266-月塔迷宮、中層 -後編-
狂ったように慌て、狂ったように笑って、狂ったように慟哭を上げる。三者三様の反応を見せて、旧い時代の幹部怪人たちは一斉に襲いかかった。
かつての主君も、敵も関係ない。
悪夢の大王の領域に、無断で踏み入った存在を、決して許すわけにはいかないのだ。
「エーテ、大丈夫?」
「……うん、平気だよ。あの人達とは違うって、ちゃんとわかってるから」
「無理はしないでね」
「大丈夫だって」
交友のある怪人たちと同じ存在。明確には違うと脳ではわかっているものの……もしかしたら、【悪夢】に全てを呑まれてしまえば、彼らもあぁなるのかもしれない、と、ありもしない幻想を見てしまう。
そんな未来、不可逆があってもありえない未来だが。
最悪な未来を予想してしまう、己の悪の癖に辟易としてから、エーテは頬を叩く。
もう、大丈夫。ここは夢の中。現実の彼らとは、一切の関係がない別人である。
故に、やることはただ一つ。
戦うだけだ。
「行こっ!」
「おっけー!」
【ァァァ───コロス!ナニガナンダカワカランケドモ、不審者サンニハオ帰リネガオウ!!】
「誰が不審者だこのウサギ!!」
「ぶっ殺そ!!」
すぐに殺意が上回った辺り、彼女も大分魔法少女として極まっている証拠である。
包丁片手に突っ込んでくるウサギ、ペローンに、2人は散開しながら攻撃を当てる。
夢想魔法の消失。
極光魔法の破壊。
幹部怪人であろうとも、マトモに当たれば容易に死ねる魔法を、ペローンは左右からの挟み撃ちで受けてしまう、わけもなく。
魔法攻撃が当たる寸前に、駆けていたペローンの巨体が掻き消えて……
エーテの背後に、移動していた。
「っ、時間魔法!」
覚えのある挙動に冷静に対処して、エーテは背後からの強襲を魔杖で防ぐ。時間魔法による時を停めた移動技は、ペローンからペローへ連綿に受け継がれたモノ。
その光景を何度も見てきたエーテだからこそ、間一髪で対処することができた。
【アルレェ?】
「それはもう、慣れっ子なの───夢想魔法ッ!さっさと吹き飛べバカ野郎ッ!!」
【バカ野郎!?】
心外!と言った顔で跳んだペローンに、エーテは攻撃の手を緩めない。
追加で放った魔法も勿論避けられるが……回避に優れた敵を倒す手段は豊富にある。執拗にこちらに殺意を向けるペローンに、エーテは頬を引き攣らせながら挑む。
……その真隣で、ライトは怪猫、チェシェルキャットと対峙していた。
「概念系はなぁ、厄介極まりないんだよねぇ……だって、私との相性が悪すぎるから」
【ニャーゴ…ゴロロロロ……】
ライトの剣閃が胴を斬り裂くが、怪猫の身体はスン…と霞のように消えては避けられる。そして、今度は天井からネコパンチが飛んでくるのを回避する。
存在するけど存在しない。
それがチェシェルキャットの特性であり、厄介な力。
こちらの攻撃は掠りもしないのに、あちらからの攻撃は防御をすり抜けて直撃する。実体化と透明化、存在希釈で自由気侭に動き回る怪猫には、流石のリリーライトも手を焼かされる。
妖精時代から自由気侭な猫だったが、悪夢の力によって余計手の付けられない猫となったチェシェルキャット。
ニヤニヤと笑うそれに、ライトは苛立ちを糧に一閃。
どれだけ避けられようと、笑われようと───どうこうできるのが魔法少女だ。
その現実を叩き付けてやろうと、一歩、前に出た瞬間。
ライトの上に影が落ち───スタイラス・ビルが強襲を仕掛けてきた。
【俺ヲ忘レルナ】
「忘れてないよ、別に」
【!】
落下により勢いをつけた大剣の叩き付けを聖剣で防ぎ、そのまま膂力で押し返す。軽やかに跳んで着地したスタイラス・ビルは、冷静に敵を観察しながら、もう一度吶喊。
無双魔法によって強化された大剣の一閃が、再び聖剣と打ち合う。
「二対一かぁ。まっ、いっか」
───極光魔法<ラディアント・アークカノン>
聖剣から放たれた爆光がビルを焼くが、トカゲは構わず武器を振るう。防御なんてのをかなぐり捨てて、暴力的に前へ前へと突き進む。
愚直な突進は耐久力に自信のある彼だからできること。
咆哮を轟かせて突っ込んだビルに、ライトは顔を顰めて極光を叩き付けた。
「ハァッ!」
「せいっ!」
攻防は激しく続く。エーテの夢想にライトの極光、多少触れただけでも重傷となる攻撃の数々を、三銃士の依代は巧みに避けて攻撃に転じる。
