278-タレスくんと絶望の帰り道
支援イラストを頂きました。
誠にありがとうございます。
Side:歪夢 -悪夢に溺れて- より
https://x.com/suijaku01/status/1991844530119958775?t=Ga3cXdUA8W7ZTSFeVhQDsA&s=19
222-顔のない怪物 より
https://x.com/suijaku01/status/1991844625414496331?t=Ga3cXdUA8W7ZTSFeVhQDsA&s=19
安心感を感じさせるラピスと、恐怖を感じさせるラピスの二段構えです。かっこいいイラストで、作者として喜びの舞を踊りたいと思います。
重ね重ねありがとうございました!
獅子宮領宙外、警戒域───獅子宮が領地とする宙域の外側に広がる、招かれざる客への最終警告ライン。警告を無視した者は敵と看做し、攻撃を仕掛ける防衛網。
ひとたび入ってしまえば、そこはもう獅子の領域。
下心のない者であれば安堵を抱き、敵意ある者であれば死を覚悟する。
「やぁ〜と着いたぁ…」
そんな安全地帯に、元・将星タレスを乗せた未確認飛行物体は侵入。信号を飛ばして迎えを呼び、そのまま地上を目指して突き進む。
魔法少女たちが軍の目を惹いている間、タレスは着々と本格的な戦争の準備を進めていた。
機械獣のメンテナンス、オートマタ兵士の量産。
他にも、宇宙兵器の開発や装置の発注などを行っていたタレスであったが……レオード同様、度重なる不運とでもいうべき厄介ごとが、大挙して彼の計画を邪魔しに来た。幸い全てを跳ね除けられたが、大幅に時間が奪われたのもまた事実。魔法少女側の問題もあって、本当に色々あって暫くの猶予ができあがった。
お陰で少し余裕もでき、こうして獅子宮に集合する形を取れた。
「んまぁー、どっちにしろぽきはライオン星に行かないといけなかったわけですが……やっぱりね。魔法少女にも、休息は必要だからねぇ。ニフ氏たちも時間は欲しいだろうから、双方合意したみたいなもんでしょ」
「あっ、ログボGET〜。サクサクやっちゃいましょ」
操縦席の上で体育座りをして、背中を丸めて液晶画面をタッチする。地球のスマホゲームができるように、それはもうデタラメな魔改造を施した携帯端末。インストールができれば、銀河が違くとも、同じ宇宙空間にあるのでれば繋がる、などという暴論を成立させた超技術の表れだ。
全ては、タレスが地球文化を堪能する為に。
自分で作ったゲームや、暗黒銀河で流通しているのでは満足できず、タレスは地球のゲームに取り憑かれたように熱中しているわけだ。
元々猫背だったのに、より猫背に。矯正が必須な丸まり具合である。
「マスター、コーラをお持ちしました」
「ありがとー、シャウラ。そこ置いといて」
「はい」
機械仕掛けの補佐官・シャウラからの咎める目を適当に受け流して、ポチポチとスマホゲームを楽しむ。日本産のスマホゲームは宇宙のそれとは異なり、キャラクター性も魅力的で可愛らしい。だからこそ、ゲーマー気質のあったタレスはのめりにのめり込んだわけだが。
時間も忘れてゲームを遊んでいれば、獅子宮までは舟の自動運転で勝手につく。
呑気に遊んでいるだけでいいのだ。
勤勉で忙しないタレスではあるが、こうしてぐうたらと怠惰にいる方が性に合っていた。
……しかし、そんな平穏も長くは続かない。
宇宙での航海とは、いつだって、危険に満ちた冒険なのである。
───ビーッ!ビーッ!ビーッ!!
