327-深淵より、黄金を喰らう
王獅子の黄金魔法が、世界を支配する───その速度は凄まじく、目にも止まらぬ速さで駆け抜ける。
暗黒銀河の中心、漆黒の魔城ドゥーンビーレルから。
瞬く間に、その異様を黄金に染め上げる。当然、城内に残っていた全ての生命体も、呪符の携帯を義務としていた“ウルグラ隊”は兎も角……皇帝の御座す居城を守っていた魔星親衛隊は、黄金の光に呑まれて、逆らえない。
気付いた時には、もう遅く。
生者も、死体も、全てが黄金に染まり、無数の黄金像が無秩序に現れる。
王の黄金に獣たちは歓声を上げ、喝采の声を上げる。
「安全圏とかないんですか」
「あっても教えるわけないでしょう!ちょっ、痛いです!もう少しやさしく持って頂けませんか!?」
「すいません、不器用なので…」
「無能ッ!」
その最中───崩壊した地下古書館から外へと逃げて。リブラを担いだまま駆けるメードは、何も知らずに廊下を疾走していた。
上から迫る黄金など、気付きもせず。
魔力を練ることもできないリブラは、平時ならば容易く感知できただろうが……封じられている今、そんな技巧が成立するわけもなく。
天井より直下する金色の輝きが、視界を僅かに掠め。
「───えっ?」
何の対処もできないリブラと、戦闘で呪符が焼け落ちたメードは、為す術もなく。声を発することもできず、抵抗など以ての外で……
前後左右ならば兎も角、上からは逃げられなかった。
異常に気付けぬまま走る姿のメードと、呆けた顔のまま固まったリブラ。二つの黄金像が、金色に染まった廊下にできあがった。
黄金の輝きは、あっという間に魔城を呑み込んで……
その勢いは、魔城眼下に広がる街並み、帝都オルペントまで広がっていく。
灯りのない無人の街も。
黒一色の世界における、青々と生い茂る木々も、黄金に染まっていく。
帝都における、唯一の白───半壊した帝都ステリアル聖ポリマ大聖堂まで。
「くっ、動けそうにないですね…」
「私はそうでもないけど……このバカは、いつまで寝てるつもりなのかしら」
「ふぎゅ…」
瓦礫の山となり、開放感溢れる廃墟となった、ポリマの大聖堂。持ち主である聖座は、未だにひび割れた床の上で気絶しているが……
姉であるスピカは、壁に脱力したまま寄りかかり。
三女のデミアは、身体中の血を拭いながら立ち上がり、その惨状を俯瞰して見ていた。
「ん〜!」
三姉妹の傍には……彼女たちを下した天使の魔法少女、エスト・ブランジェが座っていた。
体力回復に務めていた彼女は、決して追い打ちをせず。
身体をぐっ…と伸ばして、凝り固まっていた肉体に喝を入れる。
「それじゃ、私は行こっかな」
「……敢えて聞きますが、何処に」
「次の戦場。勝ったからって、ロクに休める状況じゃあ、ねぇ?」
勝者であるブランジェに待っているのは、勝利を祝する休憩場ではない。次の戦場、自分が行くべきである場所へ移動すること……休む暇など、有りやしない。
とはいえ、何処に行くかは決まっていないのだが。
そもそも、他の戦場がどうなっているのか、彼女はまだ把握できていない為……星空へと飛び立ち、恒星異空間を彷徨う必要があるのだが。
通知してくれる者はいない。
そこまでする余裕のある仲間は、今、鏡の世界で呑気にぼっちしている奴だけだ。
……そんな面倒事が待っているブランジェが、敗戦者を殺さずに生かしたままにしているのは、特に、理由なんてモノはない。
強いて言うなら、以前デミアから受けた助命嘆願を真に受けたぐらいか。
「……うん?」
律儀に願いを聞き届けたブランジェは、そのまま宙へと飛び立とうと、ボロボロのままの羽を羽ばたかせる、が。
それを横目に見ていたデミアの、視界の隅に。
到底理解できない光景が、遠くから近付いてきていた。
