38-目覚めの妖精の大失敗
「死ぬかと思ったー!!」
「大分余裕ありそうな悲鳴だったけど」
「とにかく、無事でよかった……ねぇ、そっちにぽふるんいた?」
「うーうん。いなかった」
「そっかぁ…」
無事に合流した3人は、先にここに迷い込んだであろう契約妖精を助け出す為、再び旅館内の捜索に打って出る。勿論人形たちからの襲撃を警戒して、こっそりと。
音を立てないよう、なるべくゆっくり、周囲を見回してなにもいなければ飛んで移動……
それを幾度か繰り返して、途中移動する人形の後ろ姿や横を通って、なるべくエンカウントしないよう気を付けて行動する。
「あれ、本当に先輩たちなの?」
「わかんない……人形にされちゃったのかな」
「怖いのやめて?」
「多分本物じゃないから大丈夫じゃない?感じる魔力が、どうもアクゥームのそれと同じだし」
「そうなの!?」
「そうなの」
敵の正体を考察しつつ、半ば確信を持ちながら移動。
:でしょうね
:あいつらこんなホラーハウス作るん?
:箱庭作る怪人とかいたよな
:いたっけ
:いたかー?
「“迷宮憎悪”のことかな。街一つを迷宮にして、住人皆を元通りにできない怪物に変えて魔法少女に襲わせた、クソ野郎の筆頭格だよ」
「そいつちゃんと惨い死に方したんでしょうね」
「マレディフルーフが呪って、被害者全員分の魂が負ったダメージを返還して呪殺してたよ。あ、その後ちゃんと、マーチプリズが歌魔法で不可逆をなんとかして戻せる状態に変えて、被害者全員救出、ハッピーエンド!」
「なにそれすっごい」
「真似できる気がしないけど……ねぇ、あの人形たちってもしかして……」
「あっ」
最悪な未来が脳裏を過ぎったが、ほまるんが大丈夫だと豪語する。
「大丈夫!あの人形たちは元人間……とかじゃないから!そこは安心して!」
「その根拠は!」
「見ればわかるもん!」
「はァ!?」
ほんの少し言い争いを挟みながらも、旅館の空き部屋を次々と開けては閉じて、ぽふるんや、万が一の場合一般人などが閉じ込められていないか確認しつつ捜索。
依然成果は出ず、徐々に焦燥感が湧き上がってくる。
「ぽふるん……!」
小さく呼び声をかけて、反応が来ないか期待して……
「イラッシャイマセ、オ客様」
呼んでない人形が、最早関節の球体部を隠さない堂々のスタイルで襖を開けて現れた。
「人違いですッ」
「来ないでッ」
「お帰りはあちらですぅーッ」
「気配ないのヤバいね」
「もーやっ!!」
和装の店員衣装は大変可愛らしいのだが……それ以外の要素が全てを打ち消している。魔力の弾でゴリ押し退避、わらわらと群がる追加の人形たちにぶつけて対処。
徐々に手慣れてきた攻防には一種の安心感まである。
:全員肉切り包丁なのが怖い
:血糊ついてなくてよかった
:その場合事後なんですがそれは
:演出かもしれないだろぅ!?
