319-両天秤は傾かない
───攻性術式・起動<ズィゴーンの光>
───属性術式・着火<ソブラの憤怒>
───属性術式・開栓<ソブラのせせらぎ>
───属性術式・強風<ソブラの思い出>
───属性術式・変動<ソブラの星>
───攻性術式・起動<ズィゴーンの光>
───攻性術式・起動<ズィゴーンの光>
───攻性術式・起動<ズィゴーンの光>
───攻性術式・起動<ズィゴーンの光>
───攻性術式・起動<ズィゴーンの光>
───攻性術式・起動<ズィゴーンの光>
───…
所変わって、魔城地下古書館───リブラとメードの、戦場にて。
魔術と魔法、武器の撃ち合い。
終始劣勢なのは、変わらずメードのまま。押され気味の状況を覆すこともできずに、リブラが繰り出す魔術の数に圧倒される。
「くっ…!」
(こんな、まるで……蒼月様のような…ここまで、複数の魔法を……いや、魔術を同時発動できる御仁が、二人以上いるなんてッ!怖すぎる!!)
四方八方から放たれる破壊光線から、多属性攻撃から、メードは空中を飛んで逃げる。本棚を盾にしたり、天井を逆さまに駆けたり、宙に浮かぶ本と本を飛び移ったりと、足と浮遊魔法を使って懸命に逃げ延びる。
逃げるしかないのは、攻撃に移る隙がないから。
魔力強化で身体能力を底上げし、襲いかかる即死攻撃をくぐり抜ける。
時折振り向きながら逃げるメードの後ろ姿を、リブラは冷徹に見つめる。
「すばしっこいですが……それだけです」
勢いよく頁を引き裂いて、構築済みの魔術を起動。
───爆撃術式・炸裂<イジスの共倒れ>
手のひらに現れた魔法陣から、茜色の魔力が溢れ出る。葉が風に舞うように、魔力の奔流はメードの背中を素早く追いかけて……
背に触れると、同時に。
周囲の本や棚などの、魔力を帯びた物体に引火して……起爆する。
ズドンッッ!
「ぐはっ!?」
背中を爆撃され、更に爆風に煽られ……メードは激痛に悲鳴を上げる。床を転がり、血反吐を吐いて。それでも、倒れたままにはならず、即座に立ち上がる。
引き裂けた背中を無理矢理にでも再結合させる。
痛みは引かないが、背に腹は変えられない。これ以上の被弾は早死にするだけ。額の脂汗を拭いながら、メードは追撃の魔術を跳んで避ける。
途中転けたが、問題はない。
悲鳴を噛み殺して、走りながら……体内の魔力回路に、無理を強いる。
「諦めなさい。何をしようと、無駄なこと!大人しく……あなたの負けを認めなさい!!」
「断固拒否しますッ!」
そう易々と負けてたまるかと、メードは激しく抵抗し。なんとか起動を間に合わせた魔法を、宙に浮かんだままのリブラに放つ。
放った魔法の数は三つ。
魔力の波長を掻き乱す災害級の暴風───“災害魔法”。万物を汚染する毒の水───“邪水魔法”。そして、世界を不必要に掻き乱す闇色の虚無───“虚無魔法”。
かつての三銃士と、メードの固有魔法。
悪夢をふんだんに含んだ魔法の数々が、リブラの元へと殺到する。
「また厄介そうな魔法を…、ッ!」
更に。
「使えるモノは、なんであろうと───使って勝つのは、道理でしょう!」
───聖剣兵装×6
太陽の輝きを、リリーライトの極光へと変換した剣型の魔法兵器。魔法の袋からそれらは、四方八方に散らばってから特大の破壊光線をリブラへ撃ち込む。
防御術式と反発術式、二種類の魔術で迫り来る全攻撃を受け止める、が。
災害にヒビを入れられ、邪水が溶かし、虚無が蝕んで、極光に貫かれる。
「ッ!?そんな、まさか!?」
先程までは食い止められた攻撃。なのに、今、目の前に広がっている光景は……あらゆる術式が意味を成さずに、砕け散った障壁の姿。
それだけ怪人たちの魔法と、勇者の光が強い証明。
災害の余波が、極光の貫通力が、リブラのお腹を容易く食い破る。
「あぁっ!?うっ、ぐっ……この、程度ッ!」
