41-例え今は、思い出せずとも
いつもの繋ぎ回
視点変わります
「チッ……隔離施設がもぬけの殻だ」
「仕方あるまい。要らぬ負債を抱えたままでは、なぁ……我らの巡礼に、積荷は少ない方がいい。許せ、うるるー。オマエの気持ちはよくわかる」
「……理解はしたが納得はしていない」
「それでもいい」
玉座に腰掛け頬杖を突き、舌打ちと溜め息のコーラスを奏でる僕の膝の上で、心做しか申し訳なさそうに縮こまるリデル。うん、言いたいことはわかる。わかるけど、まだ納得できない……後援会所属のセンパイたちに仕返しするいいチャンスだったのに。
十分やったって?まぁそうかもしれないけど……ねぇ。
……あぁ、そうだ。後でビルに謝罪しないと。あんなに悪役買って出てくれたのに、こんな結果に終わるなんて。折角捕獲作業に従事てくれたのに、こんなんじゃねぇ……特別賞与でも出すべきかしら。
いい位置に置かれたリデルの頭を撫でて、その柔らかい触り心地に若干の嫉妬を覚えながら……頑張って、渦巻く負の感情を制御する。
受け入れろ、落ち着け。あんまカッカすると禿げるぞ。
ただでさえ細胞死んでるゾンビなんだから、毛根なんて貴重なんだ。ここは耐え忍ぶべし。ストレス発散にはこのちびっこサイズ女王サマを使えば尚良。
……やわっこいなぁ、こいつ。永遠に弱体化してろ。
「だが、収穫はあったな」
「……あぁ、うん。そうだね」
「不満そうだな」
「まぁ……」
そう……今回唯一の収穫は、リリーライトの本名喪失が僕だけの問題ではなかったということ。妹である穂花も、同じように名前を思い出せていなかった。
これで僕単体への干渉ではなく、あいつ本人に作用した認識阻害だと判明した。
うん、第一歩、というか王手をかけられた……これでも裏で調べてたからね。
元凶はあの妖精どもだ。なにしてやがるぽふるん。
今日の件も悪いのはあいつだし。どんだけ僕の頑張って考えた最強の計画を失敗に導くつもりなのか。うん、後でビンタしてなでなでして、もふもふしても許されるんじゃないだろうか。
はぁ……嫌な予感は当たるもの。変に認識操作されてることにも気付いた時には、発狂よりもドン引きの方が先に来たよ。
「……そろそろあの時期か」
このタイミングで、帽子屋様も次のステージに行くべきかもしれない。や、その前になんどか対戦して、帽子頭のイメージを定着させとこう。画面外の戦いしとこ。
それなりに三銃士も善戦してるんだけどねぇ……今度は僕が出撃しようね。
勝たないけど、いい感じに苦戦させてやる……そのまま成長してくれれば、どっちにしろ御の字だから。
使えないなら切り捨てるし、使えるなら使うとも。
そして、必ずあの女を見つけ出す。どっかで生きてる、そう確信できたから。
───うーちゃん!
あぁ、覚えてるとも。例え、今じゃ思い出せなくても、いつかは。
……そういえば。
例のおばさんsを入れた夢結晶、溶かさないでそのまま手渡しちゃったけど……ちゃんと解凍できたのかな?
