273-おまんが厄災、おまんも厄災
色々あった。
色々あったけど、将星は無事退けたし、顔パーツの修復だってできた。文句無しの旅路であったと評価し、力強く豪語したい。
「その子は何!?何なの!?」
豪速球で疑問符を投げつけられるが、気にすることでもないので全て無視。生まれて初めて地に足つけた、そんな雰囲気で一歩目を踏み出せない幼女を抱き上げ、うるさい連中から遠ざかるように移動する。
あぁ、逃げてるわけじゃないよ?
転移魔法の構築で、レオードたちのいる獅子宮に繋げる入り口を作らなきゃなんだ。謝罪行脚させられながら少しいい感じのところに予定地を構えたんだ。
予めの作業って大事なんだよ。覚えといて。
事前に仮組みしておいた魔法陣を更に組み立て、十分に転移できるように文字を付け足す。
……まだうるさいな。状況的に、このガキがどこ産かはわかるだろうに。
「わかった上で聴いてるの!」
「んえぇ……別に、あれだけ悪夢の力を注ぎ込めば外殻を構築することも可能だろうに。元を辿ろうが辿らまいが、こいつはリデルに近しい存在なんだ。進化を重ねれば人の形に近付くのは、想定して然るべきでしょ」
「無理寄りの無理だよ?」
「はぁ?」
元が大昔の人間だったリデル、原型を留めず巨大化した将星ムイア、完全に悪夢に染まりながらも、人型を保っている僕ことムーンラピス。
悪夢の影響下にあったものは、現状全て人の形。
大元は球体だし、ムイアのに関しては悪夢本体がロクに成長しなかったせいでずっと卵だったけど……紆余曲折で覚醒したし。何か法則があるのかないのか。わからんけど今はいい。
この白髪幼女───名前はまだないが、この暗黒宇宙に生まれた悪夢を原料に、この僕、アリスメアー、魔法少女たちのユメエネルギー、そしてコシュマールのを取り込み進化した悪夢の卵、それが彼女だ。
年齢は二百歳ちょっと。
アリスメアーの平均年齢が少し上がった。女王×2がいる時点で今更だけど。
「りどりど?」
「? あー、リデルか…」
「忘れないであげて」
「無理」
仕方ない。いい加減リデル出すか。ずっと騒いでるし。そんなにマッドハッターと二人っきりが嫌なわけ?えっ?詰め将棋みたいに説教してくる?自業自得だろ。
騒がしいガキを夢から呼び出し、僕の隣へ。
シナシナになったリデルの肩を空いた片手で抱き寄せ、誘拐対策をしながら話を続ける。
あ、転移魔法陣は完成した。
「ぐへっ…お、遅いぞ…」
「そんなに?」
「理詰め怖い……やだぁ…」
「…びくびく?」
「……取り敢えず、リデルと同じ完全に悪夢な存在が正式パーティ入りしたとでも思え。あっ、僕ももうこっち側にいるんだった…」
「一番忘れちゃいけないやつぅ」
「もう受け入れたよ…」
もう人間名乗れないねぇ……
開き直るかぁ。うん。僕は悪夢!人間やーめた!はい。顔も声も覚えてないけど、両親にはごめんなさいの一言を添えておこう。
「かわいい…」
「初めまして!お名前は?」
「まだないよ」
「まだないちゃんか〜」
「……それを真に受けてこいつが名乗り出した瞬間、僕は先輩を殺すけど?」
「ごめんっ!!」
「ぅ?」
完成した魔法陣にみんなを集めて、目的地までの適当に概算した座標と繋ぐ。この旅の最終目標である将星たちの目逸らしは上手く行った方だろう。道中の面倒後、戦争に関係ない厄介事も封殺して解決できたし。
最後の妖精の命を狙いかねない樹を葬った。
暗黒王域軍最大数の大艦隊を再起不能に陥らせた。
頓挫していた星教会の計画を終わらせた。
生きていた水瓶座から脅威を取り除いた。
そして、悪夢を取り込み、将星たちの力を測ることにも僕たちは成功した。
顔が崩れたり、人間やめたり、悪夢が活性化したりと、予期せぬ出来事は多々あったが……許容範囲内と考えればマシだろうか。
これから僕たちは獅子宮に帰還する。一旦ね。夢星同盟集合しなきゃだからさ。こっから一緒に極黒恒星行って、星喰い陣営に戦争を吹っ掛けるのだ。
そこで決着がつくのか、はたまた先延ばしになるのか。
極黒恒星を戦場にするのか、それとも別の星を決戦場にするのか。それは、その時にならないとわからないけど。足並み揃えて、戦いに挑む。
ライオン丸たちも戦力を集め終わったとこだろう。
さっさと出発して、地球が宇宙からの脅威に晒されないようにしなきゃね。ユメの核であるリデルが殺されない、そんな未来が来ないように。
こっちも準備は終えた。
噂に聞く“星喰い”のユメを啜る力。魔法少女たちの持つユメエネルギーを奪える暴食性。それも、【悪夢】の力で対抗できる。そして、今の僕は悪夢そのものであり、この力を使って……
……頑張らなくちゃ、ね。
懸念事項として、メアリーよろしく悪夢に耐えられなく可能性が挙げられるけど……そん時は頼れる仲間に、また僕の暴走を止めてもらうとしよう。
精神世界にいるマッドハッターもいるから、心配ない。
万全な状態だしね。流石に働き過ぎた覚えがあるから、ちょっと休むけど。
弱音じゃないよ?
