43-お墓参り
新キャラが出ます
8月15日───“終戦の日”と呼ばれるこの日は、此方の世界線では二つの意味を持つ。
第二次世界大戦の終結、そしてアリスメアーの崩壊だ。
二年前、記念すべきこの日に魔法少女は【悪夢】を一度打ち倒した。真夏でありながら、真冬のような寒さの暗い世界に変わったあの日。リリーライトとムーンラピスが、当時最後の魔法少女である2人が死んだ、追悼日。
かれこれ二年間、2人を筆頭に殉職した魔法少女たちの追悼をする“祈念日”なのだが……今年は、その意味合いが少し変わる。
アリスメアーの復活と、悪夢に君臨する女王の存命が、二年の年月を経て判明したのだから。
「配信しましょ」
「えっ、お墓参りを?」
「正確にはその準備よ。生中継は不謹慎だって言われそうでしょ……いや、ワンチャン需要あるのかしら。例えば、遠方にいる人も参加できる、みたいに」
「それこそいらないでしょ……テレビでいいじゃん」
「それはそれ、よ」
「え〜?」
穂花にとっては姉が亡くなった日。唯一の肉親の為に、お墓参りに行くのは当然だ。
……魔法少女というネームバリューが邪魔だが。
「それって慰霊碑行く場合でしょ?行かないよ?今日は、ちょっと前……一年半ぐらい前に買った、個人的なお墓にお参りするんだし」
「待って墓買ってたのあなた」
「お姉ちゃんとお姉さんが入ってるよ。いや、遺骨とかはないんだけど……こう、形だけでも欲しくってさ」
「……お金はどっから出したのよ」
「お姉ちゃんの貯金。国から夢魔討伐のお礼ってことで、結構なお金が魔法少女のサイトに入るじゃん?そっから、こう……ね?」
ここ二年間、テレビでは生放送で追悼が行われており、天皇まで出席して執り行う。正確には魔法少女だけでなく戦争の追悼も執り行わなければならない為、かなりキツいスケジュールになるのだが。
「何の話ー?」
「これからお墓参り行くって話〜」
「! きららも行く!」
「いーよ」
今年も慰霊碑で追悼が行われるのだが、穂花は個人的に購入したお墓に行く模様。形だけだが、そこに2人の姉が眠っていると思って、今年も行く。
そこまで遠くもない、夢ヶ丘の墓地にあるお墓だ。
激戦区の中央だった場所には大きな慰霊碑があるが……そこには行かない。
魔法少女的には行くべきなのかもしれないが、そこまで体裁を気にする気は彼女にはない。
「……それこそ配信すべきじゃないかしら。こう、今日はここでお祈りする、ってのを視聴者に確認してもらって、公の場に出ないことを周知してもらうの」
「あー、成程。ぶっちゃけ、テレビから演説くださいって依頼があったけど、全部無視しちゃった後だから、だいぶアレだけど」
「聞いてないんだけど……?」
「初めて言ったからね!」
「しばくわよ」
「ごめんて」
それから色々議論を重ねて、魔法少女たちはお墓参りを配信することにした。認識阻害である程度のプライバシーは守られる為、お墓の場所は誤魔化せる筈だ。
軽い気持ちでそう判断すれば、妖精からもゴーサイン。
かくして、魔法少女たちによる、異例のお墓参り配信が始まることになった。
「今日はお墓参りするよ〜」
「あのでっかい慰霊碑は後でこっそり行くわ。生中継とは被らないようにするから、そこは安心しなさい」
「よろしくー!」
:いちこめ!
:個人のお墓参り?いいんじゃない?
:最近日常配信多くて嬉しい
:黙祷する準備はできてるぞ!
:誰のお墓?
