262-蒼き月夢の防衛線
夢を渡った先───ムーンラピスの夢の中、若しくは、魔法によって強化された精神世界。
悪夢が僅かに滲んだ夢の中に、少女たちは降り立つ。
「到着〜!で、ここがラピちゃんの夢の中ね!」
「ちょっとお姉ちゃん!!お姉さんの夢の中だからって、はしゃいじゃダメだからねっ!」
「わかってるよ〜」
「全然わかってない声ぽふ!」
「……相変わらず殺風景だな。うるるーめ、少しぐらいは夢を見んか」
草原に着地したリリーライト。楽しそうに場違いに笑う姉を窘めるリリーエーテ。彼女たち姉妹はムーンラピスの親族枠で、最も付き合いが長い故に選ばれた。
ついてきたぽふるんは元・契約妖精という縁から。
リデルは魂で繋がった共犯者、片割れ、そして偉大なる大戦犯の禊でここにいる。
アリエスの導きでラピスの夢の中に入った彼女たちは、入ってすぐの光景をその目に映す。と言っても……なにも面白いモノはない。
地平線の先まで草原が広がり、蒼い月だけが浮かぶ空。
あまりにも殺風景な夜空が、何処までも何処までも夢に広がっているだけの世界。
だが、それはわかりきっていたこと。
ある意味一番の安全圏にいるリデルを先頭に、ラピスの精神世界を歩き進む。
「方向あってるの?」
「問題ない。私を信じろ」
「無理だよね〜。まぁ、私には無理だから信じるしかできないんだけど」
不安になりながら草原を歩くこと、数分。もしかしたら数時間かもしれないが、夢の世界での体感時間などなんの判断材料にもならない……故に、時間は無問題。
問題なのは、もっと別のこと……
立ち止まった彼女たちの前に聳え立つ、リデルでさえも見覚えのない威圧感。
「これは…?」
草原を歩いていた最中、突然足元に現れた石畳。疑問に思いながらも進んだ先には、どこまでも伸びる巨大な石の塔があった。
青い月まで届かんと、天を貫く巨塔。
外周を一周するには一時間はかかるぐらいには、横にも大きな塔であった。そんな見知らぬ建造物にリデルは眉を顰めて、警戒して一歩も踏み出さない。
別に踏み出してもいいのだが、ここがラピスの世界だと思えば無理なモノだ。
「なにこれ」
「知らん。少なくとも、数日前までは無かった筈だが」
「……えっ、お姉さんの夢の中把握してるの?」
「定期的に遊びに行ってる。勿論寝てる時にな。だいたい邪険にされるが、低確率で遊んでくれるんだ。ちなみに、四日前は仮想環境を悪用して全盛期の力を取り戻したifで殺し合ってみた」
「なにやってんの」
「昔の感覚を取り戻したくてな」
「絶対取り戻さないでぽふ。後生だから。ラピスに任せて引きこもってろぽふ!」
「酷いな?」
夢の中でも子守りしているのかとライトは呆れながら、今度私も混ぜて貰おうと決定して……不用心に、その謎の塔に近付いて行く。
気付いたエーテが声を張るも、時既に遅く。
ライトの手が、黒色の石を積み上げてできた塔へと接触する。
───ゴゴゴゴッ…
その瞬間、塔全体が激しく揺れて……
黒色の石の溝に、青い魔力が勢いよく駆け抜けて、塔の全体が蒼色に輝き出す。何かが起動した音、魔力の波長に全員が警戒する、が。
動いたのは……ライトの隣。
ライトがいた横の壁が、口を開くように上下に開いて、入り口を作った。
「……」
「……」
「……」
「……入れ、ってこと?」
「うーむ……恐らく、だが。これもうるるーの防衛機構、なんじゃないか?」
「あー、ね」
確信のあるリデルの推測に納得をしてから、取り敢えず入ってみようと一歩を踏み出す。止めるのは無理そうだと諦めたエーテも、ぽふるんも。
そうして、一同が玄関口を通り抜けた、その時。
塔内の暗闇から、何かが蠢く気配がして───勢いよくナニカが飛び出してきた。
帽子の形をしたナニカは、エーテの顔面に飛び乗った。
「うえっ!?」
【ハットス!】
「およよ、見覚えのある帽子頭」
「わぷっ……えっ、ハット・アクゥーム!?なんでここ、いやそっか、お姉さんの分身なんだから、そりゃ夢の中にいるよね…」
その正体は、ハット・アクゥーム。
いつぞやの定位置であるエーテの頭の上に乗った帽子の怪物は、ほっと息を吐いて安住の地を得る。この帽子頭、宿主であるラピスの頭が吹き飛んだ瞬間……実は列車から振り落とされていたのだ。