悲鳴を噛み殺して、致命傷と言ってもいい筈の腹の穴に手を翳して、法医術式を発動。<ミザンの恩光>によって肉体は再生された。だが、失った体力までもを戻すことはできなかった。虚無魔法の虚ろな響きが、リブラの身体に無視できない兆候を押し付けたのだ。
それでも、リブラが怯むことはない。
皇帝への忠誠心が、負けたくないという反骨心が、その背を押す。
「耐久勝負、といったところでしょうか!」
「腹立たしいことこの上ないですが……否定はできそうにないですね!!」
どちらも、転んでもただでは起きないしぶとい精神性をお互いに見せつける。諦め癖のあるメードでさえも、今回ばかりは粘り強く敵に食らいつく。
その根性は、偏に主君の期待に応える為か。
どれだけ魔術に身体を削られようとも、メードは決して折れやしない。
仮に、ここで折れてしまっては……苦しんでまで戦う、意味がないから。
「小癪な…ッ」
どれだけ死ぬ程痛い目に遭わせようと、諦めずに攻撃と逃亡を繰り返すメードに、リブラは歯軋りをしてしまう。別に、自身の強さに絶対的な自信があるわけではないが。彼女よりも、メードが格下であることに変わりはない。
そんな格下の女に、ここまで手古摺らされている。
気に食わないし、ムカつく。魔術師としてのプライドが許さない。
ちっぽけなようだが……相性の問題も込みで、メードの荒削りな戦い方がお気に召さないようだ。
戦場に選んだのは自分とは言え、古書館もボロボロ。
理不尽ながらも、怒りを募らせて……リブラは、魔術を解除する。
メードに殺到していた全ての魔術は、術者からの突然のコマンドに忠実に従い、停止。
霧散していく魔術たちに、メードは訝しむ。
警戒は決して解かずに、空中で俯くリブラを見上げ……目を見開く。
何故ならば。
「鬱陶しいことこの上ないので……本気で、潰します」
リブラの手には───星の輝きを宿した、金色の天秤が独りでに輝いていた。
漂う魔力のオーラは、何処かおどろおどろしい。
見ているだけで自然と身が引き締まり、無意識に身体が警戒してしまう。
宇宙最新にして、最後の魔術師。だが、それはリブラの肩書きであって……代名詞ではない。
彼女の二つ名は、“天秤崩界”。
公正と正義の象徴であり、皿に乗せられた二つの物体の質量を正確に計る器具。それが天秤であり……リブラの、固有魔法の形。
「崩秤魔法。不公平に是非を計る、均衡知らずの両天秤。確かに、私は魔術師ではありますが……別に、固有魔法が無いわけではありませんので、悪しからず」
「ッ、天秤は公平であるべきでは…」
「残念なことに、私が法です。私に利があるのは、ある種当然のことでは?」
「自己中では?」
リブラの崩秤は、正義も悪も不平等に裁定する、法とは名ばかりの理不尽な魔法。いつだって術者であるリブラの思い通りに傾き、公平性など欠片もない審判を下す。
天秤の上皿には、あらゆるモノが載せられる。
物質的なモノから、精神的なモノ。魔法的なモノから、概念的なモノまで。
それこそ───メードの魂と、リブラの魂を載せることだって。
「どういうものかは、実演した方が早いでしょうから……是非、天秤の上へ」
「いやで……ッ!?」
抵抗は無意味。
拒絶は不可能。
何故ならば、崩秤の上に載せられる運命にあるモノに、そのような高尚な選択肢など、与えられるわけがないからである。
ゴゥゥゥン───…
メードが気付いた時には───リブラの背後に浮かぶ、いつの間にか顕現していた巨大天秤の上に、青白い魔力を帯びた魂が、浮かんでいた。
もう片方の皿には、赤白い魔力を帯びた魂があった。
二つの人魂を見て、メードは悟る。青白い魂は、自分の魂そのものだと。
「崩秤魔法、<スケール・ジャッジメント>───さぁ、魂の“重量”を計りましょうか」
「ッ…」
