしい。
それでも訝しむ目を止めない少女たちに、女性はそりゃそうだよねとはにかみながら名乗りを上げる。
演じるように、吟じるように、世界を祝福するように。
「これもなにかの縁かな……名を名乗るよ。私はナハト。ナハト・セレナーデ。よろしくね」
「配信に乗っちゃいましたけど……」
「構わないとも。いえーい、これで私も有名人」
「ミーハーね…」
女性……ナハトと名乗った彼女は、暑くないの?と軽くコートの裾を引っ張るデイズに、代謝が終わってるんだと笑って答える。
証明するように手を合わせてやれば、あまりの冷たさに飛び跳ねるほど。
「放熱!」
「賢いね」
そのまま手を握って夏の熱を逃がそうとするデイズを、慌てたぽふるんが突き放して止める。流石に失礼過ぎると軽くお説教されてしまった。
気にしてないよと笑うナハトは、配信に流れる視聴者のコメントを盗み見る。
:夏なのに冷たい?妙だな…
:なにもわからない
:ネットリテラシーが終わってることだけはわかる
:偽名かもしれん
:かっこいい名前すぎん?
:芸名かな
「失礼なヤツらだな。ちゃんと偽名だよ」
:何処が失礼だったんや…
堂々と偽名宣言をして、そりゃそうかと頷かせてから、ナハトは視線を後ろに向ける。やけに寂しく感じる、白い墓石がそこにはある。
供えられた花は、先程花屋で買った……魔法少女たちが選んだ墓花の束。
「あの…ここって……」
「ん?」
エーテが控えめに問うのは、ここが霊園の管理人さえも把握していない場所だから。
その問を受けて、ナハトは何度か瞬きをして……
なにを言ってるんだと言わんばかりの顔で、こてん、と首を傾げた。
「? 何の話だい?」
「えっ、だから……このお墓、なんで和尚さんに知られてないのかな、って……」
「……ほほう」
再度指摘されて、漸く意味を理解したのか。傾けた首を今度は持ち上げ、空を仰ぐ。
微妙にブレた視線が、ナハトの動揺を物語る。
「あー、あぁ、あー、うん」
「ナハトさん?」
「なによ、後ろめたいことでもあるの?」
「……時に君たち、この銃に見覚えはあるかい」
「露骨に話を逸らしたわね……」
コメットの追撃から逃れる形で話題に挙げられたのは、先程の拳銃。見た目は至って普通の9mm拳銃。それ以外感想が出ようにもないのだが……
輪になって一緒に見ていた中、なんとほまるんが過剰に反応した。
「これっ!“戦車”の!?」
「え?」
「だいせーかーい。戦車の魔法少女、カドックバンカーの魔法で造られた拳銃だよ」
「なっ、嘘でしょ!?」
「本当なんだなぁ」
:ふぁ!?
:予想外の名前出てきてビビる
:残ってるの!?
魔法産の物は短時間で消えるものが殆どで、戦車の銃はその典型例だ。
つまり、残っているのはおかしいのだが……
「ハハッ、信憑性の低さは百も承知さ。でも、こう見えて私はコレクターでね。魔法少女が遺した遺物に対しては、かなり誠実な対応を心掛けている」
「蒐集してるってこと?」
「そゆこと。これは特別製だから、まだ残ってるわけ……そして、このお墓は」
説明の傍ら、ナハトは白い墓石に手を触れ───…
「宝箱さ」
ニヤリと笑って墓石を倒した。慌てる魔法少女たちや、妖精たちの視線は、墓石があった空間に吸い込まれて……そこに、たくさんのモノが入っている箱が見えた。
魔法少女の商売道具、マジカルステッキが折れた状態、欠けた状態のまま収められたスペースがあり、その隣には抜け落ちた純白の羽根、刀の破片、ペンダント、色褪せた楕円の片面鏡、綿が飛び出たぬいぐるみ、ハサミの片側、続きのない描きかけの画用紙、解けた数珠、使い込まれた電車図鑑、電源の入らないダイナミックマイク……何処か見覚えのある“思い出”が、魔法で拡張された箱へ無造作に収められていた。
蛮行の下に秘められた遺品の数々に、全員の開いた口が塞がらない。
「ちなみにこれ、墓石じゃなくて発泡スチロール。やけに頑丈で酸性雨も退けるけど」
「びっくりさせないでください!!いや、それよりも!」
「こ、これって……」
「あぁ……作ったのは私じゃないよ。私は引き継ぎさ……魔法少女の遺品を集めて、ここに収めて、こういい感じに供養してるのさ」
「最後ので台無しよ」
「草」
あっさりとネタばらしするナハトは、説明を求める声に恭しく応える。
「かつて、とある魔法少女は憂いた。多くの仲間を失い、最後の2人になった彼女は、自分以外にも強い魔法少女がいたという痕跡を残す為、それを自分が感じる為、ただの自己満足の為に、各地に散らばった遺品を集め始めた」
「悪夢に奪われたモノから、闇オークションにかけられたモノまで。合法非合法様々な手を使って、彼女は思い出を集め続けた」
「マジカルステッキ、消えずに残った顕現物、学生証から身分証、肉片や骨の一欠片に至るまで」
「遺族に渡せるモノは渡して、渡せないモノはこの空間に保管して」
「……ムーンラピス」
「正解。ここは、蒼月の彼女が自己満足の為に作り上げた亜種異空間。ちょっとした歪みでここの霊園と繋がって、結局間借りすることになってる……そういう場所さ」
「ちなみに、私はここの第一発見者であり、蒼月の意志を引き継いで遺物蒐集をしている、ただの酔狂な第三者」
「つまりは部外者!!」
「クソかしら」
