40-狂った帽子屋の問い掛け
───7年前。西洋のとある街が【悪夢】に飲み込まれ、外界から完全に隔絶された。正体不明の怪奇現象は、後に世界全土を巻き込む怪物たちとの戦いに発展し。
日本という遠い地を舞台に、二つの【夢】は激闘した。
幾つかの街や国が【悪夢】に沈んでから、漸くこちらの世界に干渉できるようになった“夢の国”から、妖精たちが各地に派遣され、アクゥームに対抗できる、魔力をもった少女たちに力を与え、共に戦うよう契約した。
妖精と魔法少女は一心同体。魔法少女が死ねば契約した妖精も死ぬ。そうまでしてでも妖精たちは、“夢の国”は、【悪夢】の侵攻を食い止めたかった。
魔法少女が増えれば増えるほど、妖精は減っていく。
そうして生まれた連鎖は、5年もの歳月を経て、日本を最後に終結した。
妖精一匹と魔法少女2人の尽力により、【悪夢】は遂に打ち負かされたのだ。
多大な犠牲を払って、束の間の平穏が夜に齎された。
惨劇から二年経った春、新生したアリスメアーが新たな戦力を引き連れて現れるまでは。
꧁:✦✧✦:꧂
マリオネット・アクゥーム───魔法少女後援会に潜む異常を隠蔽する為に作られ、地下に秘匿された大人たちの悪夢から生まれた怪物。支配領域を旅館内のみと限定し、範囲内の生命体を糸で操り、生き人形にする能力を有する個体。本来ならば、侵入者は手も足も出ず、接敵と同時に生き人形へと改造されていた筈、だったのだが。
目覚めの妖精ぽふるんの魔法干渉により、半ば暴走。
支配領域内に存在する魔法使いの、固有魔法のみを完全封印する、第二の罠のみを最大限機能させるというバグを引き起こした。
その結果、異変に気付いた魔法少女たちに足を掬われ、討伐されてしまった。
だが───後援会所属の元魔法少女を解放したくない、半永久的に利用したい帽子屋は、最後の悪足掻きで新たなユメエネルギーを配下である幹部補佐に譲渡。
覚醒させ、再利用された夢魔は、巨神の暴力人形として再誕する。
全ては魔法少女を倒す為。帽子屋の計画、その未来図を妨害するであろう若き戦士たちを沈黙させる為に、人形は都心の大地を踏み締め、圧倒的暴力で勝利を目指す。
過去に失われた、蒼月によって復活した魔法と共に。
───地震魔法<ドンガラガララ>
デッサンマネキンの一挙一動が、大きな地震を起こして大地を揺らす。立っているのもままならない程の振動に、魔法少女たちは空中を飛んで回避。空気に伝わる振動にも警戒して、回転回避を駆使して空を駆ける。
更に上空から飛来する魔法の数々が、魔法少女を苦しめ翻弄する。
空中に浮かび上がった魔法陣は、の砲門。
───銀魔法<キル・アルジェー>
───音魔法<デスボイス・メロディー>
───炎魔法<瞋恚>
上空から降り注ぐ魔法の嵐を、魔法少女は各々の魔法で迎撃しながら頂上を目指す。
「投げナイフなんて、こうだ!」
「爆音なんか、近所迷惑のだけで十分よ!!」
「あっつーい!でもへっちゃらだもん!」
アクゥームの魔力供給源であるメードを叩き落として、その力を大きく削ごうと挑む3人の勇ましさ、変わらない勇猛さにメードは無表情の下で歯噛みする。
二度目の対戦だが、巨大な敵を前に怯まない精神性は、確かに評価すべきもの。
だが、まだ中学生がここまで覚悟を決めないといけない戦いになるなんて……酷い世の中になったものだ。自分の立場とやっていることを余所に、メードは内心そんな風に考えていた。クズである。
「ただ魔法を撃ってはダメ、ここから動いても魔力供給が途切れてダメ……ふむ、どう致しましょうか」
「考えるのダルいから降りなよ!」
「大変魅力的な提案。ですがそうもいかないのが社会人の辛いところ」
ハニーデイズの叫びを軽く受け流して、メードは人形へ新たな命令を下す。