「リリーライトとムーンラピスのだよ。個人的に、2人は同じお墓がいいかなって」
「ちなみに買ったらしいわ」
:すごい
:お姉さんたちのか…なら行かなきゃな
:ええ子や…
魔法でぷかぷか浮かぶカメラを従えて、3人は夢ヶ丘の名の通りの坂道を降り、小さな花屋の門戸を叩く。
まずはお墓に供える花を購入するのだ。
事前にアポイントを取っていた女店主にお礼を言って、3人と妖精たちは花を選ぶ。
「今年はなににしよっかな〜」
「わざわざ変えてるのね……まぁ、そういうものかしら」
「ふんふん、あたしはこれがいいと思う!」
「それ墓花じゃないよ。そんな派手なお花じゃないから。間違えちゃダメだよ」
「へぇ〜」
紆余曲折あって、結局色々な墓花が揃ったお供え花束を購入した。
……否、しようとした、その時。
───申し訳ございません!ただいま貸切でして…
───えっ、そうなの?貸切制度とかあったんだここ……仕方ない、出直すよ。
お店の外から、店員と女性の声が配信に乗った。
「貸切だったのここ」
「個人情報とかあるじゃない……モザイクかかるから多分問題ないけど」
「うーん、なら大丈夫なんじゃない?」
:あー、人来ちゃったか
:これはしゃーない
:ゲスト枠(一般人)でどうよ
:罪深いぞ
:ゆるる…
強引に追い返すのもよくないと思ったリリーエーテは、お客さんが帰ってしまう前に呼び止めようと、花屋の扉に手をかけた。
「あの───えっ」
「うん?おや、魔法少女……成程、そういう」
「美人さんだ…」
「外人さんかしら……」
踵を返しかけていた客は、くるりと振り向いてエーテと向き合う。ふわりとした銀髪を腰まで伸ばした、青い瞳の綺麗なお姉さん。何故かコートを羽織っている季節外れの服装だが、それ以外はおかしくない美人がそこにいた。
ラフな服の上に茶色いコートを羽織った客に、エーテは謎の既視感を覚えたが……すぐに気の所為だと首を振って女性を招き入れる。
「ごめんなさい、お姉さんがよければどうですか?配信でちょっとアレですけど……なっ、なるべく映さないように頑張るので……」
「ふふっ、そこまで配慮しなくてもいーよ。でもお気遣いありがとうね」
「えへへ」
:美人さんや
:イケメン美女!?
:かわいい
「……あれっ!?エーテ!モザイクかかってないぽふっ!えっえっなんで!?」
「……えっ!?」
「おや?」
この時謎の不具合が発生。何故か、女性にはモザイクが適応されず、素顔や素の声が晒されてしまったのだ。一応許可を取って花屋の店員にも確かめたのだが、彼女たちはしっかり隠されていた。
何故か認識阻害が機能しないことにまた慌てて謝るが、女性は特に気にしていない様子。
なにをやっても素顔が配信に載ってしまう……なんなら自ら映りに行っていた。
「いーよいーよ。別に減るもんじゃないし」
「で、でも……」
「そんな畏まる?えー、じゃあ私のお花、選んでくれる?お墓参りに行くからさ」
そんな提案でいいのかと3人は飛びついて、少し悩んで自分たちが買うのとは別の花束を選択。色合いもよくて、銀髪の彼女が好みそうなのを自己解釈で選んだ。
なるべく配信には載らないよう、首から上を画角の外へ隠すように撮影。それでなんとか対応している妖精たちを余所に、エーテから花束を受け取った女性はお礼を言ってレジへ向かう。
「あの子たちの分も会計で」
「えっ、ちょ、それはダメですって!」
「これも何かの縁さ。はい、ありがとう……お小遣いだ、お釣りもあげるよ」
「いらないです!!」
不手際で配信に載せて、それにお花を買わせてしまう。そこまでされるのはよくないと、女性に迷惑をかけすぎてダメだと静止するが、女性は止まらず、しっかりと両手に小銭を握らせた。
強引だが、有無を言わさぬ雰囲気が少しだけあった。
何処か覚えのあるそれにまた既視感を抱くエーテだが、それに辿り着く前に女性が笑う。
「なーに、ただの善行さ。たまにはこーゆーことをして、口うるさい霊魂共にこいついいやつかも?って納得させて成仏してもらうんだよ」
「それ絶対ダメなタイプの解釈!!」
「アハハ」
からからと一通り笑ってから、女性は手を軽く振る。
「それじゃあ、ここでお暇させてもらうよ。ありがとね。いい思い出ができたよ」
「こっちこそごめんなさい!」
「お花、ありがとうございます」
「ゴチになりまーす」
「頑張ってね」
