34-悪夢は覚めず、女王が照らす
───時は少し遡り。
Z・アクゥーム体内。核にあたる、メインコントロールルームにて。水中にぷかぷか浮かぶチェルシーは、心做しか退屈そうな顔で核の中を漂っていた。
巨大な水の塊を操るという重労働ではあるが、他よりも頭脳面で優れたチェルシーが操ればどんなモノもだいたいどうとでもなるぐらいの力が彼女にはある。
確かに水を手足のように動かすと脳が悲鳴をあげるが、これといって問題はなかった。
寝そべった状態で操れる程度には、チェルシーの優れた思考演算能力は卓越していた。
故に。どんなことにも真面目に取り組とうとする気概のあるチェルシーでも。
ちょっとした気の緩みで、全てを投げ出したくなる。
「……また負けかな」
水球に閉じ込めたのに覚醒してリリーエーテを救出した嫌いになれない親友とその友達を眺めながら、半ば諦めの感情を抱いてチェルシーは呟く。
あともうちょっとだったのに……それは認めるのだが、なんでこうも捕獲と誘拐のスピードが遅いのか。
わざわざ運ばずとも、空間に亀裂を入れて放り投げて、それで解決だった筈なのに。
そう首を傾げるチェルシーだが、他人の考えることなどわからないと諦めて欠伸する。
……負け筋の見えた戦いなんかに、これ以上付き合っていられないから。
「そういえば……例のアレ、試験運用したいんだった……えっと、帽子屋さんに許可取って……あ、もしもし。ね、飽きたからアレ使ってい?なんかできちゃったAIくん」
『……別に構わないが。正気かキミ』
「眠い……」
『……仕方ない。データ収集は怠るなよ。寝ながらでも、それはできるだろう?』
「うぃ」
自動操縦モードが搭載されてないのなら、今からつけてあるようにしてしまえばいい。
上司の許可も得たところで、チェルシーは収納魔法からなにかの機械を取り出す。立方体の鉄色の箱は、これから始まる実験の為に消費される、即席で作った人工知能。
ATO HA MAKASETA くん───通称、ATMくん。
マスターの代わりに全てを代行する、無駄に精巧で少し雑のあるAI。その心臓となる制御装置をZ・アクゥームの綺麗な水の中へと突っ込んで、作動。
後はなるようになれと祈って、チェルシーは今日の睡眠ノルマを達成するのだった。
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「……今、なんて言ったアレ」
「……人工知能つったな」
「……私も、勿論聞いておりません。サブということは、おそらくメインマスターがいるということ……誰が噛んでいるかは明確です」
「言えよな」
「同感だ……」
「なんだかもう、全部どうでもよくなってきました。一旦持ち帰ってもいいですか?」
「帰ってこねーだろそれ」
「やな組織だぜ」
人工知能に乗っ取られた、否、全てを押し付けて眠った同僚とそれを許したであろう上司に蹴りを入れるイメージを全員で統一させながら、ペローとビル、メードは揃えて口を噤む。
これ、下手に加勢したらもっと面倒になるんじゃ?
絶対にろくでもない結果になりそうな、せっかく考えた作戦と新兵器の話題が別の話にどんどん乗っ取られていく悲しさに支配されながらも、ペローはなんとか軌道修正。
勝手に自動操縦モードを付け足されたZ・アクゥームを魔法少女に誘導する。
「もう、どうにでもなれー!!」
ヤケクソになってしまうのも、きっと無理はない。
「AIだって。すごいね」
「えぇ、すごいわ。情報技術の進歩は凄まじいわ」
「わぁ〜、チェルちゃんすごいって思ってたけど、やっぱすごかったや」
「……人工知能ってなにぽふ?」
「アリスメアーはなにを目指してるの……あ、人工知能は意思を持ったコンピューターだよ。ほら、配信サイトでも勝手にアンチコメント消してくれるのあるでしょ?それ」
「なるほどー!」
:えぇ……
:ついにAI技術にまで手を伸ばしたか
:猫ちゃやすごくね?
