268-狂ったお茶会の主
今更ですが、本作の時代設定はかなり曖昧なモノになっております。半年以上と言いながら、実際には9ヶ月以上も経ってたりしてます。なんなんでしょうね。
そこら辺はお目こぼしいただけると幸いです。
……致命的なミスが発見されましたが、こう、いい感じに辻褄を合わせたいと思います。対戦よろしくお願いいたします。
───ようこそ、御客人。
君が来るのを待っていた。
生憎、紅茶も茶菓子の類いも無いが……暫しの歓談を、どうか許して欲しい。
───唐突だね。でも、そうか……オマエか。この僕を、夢で呼んでいたのは。
───肯定しよう。そうだ、吾輩が君を呼んだ。魔法少女ムーンラピス。月下に佇む最後の悪夢祓いよ。
吾輩の拙い呼び声に応えてくれたこと、感謝する。
───あっそ。
それは、二年以上も前のこと。とある【悪夢】の底で、魔法少女と怪人は出会った。月を冠する蒼色の戦乙女と、帽子と上半身という歪な形の怪物。本来ならば会うことも語らうこともない、交わることのない異物。“彼”が居座る異空間には、“彼”から招かれなければ入ることも、そも、感知することもできない。
もしも“彼”が現実世界に現れれば……存在基盤の歪みによって、世界はパッと崩壊する。理屈や理論などはなく、ただ【悪夢】によってそういった存在に成り果てた。
故に、怪物は動かない。
時間の止まった終わりの来ないお茶会会場で、悪夢色に染まっていく世界をただ眺めていた。
だが───この日、世界の情勢が変わる。
わざわざ“彼”が、この異空間に部外者を招き入れるのはこれが初めてのことであった。
招待された蒼い魔法少女───ムーンラピスは、冷たい無表情で、テーブルの向こうにいる帽子頭を見つめる。
警戒心は勿論解かず、勧められるまま席に着く。
忘れ去られたアリスメアーの幹部怪人、深淵の帽子屋、マッドハッターとの会談に挑む。
「それで?要件は」
「そう急かすな、と言いたいところだが……簡単な話だ。君の力で、吾輩を殺して欲しい」
「……ふーん?」
ド直球で告げたマッドハッターを、ラピスは訝しむ目で睨みつける。流石のラピスも、自分から殺してくださいと申し出る怪人と会うのは初めてだった。
そもそも、夢という手段を用いていながら命を奪わず、呪うこともせずに穏便に返している時点で異常だった。
不気味に思いながらも来てやったラピスは、仕方ないと諦めて相手のペースに乗ってやる。時には諦めも肝心と、渋々受け入れてここにいる。
……お茶会の癖に紅茶もねぇのかと悪態つきたいところだが、夢は夢でも悪夢の中で飲食をするほどラピスも馬鹿ではない。
「何故?」
「そうさなぁ……疲れてしまったのだよ、吾輩は。かなり長い間、ここにいてね。寝たがりもさかりも、もうずっと見ていない。会えていない…」
「……ティーポットのガキと変態紳士か。前者は兎も角、友達選びは考え直した方がいいと思うけど」
「……やっぱり?」
「おい」
小首を傾げたのか、シルクハットごと右に傾く。友人を悪く言われれば怒るモノだと思うが、そこで納得するのは如何なモノなのか。
常識的にそれはどうなの?とは思うが、納得できる人選である為口を噤んだ。
……自分も否定から入るだろうと未来が見えた。
閑話休題、ここにはいないメンバーのことを思考しても仕方がない。
「寂しくなったのもあって、死にたいの?」
「……いや、すまない。それはそれで違う回答になるな。うーん、なんというべきか……いや、本当に。疲れたから死にたい、というのが本音なのだがね」
「寂しさよりも?」
「寂しさよりも」
関節が無駄に多い長すぎる手を組むマッドハッターに、ラピスは面倒だなこいつといった視線を隠さない。ここで突然豹変して殺しに来るなら別にいいのだが、この怪人は一向に殺意を向けてこない。
それどころか、マトモに会話が成立している始末。
彼女が知る中で会話というか対話ができるのは三銃士の2人ぐらいで、他は一方的な語りか発狂か呻き声ばかりで話にならないのだ。なのに、目の前の“これ”はしっかりと受け答えができている。
不思議だった。
不気味だった。
いっその事敵対してくれた方が、幾分か楽だったのに。そう内心悪態をつきながら、頬杖をついたラピスは眼前で悩みに悩む帽子頭を見る。
あのお嬢様気取りのネズミですら殺意が濃いのに、この帽子頭にはない。
本当に、何も無い。
「……なかなか、心とは難しいモノである。いざこうして突き付けられてみると、己がどのような感情、どのような理由をもって“疲れた”と曰わったのかわからなくなる」