誰よりも早く、逸早く気付く───こちらに迫り来る、黄金の輝きに。
「ッ!?」
驚愕に目を見開いたデミアは、言葉を発するよりも早く隠し玉を切る。ブランジェの戦闘で使わなかったのは……偏に、その存在が地雷であるかもしれなかったから。
下手に刺激して被害が拡大するのを恐れて。
大人しく従ってくれるのをいいことに、ずっと懐の中に仕舞っていたのだが。最早、そんなことをつべこべ考えていられず。
「逃げるわよ!!」
「へっ?わ、なにあれ!?」
「ッ、この音は……まさか、レオードの!?」
「…んぇ?」
遅れて気付いた面々が叫ぶ中、デミアは素早く懐の中のそれを投げる。
フラミンゴの形の、怪物を。
「───コーカスドムス!!私たちを宙へ!飛んで!今、ここから!!」
「あいわかった」
「えっ!?」
旧世代の悪夢、その中でも異彩を放っていた怪物。妖精ではなく、真性の怪獣である、その男。暗黒銀河にて再びこの世に現れた、アリスメアーのコーカスドムス。
デミアのペットに成り下がった怪物は、命令に忠実で。
言われた通りに小さな躯体を高速で変化させ、本来の姿である怪竜形態へ。
『急ぎたまえ』
「えぇ!ほら、早くッ!!」
「えっ、ちょっ!?」
「あぶっ!?」
目を見開いて驚くブランジェを他所に、デミアは怪竜の背中にスピカとポリマを放り投げる。
ついでに、ブランジェの手も引いて。
「アンタも!」
「いや、私は自前の…が……ない!?」
「何言ってんのかよくわかんないけど、いいから来るッ!そんなボロボロの羽で、あの黄金から逃げ切れるわけないでしょうがッ!!」
「そうかもだけどー!?」
こちらも対黄金の呪符は戦闘中に紛失したようだ。
一番の理由は、助けてもらった恩を返す為。デミアは、力任せにブランジェを引っ張り、コーカスドムスの背中に攀じ登って……
言われるまでもなく、コーカスドムスは飛翔。
迫り来る黄金の波よりも速く、竜翼を羽ばたかせて宙を征く。
そうして、彼が飛び立った後には───瞬く間に黄金に染まった廃墟ができて。
空気を伝わり追いかけてきた光は、遂に追いつかず。
竜の背中から見下ろす景色は、一瞬にして眩い黄金へと塗り変わった。
帝都オルペントから、漆黒は無くなり。黄金が、主星を乗っ取った。
「そ、そんな…」
絶句するスピカの、その横で。
「んふぁ〜……よく寝〜っちゃダメだったんだ!?あっ、ねぇね!?今どうなっ……んんぅ!?」
「あ、起きた」
「遅いわね…」
漸く気絶から目覚めたポリマが、焦りから目を見開き。傷だらけの姉を見て、眼下の黄金都市に驚き、乗っている怪物に怯え……忙しなく感情を動かす。
その様子に姉妹揃って呆れながら、状況説明。
かくかくしかじか、ブランジェに負けたことを理解し、ポリマは俯く。
「そっ、かぁ……負けちゃったのは悔しいけど、生きてるなら儲けもんだよね!」
「次敵対したらちゃんと殺すよ」
「ビエッ……ん、んんっ!だだっ、大丈夫だもん!陛下が守ってくれるもんね!」
「……その陛下、黄金になってそうだけど」
「ウギャー!!デミちゃッ!!陛下の臣下たる者、そんなこと言わないのー!!」
「なってないわよバカッッ」
「元気だなぁ」
情緒不安定だ。余程精神的に参ってしまったらしい。
そうやって妹たちが馬鹿している最中、スピカは無言で眼下の街並みを見下ろす。今まで生きてきた、守ってきた主星の街が、無惨にも黄金となった、地獄絵図。
直感的に理解できる。
その黄金に触れたら最後、そこに魔力がある限り自分も黄金化するだろうと。
あまりの惨状に息を飲み、その隣でブランジェもヤバと緊張感のない顔をしていると。
「へー、あなた、コーカスドムスって言うんだ!わたしはポリマ!よろしくね!それにしても、うちのフラミンゴとおんなじ名前なんだぁ!奇遇だね〜!」