……あと、ちなみにだけど。旅の直前で、次に会う時は戦場の手前で、レオードたちも移動している、って最初は言ってたんだけどさ。ちょっと予定が狂って……
具体的に言うと、僕の不調。
顔面崩壊の件を途中報告した時に、あっちもあっちで、それはもう色々と問題があったらしくて。出発をちょっと遅らせてくれてる。つい今しがた再度通信したら、休憩を挟めって言われちゃってさ。
ここはお言葉に甘えようと思う。
二週間で準備を終えるって言ってたけど、こっちの方が早く終わっちゃったのもあるけどさ。もう仕方ないから、一緒に行こうぜってこと。
予定変更ってやつだ。
「名前、か……はァ……そっちも考えなきゃか。名付け親なんて性に合わん…」
「私が一肌脱ごっか?」
「なに露出狂?」
「日本語知ってまっか?」
「やりそうじゃん」
「やらんが!?」
どっちかと言うと服脱ぐじゃなくて皮剥ぐのイメージが強いのはなんでなんだろうね。
取り敢えず、この子の名前考えなきゃ…
「ぬぎぬぎ?」
「やめんか、教育に悪いぞオマエら」
「ごめんなさい」
オマエに言われたらおしまいだと思う。
───取り敢えず、宇宙旅行はこれにて閉幕。パパっと世界の縮図を変えに行こうか。
転移魔法の煌めきが宙を彩り、跡には何も残さず。
ラストステージに続く、最後の扉───宇宙戦争の蓋が開いた。
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「───我も行きたかった…」
同時刻。極黒恒星にある“裏世界”───修練場としての機能を持たされた異界にて。虚空に浮かぶ岩石島に、蛇の異星人が体育座りで黄昏ていた。
暗黒王域の皇帝、ニフラクトゥである。
この男、あのムーンラピス暴走の気配を察知して堪らず飛び出たぐらい、彼女との死闘を楽しみにしていた戦闘狂である。例えその意識がない状態でも、戦えるのであればそれでよし。本番は後で取っておくことで、後の楽しみを増やしながら戦いに挑む予定だった。
しかし、彼の突発的な計画は頓挫する。
邪魔をしたのは彼の配下たち───絶対にロクなことにならないと察した忠臣(天魚・司書・水精)と捕虜(廻廊)が、全力妨害を仕掛けたのだ。
今ここで戦いに出かけられたら、「あかん」と。
忠臣たちは皇帝の負けを想像することはできなくとも、ここで参戦させたら余計場がとんでもないことになるのが想像できて止めた。お楽しみは取っておけだの、リスクが高すぎますだの、多分よくないですだの……
ニフラクトゥからすれば知ったこっちゃない話である。
……尚、バリバリ便乗して戦場入りしようとした魔牛は司書にとっちめられた。
最終的に、廻廊───ミロロノワールの鏡の世界に梱包封印される形で収束した。
当然、納得いかないニフラクトゥは暴れたが。
代わりにとノワールが用意したダンジョンを前にして、ウキウキになって挑んだことをここに明記する。ちなみに殺意てんこ盛りの年齢制限爆上げグロダンジョンであったことも書いておく。あわよくばで殺す気満々だった。
結果はホクホク笑顔の蛇が帰投しただけだが。
とはいえ、足止めには成功し……思い出したように不満タラタラの皇帝ができあがった。
そして今に至る。
「羨ましいぞ」
「えぇ…?そんなに期待してたのかい?すごい入れ込み様だねぇ。びっくりだ」
「マジかよ陛下」
項垂れてぶすくれている王に、呼び出された将星たちは困惑の顔を見せる。あの皇帝がこんな反応……想像できるわけがない。集められたのは、サジタリウス、カストル、ポルクス、スピカ、アルフェル、エルナト、メーデリア、リブラの将星。現役の将星たちが、全員、問答無用てこの異空間に集められていた。
……ちなみに、オマケでノワールもいる。
監視対象なので、将星がいるところに連れてかれるのは当然である。
「んでー?なんで呼んだんだよ」
岩山に胡座をかいて座るエルナトは、頬杖をついて王に問い掛ける。あまりの不敬にメーデリアが眉を顰めたが、破壊の大戦士は特に気にせず。
そして、戦いのチャンスを逃したニフラクトゥも大して気にも止めず。