リブラの号令に従い、白金色の大天秤は起動し……
リブラとメード、双方の魂を計り───“生きた年数が短い方が重くなる”という測定方法で、大天秤は不平等に傾き始める。
当然、19年も生きていないメードが圧倒的に不利だ。
「なッ、ズルくないですか!?」
「そういう魔法ですから。あぁ、ちなみに。傾いた方には天秤が罪ありきと判決を下し、即座に刑が執行されます。その内容までは、私でもわかりません。再三言いますが、そういう魔法ですので、ね」
「不公平にも程がッ……っ、ぐっ…!?」
「早速ですね」
天秤は傾く。
審判は下る。
メードの魂を載せた上皿は、不自然なまでに落ちて……リブラよりも魂が若いから、軽いからと、理不尽な裁定を押し付ける。
突然メードは胸の痛みを覚えて、咄嗟に胸元を掴み。
───罪状:リブラより若い罪
───判決:死刑
心臓破りの刑に処す。
……そんなふざけた文章が、メードの脳内にすぅ〜っと流れ込んだ。
「はァッ!?なっ、は…」
さしものメードも無表情を保てなかった。ガチ切れだ。至極当然、憤怒の形相を浮かべたメードだったが……その表情は激痛によってすぐに歪む。
文字通り、心臓がはち切れそうな痛み。
あまりにも理不尽な罪状・刑罰をもって、アリスメアー幹部補佐の心臓が。
破裂する。
「ごふっ…かはっ……」
心臓が風船のように破裂し、メードは吐血。胸の内から込み上げてくる命の雫は、あまりにも膨大で……メードが生きた人間であれば、即死判定は免れない致死量の出血であった。幸い、彼女は悪夢製のゾンビである為、即死には至らないが……
身体の内側で、破裂した心臓が自己修復を開始する。
その間も、メードは苦しそうに嗚咽し、床に手をついて悶絶する。
「……やはり、死にませんか。不死殺しの実績のある天秤ならば、執行できるかと思っていたのですが……どうやら宛は外れたようですね」
「では、二回目です」
膝をついたメードを睥睨して、冷徹に分析するリブラ。悪夢由来の不死性、再生能力が原因なのかと、過去罰した敵対者のそれとの差異を考察しながら、魔力を回す。
天秤の使用は、一回限りではない。
対象を完全根絶するまで、何度でも───メードの魂が限界を迎える、その時まで。
崩秤に、支配される。
───罪状:魔力が少ない罪
───罪状:一回死んでる罪
───罪状:失望された回数が多い罪
───罪状:魔法少女に負けた回数が多い罪
───罪状:間食した回数が多い罪
───罪状:髪が青い罪
───罪状:“星喰い”に仕えてない罪
───罪状:知識が少ない罪
───罪状:地球人罪
「ガッ!?うぐっ、べっ…かふっ、ゲボっ!?」
全て、枕詞に「リブラよりも」か「リブラと違って」がつく不名誉な罪状の数々。圧倒的にメードが不利なように仕組まれた数々の罪ならざる罪が、刑罰を執行する。
心臓破り。
血管膨張。
血流停止。
細胞壊死。
魔力消失。
魂魄破損。
ありとあらゆる、通常ではありえないふざけた判決が、メードを破壊していく。
それは最早、一方的な蹂躙。
反撃の一手を許さず、リブラの天秤はメードを徹底的に破壊する。
「かヒュー……かヒュー……」
とうとうメードは虫の息になって床に蹲り、激痛により呼吸すらもままならない。意識が遠のきそうになるのを、必死に繋ぎ止めるが……その意思をへし折るように、また刑罰が降りかかる。
理不尽で、意味の分からない。
ただ、メードを消耗させる為に。その為だけに下される死によって。
「早く諦めたらどうです?物量戦でも勝てず、肝心の魔法ですら届かない。ここまでがあなたの限界……そろそろ、終わりにしませんか」
「っ、ぐっ……執拗い、ですよ…私は…」
「……こちらの台詞、なんですが。ハァ……あのですね。私、重傷者を甚振る気概は持ち合わせていないので、投降することをオススメします」