:作ったってことですよね……
:当方専門家です。是非対談させていただきたい。
:切実な人いて草
唐突に出てきたAIにポカンとしていた魔法少女たちも、容赦なく迫り来る水の大質量を見てから慌てて回避。すぐ倒して無力化しようと、より多彩な攻撃パターンを見せるZ・アクゥームin人工知能に突撃する。
大量の水鉄砲や溺死拘束、のしかかりや水の散弾銃。
執拗にリリーエーテを狙う単調な攻撃ではなく、殺意を滲ませた攻撃へ。
「くっ、でもこの程度なら……」
「問題ないわね!さっさとドタマぶち抜くわよ!!」
「でーたコメットちゃんの悪語録」
「はァ!?」
縦横無尽に空を駆けて、乾上がった大地を駆け抜けて、湖水の中に浮かぶ透明な核を目指す。既に、その居場所は見抜いてある。そして、それが移動することも。
数多くの戦闘経験で鍛えられた彼女たちの目は、ただの小細工ではもう誤魔化せない。
それだけの成長を重ねた少女たちに、主の代わりとして暴れるZ・アクゥームは牙を剥く。
【オオォォォォ───…悪夢残量241%、魔法出力増強の余地あり、魔法攻撃の調整を上昇。メインコントロールのプロテクトを強化し、魔法少女の殲滅を続行します】
「怖い!」
「物騒!」
「やっ!」
情け容赦ない殺意の塊に魔法少女は叫びを返しながら、津波・濁流・豪雨。あらゆる形をもって、大質量の水塊が世界を蹂躙する。
空間を震撼させるそれが、山を越えた先の街への被害を出していないのが奇跡だ。緊急避難は既に済んでいるが、危険なのは変わらず。
早急に退治せねば被害は増えるばかり……戦闘後魔法でどうにかなるとしても、人の心までは癒せない。
迫り来る水の恐怖から、遠目に、配信で見ている人々を守り抜く。
「パパッと決めよう!先代の人たちみたいに!」
「できるかな〜?流石にグーパンで火山粉砕とか、あたし無理だよ?」
「力自慢(笑)なんでしょ。頑張りなさい」
「悪意あるよね〜、それ!!」
「はーい、喧嘩しないの。ほら、魔法合わせて!なんとかやろうっ!!」
力を合わせて、想いを武器に、各々の武器を重ねる。
勝負は一瞬、一撃で決めなければ、もっと長引いて……これ以上の苦戦を強いられる。ドリームスタイルの維持ができなくなって、今度こそ本当に負けてしまう。
だれも望まない未来を回避する為に、全てを込める。
「チッ、無双魔法!」
「あーあ、こりゃ始末書モンだわ……時間魔法」
「虚無魔法」
「───はい残念!バーリア!」
「戦えないけど、守るぐらいはできるぽふ!さ!みんな!いつもの応援、よろしくぽふー!」
妨害に出る三銃士と幹部補佐への牽制は、怪我を治した妖精、ほまるんとぽふるんが代行。
コメント欄の声を魔力に変換、魔法少女に力添えする。
「ありがとう、みんな!」
「行くわよ───“青く輝く彗星よ”!」
「えっなにその詠唱。あたし知らな、あっ!この前の……えとえと、“ちょうちょひらひら花園の”!」
「……あれ、そんなんだっけ?」
「記憶のと全然違うんだけど……忘れないでちょうだい。締まらないから」
「あはー↑w」
うろ覚えで詠唱するという珍事を行いながらも、3人は連日連夜で考えた決め台詞と共に、浄化の魔法を放つ。
笑顔で、楽しく、希望に満ちた未来への奇跡を祈って。
「“青く輝く彗星よ”!」
「“光に満ちた、天の花園より”!」
「“祝福を届けたまえ”!」
「「「───奇跡重奏!<ウェイクアップ・ミラキュラスハイドリーム>!!」」」
暗闇を照らす夢の光が、渦巻き続ける湖を掻き分けて、その奥に隠された移動する核を捉え……希望の力をもって悪夢を浄化していく。
夢の光に貫かれたアクゥームの核は、その外殻を徐々に剥がされていき……
【オオッ、オオォォォ───…システムエラー、エラー。蓄積悪夢の急激な低下、減少を確認。存在維持可能限界を突破s…稼働不可、魔力漏出、エラーエラーエラーエラーエラーエラーッ!!エ、バキッ!!!】
「んんぅ……あぁ、予定通り……うるさい、ね、こいつ」
暴力的で、それでいてやさしい魔力の奔流に当てられ、人工知能はその基盤を狂わし、亀裂を入れ、修復不可能と言わざるを得ないダメージを受ける。
製作者であるチェルシーは微睡みから覚め、煙を吐いた機械を手掴みで回収。
直撃しかけた夢の光を夢幻魔法で一部消滅させ、落ちる核の残骸と水塊と共に自由落下。途中で飛行魔法を使い、緊急脱出。
水の無くなった湖に、土砂降りの雨が陸に降り注ぐ。
3人の力を揃えた光の一撃は、巨大なアクゥームさえも討ち倒す希望となった。
新世代の魔法少女たちは、また一つ伝説を刻む。
「やったー!」
「ふふん、どんなもんよ!」
「ドン勝だー!」
:おめでとー!