:そうかな…そうかも…
:どっちしろ怖いわ
暗い室内で群がる人形、肉切り包丁といった恐怖映像に怯えたり、逆に楽しむ視聴者たちを余所に、現地で頑張る魔法少女たちの間には不安しかない。
見つからないぽふるん。そして、最初のエンカウントで離れてから一向に視界に入らない玄関帳場……出口さえも3人は見つけられていないのだ。
このまま永遠に暗闇を彷徨うのでは?と不安に苛まれる魔法少女たちだったが、そこはお互いを鼓舞し合い、まだ頑張れると気合いを入れ直す。
……だが、その想いを削ぐように。瞳のない人形たちの猛攻が魔法少女を追い立てる。
「うぐぐっ、杖で対処難しい!!エーテちゃんよくこれでがんばれてるね!?」
「槍にできないのがこんなにもむず痒いなんて……!」
「いや私も、このファンシーな子供ステッキじゃそんなにできることないよ?」
ハートを象った魔法の杖、魔力で顕現させて変身に使うその杖は、魔法少女の基礎の基礎。そこから自分の武器へ作り替えるのだが……それすらも今は制限されている。
なんとか杖で突いたり叩いたりと、短い間合いで各々が工夫して対策する。
「イラッシャイマセ」
「イラッシャイマセ」
「イラッシャイマセ」
「イラッシャイマセ───」
異口同音、殺意を滲ませた肉切り包丁の斬撃は、どれ程工夫しようにも耐えきれないのだが。
徐々に身体に、深い傷、薄い傷が刻まれてしまう。
「くっ……!」
「いったぁ!薄皮いったぁ!!」
「ジリ貧ねっ……ッ!そうだ!ラピス先輩の汎用魔法が、まだ使えるなら……!!」
「コメット!?」
妙手を閃いたコメットが、使えそうな魔法を引き出し、その力を発揮する。
「緊急脱出魔法───<ベイルアウト>!!」
わけがわかっていない仲間たちを、両手で抱え込み……大きな声でそれを唱えれば。
3人と1匹の視界が、上下に揺れて切り替わった。
「うわっ!?」
「あぶ!?」
「っ、なつかし───コメット!」
「おえっ……成程、こんな気分になるのね……」
「は、吐く?エチケットあるよ?」
「そこまでじゃないわ…」
気付けば知らない和室に転移していたエーテは、それを成し遂げたの結果膝を着いて口元を抑えるコメットの背を優しく摩ってやりながら、先程の魔法を振り返る。
緊急脱出魔法<ベイルアウト>。
密閉空間に封印されても、魔力があれば外に出れるよう設計された蒼月の魔法少女の自信作。欠点として使用者が重度の吐き気に見舞われてしまうことだが……
それを思い返して、ふと、エーテは疑問符を浮かべる。
「あれ、出れてない……」
まだ、辺りを漂う空気感は廃旅館のもの……まだ外には出れていなかった。
「……確かに。不良品だったのかしら……」
「……そんなことないよ。ただ、この空間が……ラピスの魔法対策もされてただけみたい」
「ほんと?」
博識のほまるん曰く、強力な結界が旅館の周りを囲って展開されている。それは蒼月の作成した、脱出できる魔法をピンポイントに狙って妨害しているとのこと。それは、蒼月の魔法をよく知っていなければできない芸当……
つまり、それが意味するのは。
「この怪奇現象、絶っ対、あの帽子頭……アリスメアーの最高幹部が関わってるよ」
確信をもって言えば、3人は息を飲む。
エーテはまだ直接対面したことはないのだが……以前の配信を見て、その脅威は肌身に感じている。馴染みのある魔法で自分を攻め立てる、怪人の脅威を。
それがまた、間近に迫っていることに身体が震える。
また捕まえられてしまうのではないか、今度こそ敵地に連れ去られてしまうのではないか。
そう不安視する弱音を、感じ取ったコメットとデイズが両脇から支えて安心させる。
「大丈夫よ」
「あたしたち負けないもんね!」
「……うん、ありがと」
:大丈夫だぞ
:なんかあったら俺らが爆弾持って特攻するわ
:本末転倒だろバカか?
:後先考えないのは人間のサガやね
:捨てちまえそんなの
コメント欄の応援もあって、気を取り直したエーテ……そのタイミングを待っていかのように、奥の暗がりから、聞き覚えのある声が響く。
「───素晴らしい友情です。えぇ、いいものを見させていただきました」
「ッ、あっ!アリスメアーのメイドさん!」
「待ち伏せ……くっ、エーテ下がって!」
「いやそこまで守ってもらわなくても……んんっ。えと、メードさん、だっけ」
そう、現れたのはアリスメアーの幹部補佐、メード。
己の名前を覚えられていたことに感謝のお辞儀をして、悪夢の召使いは口を開く。
「あぁ、そう警戒なさらず。今回ばかりは、あなたたちと事を構えるつもりはございません」
「そう言われて、はいそうですかってなるとでも?」
「これは手厳しい……では、こう致しましょう」
最初からそのつもりであったのか、あくまでも冷静に、メードは後ろ手に隠していたとあるブツを前に。魔法少女たちに見せつける。
それは、クマのぬいぐるみの形をしていて───…
「むー!むー!?」
「ぽふるん!?」
「ッ、道理でいないわけねッ……!」
「うそっ!?」
必死に探していたぽふるんが、鷲掴みにされてメードに捕まっていた。口と両手両足をガムテープでぐるぐる巻きに拘束されていて、くぐもった悲鳴をあげたり、なんとか身動ぎする以外にできそうにない。
涙目で助けを訴えるクマ妖精を見て、早く助けないとと臨戦態勢を取った魔法少女たちに、メードは。
「お返ししますね」
「……えっ」
「えぇ、まぁ、はい。私のお話を聞いてくださるのなら、こちらの妖精は対価なしでお返し致します。私としても、こう……邪魔なので」
「モノ扱いやめたげてよ!?」
「気にしてるのに……い、いや、ほんとにいいの?」
「えぇ」
「後から請求とかしない?」
「致しません」
「……か、返してください。お話なら、聞くので。その、聞いた後に叩きます」
「これまた堂々と、そして正直に……まぁ構いませんが。はい、もう自由になっていいですよ」
軽い交渉の結果、ぽふるんはあっさり解放された。
「エーテぇ〜!!ひぐっ、怖かっだぁ〜!」
「色々と言いたい気持ちはあるけど……無事でよかった。本当に……」
:軽っ
:えがった……
:ひと段落?