正直なデイズを叩くのを見てまた笑われて、ほんの少し恥ずかしい気持ちになったのを隠す。なんだか、漠然と、この人には見られたくなかったと思って。
そんなエーテの内心を余所に、女性は店外へ。意図せぬ乱入ではあったが、無事危機を乗り越えた。
最後まで気分を害さず、快い対応をしてくれた女性にはただただ感謝である。
軌道修正して。
「それじゃあ、私の買ったお墓に行くよ!!」
「ゴリ押しね……」
「あははー。まま、あんなことがあったらそーなるよね。次は気をつけよ!」
「……うーん、やっぱりわかんないぽふ。なんでモザイク機能しなかったぽふ?」
「おねーさんが不思議な人だったからじゃない?だって、こんな暑いのにコート着てたぐらいだし」
「あぁ」
「こら」
失礼な発言をしたほまるんとコメットを軽く叱責して、魔法少女一行は、慰霊碑がある盆地に程近い丘に置かれたお墓を目指す。
花屋の店員たちにもお礼を言って、彼女たちは炎天下の外に出た。
「あつい」
「……ねぇ、やっぱりおかしいわよ。この暑さでコート?見てて暑いわ」
「すごい人もいるんだねぇ〜。汗かいてなかったもん」
改めてあの女性の異常さに眉を顰めながら、それ以上は追及せずに移動する……
꧁:✦✧✦:꧂
霊園にやってきた魔法少女一行。そこは地元でも有数の由緒正しき墓地であり、ここにリリーエーテが購入した、姉2人のお墓がある。
管理人に挨拶をしてから、3人は墓地へ。
目的の墓石は霊園の少し奥まったところにあり、流れる汗を拭いながらなんとか到着。灰色の墓石の枯葉を払い、水で洗って綺麗にして墓花を供える。
最後に線香を灯して、合掌。
「……」
「……」
「……」
「……よし!お墓参り終わり!お姉ちゃんたちもしっかり成仏してくれた、はず!」
「酷い言い草ね……」
「記憶に干渉してる時点で生霊じゃん!!思い出せないの絶対そうでしょ!!」
「それが結論でよかったの!?」
「うん!!」
「あちゃー」
「ぽふ…」
墓参りの真実はこれである。先日の恐怖体験がエーテの後を引き摺っていた。
供養をしてしっかり成仏してもらって、これで安心。
そう思いたいのに、やっぱり名前は思い出せない。未だ成仏できてないようだ。
「う〜!」
:落ち着いて
:幽霊は怖いもんな
:化けてでもでてきて欲しいけど
:嫌だよ透けてるの
:南無阿弥陀仏…
取り敢えず、お墓参りはここで終わり。無事に終了、と配信を切ろうとした、その時。
エーテの視界の奥の奥に、小高い丘を登る女の後ろ姿が小さく映った。
「あれ、さっきのお姉さんだ」
「えっ?どこ?」
「あっち。あの高いとこ……和尚さん、あっちにお墓ってありましたっけ?」
「はて……」
管理人曰く、あの小高い丘にあるのはただの雑木林……滅多に手入れはしないが、見られても困らない程度に軽く整えられた木々が生えているのだとか。
なにもないとされる“そこ”に立ち寄る、花屋で出会った謎の女性。
「怪しいわね」
「なにかあるのかな…」
「……行ってみる?」
「GO!」
:探検だ
:さっきのお姉さん!?
:一目惚れしました結婚してください
:↑吊るせ
興味を持った3人は、妖精たちの静止も無視して突撃。配信でモザイクがかからなかったのも相まって、怪しさが天元突破。
こっそり後をつけて、3人は丘を登って雑木林へ。
軽く舗装された砂利道を通って、木漏れ日を浴びながら通り抜ければ。
不自然に切り開かれた空間が、少女たちの眼前に明るく広がった。
「ここは…」
「……みんな、魔力反応ぽふ」
「え?」
小さな異変に気付いたぽふるん曰く、この辺り一帯に、魔法がかけられている痕跡があるのだという。その言葉に驚き、視線を前にやったところで……先程まで認識できていなかった、二つのモノに皆が気付く。
名称不明の白い花が咲き乱れ、その草の上に整えられた小さな白いお墓があって……そこに花を供える、草臥れた茶色いコートの女性がいた。
後ろ姿の謎の彼女は、銀髪をたなびかせ───懐から、拳銃を取り出した。
「えっ」
日本では見慣れぬ銃器を、彼女はこめかみに当てた。
「ダメー!!」
「銃刀法違反ッッ!!」
「現行犯っー!!」
「えっ」
皆で咄嗟に飛び付いて、女性を押し倒したのは……まぁ仕方ない。
「どわー!?なになになに、どうした!?」
押し倒した女性───後にナハト・セレナーデと名乗る不可解な存在は、焦った顔の3人を受け止め、心の底から不思議そうに首を傾げるのだった。