「あぁ、最近、オマエたちが不甲斐ないからな……全員、ここで我と戦え。なんのいうか、そうだ、稽古だ」
「稽古ォ?あんたが?……知ってたのかよそんな言葉」
「びっくりじゃのぉ」
「よーし、そこに並べ」
「どうどう」
魔法少女たちとの戦いで敗北続きの暗黒王域軍……その最高指揮官である将星たちがこの体たらくでは、将として示しがつかない。負けた覚えのある女子二人と馬、双子は目を逸らすか苦笑いか憤慨するしかない。
ちなみに、カンセールは僻地で隠居し療養を決め込んでいるので呼び出せない。
晴れ晴れとした笑顔で引退を申し出た重傷の侵略者。
リブラの回復魔術や薬草院の集中治療でも、瀕死手前を脱却できた程度しか治療できなかったカンセールは、生き残った配下たちと田舎暮し中……魂が損傷している影響もあって、怪我の治りが遅いカンセールを戦場に呼ぶなど、不合理極まりない。
「空いた将星の座も埋めるよりも先に、オマエたちを鍛え最後の戦いに備えるぞ」
「あん?なんだ、見込みあるヤツいるのか?」
「元より打診はあったからな。各部隊からの支持も厚い。士気を上げるのにも必要だろう?」
「数合わせにならないといいですが…」
「負けてるアナタがいいます?発言権ないですからね今。黙って腕立て伏せしなさい」
「はい…」
そんな侵略者と違って、ここにいる将星の中にいる敗北経験者たちはまだ戦える……ならば、皇帝の威信にかけて二度目三度目の敗北など許してはならない。
全敗中のスピカとメーデリアは凄い勢いで目を逸らす。
いつも通り感情の起伏が少ない声色で、ニフラクトゥは熱く語る……
が。
「なんじゃ、建前はそうだとしても、実際は戦えなかった恨み辛みを発散したいだけじゃろ。儂関係ないな。頑張れ若いの。お主らのせいじゃ」
「ちょっジジイ!抜け駆けはズルいぞ!?」
「わ、わかっていたなら、わざわざ言わなくてもよかったですよね!?ほら!図星突かれた陛下が憤怒のオーラを!怒ってますよ怒り再発してますよ!?」
「おっ、楽しくなりそうだな!来いッ!!」
「うーん、ムーンラピスの提案に乗らない方がよかったのかな?これは……いや、こっちの方がマシな結末かぁ……仕方ないね、うん」
アルフェルが欠伸をしながら図星を突けば、見事的中しニフラクトゥが戦闘態勢に入る。鬱憤晴らしである。鏡の世界で満足するわけがない。それはそれ、これはこれだ。
ヤル気に満ちたエルナトと違い、他の面々は消極的。
そりゃそうだ。待っているのは鍛錬と言う名の、愛ある暴行である。
そうだと言うのに、逃げずに立ち向かおうとするのが、彼ら将星なのだが。
「死ぬなよ?」
「あっこれガチなヤツ…」
「メーデリア!元を正せばあなたが負けたのが始まりっ!不甲斐ないですよ!!」
「責任転嫁するんじゃないわよクソ羽ぇ!!」
「ハッハッハッハッ」
「行きますよ、お兄様!」
「そうだな、行くぞ!」
「死ぬのはテメェだよクソ蛇ィィィ!!」
「「「「不敬ッッ!」」」」
「あん?」
ニフラクトゥより先に、女将星四人の攻撃がエルナトに向けられたのは余談である。
無論無傷だが。
「……」
ギャーギャーと騒ぎ出して、次いで聞こえてくる轟音。瞬く間に地獄と化していく異界を、一同からかなり離れた位置でノワールは眺める。なるべく巻き込まれない、安全地帯を自力で確保した上での、高みの見物。
我関せず。なにせ無関係なので。
物理では敵いそうにない将星たちの躍動には、溜息しか出てこないが。
同期の顔面事情その他諸々を心配しながら、ワタシにはできることないなぁと黄昏れる。相変わらず、二人揃って自分の手が届かない場所まで行ってくれる。
置いてけぼりは嫌だというのに。
戦場の最中か、その手前か。合流できれば盛大に文句を言ってやろう。
それはそれとして、このツマラナイ殴り合いから颯爽と逃げ出したい。
「帰っていい?」
「いや、オマエも参加だ」
「えっ」
皇帝の歩みを止めた罪は重い。
暗黒王域は今日も平和である。
次回新章です
昔は戻る予定なかったんですけど、新キャラちゃんの話を書くために一旦帰還します。