:まだやろ
ガムテープを外され、ちょっと毛が剥がれたぽふるん。それでも五体満足で、目立った傷もない様子。
無事な様子に安堵して、一同は少し安心した。
……だが、話はまだ終わっていない。ようやくスタートラインに立てたばかりだ。
「ところで御三方、いえ、妖精もいらっしゃいましたか。取り敢えず、貴女たちはどのような手段でここへ?」
「……それを軽々と言うとでも?」
「ふむ、左様で……設定では、この空間は緊急脱出魔法を使わない限り侵入できない隠しエリアなのですが」
「じゃあ聞かないでよ!」
「……ってことは、ぽふるんもその魔法使って、ここまで逃げたの?」
「そうぽふ〜」
軽々と暴露するメードは、滔々と魔法少女たちの疑問に補足をつける。
「私が発見した時には、この部屋……扉のない袋小路で、子うさぎのように震えていましたね」
「言わないでぽふ!本当に怖かったんだからぁ!!」
「あー、よしよし。ほら、人肌人肌〜」
「ぅ〜!」
再発する恐怖に震えるぽふるんを優しく宥めていれば、そこから出るは出るは恐怖と困惑の状況説明。
それを要約すれば。
まず、若女将の様子におかしいことに気付いて、悪夢の干渉を受けているのではと早とちりして、目覚めの魔法と呼ばれる魔法を後先考えずに行使。すると若女将、そして近くにいた従業員が全員痙攣して……人形の姿に変わって襲ってきたのだとか。それに加え、旅館自体が異界化し、閉じ込められてしまったのだという。這う這うの体でギリ逃げ切り、咄嗟に緊急脱出魔法を使って、ダウンしてから目覚めたら……
なんと、汗をダラダラでその場に転移してきたメードに見つかったのだという。
「ぽふるん?」
「ぼく悪くないぽふ〜!」
「えぇ、えぇ。驚きましたとも。まず異常があると聞いて駆けつけましたら、何故か外界と隔絶した異空間になり、来る者拒まず去る者逃がさずの牢獄へと変わっていたことに驚きました。そして、その原因が、この妖精の目覚めの魔法だと知った時は……思わずガムテープで縛ってしまう程でございました」
「なっ、なるほど……でもこれってあなたたちのせいでもあるよね?」
「……半分ぐらいは?」
「逃げるな」
メードもまた、同様の恐怖体験を味わって逃げたという新情報が手に入った。コメント欄は恐怖で引き攣った顔の汗ダクメイドを想像して騒いでいる。
それを無視して、メードはこの事象について魔法少女に解説する。
「先に説明致しますと、魔法少女後援会のメンバーは既に大半が悪夢の中に閉じ込められている状況です」
「ッ、なんで?」
「帽子屋様が計画し、三銃士のビル様が実行したとのことですが……曰く、嫌悪感とか恨み詫びとか、色々な想いでいらないとすっぱ切ったようで」
「理不尽……最低ね」
「正味、使い古した魔法少女の使い道など……ねぇ?」
「酷いこと言うなぁ。気持ちはわかるけど……ぶっちゃけ口だけ達者のおばさんsは、ね」
「そこ、同意しない。なにがあったのほまるん」
「やー、ちょっと確執が?」
何故か納得同意するほまるんへチョップを入れてから、エーテはメードに続きを促す。
特に異論のないメードは、ペラペラと情報漏洩。
配信越しに見ているであろう上司から、念話で苦情等が来ない限り、そのままのスタンスで情報を伝えてやる。
「あの人形たちは影武者。バレるまでの代わり程度の扱いでしかなかったのですが……今回、そちらの妖精様により目覚めの魔法を使用されたことで、我々も想像だにしない誤作動を起こしてしまったようで……」
「それがこれ、と」