ペローンは時間魔法で撹乱を。
チェシェルキャットは夢幻魔法で自由気侭に。
スタイラス・ビルは無双魔法で強引に。
幹部怪人としての脅威を、かつてムーンラピスによって優先的に滅されたその意味を、2人は肌身に感じることとなる。
【急ゲッ急ゲッ!コレジャ、オ茶会ノ時間ニ間ニ合ワナクナッチャウヨォ〜ッ!】
【ワタシモ オマエモ ミーンナ気狂イ】
【断罪セヨ、執行セヨ!!悪夢ニ逆ラウ叛逆者ヲ、絶対ニ許スナッ!!】
───時間魔法<アクセル・プリテンダー>
───夢幻魔法<スマイリーヘッドキャット>
───無双魔法<マーシャル・ドミテェー>
時間加速による包丁叩き、どれも本物である分身による多重攻撃、石畳を武器にして串刺しにする殺意。あらゆる攻撃が魔法少女に向かうが、間一髪で対処していく。
額を流れる汗が、彼女たちの心情を物語る。
だが、彼女たちは悠長に戦っている暇がない。時間とは有限である。夢の世界と現実世界が同じ時の流れにあるかわからないが、長居している暇はない。
故に、ここで決めると決意を固め───まずは、怪人の動きを止めにかかる。
「エーテ!」
「うんっ!」
姉妹で頷き合い、即座に散開。飛んできたスタイラスを回避しながら、2人はスイッチする。自分が相手していた対象を交換して、エーテはネコに、ライトはウサギへ。
トカゲは光る鎖で拘束して、暫く動きを封じ込む。
勿論、相手が変わっても怪人たちは気にしない、が。
理不尽には理不尽を。2人はそれぞれ、相対する怪人を打破できる。
【無駄ニャァ】
「それはどうかな───夢想魔法!<マジカル・ドリームライト>ッ!!」
余裕綽々と嗤うチェシェルキャットに、エーテは夢光の破壊光線を放つ。あまりにも眩いユメに目を細めながら、チェシェルキャットはいつものように存在を希釈。
そのまま光線が過ぎ去るのを待とうとして……
しかし、そこで危機感知が発動。わけもわからぬまま、怪猫の意思関係なく身体が逃げの姿勢を選んだが……当然間に合うわけもなく。
【ギニャァ!?】
顔面から強烈な夢光を浴びて、悲鳴を上げながら大きく吹き飛んだ。
本来ならば、夢想とはいえ当たるわけもない。
だが、エーテには自負がある。不可能を可能にできる、ユメを実現できるという力に……無論、ただの根性論ではない。
「見ててわかったよ。あなたの魔法も、結局のところユメエネルギーに左右される。たまにその場から動かなければいいのに移動するのは、お姉ちゃんの極光魔法が空気中の魔力を斬り裂いて、ユメエネルギーを霧散させてたから。そのまま待ってたら、維持できなくなっちゃうもんね?」
【ンニャァ……知ッタヨウナ口ヲ…】
「あなた自身の魔力と空気中の魔力を同調させることで、あなたは実体化と透明化を使い分けられる。でも……私の夢想魔法で、ユメエネルギーを操れば……もう、あなたは逃げられない!!」
【!】
エーテの推理は正しく、チェシェルキャットの“本質”は同調にある。空気中の魔力、またの名をユメエネルギーを体外の魔力として、体内の魔力と溶け合わせる……
それがカラクリである。
ユメエネルギーへの干渉が得意な夢想魔法なら、それを邪魔できる。
【……ソレガドウシタト言ウノニャァ?オマエノヨウニ、無イ頭ヲ振リ絞ッテ仕組ミニ辿リ着クニンゲンハ、山ホドイタニャァ。デモ、ソイツラハ死ンダ。ワカルカ?ソンナ浅ハカナ考エデ、ニャーヲ殺セルトデモ?】
「できるよ。だって、何処までいったって───あなたは魔法少女に負けた、敗北者なんだから!!」
【ニャニオウゥ……舐メタ口ヲ利クナヨォ?低品質ナ餌ノ分際デッ!!】
特性を封じられようと、幾人もの魔法少女を葬ってきた実績がチェルシェキャットにはある。どれだけ言っても、それが真実。言及されようが、最後に勝ってきたのはこの怪猫なのである。
……脳裏を掠めた、自分の最期は思考に介在しない。
自分は何者に殺されたのか。それを考え始める前に何を考えていたかわからなくなる……わからないままでいいと受け入れた。
【死ネッ!!】
「嫌だっ!!」
───夢幻魔法<アンチドリーム・マスター>
───夢想魔法<ミラクル・ハートカノン>
二つの破壊光線が、ボス部屋を二つに割った。