うん、できてることを祈ろう。そして二度と起きるな。
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───夢ヶ丘総合病院。悪夢災害と呼ばれる、【悪夢】の悪影響によって倒れた人を治療する設備までもが整った、国内有数の医療現場。今日からここに、新たに9人の悪夢被害者が入院治療することになった。
魔法少女後援会所属の、引退した魔法少女たち。
夢の結晶に閉じ込められていたのだが、リリーエーテの夢魔法とハニーデイズの花魔法による強力な浄化作用で、なんとか解放された……ただ、未だ意識は悪夢に囚われたまま、目が覚めることはない。
その手に一過言ある病院から頭を下げられてまで、無事取り戻せた先輩たちを託した新世代の3人。
偉業を成し遂げた彼女たちは、今───明園家にいた。
正確には、その地下室。“蒼月”のムーンラピスが遺した魔法兵器が眠る、その部屋に。
「なんて物騒な……なにかしら、これ」
「うわぁ、すっごい……」
「いつ見てもヤバいとこぽふ……」
「あはは〜」
綺麗に陳列された、作り主の丁寧さが垣間見れるそれを呆然と眺める戦友たちと、相変わらずの出来にほんの少し戦々恐々としている妖精と和やかに笑っている妖精たちを余所に、穂花は眉をひそめて魔法兵器を眺めている。
脳裏に色濃く残った記憶を振り返って、思い出す為に。
悪夢の最高幹部マッドハッターからの問い掛けによって判明した特大の謎。
自身の姉の名を思い出せない、顔さえも思い出せない。
その異常をなんとか解決しようと、穂花は必死になってここにいた。
危険な地下室にいるのは……今まで総当たりした結果、最後に行き着いたところだから。
「まさかアルバムまで見れないなんて……」
本来なら姉の素顔が見れる筈のアルバムですら、何故か顔の部分に黒い影がかかって、どうも見ることができずにいた。黒塗りのそれは魔法由来のようで、奇妙に写真の中を蠢いていた。
自分だけでなく、一緒に見た蒼生ときらら、妖精たちも同じように認識できなかった。
地下室の魔法兵器はあまり触りたくないが、まだ一応、見るだけなら害はない。
「う〜ん。全ッ然、思い出せない!」
穂花は頭を抱えて、違法改造された地下室に蹲る。
敵に指摘されるまで気付けなかった異常。自力で記憶を思い起こそうにも、中々思い通りには行かず。
衝動的に機械仕掛けの魔法を叩こうとして、止まる。
危うく暴発からの=死になるところだった。簡単に人が死ねる代物を遺して、満足に後始末もできない環境を家主の許可なく作ったもう一人の姉が今は忌まわしい。
「潤空姉……」
そう、それがおかしいのだ。実の姉の名前はどうしても思い出せないのに、姉のような顔馴染みの名前、その姿は簡単に思い描けるのだ。
リリーライトだけ、そうなっていた。
あまりの奇妙さに気味の悪さを感じながら、穂花たちは一旦捜索を中断する。
唯一だった肉親の喪失は、今でも苦しい。それなのに、忘れてしまっている。
忘却への恐怖と疑問、それらを抱えて穂花は曇る。
このまま思い出せないまま、【悪夢】に勝って、自分は心から笑えるだろうか。
「……そう弱気になるんじゃないわよ」
「そーそ!なにも知らないあたしたちが言うの、ちょっとおかしいかも、だけど……なんとかなるって。ううんっ、みんなでなんとかしよ?」
「2人とも…」
励ます蒼生ときららの声が、穂花の沈んだ心を浮かす。例えなにがあっても、彼女たちが傍にいる。どんな時でも助け合える、手を取り合える仲間たち。
弱気になりやすい穂花を、仕方ない目で見ながら、絶対手を放さないでくれる友人たち。
嬉しくて涙ぐんだ穂花は、頬をパチンッと叩いて、一瞬揺らいだ芯を持ち直す。
何度もくじくじしていては、示しがつかないから。
「ありがと、2人とも!」
「お互い様、ってやつだね!」
「別にいいわ。穂花ったら、すーぐにくよくよしちゃうんだから」
「ひど〜」
和気藹々と楽しく笑う3人を、ぽふるんとほまるんは、何処か安心した顔で遠くから眺めていた。
危険地帯の真ん中で手を握り合う、その光景を。
「……ねぇ、ぽふるん」
「わかってるぽふ。大丈夫。ホノカたちは、強くなった。ぼくたちの不安も全部置いてって、笑顔でいれるぐらいに成長した……」
「うん」
ほまるんの背を摩って、ぽふるんは感慨深げに頷く。
「もう少し、もう少しだから。魔力も、もうちょっと……それまでの辛抱ぽふ」
「わかってる。わかってるよ……」
生きた心地のしない感覚に、暗い気持ちに苛まれて。
「……ごめんね」
申し訳なさそうに呟かれた声は、暗澹とした夢の中へと溶けて消えた。
───それから。心機一転した魔法少女たちは、変わらずアリスメアーとの激闘に明け暮れる。新たなアクゥーム、三銃士の魔法、幹部補佐の横槍、そして最高幹部、狂った帽子屋との度重なる死闘。
経験を積んで、着々とスキルアップして───悪夢との死闘を乗り越える。
そして、8月───全てが終結した、運命の日を前に。
魔法少女たちの物語、【夢】と【悪夢】を巡る運命が、大きく揺れ動く───…
でも、その前に。
「……ねぇ、ところで。あの子たち、なんで取っ組み合い始めてるの?」
「えっ、あっ……えーっ!?」
おあとがよろしいようで。




