267-月塔迷宮、下層
素敵な支援絵を頂きました。
誠にありがとうございます!
https://x.com/suijaku01/status/1987784249119031662?t=uxcnWv2FTrtMDcNRi9VOVQ&s=19
105-来訪 における、主人公登場シーンです。かっこいいですね…
【負ァーケタ〜ッ!】
【ンニャァ……全部無駄、無駄ノ無駄。気狂ィ共ノ相手ハ首ガ取レチャウニャァ…】
【不甲斐、ナイ】
負けたというのにも関わらず、ケラケラと笑って逝った三体の再生怪人たち。かつての脅威を退け、浄化の残滓が色濃く残るボス部屋で一息ついてから、ライトたちは再び階段を降りていく。
感傷には浸らない。なにせこれは、泡沫の夢の話。
ムーンラピスが見せる夢の世界。彼らは記憶から現れた偶像に過ぎないのだから。
「行くよ」
「うんっ」
「魔力補給は大丈夫ぽふ?」
「あー、一応お願い」
「了解ぽふ!」
ギューっとぽふるんを抱き締めて、抱擁で魔力を吸って回復する。姉妹で抱き着きあって魔力回復する……初めて見るその光景に、リデルは口に手を当てびっくりした。
眉唾物の噂、ぽふるん回復法はガセではなかった。
うわぁ…、と破廉恥なモノを見る目でリデルは姉妹から距離を取った。
「なんで逃げるの」
「ラピちゃんもやってたんだよ!!」
「恥ずかしがっとらんかったのか」
「いや、別に。てか私たち人間の視点だと、ぽふるんってぬいぐるみ以外の何者でもないから…」
「あぁ…」
……ちなみに妖精同士でハグすると子宝に恵まれる為、人間としか抱擁できない。
不思議な生態である。
なんてこともありながら階段を下りきって……月塔迷宮最後の空間、下層へと踏み込んだ。中層のカラフルすぎた空間とは異なり、上層のような黒い石畳が広がる典型的な地下迷宮が目の前に広がっている。
その代わり映えの無さに安堵しながら、一同は進軍。
青い松明に照らされたダンジョンを進んでいき……道中何体もの敵と遭遇する。
「ッ、上のと全然違う…」
「上位個体?ってゆーか、高ランク帯のボスラッシュってヤツかな!?」
襲ってくる敵は、またしてもファンタジーに塗れた魔物たちばかり。しかし現れる魔物たちは総じて強く、上層で見られた所謂雑魚キャラは一匹も見ない。
代わりに、強力なボスキャラばかりがポップしていた。
無限湧きする魔物たちのラインナップは、以下の通り。
サイクロプス、マンイーター、デュラハン、ノーライフキング、ケルベロス、ヴァンパイアロード、バジリスク、マンティコア、ミノタウロス、スキュラ、キラーアント、ゴブリンキング、ドッペルゲンガー、メデューサ、アークデーモン、スフィンクス、クラーケン、ナーガ、リッチ、サキュバス、アルゴス、アンフェスバエナetc…
多種多様な、前述通りボスとして君臨すべき強敵たちが跋扈する。
それこそ、ラストダンジョン手前にあるボスラッシュもかくやの光景であった。
「徒党を組むな!連続で来るな!通路を埋めるな!同時に攻めてくるな!ウザったいったらありゃしない!あと種族統一感持たせてくれない!?海洋生物が地上歩くな!」
「お姉ちゃんそれがツッコミ所でいいの!?」
「やってらんないんだよ!これ!濁流かってぐらいすごい来るんだもんッ!!」
「それはそうだけど!」
正面から、そして背後から……強力な魔物と絶え間なくエンカウントするライトとエーテ。たくさんの魔法で無事切り開くが、魔力不足が心配になってくるぐらい、強敵が徒党を組んで襲ってくる。
吸血鬼などのアンデッド系や、魔眼などを持つ魔物には全力で警戒して進む。
迫り来る巨体を切り倒すライトは、我慢できずに何度も吠える。なにせ、年に数回のオタクの祭典のような長蛇の列が迫って来ているのだ。絶叫して連続攻撃と防御に専念するしかない。
「遊んどるなぁ、うるるー」
「よく作るぽふね……っ、リデル、後ろ!」
「おい盾!」
「殴るよ!」
厄介なのは、非戦闘員のリデルとぽふるんも庇って守らなければならないことだ。
背後からの強襲もある為、油断はできない。
冷静に対処しながら、3人と一匹は足速に階層を下って最深部を目指す。
立ち止まってはいられない。次々とリポップする魔物に永遠に襲われるから。休む暇も与えぬ物量攻撃に、流石の2人も疲弊して息を切らしてしまう。
それでも足を止めず、これ以上は時間をかけるわけにもいかないと急ぐ。
そうして二十一階から二十九階まで、強行突破で一同は駆け下りた。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