結果的に誰にも気付いて貰えず、こうしてラピスの夢に入って、そこから出て合流しようとしていたのだが。
現実世界で紆余曲折あった結果、なんと夢から出れなくなっていた。
【ハァッツ…】
「ヤケに見ないと思えば……ふむ。ハット・アクゥーム、オマエこれが何かわかるか?」
【? ハット!ハーットス!!】
「む?ふむ…」
蜘蛛足を出してジェスチャーする帽子に、リデルは腕を組んで悩み出す。どうやら意思疎通ができているようで、感じ取った内容がどうも望まぬモノだったらしい。
私も喋りたいなーといった本音を塞いで、その悩み様に気付いたエーテは問い掛ける。
その疑問に、女王は軽く答えた。
「想像通り、この塔はうるるーが造った防衛機構……夢に侵入された際の防衛施設らしい。アリエスの存在を知ってから急造したようだな…」
「へ〜、ラピちゃんらしい。それで?なんで塔の形?」
「……どうやら、侵入者の遅延工作を目的としたシステムらしいな。うるるーの夢に入ったが最後、この塔に入って下らなければ脱出できないし、うるるーに相見えることもできない仕様になっとるようだ」
「うへぇ、なにそれダンジョン?」
「そうだぞ」
「へ?」
ハット・アクゥームをエーテの頭から奪い取り、自分の頭に被るリデル。そのままアクゥームの記憶を読み取り、塔の構造や仕組みを理解する。
そうしてわかったのは……この塔が、本当にダンジョンであるということ。
上層、中層、下層の三段階にジャンル分けされた迷宮を降りていかなければ、ダンジョンのボスこと夢の主であるムーンラピスに会えないのだ。
そして、運が良いのか悪いのか。
彼女たちは防衛機構が働いている時に夢に入って、この塔を起動してしまった。
「……そういえばうーちゃん、RPGツクーロとか迷宮構築ゲームとか好きだったなぁ。自分でそういう設定作って、なんか色々して楽しんでたなぁ」
「魔法使えるようになって、はっちゃけちゃったんだね」
「やってそー、っていうか実現しちゃってるぽふ、ねぇ。これだからうるあは…」
「楽しんどるなぁ」
懐かしいなぁと過去を郷愁して懐古しながら、ライトは聖剣を鞘から引き抜く。エーテもマジカルステッキを魔杖へと変化させて、姉に続く。
リデルとぽふるんは後方で守られる気満々だ。
姉妹を筆頭に、覚悟を決めた一同は月塔のダンジョンの攻略に挑む。
「早く起こそ」
「うんっ!」
「現実世界では今も戦っとるからな……早くせんと周りがうるさいだろうな」
「尚のこと急ぐぽふー!」
「あいよ〜」
呑気に笑いながら、騒動終結を願って───あの“蛇”が好奇心と興味関心と野次馬根性、ラピスと戦いたい欲望が先走って殴り込んでくる前に。
急ぎ足で、松明に照らされた階段を下りるのだった。
───ねむねむ?
そうだね、眠いね…うん。眠いよ。
───もちもち はむ はむ?
あー、いらない、かなぁ……いらないや。いいよ、君が食べちゃって。それ、僕にはもう必要ないし。必要な分はもう取り込んじゃったみたいだし、ねぇ。
好きなだけお食べ。
そんで大きくなれ。
───あいあい
……この程度のちっさな悪夢しか捕えられないんなら、そこまで警戒する必要もなかったかな。いい感じに利用はできたから、まあ終わり良ければ全てヨシ。
全然何も終わってないけど。
外の様子を見れないのが痛いなぁ。なにやってんだろ。システムが稼働したのを感じ取れた辺り、多分僕の身体は暴れ回ってるでしょ?そんで多分塔も立ってる……うん、ライトは夢の中に入ってんのかな?
邪魔だなぁ、どっか行けマジで。
ふわふわと酩酊する思考の中、羽化が間近に迫った卵に微笑みかける。
もう、どうでもいいや。
どうせ夢は醒めるもんだ。あいつらなら絶対上手いことやって、僕のことを叩き起こすんだろう。それまで、暫く眠っているのもアリな気がする。
……いやまぁ、自力で起きれないだけだけどさ。
ったく、何処の誰だよ。意識が浮上できないぐらい夢の底に落とされるとか、さぁ。多分、今まで我慢してたのが色々悪さしとんだろうなぁ……すごい恥ずかしい。
不甲斐ないので、不貞寝する。
後で落とし前はつけるとして、暫くは。夢の中で諸々を休ませるとしよう。
───ねんね ねんね
そうだね。
ラピダンジョン攻略編
なんでもできる主人公だから、夢の世界だろうと好き勝手できるの図