一方その頃、ペローンは一人でリリーライトに追われ、死に体になりながら回避を選んでいた。首を狙う聖剣から逃げて、魔力から逃げて、大慌てで足を動かす。
必死にスタイラス・ビルに助けを求めるが、それよりも早く斬撃が飛んでくる。
手始めに始末せんと、ライトは聖剣をペローンの頭部に叩き込む。
「死んじゃいなよ!」
【イヤダァ〜!!?】
───時間魔法<クロノスヴォイド>
咄嗟に攻撃の時間を止めることで、ペローンは回避……そのまま床を大袈裟に転がって、リリーライトにイライラとした目付きを送ってから、やぶれかぶれに包丁を投擲。
しかし、軽い手振りで包丁は弾かれた。
石畳に切っ先が突き刺さって、その刀身にライトは鋭く蹴りを浴びせて叩き折った。
やぶれかぶれで武器を失ったペローンは、いつもの如く慌てた様子を演じながら……邪魔でしょうがないライトの暗殺を謀る。
【ククッ…】
「ッ、まさか!」
【ナニカ気付イタヨウデスガ、モウ遅ィンデスヨォ───時間魔法!<ユート・クロノスタシス>!!】
「チッ───…」
油断も慢心もなく、殺意を滲ませてペローンは動かない懐中時計を手に取って……くるりと分針を進ませて、夢の世界の時間を停止させ、ライトの動きを停める。
エーテも、チェシェルキャットも、スタイラス・ビルも停まった世界で、ペローンは追加で取り出した包丁を敵の首に突き刺す、が。
その刺突は───機械質な蜘蛛の足が飛び込んだことで失敗した。
【ンナッ!?】
【ハットス!!】
【ッ、マタアナタデスカ!!何故ワタシ達ノ邪魔ヲスルノデスカッ!!】
下手人はハット・アクゥーム。時間魔法の停まった時の世界に対抗できるのは、同じく時間魔法を持った魔法使いだけであり……
先程から世界の時が止まる度に、ハット・アクゥームがペローンの妨害をしていた。
そして、七秒間の奇跡はあっという間に終わり。
魔法が解けて───即座に、リリーライトの聖剣が眩く光り出す。
「ご苦労さま!」
【ハーットス!!】
【クッ、貴様ァ!アクゥームノ面汚シ!幹部ニ逆ラウナド赦サレナイデスヨォ!?】
「あれ、知らないんだ。その子、アリスメアーで一番偉いアクゥームだよ?」
【ハ!?】
───極光魔法<セレスティアル・ソーサリー>
理解を拒む発言に戸惑うペローンを無視して、ライトは聖剣から爆光を解き放つ。その輝きは、ペローンの視界を瞬く間に煌々と染め上げて……
直撃する直前で、ペローンの時間停止のインターバルが終了する。
【アッブナイ!】
───時間魔法<ユート・クロノスタシス>
停まった世界で、その極光から逃げようと安全圏へ……そう思っていたペローンだったのだが、その安易な考えは瞬く間に絶望に変わる。
なにせ、逃げ場がどこにもない。
爆発的な輝きは、ペローンが動ける七秒間では足らない規模で、戦場を埋め尽くしていて……逃げた先でも、光に轢き潰される未来が見えた。
青ざめながら、どうにかできないか悩むが……
七秒という時間は、あまりにも短く、呆気なく……時は動き出す。
【イヤァァァァッ!!?】
ハット・アクゥームが手出する必要もない程、致命的な状況にあったペローンは……リリーライトの爆光に、その大きな身体を呑み込まれて。
全身をズタボロにして、右手を失い、絶叫を上げながら石畳の上をのたうち回る。
そして───その焼け爛れた背中に、夢想で吹き飛んだチェシェルキャットが落下する。
【ゴボォアァッ!?】
【ゲニャッ、グッ……】
【チョ、降リロ!陰湿クソネコ女!潰レル!早クドケッ!ワタシ潰レチャ……ァ!?】
「追加行くよー!」
【ハ?】
勢いよく啖呵を切ったのにも関わらず夢想に押し負けた同僚に悪態をつくが、続け様に聴こえた声に、ペローンは目を見開いて絶句した。
苦しみながらペローンが見上げた先には……
光る鎖に縛られたまま、顔面の鱗を無理矢理剥がされたスタイラス・ビルが、リリーライトの膂力によって空から降ってくる光景が。
【ンナァ!?】
【ンギョ、ニャ、ァ゛ァ…】
【グッ、ガハッ…】
【チョッ、ォオ、重イッ!早ク、ドケッテ!ッ、ア───マズイ!!?】
哀れ、二つの巨体の下敷きのなったペローンが、最後に見た光景は。
夢百合の姉妹が放った、魔を祓う浄化の光だった。
【グゥ、コンナ鎖…!】
「お待たせ!ごめんね〜、待たせちゃって!取り敢えず、その鱗剥がせて?剥がすね」
【エッ】




