260-悪夢暴走ブルーハーツ
元より、悪夢を取り込む計画ではあった。ただ、それはムーンラピスの理性があれば問題なく済んだ話。蓄積した諸問題と要因によって意識を失った状態では、制御できるモノも制御できない。
慌てていたライトはその当たり前をド忘れして。
リデルは多分大丈夫だろの精神で突っ走った。だいたい諸悪の根源。
「後でお説教だからね!!」
「そう怒るな。傷が開くぞ」
「もう開いてるよ!ほらっ!!」
「あーあー」
怒鳴り声で喚き散らすエーテは、血が滲んだ腕の包帯を然と見せつける。正直怒る気持ちもわかるのだが、状況が状況。今はまだ落ち着けと、コメットたちに宥められる。
悪びれなく開き直ったリデルはメードが黙らせた。
具体的に記述すると、首をギュッと抱き締めて苦しみと沈黙をお届けした。
そうして言い争っている間にも、更地になった惑星から蒼黒い光が飛び出て輝いている。二つの巨大クレーターで平らになった惑星コシュマールだが、所々に走った亀裂や断層どころか、もう既に惑星全体が光り始めていた。
遠目から見れば地球である。緑はないが。
蒼黒い光は悪夢の光。意識が無いのにも関わらず魔力を暴れさせる蒼月だが、未だ宙域から姿を見ることはできていない。できていないのにも関わらず、星から感じ取れる圧に悪寒が止まらない。
それは魔法少女だけでなく、将星たちも。
捕縛されたままのスピカも、動揺して二の句を告げないカストルとポルクスも、惑星が煌々と輝く異常な光景には恐怖しかない。
「……もっと距離取った方がいいかもな」
「そう、だね……あっ、そうだ。アリエス、夢の中にいるお二人さん、今のうちに出しといてくれる?」
「んめ!?えっ、いいんですか!?カリ兄さんは兎も角、サジタリウスは……」
「いいから」
「はいっ!」
ライトの圧に負けたアリエスは、すぐさま悪夢の中へと閉じ込めていた将星二人を現実世界に引き戻す。アリエスの背後が大きく歪み、そこから2人の男が吐き出された。
冷や汗ダラダラ、息も絶え絶えのカリプスと、澄ました顔で虚空に着地するサジタリウス。どちらもこれといった目立つ傷はなく、ただ疲労感満載のカリプスがアリエスの肩にもたれかかって脱力した。
即座にダビーとナシラが介抱に駆け付けたが、大丈夫。ただの疲労である。
「死ぬかと思った…」
「いやぁ〜、中々なアトラクションだったよ……それで?これは一体どういうことなのかな…?魔法少女の子達が、揃い踏みなようだけど」
「ッ!」
首筋に垂れた汗を軽く拭いながら、人馬の将星は周囲に集まっている魔法少女たちに目を向ける。その手に持った強弓をいつでも引けるように、静かに警戒しながら。
ついでに捕まっている同星にも。
なにをやってるんだいといった目は、スピカの柔い心を容赦なく削った。
そして……睨まれた魔法少女の極一部はというと。
「すごい、ケンタウロスだ…!」
「本当にいるんだ……宇宙ってすごい…」
「神話のケンタウロスも宇宙人だったりするのかしら……あっ、ごめんなさいジロジロ見て」
「……いや、うん。気にしないでいいよ。随分とまぁ……微笑ましい子達だね」
「あはは…」
純粋な瞳でサジタリウスの身体を見つめていた。確かに物珍しいし、興味を引く気持ちもわかるが。そこまで強く凝視されては、流石のサジタリウスも照れてしまう。
頬を掻いたサジタリウスは、気を取り直して脱線した話を戻す。
「それで?」
「あー、うん。実を言うとかくかくしかじか……あなたを責めるつもりはないけど、色々あってあーなったの。絶賛暴走中なんだ」
「おやまぁ……トドメ刺しちゃったわけか」
「いや、トドメはこっちでしょ……百歩譲っても最終的な決断をしたのはこっちなんだし」
「正論聞きたくなーい!」
「こらっ!」
どうにか状況を把握したサジタリウスは、眼下の惨状を見下ろす。煌々と輝く惑星。その蒼黒い光は、無闇矢鱈に触れてはならないモノだと直感と経験則で察知する。
そして、リリーライトの目的も理解した。
サジタリウスは警戒の目を向けてくる魔法少女……ではなく、捕まっているスピカを流し見てから、仕方ないなと決断する。
「要するに、ムーンラピスの暴走を止めるお手伝いさんが欲しいわけだね」
