33-あなたの背後にこっそりメード
「アリスメアー幹部補佐、メイドのメードでございます。僭越ながら、祝福の魔法少女を女王陛下に直接献上させていただきたいと思いまして」
「ぅ、ぐっ……やっ、放してっ……!」
青い髪の召使い、悪夢の女王と帽子屋の側近、もしくはなにもできない雰囲気メイド。
「エーテを放しなさい!!」
「エーテちゃん!っ、邪魔しないで!!」
「そいつは無理な相談ッスね〜!」
「……成程なァ、ペローは囮、本命はそっちか。ククッ、こいつはまんまとやられたなァ?」
「なにその言い方ぁ!!オレらチームッスよねぇ!!」
「ご苦労さまです」
「どうもぉ!」
幹部補佐メードによるリリーエーテ強襲。羽交い締めでその手に捕らえた祝福の申し子は、また狙われたと執拗に身柄を狙うアリスメアーに辟易としながら、なんとかその拘束から逃れようと身動ぎする。
彼女を取り返そうと躍起になっている魔法少女たちも、魔法を駆使して接敵を試みる。
だが、それを食い止めるのが三銃士の仕事。
ペローは時間魔法の無音詠唱でヒットアンドアウェイ、ビルは無双魔法で武器化した万年筆を振るって攻防一体の構えで対処。Z・アクゥームに入ったチェルシーは、水の大質量攻撃と夢幻魔法による有耶無耶で大規模な撹乱を。
各々ができる最大限の攻撃で、リリーエーテを連行するメードを援護する。
そして、リリーエーテもまた……自分ができる最大限で拘束を引き剥がさんとする。
「夢想魔法───!」
「ッ、なにを」
「なんにも思いつかないから、取り敢えず爆破ぁ───!自爆ッ!!」
「エーテ!?」
「んちょ!?」
:ふぁ!?
:自爆はマズイですよ!?
:道連れはやめてぇ!!
ムーンラピス考案、捕まったら魔力を暴発させて相手を引き剥がす戦法で、リリーエーテは己諸共メードを魔力の爆発で生まれた局地的災害に巻き込んだ。
大きく渦巻く魔力粒子が、その破壊規模を物語る。
自滅覚悟の大爆発は、リリーエーテをアリスメアーから解放する……
「……危ないところでした」
ことはなく。
ボロボロではあるが、表情一つ変えないメードが、未だリリーエーテを掴んだまま放さない。
「なん!?」
「残念でしたね……並の肉体であれば、痛みと衝撃で楽に吹き飛ばせたかもしれませんが……お生憎様、私は死体。あの世とこの世の境目を彷徨うモノ。云わばゾンビなのでございます。故に、痛覚を失った私は……惑わされない」
「ぐっ、あっ!」
「効果的な一手ではありましたが、半死半生の私相手には無意味でしたね」
瞬間的な魔力強化で肉体強度を高め、魔法少女を掴んだその手を放さないと意志を固め……後は気合いと根性で、メードはリリーエーテの自爆を凌いだ。
両者共にダメージを負ったが、互いに致命傷ではなく。
拘束を緩めない敵に舌打ちしたくなる気持ちをエーテは押し殺して、なんとか打開できないかと悩む。
だが、メードの腕の中にいる状態でできることはなく。徐々に徐々に、エーテは、メードの魔力に……類を見ないその力に蝕まれていく。
(…なに、これ……魔力が、どんどん……!)