「指摘した僕が言うのも何だけど、疲れたは疲れた、でもいーんじゃないの?深く考えすぎだと思うよ」
「…うーむ……それもそう、か。すまないね、呼び込んでおいて、この体たらくで」
「別に」
思考が深みに嵌るのはいつものこと。
悠久にも等しい孤独を生きるマッドハッターにとって、この対話もまた久しい……久しぶりすぎる。微睡むこともできないマッドハッターは、冴えた思考のまま、永遠と、終わりのない世界で考えるばかり。
だが、今日は賑やかだ。
喋る相手は物静かで冷たいが、ここまで理知的な会話ができるのも久しぶりだ。
あぁ、本当に───彼女を選んで、正解だった。
「……考えを纏める為に、話をしてもいいかね。遺言だと思ってくれても構わないのだが」
「あー、拒否権無い感じ?まぁいいけど……時間は?」
「安心したまえ。ここは時の止まった夢の中。とはいえ、長居するのはよくない。すぐに済まそう。なーに、ほんの四十六時間ぐらいで終わる」
「なっが」
呆れた顔で頬杖をついたラピスは、マッドハッターの、心做しかワクワクとした、久方ぶりの会話に心を弾ませた帽子頭を見て、渋々と溜息を吐く。
別に、信用も信頼もしていないが。
肌寒さはすごいし、気持ち悪い淀んだ空気にも耐え難い苛立ちが湧いてくるが……“ふわふわ魔法”で、そこら辺の不快感はふわふわさせればいいかと、ラピスは聞く体勢に入った。
どうせ、聞き終わるまで───この帽子頭を殺すまで、帰ることなどできやしないのだから。
静かに笑って、背もたれによたれかかる。
「で?」
「そうだなぁ……まず、吾輩はかれこれ3000年近い時を生きているのだが」
「なっが」
ツッコミを入れながら、淀みの中のお茶会は静かに……それでいて賑やかに進んでいく。
それが、ムーンラピスとマッドハッターの出会い。
出会いであると共に、ほんの数時間で終わる程度の浅い関係性……その後、滔々と語り終えたマッドハッターを、ラピスが何の感傷もなく殺害したのは言うまでもなく。
魂の一片まで磨り潰して。
残滓も残さぬよう、徹底的に消尽させて……一人の男の無限が終わる。
───終わらないお茶会は、確かにその日、漸く終わりを迎えられたのである。
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「久しいな、お茶好き」
【ハッハッハッ!その名で呼ぶのもアナタぐらいですな、夢星の迷い子よ。あー、いや。そういえば……女王サマになっていましたなァ。忘れておりました。失敬失敬】
「……爺め。おいライト、あいつ叩っ斬ったれ。容赦なくぶち殺していいぞ」
「手ぇ出すの早くない???」
「お姉ちゃんが言う?」
凡そ1000年ぶりの再会に、心が踊る……わけもなく、軽薄に笑うマッドハッターに、「そうだこいつはこういうヤツだったと」リデルは握り拳を作った。
遥か昔、まだリデルが人間だった頃。
とある儀式の生贄として夢の世界に捧げられた彼女は、この帽子頭に拾われた。ウサギではなく、ネコでもなく、この不気味な賢人に。
夢の国の女王───後のメアリーに会いに行く方法や、礼儀作法、その他諸々をリデルに教授したのは、他ならぬこの男である。
性格は最悪。上から目線で万物を見下ろし、煙に巻いて嘲笑う悪人である。
それでも、まだマシな部類だが。
……あの日、確かにマッドハッターは死んだ。ラピスの戦績の一つに数えられ、終わらないお茶会と共にこの世をオサラバした、が。
リデルの復活、ラピスの再構築。
女王の中にいたマッドハッターの怪人因子は、そのまま魔法少女の方に流れ込んだ。ムーンラピスは、正しく彼の二代目であり、継承者。本体はとっくのとうにあの世へと旅立ったが、残滓は彼女の中に移り住んだ。
ハット・アクゥームが帽子の形なのも。
ムーンラピスがマッドハッターを名乗るようになった、その由縁も。
全て、マッドハッターという世界すらも拒絶する因子の影響を受けたからである。
勿論害はない。マッドハッター側から彼女の在り方に、その力に協賛して、同調して、敵対の意思も無く一つへと溶け込んだ為に。
……再三言うが、ラピスの記憶から“彼”との会話は全て消えているが。
多分、再会すれば思い出すのではなかろうか。
深層意識に自我を持ったまま勝手に居座って、夢の主の視界を通してお茶会している偏狭を知れば……ほぼ確実に月が落ちてくるが。
「追い出す?」
【やめてくれたまえ。吾輩が言っても信頼できないことは百も承知であるが、それはそれとして待ちたまえ。吾輩、これでもムーンラピスの精神を守っていた……悪夢が齎す変容に呑まれ過ぎぬよう、頑張って咳止めてたのである。大分手遅れだったであるが】