「耐火付与……アクゥーム、焼き尽くしなさい」
───ゴゴゴゴゴ…
自身に降り掛かる炎の熱、熱さを遮断する魔法をかけ、木を軋ませる音で返事をしたマリオネット・アクゥームに炎魔法を使用させる。それは先程までと同じ、地獄の炎を現世に呼び起こす魔法。その炎を地上へ放つのではなく、なんとメードはアクゥーム自身に纏わせる。
ゴォっと音を立てて、黒い炎が木製の躯体を駆け回り、業火と人形は一つになる。
「これじゃ近付けないっ」
「なんでそれで燃えないのよ!」
「熱っ〜!」
燃える腕の大振りをギリギリで回避して、近付くだけで肌が痛み、呼吸がしづらくなる……自傷覚悟で突撃しない限り、接近戦は困難だと確信してしまう。
勿論のこと、治癒の魔法で火傷はなんとかできるのかもしれないが……
例え魔力でコーティングしようにも、すぐさま魔法ごと焼き尽くされ、死んでしまうであろう未来は、その火力を見れば十分わかる。
ならば、遠距離から、炎も人形も、諸共全てを破壊する魔法を使うしかない。
「っ、みんな!」
「えぇ───ドリームアップ!マジカルチェンジ!」
「大丈夫、行けるよ!」
灼熱で至近距離の建物が焼き溶ける光景を見せつけられながら、3人はドリームスタイルに変身。更に強化された魔法をもって、炎を突破する。
想いの力で現実を上書きし、夢を現実にする夢魔法……若しくは夢想魔法。
世界に輝きを齎し、皆の想いを届ける星魔法。
全てをやさしく包む、希望の花を咲かす花魔法。
三つの魔法を重ね合わせ、炎をも乗り越える力へ。
右腕の肩関節目掛けて放たれた三属性の魔法は、業火に焼かれながらも直進を緩めず、見事狙った部位に着弾……その威力は凄まじく、見事右腕を破壊することに成功。
落ちる腕の破片は花魔法の絨毯でやさしく包み込んで、延焼を防ぐ名目で、近くに広がっていた海岸へと無造作に放り投げられた。
魔法に包まれたお陰で、水蒸気爆発は起きなかった。
「何気に危なかったんじゃ……」
「だっ、だいじょーぶ!ほら、なんともないし!」
「なにかあっても魔法でなんとかなるでしょ。そこら辺は妖精たちの得意分野よ」
「私たち後始末屋じゃないよ?」
「ぽふ〜、何気に難しいことを……いや、ぼくが頑張ればなんとか……なる?」
:先生!水飛沫で車が濡れてます!
:あーっ!港がびしょびしょに!
:損害請求はアリスメアーでいいだろ
:燃やす方が悪い
二次被害からは目を逸らして、魔法少女たちは更に上へ上へと飛翔。片腕を失ったマリオネット・アクゥームは、奪って再現した魔法で妨害を試みるが、やはり避けられて上を取られてしまう。
燃える人形の上、メードは敵を見上げて舌打ちを一つ。
「再構築機能はないのですが……まぁ、許容範囲内です。このまま行きましょう。アクゥーム、魔法を空へ、そして四方八方へばら撒きなさい」
「あっ、それズルい!」
「正義感の強い貴女たちには効果的でしょう。いくら後で直るからといって、破壊を許容するわけにもいかない……違いますか?」
「性格悪いわねッ……エーテ!さっさと決めましょう!」
「うん!」
───切断魔法<アマツダチ>
───貫通魔法<ラスト・ペネトレイター>
───爆弾魔法<ボンバー・ドーン>
───夢想魔法<デイドリーム・バスター>
ばら撒かれた魔法の数々はリリーエーテが分身する形で広範囲をカバーして、一つ一つを丁寧に、都心を無意味に破壊されないように防御する。
無論、波状攻撃のように連続で撃ち放たれるが……
夢の魔法を爆破させることで相殺すれば、まだなんとか耐え切れる。
ここで3人は方針を変更……ドリームスタイルの力で、一気にケリをつける道を選ぶ。
「今のうち!」
「えぇ!星魔法<ブルー・シューティングスター>!」
「あたしも続くよー!花魔法、詠唱略!」
「雑ぅ」