「もっとマシな言い方あったと思うの」
「自認それでいいの……?」
「ラピス、そんなことしてたなんて…知らなかったぽふ」
「相棒なのに?」
「ぐふっ」
:ラピちゃん…
:あの子そんなことまで……
:いいこだなぁ
:成程なぁ
滔々と演説めいた口調で説明された話は、嘘偽りのない真実。蒼月の魔法少女が作り上げ、アリスメアーとの長居戦いの裏で集めた、遺品が収められた秘密の空間。
偶然それを見つけたナハトはその想いに感銘を受けて、こうして後を引き継ぐように遺品集めを行っている。
その拳銃も、魔力を頼りに見つけた、本物の遺品だ。
「……あれ?ってことは……ナハトさん、もしかして魔法使えるんですか!?」
「使えるよ?非合法なやり方だから説明しないし、したら後が面倒いからしないよ」
「ここ編集でカットしましょ」
「生配信なんだよなぁ。あとおねーさん、わかっててそれ言ってるでしょ」
「賢いな君」
「あたしのことバカにしてるよねぇ!!」
「うん」
「正直!!」
腕をぶんぶん回して抗議するデイズを片手で抑え込み、またカラカラと笑って9mm拳銃を遺品を集めた箱の中へ放り込む。
無造作に収納された銃は、確かにカドックバンカー産の魔法銃。先程の自殺未遂、実は銃弾関係なかったんじゃと脳裏を過ぎったリリーエーテだったが、まぁいいかと疑問を捨て去った。ジーッと箱の中を覗いていたほまるんを、ナハトは抱いてどかして、遺品をしまった箱に蓋をする。
発泡スチロールの墓石も戻して、指を振るうと……光の粒子が空を舞い、白い墓石をやさしく包む。
それは万物保護の魔法───どこまでも、いつまでも、大切なモノが守られるように。
「……さて、君たち」
「はい?」
「ここは秘密の場所───ただの部外者であれば、すぐに追い払うべきなのだけど」
「っ」
「君たちはれっきとした関係者。それどころか、うん……この空間に相応しい人物と言ってもいい」
「ナハトおねーさん…?」
「ククッ……リリーエーテ、手を」
「は、はぁ……?」
ナハトは憂いる目で、ギュッと握り拳にした手を開く。
「この墓地の鍵だ。好きに使うといい」
「……えっ!?」
「なっ、何言ってんのよあんた!」
「残念ながら、私にここを管理する資格はない。結局の所適任じゃないのさ。元より信頼できる誰かに譲るつもりであったんだし……まぁ、渡りに船ってヤツだ」
「で、でも……」
「……ちなみに、この墓には遺骨も入ってる。親御さんに手渡したモノの一欠片だけど、さっきの宝箱の底に、こうキューブ状の箱に収められてる。やったのは彼女だが……気に食わなければ海にでも撒くといい」
「できませんけど!?」
白銀色の鍵を手渡されて、とんでもないことを言われて慌てるエーテに、ナハトは笑みを返して、そのまま空間の外へと繋がる道へ行く。
引き留めようとする3人を、また笑って制する。
「さ、時間だ。余興はここまで───ここからは、君たち今を生きる者の物語。是非とも頑張ってくれ」
「……ナハト…さん?」
「この墓も、この空間も、全ては泡沫に消えゆくモノ」
「いつの日か、君たちが素敵な未来を掴めることを───素敵な夢の果てで、見させてもらうよ」
「ッ!」
季節外れの、冷たい一陣の風が吹いて───咲いていた白い花が空を舞い、花弁にナハトは包まれ、掻き消され、魔法のように消えてしまった。
何処か現実味のない光景に、少女たちは呆然する。
「ナハトさん……」
「……結局、よくわかんない人だったわ」
「不思議な人、だったね」
「……魔法少女じゃなくても、魔法って使えるの?その、アリスメアー以外でも」
「わかんないぽふ…」
ナハト・セレナーデという不思議な人物と、この空間。疑問になることばかりで首を傾げる一同は、花びらが舞う世界に暫く見蕩れるが……
その時、アクゥームの出現を報せる警報が、魔法少女の端末から鳴り響く。
:悪夢警報!?
:なんか不思議現象起きてる時になんか起きた!
:やばいやばいやばい!
:テレビが!
「なっ、なに!?」
「これは───慰霊碑のとこに、アクゥームが出た!?」
「早く行かないと!」
「んもぅ!ナハトのこともわかんないのに、次から次へと起きるのやめるぽふ!」
「みんな、こっち!飛んで行こう!」
「うんっ!」
ほまるんの先導で空を飛び、3人は異空間の外へ───先代が遺した宝箱は、戦場へ飛び立つ後輩たちを見送る。この箱が、悪夢に埋もれた棺が埋まらないように。新たな埋蔵物ができあがらないように、ただ祈る。
開け放たれた箱庭は、月の恩光の代わりに、夢の祝福を授かった。
蒐集家を名乗る誰かの想いを、夢の中に置き去って。
「焦ったぁ……鉢合わせるつもりはなかったんだけど……巡り合わせは本当に恐ろしいねぇ」
「危うし危うし。でも、まぁ……これもまた縁だ」
悠然と空を歩く人影───ナハト・セレナーデを名乗る何某は、不用品となった棺を現役の魔法少女に譲り渡し、身軽となって独り笑う。
眼下の暴動、散り散りになって逃げる有象無象を笑って見下ろす。
「……いっそのこと、この顔、使っちゃうか」
巨大化した己の半身が暴れるその様を、道すがら買ったフラペチーノを片手に応援しながら。
蒐集家気取りの女、その正体は───語るまでもないと思うが、まだ内緒。




