277-エッホエッホって伝えなきゃ
当初からあった懸念事項───グゥがかつて悪夢災害を起こした【悪夢】であることは、レオードたち将星のみが知っている。ウルグラ隊の幹部も、それは知らない。
知らないけど、【悪夢】生まれなことは知られている。
でも、僕たちアリスメアーが、ゾンビたちが【悪夢】に由来する存在であることは、既に知られている。目立った反発がないのは、僕らが強者だから。強い者には従うと、根っからの弱肉強食精神のお陰もあって、襲われることはなかった。
でも。
「っ、クソっ…」
今こうして、僕の前で縛られて膝まづいた、ボロボロの男だって現れるわけで。
悪態をついているのは、イノシシのズーマー星人。
突然レオードに呼び出された先で、ふん縛られた野郎と対面させられた。
……理由はまぁ、言わんでもわかるだろうけど、一応。
こいつ、早速グゥを襲いやがったんだってさ。ちょっとこっちが目を離したすぐに。
バカだよねぇ。
「いたいたい?」
「呑気だねぇ……まったく…」
【ハットス】
……呑気な顔だなぁ。よくわかってない顔だ。
物陰から襲いかかったらしいよ。結果はお察しの通りであんまりだけど。
お守りのハット・アクゥームにフルボッコにされた上、危険本能が発揮されたグゥの魔の手にかかりそうになったところを、レオードが発見して止めたらしい。
男の足が黄金化しているのは、代わりにボコしてやった証拠。事件を引き起こした不届き者を逃がさないという、彼なりの誠意の現れ……別に構わないのに。
貰えるモンは貰っとくけど。
「チッ……悪かったな。現行犯で捕まえたんだが、これの処分はこっちでやってもいいか」
「別にいーよ。不平不満が出るのは仕方ない」
「だとしてもだ。客人に、それもこれから共闘するっつー相手にこの仕打ちはねェだろうよ……なァ、テメェ本当に余計なことしてくやがったなァ、おい」
「ッ!」
凄むレオードに怯んだのか、イノシシ男は青ざめた顔で目を逸らすが……すぐに切り替えて、キッと自分達の王を睨みつける。
その瞳に込められた敵意、叛意は本物。
どうやら余程───【悪夢】を味方に引き入れたことが気に食わないらしい。
「……気に食わねェんだよォ。こんな気持ち悪いヤツらと手を組むなんざ、死んでもごめんだ。そいつらがムイアの旦那みてぇに暴走しねェとも限らねェ…」
「ハッ、余計な心配しやがって。んな未来ねェよ」
「んなのわかんねェでだろうが!腑抜けやがって!!このクソアマ共を何故信じる!!こんなヤツらなんざ、必要がねェだろうが!!俺らの力だけでも、あの蛇を殺すなんざできるだろうがッ!!」
力強く吼える男に、レオードは呆れた顔で唸る。そりゃそうだろう。同盟を組んだ相手を信じない、今更になって行動を移した反乱分子がいたのだ。
頭が痛いどころではないだろう。
……問題なのは、この男、恨み辛みで行動に移したわけではないということ。危険だからと行動に移すのは、少しおかしく感じる。台本臭いんだわ。危険因子だから処分、なんて考え。実力行使に出てるのも、安直すぎて最早話にならない。
……その疑問は、レオードも抱いたのだろう。不快気に眉を顰めている。
「……どんくらい積まれた?」
「ッ、何言って……俺が、金であんたらを裏切ったとでも言うのかよ!?」
「そうだな」
「ッ!?」
「確かテメェ、実家が貧しいからだの言って、多方面から金借りてたよなァ……なんだ、とうとう別の金融機関から揺すられたのか?それとも、借りた先で脅されたのか……候補は幾つもあるなァ?」
「ッ…」
