263-月塔迷宮、上層
仮称:月塔迷宮───ムーンラピスの防衛システムは、天まで貫くダンジョンを下り、最下層まで突き進むことで夢の主の元まで辿り着くことができる。
お遊び要素満載で造った精神世界のダンジョン。
最下層にいるであろう蒼月を求めて、ライト、エーテ、リデル、ぽふるん、ハット・アクゥームは階段を下りて、上層攻略に挑む。
「ッ、すごい!本当に異世界みたいなダンジョンだぁ……迷宮憎悪なんかと全然違う!」
「楽しんでる場合じゃないんだけどーっ!!」
青色に光る魔法ランタンに照らされた黒い石畳の迷宮。先行する姉妹の前に現れるのは、見慣れたアクゥーム……などではなく、ゴブリンやオーク、リザードマンといったファンタジーな世界の魔物たち。
ラピスの空想によって生み出された魔物たちは、不遜な侵入者たちを暴力をもって出迎える。
ファンタジーな彼らは、云わば白血球。
ラピスの夢を守る為に存在するNPCたちは、完全武装で魔法少女に牙を剥く。
緑色の肌の小人、尖った耳や魔女鼻が特徴的な小鬼ことゴブリンは、鍛え上げられた肉体を全身鎧に包むと共に、研磨された鉄剣と盾を駆使して切り掛る。
豚頭の男ことオークも全身鎧に身を包み、まるで騎士のような槍を持って吶喊。
鱗まみれのトカゲ、リザードマンは魔銃で三段撃ちを。
子犬の見た目でありながら獰猛な獣でもあるコボルトは床に穴を掘って、魔法少女たちの足元を崩したり死角から強襲を仕掛けてくる。
他にも典型的なまんまるボディのスライム、杖を持ったスケルトンメイジ、土塊のゴーレム、枝を伸ばして魔力を吸い取ろうとしてくるトレントなど……
多種多様なファンタジーの生き物が、狭い通路で無法に暴れ回る。
彼らに意思はない。彼らに自我はない。存在するのは、設定されたコマンドのみ。侵入者の排除……その為だけに彼らは立ちはだかり、その道を阻む。
魔物の形をした魔王の尖兵を、ライトは迷いなく聖剣で切り裂く。
「今日から私も冒険者だッ!」
───極光魔法<リヒト・エクスカリバー>
ワクワクを隠せないライトは、好戦的な笑みを浮かべて魔物たちを次々と切断。赤黒い血ではなく、魔力の粒子を飛び散らせる死骸たちは、まるで彼らの主のよう。
一切の躊躇も我慢もなく、最前線を切り開く勇者。
轟音を掻き鳴らす攻撃の数々を、ケラケラと笑いながら繰り出していく。
「ちょっと引くかも…」
「……リリーエーテ、そう言っている割には、ソワソワが隠せとらんぞ」
「えっ」
この後、触発されたエーテも魔物狩りで恍惚とするのは言うまでもない。やっぱり姉妹なんだなぁ、と、リデルと一緒にぽふるんが眺めていると。
魔物を狩るついでに、ライトが壁へと聖剣を叩き付ける瞬間を目撃した。
「ライト!?それはレギュレーション違反ぽふっ!!絶対怒られるヤツぽふ〜っ!」
「……何の心配してんだか。まっ、大丈夫っぽいよ?」
「え?」
不思議になって見てみれば、壁には一切の傷がない。
どうやら、壁や床をぶち抜いて階層をスキップするのはできないらしい。ちゃんと考慮した上で、頑丈に……否、精神世界という優位性を活かして、ラピス以外では絶対に破壊できないように成立させてあるようだ。
ショートカットはできない。正攻法で挑まなければ奥に進めない。
バグ技もリアルでできそうにないなとライトは諦めて、大人しく階段を探す。
「何階あるの?」
「何階あるんだ」
【ハーッツ、ハットス!】
「十階ずつ、つまり三十階だな」
「結構長いなぁ…」
「安心しろ、上層は典型的なダンジョンだ。魔物を相手に好き勝手していれば、自ずと中層に辿り着く筈だ……あ、十階はボス部屋らしいぞ」
「ボスいるんだ!?」
入り口が一階だとすれば、今は二階。九階まで魔物との乱闘を楽しんで、十階でボスと対峙すれば中層に進む道が開かれるのだという。
本格的なダンジョンになってきたことに魔法少女たちは楽しくなっていきながら、各々の武器を振るう。
魔法が炸裂し、魔物たちが次々と霧散していく。
早く早くと急かすように、少女たちの足はボス部屋なる空間を目指す。
「あった!階段!」
「よーし、この調子で行っちゃうよ〜!」
「がんばれー、ぽふっ!」
【ハットス!】
「うむ」
迷いのない足取りで駆けて、視界の奥にある下り階段に近寄った、その矢先。
ふと、あることを思い出したリデルがボソッと呟いた。
