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夜澄みの蒼月、闇堕ち少女の夢革命  作者: 民折功利
マギアガールズ銀河紀行 -悪夢星誕-

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269-微睡みの底より


「本当に戦わなくていいの?」

【噂に違わぬ戦闘狂だな、君は……まぁ問題ないだろう。そもそも、あまり時間をかけたくないのは君たちとて同じであろう?現実世界よりも数倍早く時間が流れているとは言えど、無茶は禁物だ】

「そうだぞライト。此奴と戦うとなると、うるるーの夢がほぼ確実に消滅してしまう」

「……そんなに強いの?」

【武力は無いぞ。ただ、存在するだけで地球が悲鳴上げて爆発四散するぐらいには歪んでいる。存在が禁忌、厄災、意思ある核兵器とでも名乗ろうか】

「ヤバっ」


 下層の更に下に続く階段の蓋を、マッドハッターの長い腕が持ち上げる。ちょうど彼の真後ろに入り口はあって、テーブルを回り込んだ一同は改めてその大きさに驚く。

 これなら斬れるな…と無遠慮に触って確かめるライトがいたが、エーテが杖で殴って黙らせた。流石にデリカシー諸々がない。

 姉の代わりに平謝りする妹に気にしてないと手を振り、マッドハッターは速くしなさいと一同を急かす。

 このまま時間をかければ、現実世界の皆が死ぬだけ。

 そう忠告された2人と一匹は、気を引き締め直してその階段を下りていく。


「なに、ここ…」


 ……だが、辿り着いた最下層には───何も無い。ただ石畳が広がっているだけの空き部屋があって……そこには壁がなく、地平線の果てまで虚無があった。

 空間拡張による無限異空間。

 進めど進めど終点はなく、進む度に世界が広がっていく異次元。進むことなく、経験からあっさりとそう見抜いたライトに、最後に異次元へと降り立ったマッドハッターが緩慢な手つきで拍手する。

 正解だ、と低く冷たい声が響く。

 下半身との断面を引き摺りながら、お茶会の主は一同をゆっくりと追い抜く。


【一つだけ、君たちの認識の訂正しよう───この迷宮の最終到達地点は、“下”ではない】

「え?」


 意味深に呟くマッドハッターは、長い手を右往左往させながら石畳を触り……他のと何ら変わりのない床に触れ、ゆっくりと太い指先でなぞる。

 この状態でも見上げるほど大きな帽子頭に、魔法少女は首を傾げるばがり。


「どういう…」

「……下じゃなくて、“上”ってこと?」

「えっ!?」

【───正解だ。ムーンラピスの精神は、この塔の頂上で安眠を貪っている。あぁ、正攻法以外で塔を登ろうとする

行為は、全て禁止事項に反するとして即死となる。万が一またここに来るのであれば、気を付けるように】

「二度と来たくないんだけど?てか初見殺し多すぎ」

「うるるーらしいな…」

「……そっかぁ、塔の形なら普通登る筈だもんね……全然考えてなかったや」

「ね」


 つまりは、塔を下って最後は登らなければならない……マッドハッターの助言が無ければ、到底見つかりっこない正規ルートなのである。侵入者はこの無限の異次元を一生彷徨い続けることとなる。