内から外に放出しようとした魔力が、何故か全て直前で塞き止められている感覚。魔法を使おうにも、魔力を練る工程が挟めない。
メードの腕の中にいるだけで、魔力が、魔法が使えなくなっていた。
「魔法が使えないことに困惑している様子……私のこれは体質なのです。正式な名前はありませんが、魔力の流れを遮断する、阻害する。そういうモノでございます。少し、効き目が遅すぎる気もしますが……」
「ッ、道理で……あの、ちょっと緩めてくれたり……」
「申し訳ございません。それはちょっと」
「そっ、かぁ……!」
死後強化されたその体質は、メードの肌に触れただけで発動してしまう強制力のあるモノ。確実に捕らえて無力化する為に、今回メードが表舞台に立たされた。
そのまま主2人がいる高台まで移動する、が……
Z・アクゥームの猛攻と、三銃士の追撃を乗り越えて、メードに迫った魔法少女に阻まれる。
「まったく世話かけて───!止まりなさい、あなたッ!意味わからないけど、死体なんですって!?」
「それじゃー、容赦しなくてもいい、よねっ!!」
「どうぞご自由に」
死体損壊も厭わぬ猛攻、槍と斧の乱舞がメードを襲う。
「星魔法<ブレイキング・スター>!!」
ブルーコメットの槍の一閃が、メードの首を狙って……薙ぎ払いと共に、切り裂く。
「……流石に痛いですね」
「怖い怖い怖いッ!血がブシャーって!ねぇ!コメット!なんでそんなことするの!!」
「仕方ないでしょう!?それにゾンビなら、皮一枚残った状態でも生きれるって、ほまるんが言ってたもの!」
「そうなの!?」
「知りませんが」
辛うじて断頭は免れたが、骨まで食い込むその斬撃にはさしものメードも怯んでしまう。それでもエーテを放さず作戦行動に殉じる姿勢に、コメットは肉を断った不快感を払拭するように、勝利を目指して再度突撃。
流血に固まっていたハニーデイズもすぐ気を取り直し、コメットに加勢して仲間を取り戻す戦いに出る。
その道中邪魔する三銃士も対処して、再び離れた距離を近付ける。
「悪足掻きを……虚無魔法<ヴォイド・スクロール>……全ては無意味、ひっくり返るのです」
「っ!?」
治癒魔法で首の接続を元に戻したメードの、詠唱と共にその口から零れた言霊が、虚ろな形をもった文字となって空中を漂う。
触れたらまずいと一目でわかるそれが、2人に迫る。
「判断良好……ですが」
虚ろな形の、識別不明の謎の文字列は、魔法少女たちを追って漂いながら───大きな脈動と共に、爆発。
周囲に耳を劈く不協和音を放ちながら魔法は弾けた。
「がっ!?」
「ぅ、っ……嫌な、音っ!」
「あがぁ!?ちょちょ、味方にも被害出てるってそれぇ!耳が痛てぇぇぇ!!」
「チッ、見境なしかよ駄メイドがッ」
:やな音!
:配信越しだとそうでもないな
:同士討ちしてて草
:負けるなー!
:エーテちゃんがんばれ!
:魔法少女置いてけ!
敵味方関係なく絶叫させる魔法文字を躊躇いなく放ったメードは、表情を変えずに空中移動を続行。次々と文字を送り込んでは起爆させ、空間を歪ませるほどの不協和音を奏でさせる。
それでも諦めずに吶喊しようとするが……
それを好機と見て、Z・アクゥームを操るチェルシーが水の塊を立ち止まった魔法少女へ激突させる。
「ごぼっ!?」
「あぐっ……んぶぶっ!」
【オオォォォォ───…そこで大人しくしてて。水の中で仲間が連れてかれるのを、見てて】
「やっ、だっ……!」
水の中に閉じ込められた2人は必死に藻掻くが、それも徒労に終わる。水の表面の上に魔力でコーティングされた牢屋の中に、魔法少女たちは閉じ込められた。
連れ去られていく仲間の姿を見送ることしかできない。
いくら成長しようとも、強大な力の前では無力。それを直に体感させたメードは指定座標に到着。
ぐったりしたエーテを支えたまま、空に声を投げる。
「───女王陛下」
呼んだ相手の名に、誰もが度肝を抜かした、その瞬間。
空に亀裂が入り───病的なまでに白い巨大な右手が、リリーエーテに手を伸ばす。
「っ、ぁ……」
「抵抗は無駄です。今まではなんとかなったようですが、今回ばかりはそう奇跡など起こさせません」
眼前に迫る恐怖に青ざめたエーテが必死に藻掻くのを、メードは拘束する腕を強めて対処。どこまでも冷たい声で希望を押し潰す。
他の魔法少女はZ・アクゥームの活力を奪う魔法の水で満足な動きができず、辛うじて汎用魔法で息継ぎできてはいるものの、それ以外の動きはできず。
先程までいた、帽子屋相手に時間稼ぎができた妖精も、ここにはおらず───…
油断も慢心もなく、メードはリリーエーテを献上する。