エーテが奮闘している隙に、コメットがメードに向けて星魔法を発動。星槍で空間を引き裂き、目が追いつかない速度でメードと燃えるアクゥームに急接近。
そこで更に、デイズは大輪の向日葵を大量召喚、茶色の筒状花から光線を発射。
メードは対抗して障壁を貼ろうとするが、追いつかず。
「これはっ」
頭上から、そしてエーテの追撃の夢想魔法が胴体各所へ降り注ぎ……マリオネット・アクゥームは、全身を魔法に破壊されながら爆炎を吹き上げる。
木屑が飛び散り、火の粉が荒ぶ……強烈な破壊音を躯体全身から轟かせ、最早その姿は炎と煙の向こう側。
だが、そこで魔法少女は油断せず、容赦なく追撃し。
足元から頭上まで、魔法の嵐が絶え間なく撃ち込まれ、破壊されていく。
苦し紛れに魔法を放つが、全て相殺され。アクゥームは一方的に嬲られて……
───ゴッ、ゴゴ、ゴゴゴ…
音にならない悲鳴をあげ、限界を示したところで。
3人は、本日二度目、悪夢を完全浄化させる希望の力をぶち当てる。
「“青く輝く彗星よ”!」
「“光に満ちた、天の花園より”!」
「“祝福を届けたまえ”!」
「「「───奇跡重奏!<ウェイクアップ・ミラキュラスハイドリーム>!!」」」
トドメの一撃で、黒焦げ崩壊したアクゥームは夢の光に包まれて、浄化され。素材となった廃旅館は元の形、元の位置へ戻り、悪夢によって生み出された木偶人形は霧散し虚無へ帰っていく。
光の粒子となって、マリオネット・アクゥームは完全に討滅された。
「よし!」
:勝った!第三部完!
:おめでとー!
:今度こそおめでとう!
:魔法爆撃強ぇ〜
:戦車の再来
:オメ
歴史に新たな一ページを刻む。数ある大型アクゥームの中でも最新の、魔法による飽和攻撃を可能としていた巨神人形は、魔法少女たちの全力によって打ち倒された。
討伐されたアクゥームを背景に、3人は今度こそ笑顔のハイタッチ。
そして。
「魔力が練れない……死にましたかね、これは」
防衛に専念していたメードが、魔力制御ができない為に空を飛べず、アクゥームがいた場所から地面へ落下する。本来ならば大丈夫なのだが……流石に、魔法少女の全力の絨毯爆撃には防戦一方でキツかった。
黒い煤を顔につけたメードは、ぐちゃぐちゃになっても蘇生してもらえるかな〜と楽観視。
「ちょっ!」
「そう易々と死なせないわよッ……!」
「届かない〜!」
善性のある3人は、相手が敵であろうと構わず、慌ててメードを助け出そうとする、が……
「───手のかかる部下だな、オマエは」
「ぐっ」
空間に亀裂が走り、そこから伸びた手がメードの首元を掴んだ。
「ッ、あんたは……!」
邪悪な魔力を引き連れて、空に亀裂を開いて現れたのはアリスメアーの最高幹部、マッドハッター。
帽子頭に付けられた三白眼が、胡乱げに細められた。
「御機嫌よう、魔法少女諸君」
「マッドハッター……!」
「この人が……」
「ふむ。そうか、“祝福”、君とは初めましてであったか。吾輩はマッドハッター。夢貌の災神、女王の右腕にして、月を落とす夢の残骸……此の度、魔法少女後援会を人形の箱庭に変えた、全ての元凶である」
「ッ……」
そう、リリーエーテとマッドハッターはまだ初対面……恭しく一礼して、覚醒し、夢の力を思うがままに振る舞う魔法少女との出会いを祝す。
空間の亀裂にメードを引っ掛けて、自由になった両手を開いた。
「ここに来たのは理由があってだね……」
その手に、紫に光る結晶の欠片が複数浮かび上がる。
「魔法少女後援会の虫ケラ共……この結晶は、彼女たちを閉じ込めたそれの、一部を砕いた破片だ」
「ッ、ねぇ、先輩たちのこと、解放してくれない?」
「残念だが、それは頷けない申し出だな。ただ、まぁ……君が代わりに捕まると言うのであれば、考えなくもないのだが」