『───うん?あ、あぁ…』
「えっ、ちょっ、はっ!?ポ、ポリマ姉……それ、本気で言ってるの…?」
「ぅ、うそですよね?」
「わーお…」
「えっ?」
【悲報】聖座ポリマ、喋るフラミンゴと喋るドラゴンを同一視できない模様【残当】
……まぁ、名前が同じ別個体だと思うのは、無理もないかもしれないが。
閑話休題。
天使たちを乗せた怪竜は、黄金に染まった主星の周りを悠然と飛び回り。遠目から見る世界の終わりを、黄金郷の在処を、天使たちに見せつける。
戦況が動く、その時まで。
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「───クハッ、ハハハッ、ハハハハハッ!」
笑い声が響く。
黄金郷、その中心で───全身の再構築を終えた蛇が、大きく笑う。
自慢の城は見る影もなく。
支配の中心たる街は輝き。
玉座である星もこの有様。
過去前例の無い程の、局地的な大災害。ここまでやれる敵対者など、今までいなかった。いなかったというのに、彼はやってのけた。
全てを黄金に。暗黒の支配を否定する、輝きの色で。
それがどうにもおかしくて、堪らない程おかしくて……ダムが決壊したかのように笑ってしまう。腹を抱えて笑うその様は、今まで、誰も見たことがない光景だった。
星一つを自分の色に染め上げた、レオードですらも。
楽しそうに、嬉しそうに笑うニフラクトゥの姿など……見たことがなかった。
「クソッ…」
悪態をつくレオードは、己の失敗を悟る。床に手を付き荒く息を吐く彼は、目の前の絶望から目を背けたい本音を押し退けて、強く睨みつける。
彼の策は悪くなかった。
魂までもを黄金化すれば、死亡判定で残機が減ることもなく、ニフラクトゥを黄金像として封印することができる可能性は高かった。あのラピスでさえ、やる価値はあると判断を下したぐらいだ。
だが、結果はこの通り。
ニフラクトゥは、確かに封印された。魂までもを黄金にされたことで、確実に。
しかし、現実は非情である。
───“封印”という“終わり”は、見方を変えれば、確かにその事象は“死”である。故に、ニフラクトゥは黄金化していく最中、悟った。悟ってしまった。
封印されようとも、己の不死性は、己を生かす。
つまりは───残機を一つ減らすことで、黄金から解放されると。
結果、その通りとなった。
僅か四十六秒で、ニフラクトゥの身体は黄金を破って、今まで受けた怪我も全て、元通りの肉体となって封印から帰ってきた。
魂の黄金化は成功したが……“封印”すらも、彼の前では無意味であった。
ニフラクトゥは封印できない。それが、答えだ。
「ハァ……惜しかったな、レオード。悪くない。悪くない算段であったが……残念だったな。我は、どうにも封印の手を受け付けないらしい。新発見だったよ」
「そうかよ……チッ、振り出しかよ…」
「まさか」
心の底から称賛する。
ここまでできた者など、過去に一人もいなかった。この王獅子が最初にして最後の一人であると、ニフラクトゥは確信する。
だからこそ、惜しい。
この夢のようなひと時が───王獅子の叛逆が、ここで終わってしまうことが。
残念でならない。
「褒美をくれてやろう。ここまで我を楽しませたのだ……何かしらの“旨み”が無ければ、貴様も満足できぬだろう。故に、我自らの手でくれてやる…」
「“死”という褒美を、な」
───淵星魔法“極”
かつての配下を、腹に一物を抱えながらも、長年仕えた優秀な叛逆者に。
最大にして、最高の。破壊の一撃を、くれてやる。
「貴様なら、きっと耐えれるだろうが───我の期待を、裏切ってくれるなよ?」
「───<エクスターミネイト・ノヴァ>」
フラつくレオードに向けて、大破壊の光が、王の手から解き放たれた。
次回、転機




