256-弓引く強者、夢誘う弱者
“天弓闘馬” サジタリウス
vs
“亡羊黒堊” カリプス・ブラーエ
“夢幻包羊” アリエス・ブラーエ
“星錬鉄破” ダビー
“星狼骸螺” ナシラ
夢星同盟、ひいては魔法少女に与する元将星……彼らを討ち取らんと、暗黒王域軍最上位に名を連ねる馬の狩人、サジタリウスが、カリプス一派の3人に襲い掛かる。
アリエスは勿論守られる側だ。攻撃の意思は対面時点でへし折られている。
「いざっ!」
「攻撃ッ!」
───鉄工魔法<アイアンワークス>
───螺旋魔法<ダブルスパイラル>
無より鉄を生み出したダビーが、拳大の鉄塊を愛用するハンマーで叩いて、弾丸のように撃ち出す。当たれば激痛間違いなし、最悪皮膚と肉を貫通する攻撃だったが……
サジタリウスは強弓を横薙に振るっただけで、衝撃波を発生させ、鉄塊を空中で破壊した。宇宙という広大無限の空間において、ブレることなく突き進み、まっすぐ対象に突き刺さる矢を撃てる膂力だ。ただの素振りでも、衝撃波ぐらいは軽く放てる。
追撃として、螺旋を纏った拳をナシラが叩き付けるが、それも効果はいまひとつ。サジタリウスの剛皮、エルナトよりは柔らかいが、十分硬い皮膚を貫くことはできず。
掠り傷程度に抑えられ、ナシラは不満気に顔を歪めた。
「くっ!」
「チッ…」
「舌打ちはよくないよ。苛立ちを顕にすると、君たちには余裕がないと相手に悟られてしまうからね……っと、少し説教臭くなっちゃったね」
「ッ!?」
いつもと変わらぬ声色で謝罪を述べながら、彼は強弓を引き絞って、矢を放つ。
至近距離から放たれた魔矢が、ナシラに突き刺さる……
よりも早く。
「ぶねっ!」
「…おや?」
カリプスの片手剣が間に入って、ギギギッと音を立てて矢を受け止めて……技巧と胆力、踏ん張る力で矢を横へと逸らすことに成功する。
なし得たそれは奇跡といってもいい。
間一髪、決死の覚悟で矢を逸らせたが……カリプスにはそれが精一杯。
「頑張るじゃないか!」
「そりゃ、死にたくねェし死なせたくねェんでな。全力で抵抗させてもらうぜ?」
「後ろ向きだけど、その意気やヨシ!」
卑屈に笑い、双剣を構えるカリプス。その額には僅かに冷や汗が流れているが、それを気にする暇もない。そも、屋内という閉所において、弓使いは圧倒的に不利な立場にいるべき戦闘職である。本来は遠距離攻撃で敵を射抜き、時には味方を守る為に牽制する。あらゆる面、要所要所で重要になる弓矢を、屋内で振り回すには広さが必要だ。
急接近して攻撃を仕掛けてくる敵を避け、近距離戦から命を守りながら矢を穿つ……
だが、その大前提を覆せる男がサジタリウスだ。
閉所であっても、その膂力と技術をもって肉薄する敵を葬り去る。接近戦を挑む敵を、その腕力で捩じ伏せ、力で押さえ付ける。どんな猛攻を喰らおうとも、余裕をもって弓矢を放つ。
近距離戦の状況下、眼前で強弓を放たれれば……どんな強者であろうと簡単に死ぬ。
近距離・遠距離、中距離においても万全に戦える狩人。それがサジタリウスという宇宙随一の狙撃手であり、先代皇帝から仕える最古参の将星である。ちなみに、彼以外の旧世代は大半が新皇帝に逆らって討ち取られている。
閑話休題。
「二度も撃たせねェぞ」
「そうかい?でも、まぁ……残念だけど、それを有言実行できたのは誰一人としていないよ?」
「ご自慢どうもッ!」
そんなオールラウンダーのサジタリウスに、カリプスは全力で挑む。非対称の双剣、白色の片手剣“アルシャト”、黒色の片手剣“アルゲディ”で速度重視の連撃を食らわす。