「そういえばこの階層、ダンジョンらしさを意識して罠も設置されてるようだから、気をつけるよう、に……あぁ、遅かったか。しまったしまった」
「絶対わざとぽふよね!?」
「違うが?」
落とし穴に嵌り、感電トラップで全身シビシビしている姉妹を引き上げながら、リデルは何も知りませんと嘯いてケラケラと笑うのだった。
無論、制裁された。
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魔物たちの妨害を跳ね除け、罠を飛び越え、時には頭を悩ませて解除して。魔力探知で階段を見つけては下って、だんだん強くなっていく魔物を狩っていく。
途中宝箱もあったが、全てミミックだった。
時化てやがる。
「ふぅ……いい感じにタイムアタックできたね。これなら世界一目指せるかもっ!」
「リアルダンジョンアタック、ってこと?」
「魔法少女ぐらいしか出れなさそうだな。参加最低条件が人間やめてるのが必須になるタイプの……さて、どうやらアレが入り口のようだな」
「おー、それっぽい!」
上層十階、ボス部屋前の待機部屋に降りた3人と一匹。休むことなく強行して突き進んだが、やはり流石と言ったところか、彼女たちは大して披露していなかった。
このまま休むことなく進もうと、ライトが先陣を切る。
エーテも文句を言うことなく、姉に付き従ってボス部屋なる関門へ。
重厚な鉄扉に手をかけ、ゆっくりと押して開く。
その先には───玉座に腰掛ける、青い襤褸を羽織った不気味な巨人がいた。よく見れば看守服を着ており、優に5メートルを超える巨躯を厳粛に包んでいた。
看守帽を目深に被ったそれは、のっぺらぼうの顔を徐に上げて、不埒な侵入者たちを認識する。
生の気配が微塵もしない、看守服の怪人。
その存在を、リリーライトは知っていた。かつて戦い、取り逃した過去を。魔法少女や一般市民を捕らえ、悪夢の炉心として幽閉していた所業を。今は亡き怪物が、とある男の因子となったことを。
覚えている。
玉座となっていた背もたれが、看守の背負う“棺桶”だと気付いてからは、特に。
冷や汗を流しながら、ライトは笑う。
「“棺”のオーガスタス…」
ガゴゴゴゴ…
呼び声に反応して、彼は台座から立ち上がる。
それは、かつて夢の国の看守長として地下牢獄に立ち、悪さをした妖精のお尻をぺんぺんしたり、ご飯抜きにしてお針子をさせたり、遊ぶ時間など与えんと強制睡眠コース二十二時間を強いるなどの罰則を与えていた、牢番。
悪夢の国となってからは、加虐な拷問官としても異名を轟かせた残忍な幹部怪人。
名を、“棺”のオーガスタス。
オリヴァー・トラウトに取り込ませた怪人因子の大元、騎士崩れの牢番である。
月塔迷宮・上層守護者
───“棺”のオーガスタス
出棺。
発声機能を持たない模造品の怪物は、塔の番人となって夢に幻出した。
【───…】
「ッ……、幽閉魔法に注意ね」
「うんっ!大丈夫!」
「が、がんばれぽふっ!」
「懐かしいな……そういえばうるるー、怪人因子は一通り取り込んでたな。それがボスになるのか」
「事後報告やめてっ!」
「すまん」
無い口の代わりに、魔力で擬似咆哮を轟かせた牢番が、背負っていた黒鉄の棺桶を床に下ろして……片手で軽々と持ち上げてから、戦闘が開始する。
オーガスタスの本来の戦闘方法は、主に二つ。
固有魔法である幽閉魔法で対象を閉じ込め、悪夢の底に落とすという即殺。そして、もう一つは……背負っていた棺桶を、鈍器のように振り回すという、あまりにも埒外な物理戦闘である。
ズガンッ!と石畳に棺桶を叩き付けて、悪夢の幽閉者は立ちはだかる。
【───ッ!】
轟音を立てて、横振りの棺桶が魔法少女たちに迫る。
「っと!」
「速いッ!?」
「おじさんがアレだから忘れがちだけど、ちゃーんと強い怪人だからねっ!あのラピちゃんが不意打ちの棺桶殴りで気絶したのは有名だよ?」
「それ魔法少女になってすぐの話じゃん!!」
成り立ての頃に幹部怪人と出会って、生還しているのもおかしな話だが。野球バットを振るう感覚で、ブンブンと棺桶が空気を切る。間一髪で避けながら、ライトは聖剣を勢いよく振り抜く。
瞬間、黒鉄の棺桶と極光の聖剣が激突する。
【───!】
「っ、重いッ!」
「お姉ちゃん、そのまま抑えててッ!夢想魔法<ミラクルハートカノン>ッ!!」
【!?】
