36-ホラー映画の導入的な
タイトルのまんま
───三銃士に加え、幹部補佐まで出張るようなってきた魔法少女の戦い。一度だけ姿を現した女王と最高幹部は、陰に隠れて詳しく読み取れなかったが……あの双眸には、確かな殺意と、敵意が秘められていた。
それを感じ取った妖精の生き残り、“お日様の妖精”ことぽふるんは行動する。
確かな復活が確認できた女王、リデル・アリスメアーに対抗する為に。
新世代の魔法少女が、誰一人として欠けないように。
全てを奪われ、一欠片だけを取り戻し……そして今も、必死に悪夢に抗う妖精は、とある人物たちからの手助けを借りる為、その場所を目指して羽を動かす。
小さな羽を羽ばたかせ、向かった先は───都心にある老舗旅館。
「う〜、入りたくない〜、でも入んないと〜……うるあの文句聴きまくってたせいで、すっごい尻込みするぽふ……気合い入れないとぽふ……」
魔力回復と瀕死の重傷を癒す為の二年の潜伏と、新たな悪夢と戦う魔法少女との生活で、立ち寄る機会もわざわざ逢いに行く理由も今までなかったのだが……
今回は急を要する。例え力を失った者たちであろうと、その手を借りたいと思うのは仕方なきこと。
恥も外聞もなく、ぽふるんは懐かしき旅館の扉を叩く。
「ご、ごめんくださいぽふー」
意を決して引き戸を開ければ、そこは古き良き、静かで清らかな玄関帳場が現れる。老舗旅館ならではの空気感に圧倒されている間に、和装の女性が奥から現れる。
何処か冷たい雰囲気の若女将が、人間味の感じられない笑顔で迎え入れる。
「ようこそいらっしゃいました───旅館“舞帆露芭亭”、魔法少女後援会本部へ」
現役を退いた、引退した魔法少女。それも、配信魔法が確立するよりも前に辞めて、大人になった魔法少女たちが組織した、若い魔法少女を支える後援会。
その総本山であるのがこの旅館、舞帆露芭亭。
魔法少女への資金援助や住居支援、古くから伝わる魔力鍛錬法の伝授、万が一の時の魔法少女の逃亡先や隠れ家、魔法少女専用のネット回線の管理、アリスメアーの被害に遭った一般人への援助など、支援や補助に力を入れている先人たちの宿。
ここを頼るのは、普通の魔法少女であれば当然のこと、であるように思えるのだが。
先の戦いで一切動きを見せなかったという過去がある。
それでも、必要だと思ったから。力を借りて、これから激化するであろう悪夢との戦いの支援を受けたいと、藁にすがる気持ちで彼はここに来た。
「あのー、ぽふね。この前、悪夢の女王、リデルの復活が確定しちゃったぽふから、みんなの力を借りたいというか助けて欲しいなっていうか……」
「成程、かしこまりました。直ちに担当の者を、こちらにお呼び致しますね」
尻込みするぽふるんの返答に女将はすんなりと頷いて、奥へと下がっていく。
だが、ぽふるんは静かに湧き上がる疑念に苛まれる。
それがなんなのかわからなくて、キョロキョロと辺りを見回して……
「……あれ……ここって、こんな……洞窟の中みたいに、静かだった、ぽふ?」
音のない不気味な世界に、一匹の妖精が取り残された。
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「おかしいわ」
「おかしいね」
「おかしいかも!」
「うーん」
放課後。明園家の一室にて。迫る2回目の定期テストの勉強に勤しんでいた魔法少女たちは、額を突き合わせて、ぐるぐると唸り声を上げていた。
出題範囲はある程度カバーできたという安心を余所に、不安そうな顔の3人。
その視線を集めるのは、首を傾げて唸るほまるん。
「連絡つかないなー。遅いなー。うーん」
ほまるんは、帰りの遅いぽふるんを心配して、先程からずっとうんうん唸っていた。
現在17時。ぽふるんが行き場所を告げずに出掛けてからかれこれ6時間経過している。あまり心配するようなことでもないように思えるのだが、ぽふるんに限っては違う。
滅多に一人で行動せず、必ず魔法少女という強い味方がいないと外出もしない。これは、魔法少女狩りという幹部怪人に、多くの魔法少女が、そして妖精が狩られるという事件があってからなのだが……その恐怖に今も怯えているぽふるんが、短時間ならともかく、長時間も一人で遠方に行くとは考えづらい。
故にほまるんは心配している。一向に帰ってこない……それも連絡すらつかない兄を。
「……位置情報、調べるかぁ」
「GPS…」
「何処に仕掛けたのよそれ……」
「わーお…」
懐のモフ毛からスマホを取り出したほまるんが、勝手に取り付けた位置情報で兄?の居所を調べれば……ズバリ、都心にある老舗旅館を指していた。