「な、なんとか……乗り越えられた、ね」
「……すごい天井叩かれてるが、大丈夫だよな?ここの敵秩序無さすぎではないか?」
「アリスメアーのボスに言われちゃ世話ないね」
「なんで喧嘩売られたの我」
「日頃の行い」
三十階のボス前の空間で、漸く休憩する時間を得れた。天井を突き破りたいのか、先程の魔物たちが力任せに床を叩いている音が聴こえるが……迷宮の頑丈さを信じて今は気にしないことにする。
……彼女たちは知らない。
二十九階の床だけわざと薄く作っており、三十階のこの空間に上から流れ込んで制圧できるようになっているとは知りもしない。ハット・アクゥームが全力で魔力防御して天井落下を防いでいる為、今は大丈夫だが。
本来なら休もうと座り込んだりした瞬間に落下してくる設計だ。
「……ヨシ、行こっ」
「うん!」
呼吸を整え、夢の中とはいえ水分補給をしっかり取って立ち上がる。
手早く休憩を終わらせて、遂に最後の扉の前へ。
重厚な扉を押し開けて、ラピスへの道を阻む最後の敵に挑む。
───下層ボスフロア。
そこは、地下空間には見合わぬ草原が床一面に広がり、壁や天井からは赤と白の暖簾や旗が吊るされ、中央部には白いテーブルや椅子といった小道具が置かれ……
何処かで見たことのある、お茶会の会場がボスフロアに広がっていた。
目を見開いたリデルは、そのお茶会場の主を見遣る。
「…あぁ……本当に、懐かしい顔触れだ」
動揺で激しく揺れる瞳に映るのは、テーブルの向こうに座っている真っ黒な巨体。この場から見えるのは燕尾服を纏った上半身だけだが……リデルの記憶が確かなら、彼に下半身はない。
大きな上半身と関節が複数ある長い両腕。大きく目深に被り過ぎた帽子頭は、彼女がモチーフにしたことが如実にわかる風貌であり……
帽子頭の異形は、椅子に胴体を乗せてゆらゆらと揺れ、長い両手で机の縁を撫でている。瞳はない。口もない……シルクハットの怪物が、本来ならば存在しない侵入者を、静かに歓迎する。
【───ようこそ、“狂ったお茶会”へ。歓迎はするが……気が狂わぬよう、早急に立ち去ることをオススメしよう。星がきらきら、夢底に落ちる前にね】
「っ…」
帽子のせいでくぐもった声は、聞き慣れない男性のモノであり、壮年にも、老人にも、若い青年にも聞こえる……不思議な声調の不気味な声。
理性をもって会話する帽子頭は、たった一人のお茶会を永遠と楽しんでいる。
彼の“名前”は、誰もが知っている。
それでいて、彼の存在は人間の誰もが知りもない───何故ならば、配信魔法にも、伝聞にすら話題に上がることなく死んだから。
否、殺してもらったから。
今、この場で彼のことを知っているのは……リデルと、リリーライトの2人だけ。片方は、かつてお世話になった奇人として。もう片方は……彼を殺したと、事後処理だけ告げた幼馴染から、その存在を語られていた。
何も知らない世界が情報災害に遭うのを恐れて、配信に映るのを拒んだ者。夢を通して、真摯に願い申し出て……それを受け取った“蒼月”と、問答の末、自らの意思でその命を捧げた怪人。
悪夢の国で、唯一“正気”だった───悪夢の視点からは狂っている帽子屋の賢人。
彼は全知全能である。
彼は不死不滅である。
彼は現象であり、変化せず、適合せず、永遠に終わらぬお茶会に興じる忘れ去られた者である。
彼は彼女で、彼女は彼で。
そして彼は───現実世界に顕現するだけで、“世界”が耐え切れずに崩壊する、理性ある理外のバケモノである。終わり損ねたあの日から、ずっとずっと生き続け、悪夢の底でお茶をし続け。
漸く、その生を手放した。
……だが、彼はここにいる。彼女の一部となって、その因子の全てを溶かした上で、残骸として彼女の記憶の中で生きている。
“後任”を見守る為に───観測者を、もしくは傍観者を気取って、彼はここに居座っている。
意思疎通はしない。
そも、夢の主は一度死んだ影響で、“彼”のことの全てを忘却している。故に、気付かない。気付けない。知覚外で見守る彼の存在を、知ることはない。
彼はただ、ここにいるだけ。
深層意識の底で、必要以上に動かず……必要であれば、表舞台に上がるだけ。
勝手に月塔迷宮の管理者として居座っている帽子屋は、慇懃に礼をした。
【とはいえ、だ。君たちにも帰れぬ道理がある……ならば挨拶からしようか。きっと、想像はついているだろうが、形式的にも、名乗りは必要だ。
吾輩はマッドハッター。吾輩こそがマッドハッター。
“蒼月”のムーンラピス、偉大なる悪夢の大王に仕える、虚ろな傍観者である】
月塔迷宮・下層守護者
───“お茶会の魔人” マッドハッター
歓待。