:すごい!
:勝ったな風呂入ってくる
:ありがとう
:スパチャさせろー!
:拍手
:拍手
「ふぅ〜、一安心」
「よかったぽふ〜!」
勝利を収めた魔法少女たちは、水飛沫を浴びながら手を取り合って喜び合う。着々と成長していっている実感が、悪夢には負けないという強い自信が身についていく。
……対して、敗北が決まったアリスメアーの幹部陣は。
「こんなのってありぃ?」
「……見え切った結果だったな。うん」
「私のイメージアップ計画が……」
「無理無理」
項垂れたり頭を搔いたり呆れたり……空中に立ったまま明らかに気分を下げていた。運命力、とでも言うべきか、魔法少女のそれに勝てない現状。
幾ら作戦を弄しても乗り越えられないその壁に、何処か辟易とした気分になるが……
そんな時。3人に合流しようと飛んでいたチェルシーがなにかに気付き……一目散にそちらへ飛ぶ。動きの変化に気付いたメードがその方向を見れば。
召喚された女王の手の上に、二つの人影が見えた。
「ッ!」
空気が変わる。
大きく開かれた、手のひらの上。陰に隠れて表情までは伺えないが……帽子屋の最高幹部の隣に、いてはならない至高の存在を見つけ、目を見開く。
遠目でもわかるその気配、魔力の圧。
遅れて気付いた三銃士も、魔法少女たちも、重圧を放つその方角へ咄嗟に目を向けて……
ゴシックロリータの黒ドレスを纏った、幼き女王の姿を視認する。
「ッ、うそっ……」
「なによ、この圧は……ッ、そんな」
「帽子の人と、あれは……?」
「なっ……」
馴染みのない暴力的な殺意に、身体が怯む。悪夢の圧は身体を軋ませ、それどころか空間そのものを振動させる。例えそれが無意識の威圧だとしても、効果は十分。
魔力を伴わない重圧が、魔法少女を、三銃士を襲う。
「っ、なんで……!」
ほまるんが絶句するのは勿論のこと───なにせ、あの女王が。悪夢の根源、世界の敵、二年前のあの日、蒼月に討ち倒された“夢貌の災神”が。
幼い少女の体躯になって、暗い双眸で見下ろしているのだから。
誰よりも真っ先に気付いたチェルシーが、その場にいた帽子屋の足にしがみつき、ちらちら、と無意識にオーラを醸し出す女王を視界に入れる。
感じたことのない恐怖に身を縮こませて、なにを始めるつもりなのか、気になって目が離せない。
硬直する一同を睥睨して、女王は、徐ろに小さな右手を天に掲げる。
「ッ、みんな!早く逃げて───!!」
ほまるんの叫び声に、反応できたコメットが2人の裾を引っ張った。
その時。
「───<デッドリー・ナイトメア・サン>」
空の空。遥か高空に、輪郭が揺らめく漆黒の球体が……悪夢を凝縮して作られた太陽が、顕現する。
あまりに強大な魔法に、一同に恐怖が湧き上がる。
それでも逃げる足を止めず、ぽふるんが既の所で姿見を出現させるが……
それよりも早く。天より墜ちる、漆黒の魔陽光が───空を黒く染め上げて、湖一帯の大地を焼き尽くす。
全てが終わったその跡には、なにも残らず。
大地を貫く大きな穴が、湖のあった空間の代わりとして星に深く刻み込まれていた。
───この日。二年の時を経て、世界は忘れていた記憶を取り戻した。
悪夢を統べる女王の復活、その恐怖を。
尚。
「あかんかった」
「リデルぅ───っ!!」
「迫真っ」
女王がたった一発でバタンキュー☆した現実を知らずに魔法少女の配信が閉じられたのは、ある意味幸運だったのかもしれない。




