25-諦めを知らない新世代の光
「あーんまた負けたぁ」
「ふんだ。これに懲りたら金輪際ナメた真似するなよ」
「うわーん!」
:ボロ負けやんけ
:これ勝てる未来あるんです?
:コメットちゃんの配信との温度差がすごい
:敗色濃厚なのも真逆やな
:やめたらこのゲーム
「もっかい!もっかい!次は勝てるもん!」
「なにを根拠に……」
「ここでドリームスタイルとかゲットして、跳ね上がったマジカルパワーで、こう」
「バカなの?」
時は少し遡り───晴蜜財閥傘下の商業ビルの一室で、花園の魔法少女と歪夢の怪人がゲームで対決していた。
最初は普通に家で勉強会していたのだが。
ブルーコメットが他の三銃士らと戦っていると聞いて、慌ててこのような形を取ったのだ。友達との約束、それも敵側にいる親友を優先した結果なのだが……親友という、あまり公言できない点を除けば、敵の監視という観点から許される未来があるかもしれない。
ゲーム配信している時点で、そんなことないのだが。
財閥令嬢の権限と花魔法による危機感や違和感の低下、認識阻害などの魔法をふんだんに使うことで、配信部屋があれあそこじゃね?とバレるのを防ぐなどの工作は事前に処置済みである。
そして、またまた敗北を喫して、魔力を徴収された……その時。
「───えっ?」
ハニーデイズの魔力感知が、今までにない異常を検知、警鐘を鳴らす。
「なに、いきなり立って……んん、んー、成程」
奇行に困惑していたチェルシーも、遅れてそれを感知。覚えのある魔力の膜が、世界を騙す呪いの魔法が街一帯に構築展開され、目的のモノを隠すように広がっているのを理解して、あまりに大規模な魔法に冷や汗をかく。
……その様子を見て、未だ困惑するコメント欄を他所にデイズは詰問する。
「知ってるの?」
「知らない。でも、知ってる……でも、なんであの人が?このタイミングで……?」
:突然のあたふた
:なに?なにが起きてるの?
:詳細はよ
煮え切らない返答をBGMに、デイズはすぐにでも外へと飛び出せるよう魔法を準備。急かすコメント欄に軽く触れながら、出立準備も整えて……
チェルシーを小脇に抱えて、ハニーデイズは窓から外へ飛び出した!
「えっ」
「デイズ、いっきまーす!!」
「ちょ待っ」
:えぇ……
:なかよくなったね
:かわいいからいーや
:せめてこう、別の運び方ないん?
:うわ待て俺も酔う
:待機画面に切り替えてくらさい
:ビルをぴょんぴょんわー!!?
:アトラクションやな
:パルクール上手っ
方方を阿鼻叫喚に陥れて、 ビルをぴょんぴょんと跳ねて明園家まで向かう。なにやらよからぬ気配に囲まれた……否、包まれた、親友が暮らしている家へ。
風邪がうつったら大変だという理由でほまるんが看病を買って出てくれたが、この不穏な魔力相手には些か不安が勝る。
目を閉じて揺れる気持ち悪さを緩和しようと試みているチェルシーは、自分を抱えている手でトントン叩いて一体何処に向かっているのか問う。
「どこ?」
「エーテちゃんのお家!」
「……成程、そういう」
それだけで上司の思惑を理解して、そして。
「……このまま行ったら、ヤバい?」
敵対勢力と共に行動している時点で役満なのに、尊敬し敬愛する元・魔法少女疑惑のある上司の計画を邪魔する、そのようにしか見えない結果になりそうな今。
なんとかデイズの拘束を解こうと、必死に藻掻くが……怖がっていると勘違いされてより抱える力を強くされる。いらない善意と呟きながら、チェルシーはどうにかなれと内心叫んだ。
「チェルちゃん!魔力返して!」
「はぁ?バカなの?」
「お願い!今は時間がないの───今度、絶対埋め合わせするから……おねがい」
「………内緒ね」
「うんっ!」
例え口約束でも、ハニーデイズは、晴蜜きららは絶対に履行する。それがわかっているからこそ、友と敵の関係の板挟みになったチェルシーは、渋々徴収した魔力を返す。