「うちのラピちゃんがとんだご迷惑を…」
「なんだ。道理で自分が侵蝕されていることに気付くのが速いと思ったら……成程、オマエの仕業だったのか。余計なことを」
「殺す」
「待て」
ラピスも一緒に完全悪夢堕ちして、私と同じようなのになってほしいなー、と邪悪すぎる思考をしていた元女王は無事討伐された。
ゲシゲシと勇者に足蹴にされ、蹲って頭部を守る戦犯が悲痛な悲鳴を上げているのを他所に、ハット・アクゥームを被ったエーテはマッドハッターと対話を試みる。
大きな帽子と小さな帽子、似て非なる異形の帽子たちが対峙する。
【ハットス!】
「えーっと、この子のパパ、ってこと?」
【……厳密には違うな。その子はムーンラピスの悪夢から生まれた子。言ってしまえば、あの子の悪夢を形にして、別々に分けた存在である。そこに吾輩の干渉は欠片として存在しない。つまりは偶然。奇跡の産物が、君だ】
【ハットス…】
二つの帽子頭の歓談を眺めていたエーテは、ふと大きな帽子頭に疑問を持つ。
殺意が無いのは、まぁわかる。
でも、問題はそこではなく───この怪人が、ずっと、意識を保っていたのか。最初から、マッドハッターとして振舞っていたラピスを観賞していたのか。
それが不思議に思った。
そのことについて質問すれば、マッドハッターは緩りと首を振った。
【否、否。吾輩が明確な意思を手にしたのは、つい先日。君たちの言うところ、悪夢決戦の最中……ムーンラピスとリデル・アリスメアーが融合したあの瞬間、体内の悪夢が強烈な反応を起こしてな。吾輩の意識はそれに呼応して、こうして形作られた。云わば、女王へのアレルギー反応で免疫細胞となった吾輩が起きた形だ】
「成程。リデルってば本格的に害虫じゃん…」
「やめろ???というか、起きたなら反応を示せ。あの時加勢してくれてさえいれば、私たちが勝利する未来だってあったと言うのに…」
【寝起きだぞ吾輩】
とはいえ、それは意思が明確になってからの話。
それまでも漠然とながらラピスの行動を見守っており、陰ながら応援していた。希薄していた思考が使えるようになってからは、こうして会場を整えて見ていたが。
……マッドハッター的には、悪夢の中の世界はそこまで賛成できない。なにせ、永遠の安寧とは……彼の生き地獄そのものであった為。
決して、否定することも邪魔する気もないが。
苦言を呈するぐらいはしていたかもしれないと、今更な話を彼は呟く。
【……此度の異常で、ムーンラピスは完全に人間とは違う上位存在へと成り果てた。正しく、【悪夢】そのものへと変貌してしまった。吾輩としては望まぬ結末だが、まぁ、君たちと一緒であれば大丈夫であろう。是非これからも、彼女の良き隣人として一緒にいてあげてほしい】
「まるで保護者だなぁ。オリヴァーより保護者してるよ」
【クククッ、嬉しいことを言ってくれるな。無論、それはこちらから遠慮しておこう】
「ラピちゃんフラれちゃった」
「やめてよその言い方……お姉さんが聴いたら怒るよ……っていうか、ここでの会話ってハット・アクゥーム越しに認知されてるのかな?」
【ハッツ?】
何処までも夢の主の心を労るマッドハッターには、陰で暗躍するような気概も、夢の主であるムーンラピスに背信するつもりもない。
彼に安寧をくれた大恩人を、彼はただ見守るだけ。
決して狂わぬよう、壊れぬように保護はするが……精々干渉はそれだけだ。
そして、エーテの新たな疑問に、マッドハッターは少し半笑いで答える。
【見ているだろうよ。きっと、彼女の視点からすれば……自分の預かり知らぬ領域で、知らない帽子が滔々と喋っているのだろう。いやはや、我ながら不気味な話だ】
「……ってことは、元々ここって別のボスがいたの?」
【いたとも。いたが、あれは……うん。かなり悪ふざけが過ぎた造形物であった為、勝手にこちらで隅に追いやって占領させてもらった。君たちが来ると知って、少し慌てて領域ごと交換したのだよ】
「わぁ、なんかヤバそう……具体的には?」
【怪人因子のキメラだ。あの子がやりそうなことだろう?流石に度が過ぎる】
「あぁ…」
ちなみにこの後、マッドハッターとは戦わずにラピスの元まで行けることになった。
わざわざ戦う必要もないので。
……その頃、ハット・アクゥーム越しに薄らと見ていたラピスが、この状態でも記憶復元ができるかどうか全力を尽くしたのは言うまでもない。
いっぱい頭を抱えたが。
蒼月「思 い 出 し た」
「あっ待って?僕の夢が二分化されてて、悪夢の方にアリエスが入れなかったのって……あっ、さてはこいつの仕業か!?」
正解