「うん。協力して?してくれたら、殺さないであげる」
「上から目線のお嬢さんだ……いいだろう。原因の一端は僕にもある。手を貸すよ」
「ありがとう」
選んだ選択は、将星との結託。戦力は多い方が判断したライトは、惑星の方からヒシヒシと感じる言葉なき殺意を敏感に感じ取りながら、全員が生き残れる未来を選んだ。
敵味方などとは言ってられない。
勿論、連携などはしないが……死なない為に、この場の全員で抗う道を選ぶ。
「それじゃ、スピカの拘束は解いてくれるかな」
「いいよ。先輩たち、解放してあげ……や、嫌だ嫌だって首振るのやめてよ……貴重な戦力を縛ったままにするのは一番ダメだってわかるでしょ?」
「あたしの頑張りが〜…」
「んまぁ、納得いかねぇ結果だったから別にいいぜ。次はちゃんと殺し合って勝つ」
「不戦勝みたいなもんだったしねぇ〜」
「あれ、あたしの活躍所さんは?」
「……えぇ、次があるのであれば、横槍なくあなたたちと殺し合いたいですね」
「あれ???」
さりげなく歌姫の巻き込み攻撃を無かったことにして、カドックとブランジェはスピカの拘束を解く。どうしてもあの結末は納得できないらしい。勝ちは勝ちなのに。
スピカもまた、今度は正々堂々……共倒れ以外の結末を望んだ。
解放されたスピカは、縄で縛られていた手をブラブラと揺らして脱力する。
「ふぅ……助かりました。ですが、良かったのですか?」
「いいんだよ。こればっかりはどうしてもねぇ……うん、仕方ないことだ。それに相手が相手だ。逃げても逃げられないだろうし。そうだろう?」
「多分、ここにいる時点で獲物認定されて、宙の果てまで追い掛けられるか引き寄せられると思う」
「うん、怖いね」
「おう…」
亀裂が広がり、地表が崩壊していく光景を眺めながら、その末路をありありと想像する。映像記録でも見た執念と殺意がこちらに向くのは別に構わないが……厄介であるし確実に死にそうだという実感が芽生える。
このまま鎮静化に失敗して宇宙を破壊されても困る。
討伐も考えたが……それはできそうにないと切り替えて受け入れた。まぁ、スピカ的には妹の大恩人を殺そうとは踏み切れず、どうにか目を覚まさせて礼を告げたい気持ちなのだが。
「君たちもそれでいいね? カストル、ポルクス」
そして、まだ一言も了承していない将星……難しい顔で悩んでいる双子に、サジタリウスは問い掛ける。
強制するつもりはないが、双子はどちらを選ぶのか。
サジタリウスや魔法少女たちの視線を浴びて、少しだけたじろぎながら答える。
「いや、別に手を組むのはいいけどさ……僕、あの青いがこれでもかってぐらい…嫌いなんだけど」
「兄様が嫌いなら、私も嫌いなので……その…」
「気が進まない、かぁ」
「うーん、やっぱそうなるよねぇ……まぁ、嫌々でもいいからさ」
半ば渋々、拒絶反応でも出ているのか、腕を摩っているジェミニスター兄妹に言い淀むサジタリウス。本当に渋々ではあるが、協力する姿勢は示しているものの……やはり心情的に抵抗感ができてしまうのも仕方ない。
サジタリウスも気持ちはわかってしまう為、必要以上に苦言を呈することはない。
それは魔法少女たちも同じこと。
辻斬りで路傍の石のように見られたましたと言われたら嫌いになるもわかるから。自分たちもやられたらキレるし嫌いになる。
……それをやったのがムーンラピスであるということに頭を抱えるが。
「今回だけだからな!!」
「青いのは徹底的にボコしてもいいんですよね?」
「いーよ。多分部位欠損しても生えるから……好きなだけタコ殴りにしてあげて。終わった後に仕返ししに行くかもだけど、そん時にはラピちゃん病院送りだろうし」
「よーし、奮発して流星群しよっと……流れ弾でこいつらぶっ殺してもバレないでしょ」
「ストレス発散の機会…!」
ライトからの許可も得て、ポルクスは崩壊五秒前ぐらい終わってる星を見下ろし奮起するが、カストルは便乗して魔法少女抹殺を計画していた。筒抜けである。
そんなことされても対処できるが、まぁ別にいい。
……蒼月との戦闘中、そんなことができる余裕があるのかが問題だが。