十全になったハニーデイズは、更に空高く跳ぶ。
ようやく視界に映った、住宅街を切り取る黒色の帳を、半球体の異界を睨む。
あまりにも大胆にそこにあるのに、誰一人として異常に思わない認識阻害や、無意識に距離を取ってしまう細工が施された、マッドハッターの複合魔法。
空間を切り取り、テクスチャを塗り替え、思うがままの世界を作り上げる魔法。
それがなんなのかわからずとも、手を出すことに変わりない。
「花魔法<ヒュージ・ハニーディバイド>!!」
極限まで巨大化した斧を、重力に従うまま振り下ろす。黒い帳に囲まれた異界の壁とせめぎ合い、拮抗。圧倒的な質量をもって破壊を試みる。
力任せの思いっきり。魔力を乗せて、気合いも込める。
異界の中にいる友を、仲間を守る為に、救う為に───彼女の想いは、形となる。
「っ、はああああああああああ───!!」
結界に亀裂が入り、穴が開く。
そうして舞台は移り───ハニーデイズは、異界の主、マッドハッターと対峙する。
「“花園”か……」
「おねーさん、だれ?」
「マッドハッター。今君が抱えている、歪夢の保護者だと言えばわかるかね」
「!」
:怖っ
:シルクハットが喋ってる!?
:異形頭の幹部かぁ
:ママさん?
:猫ちゃやのお母さんでしたか……
:娘さんを僕にください!
:アホしかいないの?
:いつもの
「っ……」
「うわわ、あっ、チェルちゃーん!」
「至極当然。私はこっち側……あの、あのね。別に、ね。帽子屋さんを邪魔しようなんて、思って来たわけじゃ……なっ、ないから……」
「そう怯えるな。大方振り回されたのだろう。だがまぁ、戦いの邪魔ではあるな……どいていなさい」
「うぃ」
デイズの拘束から力任せに逃げて、たたらを踏みながらマッドハッターにチェルシーは弁明する。ここで裏切りと看做されて、捨てられたくなどなかったから。
無論そんな考えを持っていないマッドハッターは、特になんとも思わずチェルシーを侍らせる。
その隙にデイズはほまるんの怪我を治癒し、再び眼前の敵を注視する。
「は、ふぅ……ね、デイズ。気を付けて。あいつ、魔法をたくさん……それも、“希望の13魔法”の魔法が使える、みたい」
「っ、それほんと?」
「うん」
───希望の13魔法。魔法少女の次のステージへ覚醒しアリスメアーに大打撃を与えた、13人の魔法少女。
今は亡き、日本を、世界を守った英雄たちの総称。
彼女たちの魔法を使えるのは、本人を除きたった一人。魔法理論と技術の研究を趣味で始めたら、なんかできたと全魔法の習得に成功した、“蒼月”のムーンラピスのみ。
だが、今ここに。二人目の魔法使いが現れる。
マッドハッターは兵仗魔法を再展開。デイズに向けて、無言の一斉掃射。
「バーリアっ!うぐっ、衝撃すごっ……!」
「素晴らしい防御力だな。いい魔法だ。誰かを守るという意志の力が、よく感じられる」
「褒めてくれてありがとー!あ、その。すごいってことでここはさらば〜とか、してくれたりしない!?」
「無理であろうよ」
「う〜ん!」
前方からの絶え間ない弾幕を防ぐのにデイズは精一杯。マッドハッターの魔力が続くまで、兵仗魔法の魔銃掃射は止まらない、なんて芸当は容易いこと。
だが、ここは敢えて次の一手。千日手を選ぶより、より効果的な一撃を。
「氷魔法<アイスニードル>、土魔法<獅威し・岩戸>。そして雷魔法<サンダーバード・ストライク>」
「わわっ、あぶっ、花魔法<フラワーカーペット>ッ!」
一瞬にして凍りついた地面から氷の棘が生え、夜空からそこらの一軒家よりも大きな岩が落ち、雷で象った怪鳥が空気を震わせながら花の盾を迂回して牙を剥く。
三方向からの魔法攻撃に、デイズは足元から大量の花を咲かせ、流動。花弁が咲き乱れる動く足場に乗り、片手でほまるんを抱えて回避する。