並大抵の敵なら即座に細かく切り刻める速さだが……
サジタリウスは余裕の笑みを崩さず、強弓一つで斬撃を防ぎ切る。
「今です!」
「再撃ッ!」
“鉄工”+“螺旋”
───魔法合体<スパイラル・アイアンソード>
そして、カリプスが猛攻を仕掛けている横で、ダビーとナシラが二つの魔法を同時に使い、合体技を発動。螺旋を纏ったことで回転する鉄剣を無数に生成。
複数の方向から、サジタリウスを狙って乱回転。
飛来する鉄の剣が、ダビーの操作に従って回転しながら飛び回る。
「うーん、これでも薄皮が斬れるだけだよ?」
だが、それでもサジタリウスは怯むことなく……皮膚が薄く斬られただけで、出血までには至らない。飛んできた剣は瞬く間に叩き伏せられ、へし折られて無力化された。
あっさり対処された事実に、召使いたちは己の無力さを噛み締めるが……
彼女たちの希望は、彼女たちの主に託された。
「問題ねェよ。十分だ……サジタリウス、テメェは確かに強者だがな。他の異常者共と比べちまったら、まだ現実味のある“強者”だ。その傷を再生とかできねェのも、普通の範疇にある。まあ、それ以外が十分おかしいんだが……」
「ふぅん?あぁ、成程…」
「……ケッ。わかっててそんな余裕噛まされると、すげぇイラつくもんだな」
カリプスの猛攻の対処に精一杯で、ほんの一閃だけ肩を斬り裂いた鉄剣の傷痕。本来ならば回転することで大きく傷口を抉る技が、その程度の成果しか出せなかった。
それでも、カリプスにとっては十分な傷。
秘密裏に進めた儀式は、既に佳境───それを理解していながら、平然と強弓を使った殴打で側頭部を狙ってくる狩人に文句が言いたくなるが。
苛立ちを抑えて、発動。
「やっちゃえ!ご主人様ー!!」
詠唱が始まった瞬間、ダビーとナシラは安全圏まで全力疾走して。カリプスは絶え間なく双剣を振るって、対象のサジタリウスを足止めしながら……
その肩の傷に、届くように。
祈る。
「黒堊の魔法<オプファー・ツィーゲ>ッ!!」
詠唱が完了すると共に、カリプスの双剣がドス黒い色に染まって───何度も接触していたサジタリウスの強弓に呪詛が伝播する。
今は触れておらずとも、直近で触れていたのならば。
死の森の呪いは、何処までも広がっていく。逃げ場など赦さない。
「おやおや!」
腐臭を放つ草花が強弓から生え、サジタリウスの腕まで伝播して……そこで漸く、否、わざとらしく慌てた素振りを見せて、大きく腕を振るって振り払う。
そんな生半可な動作で、本来は落ちるモノではないが。
衝撃波を伴った腕払いは、腕を伝う“森”を文字通り削ぎ落とす。強弓についた呪いまでもを、ただ手で払うだけで根こそぎ落とす。
だが。
「いづっ……」
肩についた傷に、呪詛が少しだけ入り込んで……僅かな痛みが全身を走ると共に、サジタリウスの右肩から不快な色彩の樹が生え始める。
傷口から呪いが浸透して、肉を通して死が根を張る。
「んなチクッとした痛みで済むもんじゃねェんだがなァ」
本来ならば、この時点で樹に呑み込まれて死んでいる筈なのだが……流石はサジタリウスとでも言うべきか、呪いの侵攻はそこまで止まりで、それ以上の侵蝕は起きない。
やったことは単純、筋力で筋繊維を引き締め、これ以上呪詛が広がらないように押し潰しただけだ。
筋肉は全てを解決する。
「まったく、予想していたとは言え、本当にやるとは……やっぱり、一回ぐらい浴びてみたいなぁっていう好奇心は危ないねぇ。かなりの不格好になってしまったよ」
「それで済ませてるお前が一番怖ェよ」
「そうかい?」
