265-月塔迷宮、中層 -中編-
五問クイズに正解したのに落とされた先───なんとか床のシミにならずに済んだライトたちは、早い段階で到達できた中層最後の扉を見上げる。
これまた重厚な門扉は、悠然と侵入者たちを見下ろしていた。
「うひぃ〜……怖かったぁ。さっきの人、なんでわざわざボス部屋まで落としたんだろ…」
「んー多分、ラピちゃんが干渉したんじゃないの?」
「えっ?」
ガジェットダンサーモドキが中層最後の部屋に落とした理由は、ラピスの干渉があってこそ。本来はなにもできず目覚めるのを待つだけの彼女なのだが……
ハット・アクゥームという端末がいたお陰で、なんとか干渉することに成功。
こうして中層の大部分を突破させることができた。
……決して、姉妹たちの知識量で某有名国立大レベルの数学問題や魔法数式、運も絡んだデスゲームなどを無傷で突破できると思わなかったからだとかの、実力を疑っての干渉ではない。
「成程、オマエのお陰か…」
【ハットス!】
「その調子であやつを起こすことはできないのか?凡そ、微睡みの状態なんだろうが……」
【……ハットス…】
「そうか…」
申し訳なさそうに俯くハット・アクゥームを励まして、一同は休憩を挟むことなく扉に手を添える。依然戦うのはリリーエーテとリリーライトだけだが、仕方ない。
2人で意を決して、ボス部屋への扉をこじ開ける。
ギィィ…と重苦しい音を立てて、鉄扉はゆっくりと中に開いていき。
その奥にいる───複数いる悪夢の個体と、彼女たちは会敵する。
【ァー、心ピョンピョン、魂ブルルン!ァーイソガシイ!イソガシイッタラ、アリャシナイ!!】
【ンニャー……オ客サン。ヨウコソ、イラッシャイ】
【侵入者ヲ確認。コレヨリ、悪夢ノ国ノ法ニ則リ……鏖殺イタシマス…】
カタコトで喋るそれらは、明らかな意志をもって迷宮の侵入者たちを歓迎する。下層へ続く階段を塞ぐ台座の上を占拠していた三体の怪人は、徐ろに立ち上がる。
もう針が動かない壊れた懐中時計を見ては、必要以上に騒ぎ出すウサギ。5メートルはある身体は白い毛に覆われているものの、所々赤く滲んでいる。
狂ったような笑みを浮かべて出迎えたのは、ピンク色と紫色の縞模様を持つネコ。4メートルを優に超える巨躯を持つ怪猫は、ニヤニヤと笑みを絶やさずにいる。
そして、敵意をもって立ち塞がる……7メートル以上の身体を持つ、トカゲの大男。台座に立てかけていた大剣を手に取って、引き摺りながらグルルと唸る。
ウサギ、ネコ、トカゲ。
そんな特徴的な動物の要素に、嫌な予感がしたエーテはリデルを振り返って……
相手が何か、理解する。
「あぁ、懐かしい顔触れだなァ……ペローン、チェシェルキャット、スタイラス・ビル」
「ッ、やっぱり…」
彼らもまた、悪夢の国の住人。
新たな〈三銃士〉として選ばれた人間の怪人因子として現在も色濃く名を残す、旧アリスメアーの戦力であり……もう二度と表舞台に上がることのない怪物たち。
“逆夢”のペロー。
“歪夢”のチェルシー。
“逆夢”のビル。
彼ら3人の怪人因子としての要素のみを遺して、完全に世界から消失した悪夢。記憶にしかもう残っていないその異形たちを、夢の中で再現した───月塔迷宮を守護する中層の番人。
【エェ?女王サマァ?】
【ゴロロロロ……ニャァ、女王サマダァ…】
【オォ、オォ……偉大ナル我ラガ女王陛下。高貴ナ御身、何故ココニ…】
女王の存在に気付き、懐疑的な声を上げる怪人たち……だが、その困惑は、すぐに別のモノに……より大きな力に塗り替えられる。
彼らが考えるべき思考は、たった一つ。
相手が何者であろうと───侵入者を許さず、その手で仕留めることのみ。
故に、故に、故に───魔法少女と行動する女王にも、殺意を滲ませる。
【……マァ、関係ナイカ!】
【女王サマァ……食ベテ、イィ?】
【侵入者。許サレザル行為……如何ナル理由ガアロウト、例外ハ許サレナイ…】
月塔迷宮・中層守護者
───“王国の案内人” ペローン
“悪意なき微笑み” チェシェルキャット
“失意の庭” スタイラス・ビル
邂逅。
꧁:✦✧✦:꧂
───悩むなぁ。本当に。
アリスメアー再編成、たった3人しかいなかった空白の悪夢の時代。黄泉の国に還った幹部怪人、元・妖精たちを呼び戻す訳にも行かず、人員補充に頭を悩ませていた……一年半以上前のとある日。
“淵源の夢庭園”の魔城で、帽子頭の女こと最高幹部は頭を悩ませていた。
「んー、適性のある人間を使うとしても、どうやって……いや、どの怪人因子を注ぎ込めばいいんだ……?」
「なんもわからんが???」
当時はまだマッドハッターをやっていたラピスは、未だ決めあぐねていた。無数にある怪人因子、リデルの体内に保管されていた“それら”をどう活用するべきか。
悪夢の国の住人は、死ぬと女王たるリデルの元へ還る。
死ぬことで女王の糧となり、女王の力となるのだが……最終決戦で力の大部分を失って、怪人因子の所有権までもラピスに奪われてしまったが。
その因子の扱いに、ラピスは困っていた。
これを悪用すれば新たな怪人が世界に生まれる。同時に新たな被害者も生み出す。
元・魔法少女として、慎重に考えなくてはならない案件であり……非常に頭を悩ませ、放り出したくなる難題でもあった。
