28-ただ、狂おしいほど待ち望む
【ネタバレ】主人公が発狂します
「ぶぅーん」
やぁ、僕だよ。マッドハッターちゃんだよ。今更だけど狂った帽子屋名乗ってるのキャラじゃないよねぇ……これ選んだ理由なんだっけ。魔法少女の衣装もシルクハットで親近感を感じたから、だったっからだっけ?
男装の麗人カッコイー!からの帽子ヘッド女は我ながらどうかと思うけども。
……はい、脱線脱線。本題に入ろうか。僕は今、夢の国中空を飛んでまーす。例の血痕、結構な距離飛び散ってて追うのがだんだんめんどくさくなってきたところだ。
何処まで続くのこれ。失血死してんだろこれ。
もう何年も前の血痕だとは思うけど……ここで血液から対象を見つけ出せて、持ち主が誰なのかが凡そ把握できる歪魔法が使えたら早いんだけど。
そこまで練度が高くなくて無理。あれ、呪い呪われるがデフォの魔法だから、使えるってだけの僕があれこれ手を伸ばすと死ぬんだよね。
なんであの子は平然と使えてたわけ?気質かナニカ?
そんなわけで、一応血を辿るだけ辿ってみる、ってのが今の行動理由な感じ。
「……おっ」
ファンシーなピンク色の木、その洞に埋め込まれた形で建てられている木造の家。そこに点々としていた血の痕は続いているみたいだ。
なんか見覚えあるなここ……あーっ!あれじゃん。
ぽふるんの旧家じゃん。なっつ。何回か来たことある。いやでも、なんでここに……?
不思議に思いながら、地上に降りて木に近付く。
「埃が……少なくとも、最近のモノではない、か……」
妖精サイズのタンスや椅子、あと僕と██……んんっ、リリーライトが遊びに来た時用の椅子とかに薄らと積もる埃を指で掬い、フッと息を飛ばして払う。
なんだかホラーマップ探索してる気分だ。
ちょうどここ廃墟だし……探偵気分もちょっと芽生えてきたね。
……嫌な予感が脳裏を過ぎる。ひしひしと感じるそれを無視して、僕は部屋の中を進んでいく。
大丈夫、あの独特な臭いはしない。あるのは鉄だけ。
お目当ての血痕は……ここか。リビングに当たる部屋、床いっぱいに乾いた血の池が広がっていた。成程、ここに寝かせたのか。運んだのは、状況証拠的にぽふるんか。
でも、誰の血なんだろ。うーん、夢の国に来たのがあの決戦前で最後だから、あれから二年僕は知らないわけで。その間にぽふるんが血塗れの誰かを運んだ……あ?
……運ばれたのは、ライト?まさか。いつ?あの戦いが終わった後?
……そんな馬鹿な。ありえるわけが。いや、でも、実際僕が再生怪人状態で復活している前例が……
……………………あれ。
「……そうだ。ぽふるんは、なんで生きてる?」
なんで今まで疑問に思わなかったんだろう。最終決戦、あの空の上であいつは、あの妖精はリデルの攻撃を浴びて地上に墜ちた。あの時点で生存は絶望的だったのに、今、新世代の魔法少女と契約している。
つまり、生きていた。
そして……リリーライトは、僕を庇って……その後僕も死んだから、詳しいことはわからないけど。もしあの時、ぽふるんがまだ動ける状態だったとして……
「……ありえない」
リリーライトが。まだ死んでなくて、瀕死状態だったと仮定して……あいつを拾って、この夢の国まで運んで……ぽふるんが治療していたとしたら。
血痕の発生源であるあの魔法陣は、確かに転移魔法……国の内と外を行き来する、重要なポストに位置する妖精が使うことを許される秘密の部屋だったはず。
あそこを通って、自分の家まで運んで、治療して……
───僕と違って、生きていたとしたら。
ありえない。そんな仮定が、仮に真実であったとして。
「なんで僕の前に現れない?」
たった一欠片の可能性に縋るように、その手を伸ばす。もう会えないと思っていた彼女がいたと思われる、赤黒く変色したその場所へ。
思考が回る。脳が悲鳴をあげる。想起された景色が脳を逆流する。
───うるあー!なんで逃げるぽふ!?
───やめろ羽虫!魔法少女なんかになりたくないからに決まってるだろ!?だれが致死率90パーの危険職なんかになるかッ!僕はまた生きるぞ!?
───もー、そんなこと言わないの!大丈夫だって!
───なにを根拠に?バカなの?死ぬの?死ね?
───酷いよ?
───貴様が新しい魔法少女か!いや、候補か?
───人違いです。帰れ。
───ひでぇなおい。こりゃ傑作だ。ククッ、よし!このカドックバンカー様が手解きってのをしてやろう!だから契約しろ!!なっ!