断言されたことに苛立つイノシシ……その反応は、まぁ言うまでもないだろう。この男、どっかの誰かさんに金を積まれてこんなことをしやがったらしい。
何故このタイミングで、って話になるけど……
……グゥを襲ったの、一番弱そうだからって理由じゃあなさそうなんだよな。なんか、作為的な違和感をこいつの動悸から感じる。
「尋問しといて」
「勿論だ。どこのどいつに唆されたんだか……いや待て。ムーンラピス、お前読心の魔法持ってねェのか?若しくは記憶の閲覧。手っ取り早くやれんだろ」
「あぁ、確かに。そっちの方がいいか……」
「ッ、来るんじゃねェ!」
「人の所有物に手を出したんだ。それ相応の覚悟があってやったんでしょ?なら、記憶を読まれるかもって警戒しとかなきゃ、ね?」
「ヒッ…」
せっかく僕たちは良好な関係を築けているのに、横槍を入れてきたのは頂けない。バカを利用しようとしたのが、外部犯なのか内部犯なのかで、話はもっと変わるけど。
困るんだよ、本当に。
金をチラつかせてバカを動かした裏切り者の可能性も、忍び込んでる敵の可能性も。後者の場合、例の処刑大隊の指揮下の、部隊?小隊?が来た時にはいそうだけど。
色々と予測を立てながら、抵抗できないバカの額に手を当てる。魔力を纏った手が触れた途端、男は切羽詰まった顔で唾を飛ばす。
「まっ、待ってくれ!話す!話すから!ぜ、全部話すッ!だから待ってくれ!記憶を、記憶を読むのだけは!頼む、後生だからッ…」
「今更慌てちゃって……さては他にもやってんな?」
「容赦なくやってくれ」
「りょー」
「待っ」
明らかに怪しい挙動を無視して、僕はこいつから記憶を読み取る。以前、メーデリアにも使った魔法。それと同じ方法で、慌てた様子のイノシシから記憶を読み取る。
隠し事なんてさせない。でも、必要な記憶だけ。
ふむふむ。あー、あ。こいつただのギャンブル狂いだ。親危篤でもなんでもねェ。なんならもう死んでる。危篤を超えて死だ。ライオン丸に親だ〜って紹介したのもただのギャンブル仲間の老婆だし。ライオン丸はどうでもよくて適当にいなしたらしいけど……
闇金とかは上手く騙せて、お金を騙し取れたらしい。
すごいな。よくやろうと思えたな……で、肝心のクズはどいつだ?
んん……ん?
「なんだ、こいつ。なんか、こう……顔にジャミング?がかかってる女に唆されてんね…」
「あぁん?そいつは……成程、そういうことか」
顔が荒ぶってるというか、よく見えない、というか……すごい不気味なホラー演出を味わってるみたい。そいつが金をチラつかせて、こいつに依頼したっぽい。
地球人を攫えっていう依頼を。
……それでグゥを選んだのは、弱そうだったからって話らしい。そうだね、大金は貰えたけど仕事はダルいから、手頃なのを選んだってわけか……グゥが悪夢だってことは知られてなくて、でも悪夢陣営で……成程なぁ。そういう経緯か。
で、なんかレオード知ってそうだな、おい。泡吹いてるこいつの代わりに教えてくれ。
気絶早いな。
「処刑大隊のカメレオンだな。ったく……どうやらあの時紛れ込んでたみたいだな。何日前だ?」
「この前聴いた、襲撃された日の後だね」
「チッ…」
その処刑人さん、もう惑星を発ってるみたいだけど……攪拌と混乱が目的かな。このおっさんで疑心暗鬼を作る、そんな嫌がらせの種を仕込んできたっぽい。
面倒いことを。ちなみに、記憶の中のそいつを僕が認識できなかったのは、そういう性質があるかもだからだって言われた。成程ねぇ。お気味が悪い。
取り敢えずそいつのせいか。
……策略が策略してきたなぁ。すっごい暗躍されてて、後手に回ってる感。
「嫌がらせだな」
「だねぇ……他にもいるかもね」