「ってかさー、暴走っていうけど……なんで総力戦する、みたいな雰囲気になってるの?」
「それはリデルに聴いて。発案者こいつだから」
「む?」
言い出しっぺはリデルだと告げれば、疑問符を浮かべた全員が女王を見る。首を絞められながらも呑気な顔でいたリデルは、一瞬なんのことかと首を傾げたが、すぐに要件を理解して口を開こうとする、が。
喉がしまって喋れなかった。
メードの腕を叩いて解放されてから、咳き込みもせずに理由を伝える。
「今のうるるーは自我がない。肉体組成として取り込んだ悪夢の諸々が暴走している。それは言わんでもわかるとは思うが……随分と前に、自動防衛機能を自分の【悪夢】に注ぎ込んでた記憶があってだな?」
「……その自動防衛って、迎撃と殲滅が主目的?」
「うむ!万が一敵陣で意識が無くなっても暴れられるよう頑張った!と言っていたぞ。ちなみに、今回のトリガーは意識のない状態で【悪夢】を取り込んだからだな。普通は制御できるんだが、今回は呑み込んですぐ消化した影響の拒絶反応とムカムカとなにしやがったんだワレェで機構がブチ切れてるな」
「ふざけんな」
仕方ないだろう?と首を傾げたリデルが、滔々とナニが暴走しているかを説明すれば、出るは出るは衝撃の真実。そして飛び交うブーイングの嵐。
そんな簡単に暴走するシステムを作るなだの、そもそも暴走させるなだの、目を覚ますシステムを作れだの全員で好き勝手に苦言を呈するが、そんなことはリデルの知ったことではない。
作ったのはラピス、満足したのもラピスだ。
危うい綱渡りのバランスを崩したのはリデルだが。その真実は棚に上げておく。
蒼黒い極光が見るからに臨界点に達しているのを見て、もうそろそろか達観しながら、リデルは笑う。
女王からすれば、これはミスでもなんでもない。
いつかは起こること、決まっていた運命だと魔法少女の焦燥を嘲笑う。
「今のうちに暴走させておけ。そうすれば、精神が悪夢とちゃんと純化する。うるるーならば、精神汚染で暗黒銀河滅殺を掲げるようなバケモノにもならんだろう」
「本人の意思を尊重すべきだと思うんだよね。絶対に事後承諾だとかそんなんでしょ」
「いつまでも人間であることに拘るからだ。鬱陶しい……女々しいから背中を押してやっただけだ」
「後で叱られちゃえ」
「ふんっ!」
鼻で笑ったリデルは、惑星から溢れ出る悪夢色のユメを手に取って、愛おしそうに指に絡める。粘着質な魔力には慈しみさえ覚えて、これが半身の新たな力かと笑う。
正確には、か弱い【悪夢】との純化途中で混ざった黒色なのだが。
「…さて、始まるぞ」
指で掬った悪夢を舐め取りながら、リデルが全員にそう宣言すれば。
───キュィィィン…
星が、最後の悲鳴を上げて───内側から爆散した。
その衝撃波は魔法少女たちの方にも飛んできて、一同を吹き飛ばす。
「ッ!」
「うぐっ…」
「掴まって!」
「ん!」
吹き飛ばされなかったライトはエーテの手を掴み取り、サジタリウスは双子を抱えて、星が終焉を迎えた恐ろしい光景を目に焼き付ける。
蒼黒い魔力はまだ煌々と輝いており、暴力的な嵐が宙に渦巻いている。
爆発的な衝撃波は一度だけでは終わらず、何度も何度も断続的に力を放っている。
世界を震撼させる中心点。
そこに、彼女はいた。
【……】
いつの間にか、のっぺらぼうの何も無い顔に目を作った怪物は、真っ黒に染まった両目から、蒼色の瞳孔を宙へと向けていた。視線の先には、リリーライト、ただ一人。
“悪夢の大王”。後に“夢貌の災神”に至る者。
この世全ての【悪夢】を統括して、支配する夢を抱いた蒼月の魔法使い。
彼女の深層意識に増設されたシステムは、感情の灯らぬ蒼瞳で敵を睨みつける。目的は排除。体内によくないモノを注ぎ込んだ“変質者”をぶちのめすこと。
取り込んでしまったものは仕方ない。受け入れる。
受け入れるが、突然体内を暴れ回った【悪夢】に怒りが湧いたのもまた事実。主が目覚めない今、システムは敵を葬って安寧を得ることのみを考える。
傍から見れば暴走状態に陥った機構は、煮え滾る殺意を燃料に牙を剥く。
アリスメアー“二代目首領”
───“悪夢の大王” ムーンラピス
暴走形態
総力戦、開幕。