 石畳の何処かにあるスイッチ。普通は触れても見つけることができないそれを見つける必要もある。

 今回は、マッドハッターという助言者がいるが。

 ちなみに、リデルはハット・アクゥームを通して全てを知っていたようだ。知っていた癖に喋らなかった罪で絶賛制裁中である。

 そんな喧騒を無視して、帽子屋は手を動かす。

 ……だが、突然、マッドハッターの動きが鈍くなった。まるで、探し物が見つかったのに手が届かないように……手が止まる。


【これは…】

「? どうしたの?」

【……すまない、子どもたち。どうやら、まだ。解くべきギミックを残してしまったようだ…】

「えっ、どれ?」

「…?」


 申し訳なさそうに項垂れるマッドハッターは、帽子頭を魔法少女たちに向ける。

 その気配に、ライトは無意識に眉を顰めた。


【本来ならば道が切り開かれるのだが……どうやら、階層全ての守護者を討伐しないと解放されない仕組みが施されていたようだ】

「……えっ、それって、つまり…」

【───吾輩、倒されなければいかないかもしれん】

「えぇ……どうにかならないの?ってか、わかってないでここに来たの?」

【すまぬ】


 上層守護者の牢番。

 中層守護者の愉快な仲間たち。

 そして下層守護者の帽子屋───ではなく、混沌生物を討伐することで開く扉。だが、この旅程では下層守護者が戦わずして階段を解放してしまった。

 そんなズルは許されない。

 急遽守護者枠に割り込んだマッドハッターは、一つだけミスを犯した。


 彼の行動は、ダンジョンの機構に自ら組み込まれる……つまり、ダンジョンのルールに縛られて当然であり、主が定めった絶対から逃れることができなくなる。

 如何に全知全能であろうとも。

 急ぎで行動してしまえば……そういった見落としだってできてしまうもの。


 深く項垂れたマッドハッターの肩を、リデルはやさしく叩いてやった。


【不甲斐ない…】

「いっ、いやでも!そこまで私たちを守ろうとしてくれたってこと、よーくわかったから!ありがとうございます!なんとかなりませんかね!?」

「いやー、ラピちゃんルールは絶対だから……斬るね?」

「ライトーっ!!ダメぽふよっ!せめて同意を取ってから斬り掛かるぽふっ!」

「それもどうなの…?」


 励ますエーテと聖剣を首?に宛てがうライト、的外れな忠言をするぽふるんに振り回されながら、マッドハッターは疲れたような息を吐く。

 余程自分の見落としがショックだったらしい。

 数秒ほど立て直す時間を要した帽子頭は、こほんと息を整えて仕切り直す。


【すまなかったな。そして……避けられない運命であると言うのであれば、乗らねば次へと進まない。かといって、ここで命の取り合いをするのはリスクがある】

「なぁに、私たちが信用できないわけ?そう易々とタマは取らせたりしないよ?」

【ん?あぁ、気分を害したのであれば申し訳ない。決してそのような考えはない。ただ吾輩の性質上……下手すればムーンラピスの精神が完全に死に絶え、元将星のムイアのような異形の怪物に変貌する。これは確定事項だ】

「ヨシ、戦うのやめない?」

「手のひらくるっくる…」

【故に、吾輩が取れる選択肢は一つ……戦いを起こして、勝敗がついたとダンジョンに“理解させる”こと】

「わからせ?」


 マッドハッターの解決策は、己の降参をもってルールに則ること。討伐が重要とは言え、降参して道を開けるのも問題ないとマッドハッターは語る。

 無論、本来は守護者たちに降参の二文字はないが……

 無い故に設定されていなかったルールの隙間を突いて、戦いが終わったことを成立させる。その為にも、帽子頭は自分の形代を作り上げる。


【こいつを使う】


 背後の影から、闇が這い出て───スケールダウンした帽子の異形が現れた。

 サイズ的には、ライトたちと同じ身長。

 能力を最低限まで削ぎ落とした、マッドハッターの人形である。


【今からこいつが魔法を使う。君たちはそれを突破して、こいつに一太刀浴びせてくれたまえ。耐久力はそれなりに高いが、君たちなら即座に破壊できるだろう】

「成程ね。で、あなたの魔法ってどんなやつなの」

【君も知ってる筈だ───深淵魔法。世界が溶ける威力の根源的な“闇”を支配する魔法。不用意に使えば、瞬く暇もなく星が消滅する】

「禁止カードじゃん。封印して?」

【だから表舞台に立たなかったのだ。吾輩が狂わずにいて助かったな。下手すれば君たちが生まれるより前に地球が滅んでいたのだから】

「うっわぁ…」


 ちなみにラピスは習得済みだ。生前のマッドハッターを殺害する前に、試しに魔法を撃たせるという愚行を真顔でやらせたのである。あの時は流石のマッドハッターも千歳以上年下の人間の少女にドン引きした。

 精神の大部分を損傷させながら、ケラケラ笑って深淵を無効化させたのも驚いたが。

 そんな世界を滅ぼせる魔法、その一端を扱う人形。

 本物よりも遥かに弱いが、それでも脅威であることには変わりなく。


 だが、そんな程度の障害で、この姉妹が前を進むことを諦めるわけもない。


「いいよ、やろ」

「準備はできてます!」

【良かろう。あぁ、なるべく距離は取りたまえ。近ければ近いだけ命が消費されるぞ】

「怖いなぁ…」


 軽口を叩きながら、2人は聖剣と夢杖を構える。


 その覚悟をマッドハッターは称賛して、停止させていた形代に指示を出す。

 小手先の、絶望をそこに。



【─── 深 淵 魔 法 】



 瞬間、あまりに重苦しい重低音が異次元に響き渡り……黒灰色の渦巻く闇、濃厚凝縮された災禍の闇の奔流が形代の手から解き放たれた。

 夢の中とはいえ、溢れ出る闇が世界を軋ませる。

 その闇を視認した瞬間、歴戦の魔法少女でさえも全身が粟立ち、恐怖する。喉から血が迫り上がってくるような、骨という骨がゴリゴリに削れて、肉が溶けて死んでしまうような、幾つもの形容し難い痛みが、絶望的なまでの死を想起させる。何処までも濃く深い闇。対面しているだけで死にたいと思ってしまい、無意識に首に手がかかる。その異常に遅れて気付いて、なんとか理性を保って首から手を離した。それぐらい、ただそこにあるだけで理性を溶かす深淵の闇。魔力防御が無ければ、対面するだけで肉体から精神までもが溶けていく闇。世界という構築物、星表面のテクスチャが歪んで巡れて崩壊していく。理屈抜きで死を齎す。理不尽に、死という結果のみが世界を満たす。

 破滅的な絶望、凄惨たる救済、根源的な死。

 人間なんかでは到底敵わない“終わり”が、絶対的な闇が目前より迫る。

 悲鳴を上げる空間が鳴らす異音に、魔法少女たちは耳を塞ぎたくなるのを我慢しながら、溜めに溜めた魔力を敵に撃ち放つ。


「お姉ちゃん」

「…うん、やっちゃお。盛大に!」

「うん!」


 これは、生半可な気持ちで立ち向かってはいけない。

 忠告された通りに───本気で挑まなければ、私たちはここで死ぬ。そう錯覚させてくる死に、たった2人だけの姉妹は立ち向かう。

 ゆっくりと息を合わせて、力を合わせて───光を。


「真・極光魔法!」

「真・夢想魔法!」


───<リリー・ホーリーカノン>ッ!!