「可能性はあんな。素行不良のヤツを調査しとく。まぁ、こいつが最底辺なのは把握済みだからな。これ以下は早々いねェだろうよ」
「だといいけどね」
「ったく…」
こそこそと動いているヤツがいることはわかった。一応警戒しとこう。グゥとハット・アクゥームにはこれからも警戒をしてもらおう。危ないからね。
レオードにはこれからも頑張ってもらうとして。
……やっぱ、どこの星でも金に目が眩むヤツがいるってことね。
その後おっさんを牢屋にぶち込んで、レオードと一緒に廊下を歩く。既にバカがいたことは通達され、心配そうにこっちを見たり、労ったり、割と気のいいあんちゃん共に声をかけられながら。良い奴が多いな……その分、ダメなヤツらが視界に映りやすいんだけど。
おーいと声をかけてきた仲間たちにも無事を伝える。
ゾロゾロと来るな。そんなに心配だった?んー、まぁ、そりゃ心配するか。
大丈夫だよー、とグゥを抱き上げ、ある意味一番の安全地帯であるほーちゃんに手渡す。
グゥは逆らわず、指しゃぶりをしたまま大人しい。
……やめさせた方がいいかな?肉体年齢は2歳時ぐらいだけど。
「無駄に愛嬌あんな…」
「ぐぅ?」
「無駄って言うなよ。ぶん殴るぞ」
「まだ死にたくはねェなァ」
「一言多いんだよ」
「性分なもんで」
やっぱりグゥの悪夢感に慣れないレオードのボヤき……気持ちはわかるけども、一応釘は刺しておく。通じるかは微妙だけど。半笑いだから通じてないな。
実力行使にでも出ようかな……
なんて思っていると。
通路の向こう側から、カツカツと鳥脚で近寄る、鴉羽の女戦士が現れた。
確か、コルボーだっけ。ウルグラ隊のなんちゃ四牙の。
「───エッホエッホ、大変だ〜って王様に伝えなきゃ♪エッホエッホ」
なんだこいつ。
軽快なリズムでやってきた鴉女に、ライオン丸は心から呆れた顔で溜息を吐いた。
うん、なんかこう……慣れを感じる。
「コルボー、なんかあんなら走るか飛んで来いよ。一族の伝統奏でながら来んじゃねェ」
「あっ、伝統なんだアレ。すごいなそっくり」
「うん?よくわかんないですけどー、王様!大変ですっ!いい話と悪い話があります。どっちからお聞きになりたいですか」
「あ?」
推定緊急事態にそんな二択用意すんなよ。なんて視線を彼女はものともせず、平然と澄まし顔で、コルボーは王の返答を待つ。
面倒臭ェという表情を隠さないレオードは、渋々、その流れに乗ってやる様子。こいつも苦労してんだな……仲間意識湧いてきちゃったよ。味方に頭抱えるとか、本格的にどうにかすべきだと思うけど。
うちもそうだけどさ。
「……いい話から寄越せ」
「はーい。タレス様の宇宙船が、獅子宮領宙外の警戒域に入りましたー。あと四時間ほどで領土に降りてくる頃かと思いまーす。以上、いい話でした」
「そうか。で、悪い話は」
「タレス様の本艦が絶賛襲撃され中。大艦隊からの強襲に手も足も出ないとのこと。あっ、それと届いた緊急通信を朗読します。んんっ、あー……『すんげー勢いのドラゴンヘッドに襲われてて草ァ!!あと砂も襲ってくるケロ!!早くたすてけ!ぽきの命がどうなってもいいの!?』……とのことです」
「バカかテメェ」
「嘘だろ」
すんごい呑気に報告するじゃんこの人。怖いんだけど?
取り敢えず、あのオタクくんがここに着く寸前なのに、命の危機に遭ってるのは伝わった。なにを呑気に報告して来てんだとか文句言いたいけど、所詮部外者なので一先ず横に置いといて。
苦虫を噛み潰したような顔のレオードは、それはもう、盛大な溜息を吐いて……
宣言する。
「お茶しようぜ」
「現実逃避!?」
可哀想。