「暴走してる、ってこと?」
「はい。既にこちらからの制御は効かない状態……あぁ、この部屋は一種のセーフティエリアですので、一切問題はございません。籠城には最適ですよ」
「……それ、緊急脱出魔法を使う人が、敵にいない限り、でしょ?」
「えぇ、まぁ」
現に、その魔法を知ってる者がいれば誰でも入れる為、決して万全な安全地帯ではない。下手すれば、逃げた先でまた追いかけられるアウトラインに突入である。
それはさておき。
ぽふるんが使った“目覚めの魔法”は、決して人形たちを暴走させる魔法ではない。わかりやすく言えば噛み合わせの問題で、人形として決められた言動のみ設定されていたところに外的要因から“目覚めさせられた”ことで、人形が誤作動を起こしただけ。
人形ではなく、ただ操られている本人であればここまで話が拗れることはなかったのだが。
「脱出したいですか?」
「当たり前でしょ」
「そりゃあね……あっ。ねぇ、もしかしてだけど。貴女も緊急脱出魔法、使ったんだよね?」
「はい。初めて使用しましたが、大変不快でした」
「わかるわその気持ち……んん?ってことは、つまり……これ、あなたも逃げられ、ない……?」
「……(無言の拍手)」
「なんなのもう!」
扉も窓もない、完全密閉のその部屋から出るには、また緊急脱出魔法を使うしかない。使えば、魔法使用前にいた廊下に戻る、という仕様になるとメードから説明が入る。
そして、彼女自身早くここから出たいという本音から、上司への相談もなく、この異空間を形成する元凶へ殴りに行く方法をメードは伝授する。
全ての人形を統括し、この異空間を解除できる根源……誤作動を起こした大ボスを。
「地下への扉を見つけてください。その奥に、この空間を維持して、人形たちを操るボス……こちらの旅館に働く、元魔法少女たちの悪夢の集合体がおりますので」
「……成程、わかった。余計なことしてくれたんだね」
「火消しが間に合わず……気付いた時には、もう。んん、兎に角。私めと致しましても、今回は前向きに悪夢討伐を応援したいところ」
「それでいいの……?」
「何しに来たのあなた……説明役のNPC?」
「聴きましたか視聴者の皆さん。この人私のことをモブと呼びましたよ今」
「ちょ」
:いーけないんだー
:これは失言
:配信してなきゃ言い放題で良かったのに
:本性表したね!
「ここぞとばかりに乗るんじゃないわよ!!」
勢いで囃し立てるノリのいい連中を一通り叩いてから、コメットはメードを睨みつけ、力強く吠える。
何処までも余裕な態度を貫く、悪夢の元凶の手先へ。
「これが終わったら、先輩たちを解放しなさい。できないならば、殺るわよ」
「その判断は、上に仰ぎましょう───全ては貴女たちの決断次第」
「チッ」
悪夢に囚われた先輩たちをどう救うべきか、頭を悩ます魔法少女たちは、取り付く島もない反応のメードに若干の苛立ちと焦燥を感じながらも、まず異空間を解除せねばと気を取り直して、行動を開始。
やっと合流できた妖精とまた逸れることのないように、しっかりとその手に握って。
「そう、全ては帽子屋様の匙加減。生きるも死ぬも、私はあのお方の意向に沿うのみ」
「いつかの終わりも、また───私は従うのみですから」
再び転移を使って掻き消えた魔法少女たちを見送って、メードはそう呟いた。
メイドちゃんの内心
(ここが後援会ですか…)
↓
(!?)
↓
(なにこれ私聞いてない!?)
↓
(おえっ、危うくでした…ん?妖精…)
↓
(おまえかぁー!!)