【ハットス?】
「……あー、まぁ。僕らマッドハッターにも、前身がいたわけだし。なんかこう、上手くやったらいいようになる、といいなぁ……」
試験管の中にそれぞれ浮かぶ、三つの悪夢の因子───最終的に決定した怪人の要素を凝縮したそれは、かつてのラピスが戦闘をしたことがある怪人から選出された。
厳選した、三体の幹部怪人。
ペローンとチェシェルキャット、スタイラス・ビル……これといった共通点はないが、どいつもこいつも手遅れの域にまで精神が破壊されていた怪人である。
だが、そんなことはラピス基準ではどうでもよいこと。
大事なのは、彼らが持つ能力、特性。
“王国の案内人”であるペローンは、夢の中を渡り歩き、波長の合った人間を悪夢の国へと導く怪人だ。時間魔法の使い手でもあるが、それとは別に持っていた特性。魔法で検知できない悪夢への誘引性は、小規模な活動で収めたいラピスからすれば喉から手が出る程重宝したいモノ。
“悪意なき微笑み”と呼ばれるチェシェルキャットには、悪夢に迷い込んだ被害者を安心させる、催眠にも似ている特殊技能に期待を向けた。夢と幻の境界線を歩く怪猫は、人間の認知に干渉して危機感や恐怖感を消し去り、一切の抵抗力を奪って悪夢の底へと誘う。危険性を排除すれば、安全に悪夢を育むことができる力が手に入る。
“失意の庭”ことスタイラス・ビルは、庭師であり騎士、悪夢を彷徨う番人として悪夢を覚まそうとする邪魔者への制裁が仕事なのだが……ラピスが求めたのは、かの蜥蜴の単純な武力。世に絶望している彼の特性には大して興味はなかったのだが、武力を持って悪夢の邪魔をする敵対者を阻む兵士として利用する心積りだった。
悪夢に案内する幹部、悪夢の中で安心を抱かせる幹部、悪夢を守り抜く幹部。
その三体を揃えることで、新たな〈三銃士〉として運用するつもりだった。
彼らの因子を取り込んだ現代のアリスメアー三銃士は、悪夢の王が望んだ通りの働きをしていた。義務化していた魔法少女との戦いとは別の、日常的な悪夢への誘引。
殺さない、傷つけない、幸せな悪夢の中での夢生活。
迷える人間を、生かしたまま夢と現を往来させるというちょっとしたズル。
本当は永遠に夢の中にいてもらいたいが、僅か数時間の昏睡に留めるだけで我慢した。それでも微々たる量のユメエネルギーが手に入り、リデルを黙らせることができた。
用が済めば記憶を消して、いいことがあったと、幸福な夢だったと認識させてから解放する……
その計画は上手く行き、魔法少女や世間様には最後までバレることなく完遂できた。
「オレ、こんな慌ただしくないっスよ?」
「んぅ……ここまで笑顔になれない。ごめんなさい」
「……あー俺はそんな、言うほど変化があるようなのでもないのか」
「別になぞらんでいいが。自分の身体に何が入ったのかは知っておきたいだろう?」
「それはそう」
新生三銃士は、ラピスが思っていた以上に働いた。
人付き合いのいいペローは、社会の荒波に揉まれたその社交性や交渉術……相手を煽ててその気にさせるスキルを惜しげも無く行使して、魔法少女にバレないよう秘密裏に悪夢への賛同者を増やしていった。
チェルシーは元となった怪猫以上の価値を、その頭脳をもって証明してみせた。
最高の武力として招致したビルも、今ある世界よりもと悪夢に希望を見出していたお陰か、精力的に働いてくれ、最大限以上の貢献をラピスに捧げることで、彼女の判断が間違いではないことを証明してみせた。
三者三様のやり方で、戦闘以外の面で活躍した。
お陰様で、ユメエネルギーという星の灯火……リデルの復活やゾンビマギアの復活、星全体へのユメエネルギーの循環といった、様々な名目で搾り取られたユメは、十分に溜まったと言える。
……そんな三銃士と、元となった怪人の名前がどうして違うのか?
「かわいくないから」
正しくは、厳密には同一の存在だが細部が違う、という変化前と変化後の差異を定義付け、元となった怪人たちの狂気に精神が引っ張られて廃人化させない為の処置だ。
イメージ戦略の一面もあるにはあるが。
幾つか試行錯誤をした結果が、今のアリスメアー三銃士なのである。
前任者をそのまま使わなかったのも、人々のイメージが最悪だからという理由だ。
……オーガスタスはそのまま?
曰く、あいつはそのままでも問題ないだろうとのこと。色々と雑である。
【ァー、イソガシイ、イソガシイッ!】
【ニャ〜ゴ……オナカ、ヘッタァ、食ベサセロッ!】
【死刑、執行ッ!】
怪人因子はしっかりとペローたちに譲渡された。だが、余分で過剰な分は、ラピスの領域に残してあった……その余り物の因子を、彼女は消費することにした。
既に三銃士として存在している以上、わざわざゴナーにする必要性も感じられず、それならとこの月塔迷宮中層の守護者として登用した。
今の彼らは、生前の名残りを大きく残した人形。
魔法少女の精神世界でのみ活動できる───ただの残滓なのである。
三銃士の由来話でした。
載せるタイミングがなくてお蔵入りか設定資料集行きかと思っていたのですが、ラピスの精神世界をハチャメチャにする為のフレーバーとして出演させました。
ちなむとZ・アクゥームのモチーフでもあります。大して重要じゃないですけど。