一切の前触れなく、艦内に警報が鳴り響く。
「ふぁ!?」
「───敵影検知。猛スピードで本艦の検知領域に侵入、会敵まで残り六秒です」
「早っ!?」
突然現れた正体不明の敵に、タレスはゲームを中断してコンソールを操作。円盤型の宇宙船に急速旋回を命じて、攻撃を回避しようとするも……間に合わず。
轟音を立てて近付く、赤い影が。
勢いよく円盤に体当たりを仕掛け、その機関部に鉤爪を突き刺した。
「ヒェッ、ま、まさか…」
爆発音が鳴り響き、警報が奏でられる船内で……絶望に顔を青ざめたタレスは、船外のカメラを通して、襲撃者の
正体を知る。
視覚映像に映っているのは───宇宙船を遥かに超える図体を誇る、あまりにも巨大な怪物。逆立った赤い鱗に、鋭利な棘の生えた尾、屈強な羽、そして、頭頂部に生えた何本もの角。曲がりくねった角を持つ怪物は、灼熱の如き殺意を滾らせた金色の瞳で、宇宙船を見下ろしている。
獰猛な笑みを浮かべ、逃げ場を失った舟を嘲笑う。
正しく龍───ディープワイバーン種などとは異なる、ドラゴンがそこにいた。
その怪物を、龍の形をした存在を、彼は知っていた。
『グルルル───久しぶりだなァ、天才様よォ。オレ様に会えて嬉しいかよ、エェ?』
「だ、ダラ氏……な、何用で…」
ドラゴンの名は、ダラコイル。真性の龍ではなく、龍に変身できる魔法を持つ、暗黒王域軍の将軍であり……次期将星として名高い、宙の暴君。
悪名高き戦闘部隊───第七師団の師団長。
タレスは見る。紅き暴君の背後に───ずらりと並ぶ、宇宙戦艦の数々を。
『何って、簡単だろう?
───裏切り者に成り下がったテメェをぶっ殺してよォ、オレ様のトロフィーにしに来たのさ!!』
「やっぱりぃぃぃぃ!!」
宇宙を震撼させる程の咆哮を轟かせて、龍は笑う。
ダラコイルは、レオードの首を獲る為ここに来ていた。なにせ彼は将星候補。次期将星として、既にその名を票に挙げられている。ならば、ここで裏切り者の首を、彼らの主犯格である獅子の首を持っていけば、更なる評価が彼のモノとなる。生憎、獅子の元に辿り着く前に、お目当ての標的よりかは幾分かランクの下がる蠍と出会ったが……
優秀な技術者であるタレスでも、十分な旨みがある。
目先の利益でも満足できてしまうダラコイルは、運悪く帰還途中であったタレスに目をつけ───もし仮に、彼の仲間である他の将星たちが助けに来れば、それらも丸ごと頂いてしまおうという寸法だ。
事実、彼にはそれが達成できるだけの実力がある。
武力面だけで言えば、絶対に勝てない強敵を前にして、タレスは最早震えるのみ。
(やっべぇ〜〜!終わったー!ぽきの人生終了!絶ッ対に死ぬやつだこれぇ〜!!ま、まぁ?必要な物資とか兵器は先に送り済みだし?なんとかなりますけども?絶体絶命に変わりはないんだよなァ〜!たすてけ!!)
「シャウラぁ!!」
「アサルトモード、起動。魔法兵装、フルオープン───これより、迎撃を開始します」
「やっちゃえ!!」
『あん?』
慌てふためきながら、自慢のAIに攻撃を指示。駆動音を奏でながら、シャウラはシステムに干渉。宇宙船に備わる魔法兵装を展開して、主の敵に照準を定める。
訝しむダラコイルは、何が来てもいいように構える。
強靭な龍鱗に自負があるダラコイルだが、相手が相手。曲がりなりにも将星に就いていた男ならば、ひ弱だろうと想定外の攻撃方法を持っているだろう。何かをされる前に対処する。それが一番の攻略法だと知っている。ならば、あとは暴力を振るうのみ。
宇宙船が逃げないように掴んでいる左手はそのままに、右手を振り上げ、青い燐光を纏い出した円盤に、力任せの破壊を叩き込もうとした……その時。
円盤から、放射状に青い光が放たれた。