───うるさいな。貧乳が喋ってんじゃねぇーよ。
───ぐふぅ!?何故それを……や、いや!違うからっ!パッドじゃないもん!!
───黙れ偽乳。詐欺んなまな板タンク。
───カハッ!?
───不可抗力ッ!不可抗力だこれはッ!!
───またまた〜。ほんとはなりたかった癖にぃ〜!
───適当ほざくなぶん殴るよ。
───殴ってからじゃ遅いよね?やー、でもだって、ね?このまえ魔法少女の本読んでワクワクドキドキしてたの、私知ってるもん。
───オマエを殺して僕も死ぬ。
───ごめんてっ!!
───だぁーって、ほら!魔法って、最高じゃん?これで人気も爆盛りよ!!
───アイドルの裏の顔で売り出していい?
───やめて?イメージダウンになっちゃうから。あたし普通に身バレしてるんだよ?ダメだよ?社会的にサヨナラバイバイしちゃうよ?
───あっ、手がすべったー。
───やめろォ!!
───ぽふ!
───ぽふ!
───……
───……
───えっ、ぁ……ぅ……な、なに……
───ぽ?
───……ぽ、ぽふ。
───きゃー!
───きゃー!
───僕で遊ぶなッ!
───死んじゃったね、先輩。
───……だから言ったでしょ。後悔するって。
───うん……ねぇ、私、生きるよ。なにがなんでも……例え負けても。
───そ。
───ごほっ、ぁ〜、死んだ。死んだわこれ。なぁ、後は君たちに託して、本当にいいんだろうな?
───そりゃそうだろ。いい加減半死人は黙ってろ。
───ハハッ、酷い言い草。呪うぞ。
───凝縮してあの女王サマにお渡しするよ。
───浴びろよそこは……はぁ、ごほっ……ありがとう。ここまで私を、生かしてくれて……これで、ちゃんと……私なりの役目は…果たせた、だろう?
───うん。
───なんだその顔。ウケる。
───るっさい。さっさと逝け。冥土の土産は、あいつの首ね。
───うーちゃん!行こっ!!
───はいはい。
───ラピス、ライト。ぼく、あんなに楽しかったの……生まれて初めてだったかもしれないぽふ!ありがとうっ!ありがとうっ!
───だから、生きて。
───キャラじゃないんだよ、こーゆーのは。
───ッ、ライト!!
───大丈夫、まだ、行ける。私、強いもん。
───嘘こけよ……君まで看取んの、僕ヤダよ。
───もち。
───真・極光魔法<リリー・ホーリーカノン>ッ!!
───ぐっ、がァ……きっ、さぁ…マ、らぁ……ただでは済まさんぞッ……
───こっちの台詞だよ、女王。
───仕方ないなぁ。やるよ。やってあげるよ。やれば、やればいいんでしょ?
───こういうの、本当に柄じゃないけど。
───僕の覚悟、オマエ如きが、受け止め切れるのか……勝負と行こう。
───さぁ、フィナーレと洒落こもうか!!
脳裏を駆け巡る思い出の数々。二年と満たぬ、軌跡。
色んな魔法少女と出会った。戦争オタクの陰キャ先輩、現役アイドルの歌姫、ガチの呪い師、めちゃかわつよつよ天使を自称する他称聖人、暴走列車を乗り回すクソガキ、道場破りが趣味のマジで頭がおかしい自称侍、魔法の鏡に閉じ込めたアクゥームを押し付けてくる砂利ガキ……
全員がどこかしらおかしくて、教育に悪いヤツらで。
それでも、平和の為とか、自分の為とか、家族の為とか理由をつけて死地に向かった、本物の戦士たち。
相棒になった妖精と、戦友になった幼馴染。
……全員死んだ。妖精、ぽふるんは辛うじて生き残ったみたいだけど、それ以外は、みんな。
二年かけて受け入れて、飲み込んで、今ここにいる。
なのに。
なのに、あいつが……リリーライトが、生きている?
半端に乾いた赤黒い床をなぞって、この場に彼女がいた痕跡を辿る。
「今更…」
なんで、もっと早く。いるならいるって───…
「あぁ、そうだ……さがさないと」
今の僕はマッドハッター。複数の魔法で偽装した僕が、見つかるわけがない。
ならば、僕の方から。僕の方から見つけるしかない。
「どこにいる……どこに、どこにいったの。おしえてよ。ねぇ、ほーちゃん」
一瞬脳裏に過ぎった小さな生き物の姿は、認識する前に記憶から掻き消えた。
その繋がりに思い至らぬまま。僕は歩みを再開した。
「……だから言ったのだ。馬鹿者め」