肩から生える死の樹が邪魔なのか、首をかくんと傾げるサジタリウス。筋力だけで呪いの侵攻を止めるという馬鹿げた現実を齎した狩人は、相変わらずの飄々とした笑みを浮かべたまま左腕で肩の樹を掴む。
そのまま力を込めて、邪魔な植木をボキッとへし折る。
「一先ずこれでいいかな」
「……触るのもアウトなんだがな。自信なくなってくるぜマジで」
多少身軽になったサジタリウスは、へし折った死の樹を後方に放り投げてから……双剣を構えるカリプスの方へ、急発進。助走なんてせず、急発進急加速。
爆速で駆け抜けて、その腹に強弓をぶつけた。
「ごふっ───!?」
「判断が遅いよ〜?」
急接近に出遅れたカリプスは咳込みながら藻掻くが……サジタリウスの強弓は、未だその腹にくい込んだまま。
強弓を大振りに振るって、吹き飛ばす。
大きく吹き飛んだカリプスは、薬品棚を盛大に破壊してなんとか着地。
「チッ!」
即座に体勢を整えるも、もうどうしようもなく。
舌打ちをした先には───既に力強く弦を引き絞った、狩人の姿があって。
「仕舞いかな?」
───天域闘舞<カウス・グレイトスター>
一条の流星のような輝きとなって、矢は放たれて───双剣を胸の前で交差させて、なんとか防御を間に合わせたカリプスに直撃する。
「がっ、ァ!?」
直撃すると同時に、カリプスは矢に押されるがまま再度壁に激突。あっさりと壁は砕かれ、双剣でギリギリ弓矢を受け止めているカリプスは吹き飛んだ。
なんとか、貫通しないで済んでいるが……
それも数秒のこと。悲鳴を上げていた双剣が遂に限界を迎える。
ガキンッ!
二振りの剣は、同時にへし折れて───勢いの止まらぬ魔矢が、カリプスの脇腹を貫く。本来ならば胸の中心から背中までを貫いていた矢の軌道を、なんとか逸らした結果だが……その代償は、あまりにも大きく。
隣の隣の隣の部屋まで吹き飛び、転がったカリプス。
彼の右脇腹は大きく抉れ、ボタボタと大量の血肉が床に落ちていく。
「ぐっ…」
「ご主人様!?」
「主ッ!」
「寄るな!ッ、自分の命を最優先にしろッ!!」
「ッ」
召使いたちの心配も他所に、カリプスは立ち上がる。
チラッと視界を後ろにやれば、矢が通り過ぎた貫通穴がまだ続いていた。
「……耐えるねェ。よく挽き肉にならなかったよ。うん。誇っていいよ、カリプス」
「はァ、はァ……なんも嬉しかねェよ、クソが」
純粋に褒めるサジタリウスに悪態をついて、カリプスは口の中に溜まっていく血を一旦吐き出す。その黒色の血が小規模な森を生やしたが、踏み潰して消し去る。
血肉は森へ、細胞は土壌へ、魂は鬱蒼とした森の中へ。
いつの日か、死の森の一部となってあの世に行けぬまま生き地獄を味わうことが決定しているカリプス。このまま血を流せば研究所が死の森で繁茂してしまう為、足で無理矢理痕跡を消す。
「…で、どうするんだい?君を殺せば、その呪いがここを埋め尽くすだろうけど……元より、この研究所は廃棄予定だからね。何の問題もないんだよ」
「あ?なんだよ、捨てんのか」
「陛下がね。魔法少女を迎え入れるんなら、こんな研究所無い方がいいだろうって。いやぁ、今までのちゃんとした成果も全部ポイだってさ!信頼の証だって!」
「思いっきりが良すぎだろうが。強者の表れってよりかは甘えだろそれもう」
「だよねぇ」
ケラケラと笑いながら、サジタリウスはもう一度強弓に矢をつがえる。
もう一度、今度はその頭部を貫かんと照準を定めた。
「ッ、ご主人様ッ!!」
「主ッ!主ッ!!」
だが、それを見過ごせるダビーとナシラではなく……