無論、ただの光ではなく───タレスが再現した、あの天雷の光を。
『ガッ───こいつは…!』
青い雷にその身を焼かれ、ダラコイルは円盤を勢いよく突き飛ばす。せっかく掴んでいたが、その掴んでいたモノが雷光を纏っている。
見覚えがあった。その雷に、焼かれた記憶があるから。
色は青く染まっているが───間違いなく、暗黒銀河で二番目に強い怪物の力。
アルフェル・トレーミーの天雷魔法を模倣した、自慢の魔法兵装である。
「いやぁー!流っ石はアル氏の天雷!完全再現には程遠いですが、ダラ氏程度の実力者なら、あーっという間に焼け死んじゃうかもですなぁ〜!」
「不用意に煽らないでください、マスター」
「できる時にやんないと!いつ死ぬかもわからない戦場、煽れる時に煽ったかないで、いつ煽るって言うんでつか!そんなこともわかんないの!?」
「わかりません」
根本的には自分の力じゃないのに……と、蔑む視線には見て見ぬふりをして、苛立ちの視線を向けてくる紅き龍に嘲笑を送る。力で勝てなくてもやりようはある。そもそもこの宇宙船自体がタレスの武器。ありあらゆる魔法兵器を注ぎ込んだ力作は、そんじょそこらの攻撃では怯まない。
鉤爪に襲われた機関部も、自己修復機能で即復活。
舐めんじゃねぇよと嘲笑いながら、囲んでくる戦艦にも雷光を飛ばす。
『やんじゃねェか!』
「ッ、少しは怯んでくだされ!」
『嫌だね!それに、その程度の攻撃で足踏みしてちゃあ、オレ様はオレ様じゃねェんでなァ!!』
「くっ!」
───龍魔法<カーマイン・ドラゴンノヴァ>
ダラコイルは笑う。案外楽しめるじゃないとと笑って、真紅の熱線を宇宙船に放つ。岩石惑星程度なら一瞬にして木っ端微塵となる魔砲。ダラコイル自慢の破壊光線、その威力を情報で知っているタレスは、大慌てで円盤を浮上、熱線の回避を狙うが……
それよりも早く、円盤の下部を熱線が焼いた。
自己修復機能をも巻き込んで、熱線は動力部の幾つかを焼き溶かす。宇宙船は悲鳴を上げ、火を噴き、ジジジッと青電が艦内を迸る。タレスは堪らず悲鳴を上げ、なんとか浮力を保って逃亡を再開。ダメージを受けてしまったが、宇宙船はまだ動かせる。だが熱線は未だ途切れず、執拗に舟を追いかける。
「うぐぐっ…」
「マスター!ご無事ですか!?」
「まだ生きてる〜!!でも死にそう!あの熱線、結界貫通だからキツいんだよぉ〜!!救難信号送ってる暇がなっ、ないっ!!レオード氏は早く気付いて!!気付いてったら気付いてッッッ!!」
悲鳴を上げながら熱線から逃げ続け、艦隊からの砲撃も必死に回避する。何度も身体を打ち付け、全身に伸し掛る重力が辛いが、まだ耐えられる。
魔法兵装が火を噴き、進行方向にいる艦隊を撃沈。
青雷が次々と戦艦を穿つが、破壊した数よりも敵の数が多い。それに加え、次々と兵士が戦艦を降りて、宇宙船に直接攻撃を加えようとしてくる。
埒が明かない。それでもタレスは逃走を優先する。
……しかし、そう逃げ続けていれば、熱線を吐き終えたダラコイルは痺れを切らし……羽を羽ばたかせ、勢いよく宇宙船に掴みかかる。
「ひっ!?」
『逃がさねェよォ───さっさと、へーかにやるオレ様の手土産になれってんだ!!』
「いやでござる〜!」
タレスは叫びながら、コンソールを全力で操作し……
連続的な短距離ワープによる、第七師団からの逃走劇を試みる。次手の熱線で起動に遅れが生じ、自己修復機能をなんとか間に合わせて……発動。
龍爪が当たる寸前に、宇宙船は転移に成功する。
『あん?あー、ワープか。だが、長距離ワープにはタメが必要だったよなァ……そこかァ!!』
「やっべバレた!逃げろ逃げろ逃げろッ!!」
「ハッ!」