交換条件はすぐさま却下された。それが意味する所は、引退した魔法少女の解放はなにを言われようとも断固拒否だと言うこと。暖簾に腕押し、魔法少女の訴えは彼女には届かない。
何処までも旧世代を毛嫌いする彼女は、折角悪夢の底へ閉じ込めた結晶をなるべく手放したくなかった。
彼女の心情を語るのであれば───死んでないだけマシである。
「悪いけど、エーテはあげないわ」
「……ククッ、そうか。で、あれば。吾輩たちもこのまま帰らせてもらおう」
「ッ」
「と、言いたいところなのだが」
「え?」
元より承諾されるとは思っていない。マッドハッターは結晶を手の中に閉じ込め、手品のように魔法で消してから踵を返す。
そう帰る素振りをしてから、心の底から、本ッ当に残念そうな目付きで、指を弾く。
すると、マッドハッターの背後に魔法陣が出現する。
すわ戦闘かと3人が身構えると、マッドハッターは手で制して、魔法陣からあるモノを……結晶に閉じ込められた複数の女性たちを召喚した。
魔法少女のコスチュームを着せられ、悪夢の中に眠る、9人の元戦士を。
「その人たちは……!」
「おめでとう。君たちの奮闘を称えて、これは返そう……非常に、非常に残念なことだが」
「帽子屋様、何故」
「……リデルの決定だ。逆らう訳にもいかん。まったく、いらないなら捨てろだの……ゴミはゴミとて利用するだけ利用すれば利になると言うのに」
「……かしこまりました。女王陛下の判断に従います」
「ふんっ」
「わわっ!」
「ちょ、落ち、落ちる!!」
「重っ」
乱雑に、マッドハッターは捕らえた旧世代を結晶のまま放り捨てる。慌てた魔法少女たちと妖精たちが自分よりも大きい結晶を抱いたり背負ったり、魔法で浮かせて必死に回収している様を眺めながら、帽子屋は目を伏せる。
女王の決定。魔法少女への健闘を称えた、そう揶揄した断捨離。
思うところはあるが、事実、別に必要不可欠な存在ではない。
望むことなら、永遠に悪夢の中に閉じ込めたかったが。
「帰るぞ、メード」
「はい」
渋々欲を出すのを諦めて、マッドハッターは部下回収で満足することにした。空間の亀裂に足をかけ、悪夢の奥へ消えていく……
その直前に。
「あぁ、そういえば」
身体を捻り、後方を……リリーエーテを視界に収めて、ここに来たもう一つの目的を、忘れかけていたその疑問を彼女に問い掛ける。
「リリーエーテ、君に一つ聴きたい」
「……!」
「なに、そう警戒するな。聞くだけだ……君、姉の名前は言えるかね?」
突拍子もないその問い掛けに、エーテ、否、明園穂花は疑問符を浮かべて。
「なに、言っ…て……」
答えるわけもないそれを脳裏に思い浮かべた、その時。
「───あれ…?」
姉の名を、リリーの名を継いだ先代の魔法少女の名を、思い出せないことに気付く。
「エーテ?」
「どうしたの……?」
「……うそ…思い、出せない……お姉ちゃんの、名前」
「え?」
:え?
:どういうこと?
:お姉ちゃん……リリーライトのこと?
:ホンマに血縁やったんか
:?
脳裏を駆け巡る思い出の数々。忘れるわけもない、もう手に入らない記憶に、黒いシミが点々と浮かぶ。それは、姉の顔を、名前を、塗り潰すように広がっていて……
明園穂花は、今まで無意識に目を逸らしていた、残酷な真実に気付く。
「なっ、なにを……私になにをしたの!?」
痛む頭を抑えて、祝福された少女は帽子屋に吠える。
「否、吾輩はなにもしていない……していないからこそ、こうして君に問うたのだ。まぁ、その反応を見る限り……惜しくも、吾輩の懸念は当たっていたようだ」
「ッ、待って!!」
「じゃあな」
多くの人間に疑問を残して、マッドハッターは悪夢へと姿を晦ます。
薄らと目を細める、二匹の妖精を見つめながら。
最初は返さないルートだったのはここだけの秘密