ダビーは巨大な鉄槌を作り上げ、サジタリウスの頭部に振り落とす。ナシラは<獣の法>によって星狼に変身し、本来の力を十全に引き出して襲いかかる。
少女たちの必死の抵抗……だが、それでサジタリウスが止まってくれるわけもなく。
息を吹くように、膂力をもって全てを跳ね除ける。
ダビーとナシラは耐えきれずに吹き飛んで、二人仲良く壁にクレーターを作った。
「きゃぅ!?」
『ウグゥ…ッ』
「悪いね。でも、こっちも仕事でね。大人しく、君たちの主が死ぬのを見届けなさい」
「ッ、ぅ…」
止めようにも、どうしようもなくて。
双剣を失ったカリプスも、睨みつけるぐらいしか抵抗ができない状況……完全に詰みの状況で、サジタリウスから裁きの矢を向けられる。
裏切り者へ。
偉大なる王への叛逆者へ。せめて、その最期は痛みなどない幸福で。
「遺言を聞こう」
勝利を確信しているサジタリウス。けれど、その意識に油断の二文字はなく。警戒心を最大レベルに上げたまま、目の前の黒山羊を睨みつける。
もう時期死ぬ件の将星は、ただ笑うのみ。
「そうだなァ……あァ、仕方ねェ。仕方がねェから、な。腹ァ括るさ。やるしかねェんだからよ」
「…? カリプス、一体何を…」
「ハッ!なんだよ忘れてんのか?ここにいる将星は、何も俺たちだけじゃねェだろ」
「それはそうだけど…」
彼女を頼みの綱にでもする気なのかな?と疑問に思い、サジタリウスは視線をズラす。その先には、静かに俯いたもう一人の将星、アリエスがいて。
ブツブツとなにかを呟いている彼女の姿は、どう見ても精神的な不調を抱えた弱者であった。
だが、サジタリウスは警戒を解かない。
そも、アリエスが“夢繋ぎの魔法”を行使しようと必死になっているのは知っていた。物理的に避けられないそれを受ければ、さしものサジタリウスも一溜りもない。故に、カリプス以上の警戒を向けていたのだが……
今は、様子がおかしい。
そんなサジタリウスの疑問を、カリプスが笑って───アリエスに命令する。
「やれっ!アリエス!───俺ごと、悪夢に落とせッ!」
青天の霹靂。予想だにしなかった、カリプスの決断……ありえないことだと目を見開いて、サジタリウスは驚愕と困惑を顔に貼り付けながら、アリエスの方に矢を撃とうと強弓を向けた、それよりも早く。
バッ!とアリエスが顔を上げる。
その顔には───いつもの怯えは欠片もなく、純然たる決意が漲っていた。
「何を───ッ!?」
「ごめんなさいッ!!もう、決めていたことなので───カリ兄さん!!」
───夢繋ぎの魔法<ポップナイト・メアー>
それは、夢の世界の極一部を現実世界という表層に一瞬だけ出現させる魔法。テクスチャを塗り替えて、そこだけ夢と現実を交わせる禁断の技。
繋がるのは一瞬だけ。義兄を対象に、その夢へ。
悪夢の住人となったアリエスの【悪夢】と、カリプスを接続させる。
「ッ!?」
サジタリウスは回避を選ぶが……その足に、カリプスが生やした森が絡みつく。足がジワジワと痛むが……そんな些細な痛みを気にしていられる暇はなく。
カリプスとサジタリウス、2人の足元が夢と繋がる。
ズプリと身体が沈んで、黒と紫が混ざりあったマーブル模様の悪夢に呑まれる。
「やられた…ッ!」
「端からマトモに戦う気はねェんでなァ……あんたが一番面倒なんだ。ムーンラピスが起きるまで、俺と一緒に夢に微睡んでようぜ?」
「熱烈なお誘いだね!いやはや……これは逃げられそうにないなぁ!」
ケラケラと、緊張感のない笑みを浮かべ合いながら……カリプスとサジタリウスは、アリエスが導く悪夢の底へと落ちていった。