ライトが鍔迫り合いをしているのを他所に、飛び込んだエーテが魔砲を撃ち込み、横合いからオーガスタスに攻撃を仕掛けた。夢光の砲撃は見事に直撃し、オーガスタスは暫く巨体を活かして踏ん張ったが……ライトの聖剣に押し負けて耐え切れず、大きく吹き飛んだ。
石畳を叩き割りながら転がったオーガスタスは、緩慢な動きで立ち上がる。
【───…】
立ち上がりながら、オーガスタスは徐ろに手を伸ばし、照準を定めて……魔法を行使する。
狙いは、ユメを操れる魔法少女、リリーエーテ。
───幽閉魔法<デモン・インカーセレー>
「ッ!?」
エーテを囲むように魔力の壁が生まれ、逃げる隙を一切与えずに閉じ込める。天井も床も魔法が塞いで、結界内の魔法少女から急速に魔力を奪っていく。
隔離と魔力吸収、対象の弱体化を確実にする牢屋。
時間経過に伴い封印の力が増して、一分と経てば囚人は二度と出れなくなる。そんな檻の中に閉じ込められても、エーテは終始冷静に対処。
予め閉じ込められるとわかっているならば、事前に策を構築しておくのは基本である。
故に。
「魔力、解放───ッ!!」
幽閉魔法の突破方法。それは、内側から蹴破ること……外部からの攻撃にも強く、勿論内側からの攻撃にも頑丈な魔法ではあるが、内からの対処法が無いわけではない。
それは、結界の内側から魔力を爆発させて、牢屋という定まった形を破裂させるというやり方。
魔力を吸われながらも、脱出後も余力が残せる魔法少女でしかできっこない。加えて、ゴム質で形状変化が容易なタイプの結界であればかないっこない方法だ。
だが、オーガスタスの幽閉魔法は突破できる。
魔力量が多いエーテは結界を強引に破って、脱出。その代償として息が荒くなったが、まだ戦える。また捕まってしまっては堪らないと、すぐに駆け出した。
……その横で、収監と脱獄と収監を繰り返しては即座に脱出する姉の姿が見えたが。
「あーもう!執拗いッ!」
執拗に閉じ込めてくるのは、余程警戒されている証拠。それでも苛立ちしか湧いてこないライトは、聖剣を大きく振り抜いて、一閃。
目にも止まらぬ速さで、石畳を駆け抜けて……
オーガスタスの首を狙う、が。防御の為に差し出された右手を代わりに切断した。
【ッ〜!】
「潔く死になよ」
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
「へーき〜!」
冷静に幽閉魔法の魔法陣を両断してから、右腕を失ったオーガスタスに斬り掛かる。勿論ただでやられるオーガスタスではなく、左手で棺桶を振り回して迎撃。
片手で振り回された超質量に、極光の聖剣はまたしても食い止められる。
しかし、それも想定内。
聖剣で足止めしている間に、魔力を練ったエーテが攻撃すればいい。
「夢想魔法───っ!!」
オーガスタスの背後に回って、その後頭部にステッキを叩きつける。ガツンと殴られたオーガスタスは、呻き声を僅かに上げてバランスを崩し……瞬間、押し勝った聖剣が棺桶を両断する。
【ッ…】
「このまま畳み掛けるよ!」
「うんっ!」
たたらを踏み、武器を失ったオーガスタス。足止め用のフロアボスにトドメを刺さんと、ライトとエーテは魔力を練り上げて……
息を合わせて、声高らかに。
絶望的な悪夢を晴らす希望の一撃を、浄化の力を怪人に解き放つ。
「夢想魔法!」
「極光魔法ッ!」
「「───夢光・二重奏<マギア・レディアント>ッ!!悪夢よ、晴れろ!!」」
希望と夢の光が世界を彩り、無防備なオーガスタスへと突き刺さる。悪夢の中という特殊環境下である為か、その威力は通常時よりも弱っているが……
片腕を失い、武装を失った獲物が回避する術はなく。
オーガスタスは正面から極光を喰らい、呻き声を上げて後退する。
【ッ、ッ───!!】
この幹部怪人に意思はない。夢の主に続く道を閉ざす、最初の番人にして足止め役。それ以外の役目や機能は必要とされておらず、耐久性に特化した怪人としてダンジョンボスに起用されただけ。
故に、浄化の光を浴びても暫くは持つが……
相手はリリーライトと、リリーエーテ。魔法少女として上のステージに昇った彼女たちを相手では、棺の番人では些か荷が重く。
「ハァァァァァァ───ッ!!」
声を張り、魔力を注ぎ込んで、耐え忍ぶオーガスタスを光が貫通した。
瞬間、看守服の怪物はボロボロと崩れて、光に溶けて。
彼が腰掛けていた台座が動き……中層に続く下り階段が開いたのだった。