「ゲホッ、ゴホッ……残念ですが、その提案に乗ることはできません、ね」
自己再生、再結合を続ける身体を持ち上げて、メードは不愉快げに眉を顰める。
メードに降参する権利は無い。
生憎、リブラからの提案を受諾する意思決定権を彼女は持ち合わせていない。そもそも、持たされていないから。彼女の主であるラピスも、リデルも、敗北を許容する手を許していない。
メード自身が、負けて楽になろうなど思っていないのもあるが。
「ふぅ……」
大天秤には、未だメードの魂が載っている。感覚的には何も感じ取られないが……魔力の流れを視れば、その魂が本当に自分のモノであると確信できる。擬似的な繋がりでメードの中にある魂と繋がっており、天秤の上での影響を諸に受けてしまう。
だからこそ、逃げられない。
崩秤魔法の効果範囲も、持続時間も、この場から離れたところで、逃れられるかどうかもわからない。圧倒的に、情報が不足している。
やられっぱなしで何もできずにいたが……漸く、反撃の時間である。
「おえっ……んんっ、ハァ…」
痛む胸を押さえつけながら、メードは残り少ない魔力を振り翳す。
「虚無、魔法───<ヴォイド・シックハザード>!!」
暗黒が隆起し、狂気の脈動がメードを中心に発生する。古書館がズゥン…と揺れて、リブラへ吐き出された闇が、濁流の如き波動となって天秤に魔の手を伸ばす。
触れれば発狂、物質であれば即腐蝕。
リブラは無言で障壁を張るが、その障壁は即座に虚無に溶けていく。
「ふむ」
腐蝕反応をリブラは興味深げに観察する。確かに、この勢いであれば、彼女諸共、背後に浮かぶ大天秤も腐蝕する可能性は、ある。
まぁ、その方法では罪の比重が重くなるだけ。
魂の繋がりを断つことはできない。だからこそ、冷静に思考を実行に移す。
───攻性術式・起動<ズィゴーンの光>
虚無の闇が、その手に触れる直前に───虚無を上回る魔力量を込めた破壊光線で、対消滅させる。
脈動は止められる。
物質破壊だけではなく、魔法破壊の力も付与されているズィゴーンの光には、メードの虚無も為す術はなく……
攻撃は、失敗。
ガコン…
大天秤は、未だ健在───それどころか、再び、彼女の魂に罪を与える。
「あなたが魔力頼りの生命活動体であること、この戦いを通して理解できました。ならば、やることはたった一つ。その身を潤す魔力を、一滴残らず搾り取るだけ」
「っ、まだ、やりようは…!」
「ないですよ。武器庫となる袋も、今、あなたの手元にはないんですから」
「ッ!?」
気付けば、リブラの手に“素敵な魔包袋”があった。
メードが極刑に処されている間、誘引して自分の手元に持ってきただけだ。気付かなかったメードが悪い。まぁ、擁護するならリブラの手際が良すぎただけだ。
徐々に手札を奪われ、徹底的に追い詰められていく。
最早、メードにできることはなく───再び、大天秤の裁定を受ける。
「……蒼月、様…」
その時、メードの淀む脳裏に思い浮かんだのは、彼女を生き返らせた主である魔法少女。
助けてくれないかな、と漠然と思いながら。
リブラには都合のいい、不公平に裁く大天秤の傾きを、呆然と見上げて…
ガッゴンッッ!!
突如、鳴り響く轟音。
───音の発生源は、リブラの背後。大天秤のある、その場所で。
「ッ!?」
気付いた時には、もう遅く───青色の魔光が、天秤を上から貫き、破壊していた。
ガランガランと音を立てて、大天秤が崩れ落ちる。
古書館の天井を貫いて放たれた、一条の魔光がメードの危機を救う。
不当な裁判にかけられていた青白い魂は───メードの肩を支える、彼女の手の中に。
「あっ…」
戦場に現れた闖入者は、魂の魔法的な繋がりを解く。
「───お待たせ」
刀傷塗れの魔法少女衣装を翻して。蒼月の魔法少女が、舞い降りた。