───<リリー・ドリームカノン>ッ!!


 悪夢を晴らす最強の光が、極大の闇を正面から穿ち……激しく拮抗する。


 その光すらも呑み込まんと、闇は膨れ上がる。


「うおおおおおおお!!」

「はあああああああ!!」


 喉がはち切れそうになるぐらい、声を張り上げて───リリーライトの極光が、リリーエーテの夢光が、大きく、何度も大きく膨れ上がって、輝いて、明るく煌めいて。

 執念にも似た祈りが、その背を後押しする。

 願うは平穏。ムーンラピスを目覚めさせ、またもう一度世界を歩く為に。さっさと起きて、ご飯を食べて、また、また明日と言い合えるように。

 覚悟を賭した光は、徐々に闇を押し込んで……

 最後は、二色の光が殊更に輝いて───絶望の“闇”が、呑み込まれる。


【───…】


 万物を呑み込む闇が逆に呑み込まれて、その奥に佇んだ形代までもを貫いて……

 2人の光は、全てを浄化する。

 その場に何も残さず、残滓すらも消し去って。

 跡形もなく、無限の異次元から闇を追い払って、仮初の守護者を打ち倒した。

 勝利である。


「はァ、はァ、はァ…」

「っ……ふぅ……ちょっと!何が弱く設定しただ!全っ然強かったんだけど!?」

【? 弱くしてるぞ。アレでも】

「リデルッ!この帽子なんなのッ!?」

「……あー、メアリーと私の育ての親、だ。3000年以上生きてる元・妖精だな。うん」

「そういうことを聞きたいんじゃないんだけど???」

「ゴホッゴホッ、落ち着いてお姉ちゃん…」

「な、なにはともあれ!お疲れ様ぽふ!ほら、ポーション飲んでぽふ!」

「ん」


 流石に抑えきれなかった苛立ちが佛々と湧いてくるが、妹の取り成しもあってなんとか鎮静化。落ち着いてあげたライトは、緩慢に拍手するマッドハッターを睨みつけた。

 手が長いから仕方ないとはいえ、拍手の仕方にも怒りが湧いてきてしまったようだ。

 このまま怒りが殺意に変換される前に、ぽふるんが顔面ダイブを決めたことで落ち着かせた。大分見慣れた光景の一つである。


【素晴らしい。それでこそ、だ。いつかは、吾輩の本気を受けても平気でいられるぐらいには強くなってほしい……いやそれだと人間をやめてるな。うん。聞かなかったことにしてくれたまえ】

「大分無理があるしなんなんだよあなたの魔法ッ!」

【深淵である。さて───どうやら、道が開けたようだ。足元に注意したまえ】

「え?」


 忠告が呟かれたのと同時に、石畳がカタカタと揺れ……全員を囲むように、円形の力場が発生する。

 蒼色の光が円を囲い、石畳を床から切り離す。

 3人と二匹、ついでに怪人も乗せて───月塔迷宮を、下から上へと突き上げる。


「うわわ!?」

「ちょっ、強引っ!」

「ひぇ〜!?」

「なるほど、エレベーターか。だが、このままだと天井に頭を打ち付けるぞ?」

【問題ない。ちゃんと開くぞ……ほら】

【ハットス!】


 浮上する床にしがみついたエーテが天井を見上げれば、確かに、石畳の天井がぐにゃりとまあるく開き、そのまま通過口となって穴開く。

 月塔迷宮を登るエレベーターから見える景色は、こんな短期間でも感傷を抱けるぐらいには濃密で。

 透明な壁に阻まれた魔物たちが、幾つものギミックが、夢の主を侵害する侵入者を殺す為の全てが、どんどん視界から外れていく。


 そうして、五十秒程時間をかけて───一同は、屋上に到着する。


 手の届く距離に蒼い月が浮かぶ、青い夜空の下に。


次回、目覚め

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― 新着の感想 ―
三人の女王の守護者に相当する(「クイーンズメアリー」「悪夢の大王」「悪夢の女王」) 最も弱い分身だけでも「太陽」姉妹に死を感じさせるほど強いので、最初から最大の火力を出さなければならない 今の表現から…
まぁ、ラビスなら克服できるはずだし。彼女にとっては理性さえ保てていればそうする必要はないとはいえ、悪夢の具現として、恒例のラスボス(?)の新しい姿を見せる演出もなく、犠牲の生贄になることもなく、友人た…
素晴らしい。それでこそ、だ。いつかは、吾輩の本気を受けても平気でいられるぐらいには強くなってほしい……いやそれだと人間をやめてるな。うん。聞かなかったことにしてくれたまえ >あ、そういえば、確かに深…
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