かすり傷程度で済んだが、三つの魔法はまだ発動継続。
明園家からマッドハッターを離そうと誘導しながら動くデイズだが、その思惑も上手くいかない。
マッドハッターは一歩も動かず、魔法を乱発する。
そして。
「仕舞いだ───重力魔法<エンジェル・キッス>」
ハニーデイズを中心に強力な力場が発生して、下方向、急激な重力付加によって、デイズは回避もできず強制的に地に叩き落とされる。
元の位置、明園家の玄関前で、陥没した地面に墜ちる。
落下の際、抱えていたほまるんを下敷きにならないよう空に放り投げたのは英断であった。結局妖精共々重力圧に押し潰されてしまったが……決して誤った選択ではない。
だが、状況は依然最悪。重力の支配下に置かれたまま、2人には一切の抵抗は許されない。
「うっ、ぐっ……」
「“力天使”の重力魔法だ。そうちょこまかと動かれては、こうするしかなくなってしまう……さぁて、君。そろそろ万策尽きたかね?今の君に、彼女の魔法に対抗できる力がないことはわかっている。諦めたまえよ」
「そん、なの……やっ、だ……っ!」
「うっ、ぐっ…でいず……!」
「重いだろう。苦しいだろう。立ち上がることもできず、這いつくばって身体を痛めるだけ。無意味だろうに」
身体にかかる強烈な負荷で、身体が、内臓が潰れそうな錯覚に……否、実際に破壊されかけている現状にデイズは歯噛みしながら、それでも諦めずに抵抗する。
手を伸ばす。斧に変形したマジカルステッキを握る。
「…きらら……」
配信には乗らない小さな声で、チェルシーは倒れた友に手を伸ばしかけて、やめる。
自分にその資格がないことぐらい、わかっているから。
「はぁ……はぁ……ふっ、ふふ、あはは」
だが。ハニーデイズは笑う。痛みなど知らないように、拳を力強く握り締める。
「諦めない、もんッ……」
諦めない心は魔法少女の基本装備。ただ、諦めない心が強ければ強いほど、魔法少女もまた強くなれる。ドリームスタイルを獲得できた戦士は、皆一様にその傾向にある。
悪夢への激しい怒りも、強い恨みも、そして恐れも。
激情も恐怖もスパイスとなるが……真に魔法少女として覚醒するのは、どんな時にも諦めない、明るさを失わない強さがある者のみ。
十三人の英雄は諦めなかった。最後の一人になるまで、未来に託して、繋いで、世界を救う戦いに躍り出た。
幾度もの絶望を乗り越えた、最後まで笑える戦士たち。
そして、新世代の光。リリーエーテとブルーコメット。彼女たちもまた、最後まで諦めない強い心を、魔法少女に選ばれる前から持っていた。
だからこそ選ばれた。心の強さに惹かれた妖精たちが。
ならば。そうであるならば───ハニーデイズが、その真価を発揮しないわけがない。
:がんばれー!
:届け、俺たちの思いー!
:いけるいける、きっといける!
:死なないで!
:負けるな!
そして……無責任な応援の声が、ハニーデイズの心に、折れることもヒビが入ることもない心を補強する。
支えられ、導かれ───想いの力で、少女は覚醒する。
「っ、ぅ……ドリーム…アップ……!」
ぽかぽかと、身体の奥底から湧き上がるその心地良さに惹かれて、ハニーデイズは無意識に詠唱する。
危機を打開できる、更なる位階へ飛び立つ魔法を。
「……素質はあったわけか」
「パワーなら、負けないッ、から……重力なんて、もう、へっちゃらだもん……!」
下方向へかかる重力圧の中、ハニーデイズはのろのろと立ち上がる。爆発稼働する魔力が身体能力を底上げして、彼女を天使の呪縛から解き放つ。
さぁ、思い描け。晴蜜きららが思う、理想の姿を。
強くて、諦めなくて、かっこよくて、かわいくて───敵も味方も関係なく、みんなを笑顔にできる、花園を踊るお姫様の姿を。
「マジカル、チェンジッ───さぁ、行くよっ!!」
夜天の異境に、色とりどりの美しい花が咲き誇った。