「さぁ、年貢の納め時です」
「ゃ、っ……夢想、魔ほっ……うぐっ!」
「無駄だと言って……」
必死の抵抗で足掻くエーテに、メードが溜め息を吐き、奪うつもりのなかった意識を奪おうと、虚無魔法の一端を披露しようとした、その時。
真横から、小さな小さな光の魔力が、メードを貫いた。
「ぐっ……なにがッ」
リリーエーテを器用に避けて、拘束する左腕を刈り取る光の魔力。無事な片手でリリーエーテを掴んで放さぬままその軌跡を辿れば……
何度も現れるその存在に、メードの顔は小さく歪む。
「連れてかせない、よ!」
「そうぽふ!エーテを返すぽふ!!」
「妖精ッ……」
ぽふるんに支えられたほまるんが、煤だらけの姿で指に魔力を溜めていた。
再度撃ち込まれた魔法を障壁で受け止め、歯噛みする。
「ちょこざいな……チェルシー様ッ!!」
そう大きく呼び掛ければ、湖が津波となって妖精たちに覆い被さらんと迫る。怪我をしたほまるんの代わりに全力飛行するぽふるんを水の腕が追う横で、メードは予定通りリリーエーテを女王に捧げんと、その手に近付く。
変わらず動かぬ王の手に、片手で祝福を献上せんと。
……だが。やはりと言うべきか。その時、脳裏を駆ける魔法少女の可能性。敬愛する上司であり、かつて見上げた月の使徒の言葉を思い出す。
───経験者だから騙るけど。
魔法少女を問わず、人間は自分の信念に従って生きる。こうと決めたモノが損なわれない限り、魔法少女ってのは最後まで生き足掻く生き物だ。
希望を欠片も残さず奪えたと思っても、傍から見れば、まだ余地があることが多い。
だから、まぁ……なにが言いたいのかと言うと。
───こちらがどれだけ警戒していようと、油断慢心していなかろうと。
魔法少女は立ち上がってくるよ。勿論、僕もね。
「───星魔法<スターライト・ブレイカー>!!」
「───花魔法<ブロッサム・ピクスカノン>!!」
星と花の魔法が、光線となって、水を突き破って外界に放たれた。二つの閃光は、女王の化身たるその手を穿ち、更にその余波でメードに衝撃が走り、リリーエーテを掴む手を放してしまった。
咄嗟に翻って再び掴み取ろうとするが、それよりも早くリリーエーテが後退する。
「2人とも!!」
「運が良かったわね、お互いに!」
「危なかった〜!」
:ナイスゥー!
:信じてた!
:水がゾンビがなんぼのもんじゃい!
:こちとら魔法少女やぞ!
:逆境で輝くのは当然だろ!!
:一安心
:がんばれ
なんと、コメットとデイズは水中でドリームスタイルに変身するという荒業を成し遂げた。集中力が必要なそれを成し遂げて、リリーエーテの救出に成功したのだ。
チェルシーの隙をついた、意地の汚い底力。
水魔という脅威の中、呼吸もままならない環境で成功を収めたのだ。
「マジかよ!」
「こりゃいっぱい食わされたな……」
「不覚を取りました……」
してやられたと顔を歪めるメードは、落ちた左腕を直に手渡すビルに礼を言いながら魔法少女に向かい合う。
失態だ。これでもかと普段の日常生活で重ねているのにこの始末……少しはできる女アピールをして、名誉挽回と洒落込みたかったのに。
その思惑は、諦めない魔法少女たちの意志によって然と崩された。
「仕切り直し、だね」
先頭に立つリリーエーテが、水を払うブルーコメットとハニーデイズを従えて、態勢を整えて三銃士と幹部補佐に再び立ち向かう。
例え敵の数が増えても、強大な相手であっても、幾度のピンチを乗り越えた魔法少女の敵ではない。
その後方に聳える巨大な水害も、女王の手の残影も。
「まずは……あのでっかいの、ちゃっちゃとぶっ壊そう!みんなの湖を元に戻さなきゃ!」
「そうね、あと、もう捕まるんじゃないわよ!」
「泣きたくなるのは、もう懲り懲りだもん!」
「ごめんってぇ!」
いつもの雰囲気を取り戻した3人は、視界を埋め尽くすZ・アクゥーム討伐の為、戦意を更に研ぎ澄ませる。
核の中にいるチェルシーを引きずり出して、無力化も。
そう意気込む彼女たちに、三銃士たちは易々とやられてたまるかと武器を構い直した……その時。
空中に浮かぶ巨大な水魔から、機械音が鳴り響く。
【───警告。当機体メインコントロールより緊急通達。サブマスターがお休みになられました。作戦行動継続の為人工知能“ATO HA MAKASETA くん”を起動。規定に則り魔法少女殲滅作戦の代行をワタクシめが担います。
よろしくお願いいたします】
水に浮かんだ双眸が、数字の羅列を浮かべながら眼下の呆けた顔を晒す人間たちに告げるのだった。
『───は???』
三銃士“歪夢”のチェルシー代打、即席AI……出撃。