そこが何処であるのか、ほまるんはよく知っている。
知っているからこそ、少しだけ不安が払拭された笑顔で囲む3人に答える。
「舞帆露芭亭……ぽふるんってば、おばさんたちに会いに行ってるみたい!」
「おばさ、その言い方はどうかと思う」
魔法少女後援会。そこへ行く理由など、深く考えずともわかる。
「うーん、後援会ね……個人的には好きじゃないのよね」
「そうなの?」
「そうよ。だって二年前、あなたのお姉さんが大変だった時代、なにもやってなかったじゃない……自分たちの命を守る為に、拠点を転々として、逃げ惑ってただけ」
「う、うーん……まぁ、戦う力もないんだし、逃げるのは仕方ないんじゃ?」
「だとしてもよ」
蒼生の愚痴は止まらない。事実、後援会の世間的評判はあまりよくない。穂花の言う通り魔法由来の自衛を失った元魔法少女たちというのもあるが、どちらかと言うと政治社会への進出や芸能界での活躍などに重きを置いて、ほぼ大人になった魔法少女の支援ばかりが多いのが大きい。
二年前の戦いでも、引退した魔法少女が魔法少女狩りに殺害された事件を起因に雲隠れ、生存した魔法少女たちの全国弾丸ツアーに接触することなく全てが終わるまで姿を現さなかった。
その過去の積み重ねが悪評を齎し、今の魔法少女たちもあまり好ましく思えていない。
……まぁ、後援会から穂花たちへの接触が一切ないのも問題なのだが。
「だいぶ腐敗してるからねぇ〜、あそこ」
「知ってるの?」
「まぁーね。うーん、でもあそこに行ったとして、なんでこんなに遅くなるんだろ」
「確かに」
一拍置いて、少女たちは顔を見合せてから……
「そういえば私、行ったことないなぁ。魔法少女後援会」
「そうね。散々行ってみたけど、やっぱり実物を見るのが最適解だと思うのよね、私」
「おー、これは視察に向かわねばなりませんな〜」
「うんうん。きっとぽふるんが居着いちゃうぐらい魅力に溢れた旅館なんだろうなぁ」
かくして、新世代の魔法少女たちが、魔法少女後援会に乗り込むことが決定した。
そこで待ち受ける、恐怖と夢の末路を知ることもなく。
꧁:✦✧✦:꧂
「───なに?」
同日。“淵源の夢庭園”───その最北端に秘匿された隔離施設から鳴る警報に呼び出されたマッドハッターは、少しばかり予想と違った反応に首を傾げる。
もうそろそろかとは思っていたが、これは一体。
不可解な魔力反応には覚えがなく、警報が鳴った理由もよくわからない。
「侵入者でしょうか」
「いいや、違う。だが、これは…魔法を使われた反応……どこで、誰が?」
呼ばれてないのについて来たメードの見解を否定して、マッドハッターは顎に手を添える。壁に埋め込んだ悪夢の結晶には、変わらず幽閉された魂が眠っている。
あまりに脆弱なその魂たちは、もう目を覚まさない。
永遠に醒めぬ悪夢に閉じ込めた怪物は、怪物へと堕ちた蒼月の魔人は、強い怨みをもって結晶の中の落魄れた魂を侮蔑する。
「呼応した?外部からの干渉で、悪夢に沈んだ魂の、残存魔力が反応したとすれば……今のにも説明がつく。最悪、例の場所の異変に勘づかれたと考えるべきか」
「……魔法少女でしょうか。それとも政府か、狩り損ねた組合の残党、でしょうか」
「さぁな」
まるで、結晶の中に眠る大人の女性たちを起こすような揺らぎを魅せる魔力に、マッドハッターは警戒を滲ませた目で分析し、心の底から毛嫌いする連中を助けようとする動きがあることを確信する。
肩に乗るハット・アクゥームの、宥めるような頬擦りを受け入れてやりながら、帽子屋は熟考の末、決断を下す。
潜入工作に特化した、メイドを自称する魔法使いへ。
「命令だ、メード」
「……伸ばし棒ばかりで嫌になります。ご要件は」
「……一言多い。なに、流れでもうわかっているだろう。生憎僕は、例の計画で手を放せない。故に、今から君にはあの場所へ行ってもらいたい」
「……かしこまりました。前回の汚名、ここで晴らさせていただきます」
ちなみに“汚名を晴らす”は誤用だが、学のないメードがその真実を知るわけもない。訂正するのも億劫だと諦めたマッドハッターは、挽回する程の名誉が彼女にあったのか内心首を傾げながらそっと蓋をする。
不安の方が大きいが、期待と薄い信頼でカバーする。
「魔法少女とのブッキングはほぼ不可避だな。配信に乗る心構えでもしておけ」
「問題ありません。地肌も綺麗なので、スッピン可です」
「大した自信だな……」
「メイドですので」
職業が美容に繋がるとは限らないことを、ゾンビ仲間のマッドハッターは教えてやることにした。