何度も何度も転移を繰り返して敵の目を掻い潜るが……ダラコイルの龍瞳は目敏く宇宙船を見つけ、逃がすまいと追撃を再開。艦隊や兵士たちも、第七師団の総力をもってタレスの命を狙う。
ワープをしても助かりそうにない、絶体絶命。
獅子宮に逃げればどうにかなるかもしれないが、最悪、星が戦場になった場合……今までの準備期間が全てパーになる可能性だってある。それだけは避けるべく、タレスは警戒域を出ることもできずに、延々と逃げ惑うしかない。
一応、敵の戦艦は撃ち落とせているが……
それよりも圧倒的に被弾数が多く、宇宙船は煙を上げて崩壊していく。
「くっそぉ……ッ、ぅ!?」
青雷を浴びてもビクともしないダラコイルに、憎々しい視線を向けていたタレス。その苛立ちも、宇宙船に響いた重低音と、重く伸し掛る圧によって霧散する。
いつの間にか。宇宙船の動きは停止していた。
円盤が、ナニカに絡め取られたかのように、その動きを制限されていた。
「今度は何っ!?」
「ッ、これは……マスター!砂です!」
「砂ぁ!?なんで砂が……ッ、まさかまさか!そ、そんなバナナぁ!?」
嫌な予感がして、サブカメラを睨みつければ……
シャウラの証言通り、大量の“砂”が宇宙空間を漂って、円盤にまとわりついていた。突如現れた砂は宇宙船内部に流れ込み、メイン動力源を強襲……ワープ装置を侵蝕し、
航空手段の尽くを機能停止に陥らせていた。
どうやら、いつの間にかそこにあった流砂に、宇宙船は呑み込まれてしまったらしい。
それも、ただの“砂”ではない。
砂色の粒子に混ざって───青々とした“緑”の木々が、砂のあちこちから生えていた。砂と森が融合した、不可解な魔法現象が。
それは、超自然的な珍現象───などではなく。勿論、魔法による人為的なモノ。
敵の増援である。
『あ!?こいつは……チィッ!』
「なっなっなんで!?なんでここにッ!?」
『おいテメェ、何故ここにいる!オレ様は、テメェなんざ呼んでねェぞッ!!』
増援であることは明白……だというのに、ダラコイルは憤懣やるかたない声色で吼える。予期せぬ介入者、望まぬ増援に苛立たしげだ。
タレスはタレスで恐慌に陥ったのか、ガタガタと震え、遂には現実逃避を始める始末。
そんな2人の声に反応するかのように、ゆっくりと砂が渦を巻く。
「───バ〜フォッフォッフォッ!そう警戒するんじゃあないもん!なぁ〜に、手こずっとるようだったからのぉ。手伝ってやっただけにすぎんよ、若造」
「そして、余の目的は。ただの野暮用じゃもん」
流砂の中から現れたのは───黄土色の髭を頬に蓄えたマトンチョップにした、年老いた大男。年齢を感じさせる皺のある肌にしては、その肉体は500mを超える巨漢。
着流しを着ている為か、その肉体美はより際立ち。
背中まで伸ばした同色の髪は、ウェーブを描いて何処か若々しい。
頭に骨の王冠を載せた筋骨隆々の老人は、豪快な笑みを浮かべて君臨する。
3000年という古い歴史を持つ国家、“クジラ森の王国”の国王であり、次期将星の候補としてその名を挙げられる、老いてなお現役の実力者。
生まれた時から、二種類の魔法を宿す豪傑。
その名も、セチェス・バテン=カイトス───新たなるタレスの敵である。
「若造!手伝ってやろうか?」
『引っ込んでやがれ鯨ジジイ!いつまでも後継ができねェ無能の王様は、お城の隅っこでふんぞり返ってろやここでぶち殺すぞッ!?』
「できるのか?」
『アァ?ふざけてんのかテメェ…』
「そうカッカするでないわ!折角の巡り合わせじゃもん。楽しくやろうぞ」
『…チッ』
とある理由で獅子宮に向かっていたセチュスが混ざり、戦場は混沌と化す。
……2人の圧倒的強者を前に、タレスはというと。
「オワッタ…」
白目を剥いて泡を吹いていた。
南無三。




